獣鳴く夜空にて4
それは、偶然の重なりだった。
未だ復興中の城下を視察し、客人たる彼等の今後を考え、書類仕事を片付け、渦中の勇者の為に奔放し、そうして仕事に仕事を重ねた結果、その報告を今日に至るまで聞き逃してしまった。
『エルフが来る』
なんらかの援助を求めてきたらしい同盟者の訪問を、サンドラは当日になって知った。いや、それだけなら良い。重大な事なのだろうが、立ち会う事ができたのなら挽回が効く。
だが、これはダメだ。
「お姫様に至りましたお久しゅうございます」
「えぇ、長老もまたお元気そうで」
枯れた喉を無理やり震わせて、悟られないように挨拶を交わす。今日ほど鍛え上げた面の厚さに感謝した日はない。
「長老、そちらの方は」
「……緊急事態、でしてな。どうしても腕の立つ者が必要でして」
ああ、そうだろう。緊急でなくてはその罪人を外に連れ出すなどあろうはずがない。
エルフの汚点、王国の汚点。世界に残る罪の跡。その証明者にして唯一の生き残り。
『勇者殺害の実行犯』がまさかこの城に足を踏み入れているなんて。
「……」
彼女は喋らず俯いている。後ろに立つ彼等から顔を逸らすように。
(まずい、本当にまずい)
助けを求めてきた。その言葉は彼等を動かすには十分であった。
別の世界から呼ばれた客人達。彼等は今、サンドラや国の重鎮達と共にこの応接間にいる。
彼等の置かれている状況は変わった。
新たな勇者候補として期待されていたが、かつての勇者。本物の夜の勇者の登場により彼等の扱いは勇者候補から客人となった。役割が消えたのである。
だからと言って彼等を見捨てるわけにはいかないが、その待遇は下がってしまった。勿論理由はある。先の襲撃により復興を余儀なくされた王都に余裕はない。それもつい先日まで痩せ細り続けた国だ。国庫の余裕だって勿論無い。
そんな中、ただ飯食いに豪華な飯を食わせてやれるほどの余裕は、この国にない。
ましてや本物の勇者がいる中でだ。
賢い彼等は、その事を察している。だから復興に力を貸しているし、こうした頼み事にも積極的に関わろうとする。自分達の価値を上げて見捨てられないようにする為に。
勿論それらが全てでは無い。純粋に助けようとする優しさ。持っている力を使ってみたい欲求。寂しさを紛らわせる為の手段。個人個人の理由はあるにせよ、彼等は今団結している。
一人を除いて。
その一人が不味いのだ。
「折り入って頼みがあります」
長老が玉座の王に頭を下げる。
それとほぼ同時に。
ギイ、と扉が開いた。
夜が来る。
※※※
懐かしい香りがした気がした/憎い香りがする。
知っている魔力を感じた気がした/忘れてはならない魔力を感じた。
虫の知らせ、勘、あるいは運命。魂に刻まれた傷が、殺意を滲ませる。
月光に群がる虫の如く、ふらふらと”そこ”に吸い寄せられる。何も知らない、確信もない、だが、魂が叫んでいる。そこだ、そこにいる、そこなんだと。
「……」
無意識に刀の柄を掴む。
気が付けば、目の前に扉がある。扉の向こうから僅かに漏れ聞こえる声。
内容は聞こえない。
体が自然と動き、扉に手を伸ばす。
ギイ、と扉が開いた。
数多の視線が集まる。王国の重鎮、クラスメイト、使用人、そして、エルフ。
二人のエルフ、記憶にある姿、かつての旅で出会ったエルフの長、そして、
「貴方様は……」
エルフの長が声を漏らす。
驚愕の表情でシュンを見る長の隣で、それ以上の驚きを受ける彼女の姿。やつれているが、面影はかつて共に旅をした時と変わらない。彼女だ、かつて共に旅をし、世界を救い、裏切り、彼女を殺した主犯の一人。エルフのフォルティナ。
目の奥が熱を帯びる。思考が染まる。もう、彼女しか見えない。
「待っーー」
静止の声、発したのはサンドラ。彼女がたった三文字を紡ぐよりも先にーー
「殺すっ!!!!!!」
憎悪が駆ける。僅か数歩、それだけでフォルティナとシュンの距離は埋まる。誰も反応できない。
経験も実力も足りないクラスメイトはもちろん、戦いを知らぬ王女も、長きを生きたエルフの長も、誰もが全力を出す勇者を阻むことはできない。
聖剣、抜刀。抜き放たれた刃は憎悪をもって、彼女の首に食らいつく。
僅か数秒にも満たない時間、攻防とも言えぬ刹那の殺戮。誰もこの凶事を防げない。
「--落ち着け馬鹿者」
ただ一人、彼女/魔王を除いて。
手に輝く魔法陣は、フォルティナの首を絶とうとする刃を押しとどめる。
「どけ」
「どかぬよ」
刃にさらなる憎悪が乗る。怒りと憎しみがこもった瞳はダリエラを映さない。視線は常にフォルティナに突き刺さる。それが面白くないのか、ダリエラははぁ、と息を吐く。酷くつまらなそうに。
「どけ!!」
「だからどかぬよ」
ぶつかり合う刃と魔法陣、甲高い音を立て拮抗しあう。元勇者と元魔王。不幸にも再現されたかつての戦いに、この場にいる誰もが動けないでいた。それは命を狙われてるフォルティナも例外ではない。シュンが放つどす黒い憎悪は、コールタールのように肌に纏わりつき、この場の誰もが委縮する。
「っ!!」
勝負は拮抗する。いくら力を込めても届かぬ刃に歯噛みし、シュンは一度距離をとり構えなおす。今度こそ確実に彼女を、フォルティナを殺すために。その瞳にダリエラは映らない。
「そこを、どけ!!」
シュンの体から魔力が噴き出す。先ほどと違う、本気の一撃。強化された体から放つ一撃は魔族をたやすく殺す必殺の権化。その全てをフォルティナを殺す為だけに振り切る。
ダリエラなど眼中にない。あるのはただ一つ、あのエルフを殺すという殺意のみ。魂に刻まれた愛する彼女を奪った原因を、許すことなどできるはずがない!
再び放つ斬撃は、
「舐めるな小童」
フォルティナに届く一歩前、魔王の憤怒が砕く。
「かっ…!」
シュンの腹部に深く刺さる魔王の拳。僅かに地面から浮くほどの衝撃がシュンの体から酸素を奪う。
「忘れたか、儂を無視しできるはずがなかろう」
この場にいる彼女こそ、シュンと唯一互角。彼女を無視して目的を達することなど、できるはずもなく。そのことを忘れたシュンに怒りと嘆きを込めた視線でダリエラはため息を吐く。
「頭を冷やせ馬鹿者が」
ダリエラの右手から展開される魔法陣。そこから冷水が勢いよく吹き出しシュンの顔を直撃する。




