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二度目の勇者は救わない  作者: 銀猫


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獣鳴く夜空にて5



「けほっ……」


 水流に押されるように、床に叩きつけられる。

 上半身を起き上がらせながら、口に入っていた水を吐き出す。水に熱が溶け出し、冷えた思考が冷静さを僅かに取り戻す。

 怒りに身をゆだね、大勢の前で刃を抜き、無様に床に転がされる。あぁ、なんてみっともない。自分の有様を失笑しながらも、向ける視線は刺し貫くほどに鋭い。

 ぐつぐつと煮えたぎるマグマはまだ、胸の奥に溜まったまま。


「頭は冷えたか?」

「…頭どころか全身がな」

「カカ、儂を無視するからよ」

 

 殺意込みで睨み返されながらも、このメイドにはどこ吹くもの。愉快に笑いながらシュンの横を通り過ぎ、呆然とする周りはお構いなしと、勝手に退室する。


「せいぜい後悔しない選択を。するもしないも、な」


 退室時に見せた最後のお辞儀は、ひどく完璧で美しかった。


「あ、あの!何か拭くものを!」


 最初に事態を把握したのは、サンドラだった。

 ずぶぬれになったシュンに拭くものを手配するが、シュン本人がそれを手で制する。


「良い、このままで」


 髪先から雫を滴らせながら、立ち上がる。

 普段はともかく、今はこの冷たさがありがたかった。感情の高ぶりを冷やし、思考を止めずにすむ。


「話を、進めてくれ」

「で、ですが」

「いいから、話を」


 サンドラの抑止を振り切って、話を進めるよう要請する。

 今この場に、シュンの提案を断れるものはいなかった。

 恐る恐る、族長と名乗るエルフは現状を語り聞かせる。曰く、今エルフの里は滅亡の危機に瀕していると。百、いや千を超える魔物が毎夜進軍し、いくら狩っても尽きぬ軍勢に里のエルフ達は続々と倒れているという。

 今日この場を設けてもらったのは、エルフの里に支援を申し込むため。王国の戦力を派遣してほしいという申し出だった。


「……」


 一通りの話が終わり、いくつかの視線がシュンに向く。

 かつての勇者。世界を救った者。魔王を撃ち滅ぼした者。なるほど、確かにこの手の危機に期待が向くのは道理だ。


 しかし、


「俺は、」


 しかし、彼はーー


「俺は、行かない」


 勇者は過去のもの。


「っ…!」


 族長が拳を握る。シュンさえくれば、この危機脱することができる、それだけの力を持っていることを知っている。王国側からしても、先の襲撃の復興も終わっておらず、何より減った兵力も補充できていない。いくら同盟相手とはいえ無い袖は振れない。王国側から提案できる戦力など、ただ一つ。

 ただ、その力を貸してくれないことも、両者は知っている。


「お、お願いします!」


 シュンの下半身にしがみ付き、頼み込んだのはフォルティナ。ぶるぶると体を震わせ、カチカチと歯を打ちながらどうにか言葉を吐き出す。


「た、助けてください!お願いします!お願いします!!お願いします!!!!」


 それは頼むというより懇願に近かった。殺されかけた恐怖を必死に抑えながらただただ祈るように懇願する。


「お願いしますお願いしますお願いします」 


 縋りつかれ、懇願されるシュンは顔を俯かせ、誰にもその表情がうかがえない。

 下手に動けないと、誰もが固唾をのんで成り行きを見守る他なかった。


「助けてください、これまでの事は謝ります罪は償いますなんでもします二度と過ちは犯しませんどうかどうかどうかお助けを」

「っ!」


 神にすがるがごとく、いや、本当に神様にすがっているのだ。故郷を助け、これまでの罪を雪ぐ為に。ここを逃せば、これから先も同胞にも人間にも永遠に烙印を押されたまま。ここ以外に贖罪の道はない。

 だが、彼は神でもなければ神のように慈悲もない。

 フォルティナの襟元を握りしめ、勢いよく壁に投げつける。


「かはっ!」

「誰が、誰が!!」 


 ギリ、と歯を食いしばり、目元に雫をためながら言葉を吐き出す。


「何が…!都合がいいときだけ助けてだ!?俺は助けなかったのにか!?あいつは、助けなかったのにか!!!!」


 吐き出すように、ぶつけるように、慟哭は止まらず感情はさらに高ぶる。


「誰が、誰がお前なんか…!」


 顔を俯かせ、握りしめられる掌からは血が滲む。

 ぽつぽつと俯いた顔から零れる雫。

 怒りを飲み込むように息を吸い込んで、一つ大きく息を吐く。

 上げられた顔には落ち着いたように見えるが、瞳に滲んだ憎しみが炎のように揺らめく。


「--俺は、救わない」


 フォルティナだけじゃない。族長にでもない。この場の全員に宣言する。

 この場の誰も、強い語気に意見を言えない。

 静まり返った場に、ぐるりと視線を回し、最後に壁にぶつかり倒れているフォルティナを見下ろす。


「たす…け……」 


 朦朧とした意識の中、うわごとの様につぶやく懇願を、踏みつぶすように大きく足音を立てて扉を目指す。静止の言葉など誰も口にできない。

 膝を付き崩れ落ちる音を聞きながら部屋を出る。

 扉を閉める瞬間、


『僕が行きます』


 使命に燃える声が聞こえた。シュンには関係のない声が。

 妙に耳に残る声を振り払い、右手を強く握りしめる。

 燃え滾る憎しみが胸を満たす。気を抜けば壁に怒りを叩きつけかねない。自分の体に怒りをぶつける事でどうにか平静を保つ。

 そうだ、怒りだ。これは怒りだ。この苛立ちも、茹だる思考も、血が滲むほどに握りしめられた拳も。

 すべてが怒りだ。この胸に突き刺さった、僅かな棘も。

 

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