獣鳴く夜空にて6
あれから数時間後、サンドラが部屋を訪ねてきた。
シュンが出た後の流れを伝えるために態々損な役割を買って出たようだ。
サンドラ曰く、エルフの里にはシュンを除くクラスメイト全員が向かうらしい。
兵力不足の王国に恩を売る形であり、自分たちの有用性を示すことで今後を見据える。王国としても同盟相手に最低限の義理をはたせ、エルフとしても援軍が来る。結果を見れば三方良し。
「それだけではないようですが…」
借りを作るだけじゃない。自分たちの有用性を示すだけじゃない。困ってる人たちを助けたい、力を持っているから。彼らはそう語ったという。
「……」
サンドラの語る内容を、無言で聞きながら窓の外を眺める。僅かに窓に反射するサンドラの顔から眼を背ける。
ガラスを挟んだ先、見下ろす景色に同級生の姿が映る。馬車を連れ大所帯で移動しいるのは、今から出発する所だろう。
門を出ていく一行。こうして誰かを見送るのは、新鮮に感じた。
そうか、と内心でつぶやく。いつも自分は見送るのではなく、見送られる側だった。幸運を祈ります、頑張ってください。無事を祈ります。なんて言葉で見送られるだろう彼ら。そうかつての自分のように。
あぁ、なんて無知で傲慢な祈りだろう。
あの場所に、幸運などありはしない。頑張っていいはずがない。
向かう先は、地獄なのだから。
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異世界からの一行がエルフの森に向かってから数週間。サンドラは焦っていた。
幾度か送られてきた向こうでの戦況。日を経つごとに書かれた内容は、戦場の悪化が記されている。
慣れない戦場、いまだ拭えない戦いの忌避感。ポテンシャルはあるものの、いまだ全てを発揮できないでいる。戦場は、そんな半端者から足を取られていく。
今朝届いた報せで、ついに彼らの中から大怪我を負った者が出たという。幸い命に別状はないが、戦場には復帰できないという。軽傷者も多く、精神的に参った者も多い。今回は女神が微笑んだが、次も女神が見てくれている保証はない。
このままいけば、遠からず誰かしら死傷者が出る。いや、これは希望的観測だ。誰かしら、などではない。戦況は酷く悪い。このままいけば戦線は破られ、大勢が獣の群れに飲まれて消えていく。
ギリッ、と歯を食いしばる。彼らを失うわけにはいかない。
打算ではない。可哀そうだからではない。これは責任だ。彼らを呼び出したサンドラが負わなければばいけない義務だ。彼らを誰一人欠けず、無事に元の世界に帰す責任がサンドラにはある。
だが、力がない。手段を持たない。サンドラの手は、彼らに届かない。迫りくる脅威から包み守ることもできない。個人としても、王女としても、サンドラは彼らを守れない。救えない。
できる事と言えば、力を持つ人に助けを乞うことだけだ。何度目かの懇願。父に、大臣に、軍のお偉方に、何度も援軍を願い出たが、同じ言葉を連ねて跳ね返される。そんな余裕はこの国にはないと。
長年瘦せ細った枯れ木のような国。ようやく復興の兆しを見せた所に、他を見る余裕はない。
分かっている。サンドラも王女だ。この国の状況も、現状も、何もかも。
サンドラは無力だ。国を動かす力も、戦況を変える武力も持ちえない。あるのはただ、持つものに頼むのみ。
(…そう、私にできるのは)
国を動かす者に頼んだ。だが断られた。
なら、残るは戦況を一変させる事が出来るものに頼む事。だが、そんな事が可能な者は――
(どんな顔をして、頼むというのですか…)
――勇者を置いて他にいない。
(もう一度お父様に頼んで、いや、何度頼んだところで返事は変わらない)
無駄な事に時間をかけられない。0に近い確率に彼らの命をベッドできない。
例え恩知らずでも、嫌われるとしても、どんな代償を払うとしても、助けを乞うべきだ。
覚悟はある、はずだ。
(手段は選べない。そんな段階はとっくに過ぎ去っている)
だとしても、
(けれど、なんと言えばいいのです…)
かける言葉が見つからない。どんな言葉を並べても、どんな理屈を揃えても、どんなに情を訴えたとしても、彼の心に届かない。
この国は、世界は既に見捨てられているのだから。
(だとしても、せめて、彼らだけでも…!)
頭の中で言葉と感情がぐるぐる回る。頼るしかない現実。無力な己。頼るしかない、けれど頼るべきでない相手。考えが上手く纏まらない。感情が上手く整理できない。出すべき言葉をあれだこれだと並べ替えていると、気が付けば彼が止まっている部屋の前。
「……」
理由を考えれば、いくらでも引き返せる。だが、残された時間はない。これ以上躊躇えば、取り返しのつかない犠牲が出てしまう。
意を決して、サンドラは扉に手をかける。
「決断はできた?」
ドアノブに手が触れる一瞬。横から声がかかる。
「貴方は…」
顔を向ければ、そこに立つのは一人のメイド。
王女に向けるようなものではない太々しさを感じさせる、サンドラと違い余裕を感じさせる笑み。
見覚えがある。あの応接間で起こった事件。シュンの暴走を真っ向から止めたメイドだ。
「決断とは」
「あやつを戦場に落とす決断よ」
ドクン、と心臓が跳ねる。ああ。そうだ。私はこれから、彼をもう一度戦場に送り出す。
改めて聞かされる事実に、心臓がうるさく鼓動する。
償いはできていない。払うべき対価も碌にない。それでも、彼に戦えと願う。私たちは穴だらけの契約書に玩具の判子を押し、彼にだけは血印を押させる行為。それは唾棄すべき、彼を死に追いやった過去の焼き直し。
「できては、いません」
できていいはずがない。が、そんな泣き言は言っていられない。
ここに立つのは、力ない村娘ではなく王女。ならば、背負うべきものは決まっている。
「ですが、それでも進みます」
「あやつが素直に行くとでも?」
「行かないでしょうね」
全ての決定権は彼が握っている。サンドラがいくら頼んだ所で頭を横に振られればそこで終わり。シュンに命令を出せる権限もない。できるのはただ頭を下げてお願いするだけ。それだけがサンドラに残されたただ一つの手段。
「ならばどうする」
「私の持つ全てをかけます」
「全てとは?」
この国に余裕はない。なら、彼に差し出せるものは一つだけ。
「全てです。文字通り、私の全てを」
メイドは見る。彼女の覚悟を決めた瞳。全てを賭して他人を助ける煌めく決意を。
「まあ、及第点といったところかの」
メイドはにやりと笑い背を向ける。
「あやつと話したいならついてこい」
「え?」
返事を聞かずにスタスタと歩いていくメイド。あまりの唐突さに頭がついていけていない。
「ここで話してもどうせ逃げられる。なら、逃げられない場所で話さんとな」
遠ざかっていくメイドの後を追いかける。謎の自信、サンドラ以上にシュンの事を知っている様子。王女にも物怖しない態度。あまりに謎な人物だ。
「貴方は、いったい…?」
ようやく、メイドがサンドラに振り向く。あまりに堂々とした態度。混じり気無い自信に満ちた笑み。その姿はただのメイドに見えず、これまで見てきたどの王族よりも王らしく見える。
「なに、ただのおせっかいなメイドよ」
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太陽が落ちる。月と入れ替わる僅かな時間。色鮮やかな景色を茜色に焼き付ける。
暖かな風にも、少しだけ冷たさが混じる。耳元で揺れる草花の音が、シュンの体調を心配しているように聞こえた。
「……」
毎日のようにこの場所に来る。まるで城から逃げ出しているようだ。
帰りたくはない。けれど、この場所に留まり続けるのも違うような気がする、複雑な気持ちを抱えつつ、指輪を起動しようと魔力を込め――
「――誰だ」
あるはずがない気配を感じた。草を踏む足音がゆっくりと近づいてくる。
どす黒い殺意を込めた視線が、侵入者たちに向けられる。
「まあまあ、そう殺気立つな」
ゆっくりと近づいてくる人影が、ようやく正体を現す。
出てきたのはよく知る人物。メイド服を身にまとった魔王。
「ほれ、お主も前にでんか」
「お前は…」
魔王の後ろから出てきたもう一人。シュンの殺意に身を縮こませ、強張った表情を見せる王女サンドラ。
「――お話に参りました。シュン様」
怖いはずだ。恐ろしいはずだ。それでも、サンドラはメイドの陰に隠れることはせず、たった一人でシュンの目の前に立つ。
震える手を握りしめ、勇気を振り絞り言葉を紡ぐ。
王女の戦いが始まった。




