獣鳴く夜空にて2
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城を出た瞬は、行くあてもなく王都を彷徨う。
なんとなく人を避けて歩いていると、半壊した教会の近くに来ていた。
普段は厳粛な格好をしている神父やシスター達は、普段着のような動きやすい格好で教会の修復にあっている。その中に一人、顔を知っているシスターを発見した。
シスターの方も瞬を見つけ、軽く手を振りながらこちらに近寄ってきた。
「いらっしゃい、勇者様」
近寄ってきたシスターアンナの挨拶に、瞬は顔を歪ませる。
「勇者様はやめてくれ、二百年前の話だ」
「うーん、それじゃあ元勇者様、なんてね。冗談だからそんな顔しないでよ」
自分では分からないが、人には到底見せれない表情を作ったであろう瞬に対し、アンナは笑いながら謝る。
「そういえば、君の名前をまだ聞いてなかったね」
「瞬、星谷瞬だ。こっち風に言えば瞬星谷か」
「シュン、うん、いい名前じゃないかシュン君。私のことはーー」
「シスターアンナだろ。覚えてるさ」
「そんな堅苦しく呼ばなくても、アンナさんと呼んでくれてもいいんだよ?」
「それで、『シスターアンナ』は俺に何か用?」
シスターアンナの部分を強調させた瞬に、アンナはクスクスと笑う。
「そんなに照れなくても」
「……用がないなら失礼させてもらう。作業の邪魔をするのも悪いし」
からかってくるアンナに頭を抱えながら、背を向けて元来た道に帰ろうとすると、
「用があるのは、私じゃなくて君の方じゃないかい?」
背中からかけられた言葉に足が止まる。
「俺が、シスターに?」
振り返らず、アンナに問いかける。
その様子に、アンナは少しだけ困った風に言葉を紡ぐ。
「なんだ、気付いてなかったんだ」
アンナの声には、先程の悪戯を仕掛けてくるお茶目な女性ではなく、迷える人々を導くシスターとしての威厳に満ちていた。
「迷い、いや、葛藤かな?どこか、自分の気持ちと考えにズレがあるんじゃないかい?」
「……随分と、らしい事を言うんだな」
「これでもシスターだからね」
アンナの言葉は、瞬の心にすとんと落ちる。それが、瞬が必死に蓋をしようとしている物を言い当てているようで、無駄に刀を握る手に力が入る。
「力になりたいけど、それを解決できるのは私じゃないよ」
「……」
「だからまあ、悩めよ少年。時間ならたっぷりあるんだから」
力が入る手を緩め、改めて瞬はアンナと向き合う。
アンナは穏やかな表情で笑っている。
「悩んで、答えが出なかったら」
「その時は、もう一度相談においで。話を聞くくらいは出来るからね」
最も、とアンナは続けて、
「相談できるのは私だけじゃないと思うけど」
そう言い終わると、後方から「さぼるなアンナ!」と神父の一人がアンナを見つけた。
アンナはバレたかと、小さく舌を出す。
「じゃあ、私は作業に戻るね」
軽く瞬に手を振り、別れを済ませようとしたアンナだったが、作業場に振り返る途中で思い出したかのように足を止める。
「あっ、そうだ、一つ言い忘れてたよ」
「まだあるのか?」
まだ何かあるのかと呆れた顔をする瞬に対し、アンナは笑顔で、
「この前は助けてくれてありがとう」
そう告げた。
「本当に助かったよ。だから、ありがとう」
それだけ言い残し、彼女は颯爽と踵を返す。
スキップをするような軽い足取りの彼女を見送りながら、瞬は先程の言葉を反芻する。
『助けてくれてありがとう』
遠い遠い過去に聞いた気がするその言葉に、涙がこぼれそうになる。
この気持ちがなんなのか、それもまた、遠い遠い過去に置いてきた気がした。
***
教会でアンナと話た後、放心気味に彷徨っていた瞬は王都で一番大きな広場で座り込んでいた。
「安いよ安いよ!!」
「おっちゃんその野菜一つくれ」
「せーので持ち上げるぞ」
「いきますよ。せーの!」
王都の中心部近くにある広場には、倒壊した建物が多くあった。ここで多くの魔物が暴れたのだろう、かつては多くの建物があったであろう広場は、多くの瓦礫が散らばるのみ、しかし、そこにある活気はかつてのものと変わらない、いや、かつてよりも多くの活気に満ち溢れていた。
瓦礫を運ぶ男達と、空いたスペースで露店を開き、幾分か安値で物を売り捌く商人達、それらを物色する主婦など、多くの人達が広場を行き交う。
「……」
王城から見下ろしていた以上に、ここは瞬が守った物、守れなかった物がはっきりと写っているような気がした。
なんとなく、それらをボーっと眺めていると、近くから声がかかる。
「やっほ、星谷君」
「あぁ、神崎か」
やってきたのはクラスメイトの一人、神崎ハルだった。
ハルは動きやすいラフな格好で、その服も汚れていることから、何かしら作業をしていたのがわかる。
「隣、いいかな?」
「勝手にしな」
瞬の隣にハルは腰を下ろす。
「今日も手伝いか?」
「うん、今日はこの近くでしててね、たまたま星谷君が見えたから」
よくやるよ、と言いかけたが、それは彼女にかけるべき言葉ではない。復興作業を手伝うことは素晴らしいことで、むしろ手伝っていない瞬こそ非難される立場にあるのだから。
だからといって手伝うかと言われると、瞬は迷わず首を横に振るだろう。
「他のやつらも一緒か?」
「何人かは別の所を手伝ってるけど、だいたい一緒かな」
驚く事に、瞬を除く全員が復興作業に手を貸していた。リーダー格の義人が率先して動いたのもあるが、それにしても全員参加は驚くべき事だと瞬は思う。
「皆、戸惑ってるんだよ」
瞬の言いたい事を察したのか、ハルは苦笑しながら話す。
「教会に逃げ込む前に、数回戦闘に巻き込まれたの。そこで初めて命を賭けた戦いをして、実際に命を奪った子もいた」
戦闘といっても近距離戦を仕掛けたのではなく、距離を離してから一斉に魔法を撃ち込んで袋叩きにしたのだが、それでも実感せざるにはいられなかった。
自分達には誰かをたやすく殺せる力があるのだと。
「殺して、逃げて、襲われて、助けられて、私達がいた世界との違いを肌で感じて、それぞれがこの世界との向き合い方を探してるの」
私を含めてね、と彼女は情けない笑みを溢す。
だから、目の前にある仕事に片っ端から手をつける。少しでも判断材料を見つけるために。
あるいは、考えたくないからこそ、目の前の事に集中するために。
「それが普通だよ、それが、普通なんだ」
瞬はその戸惑いすら感じる暇はなかった。考える時間なんてなかった。戦わなければ、強くならなければ、殺さなければ自分が殺されるから。
それこそがあってはいけない事だと理解している、だから瞬は彼女達を否定しない。
ただ、そんな時間があるのが羨ましいと、少しだけ思う。
「ううん、違う、違うかな、だってこれは言い訳だもん」
ハルは、いや、他のクラスメイトを含めて彼女達は瞬に負い目のような物を感じていた。
この世界を救おうと団結したクラスの中で、瞬だけが嫌だと抜けていった。
魔力も当初は一番少なかったのも災いし、臆病者などと陰口を叩かれる事もしばしばあった。
だが、その彼こそがかつて世界を救い、今度は自分達の命を救った。その事実に、他のメンバーは納得しきれていなかった。
「私達の命を守ってくれたのに、自分達の理由だけで蔑ろにするなんて、私はそれこそ納得できない」
そう言うと、ハルは立ち上がり、瞬の前に立つと丁寧に頭を下げる。
「助けてくれてありがとうございます」
とても丁寧で、心がこもった感謝の言葉。
本日二回目のそれに、瞬の方も混乱を余儀なくされた。
「なんでーー」
「当然の事だよ。助けてもらったんだから」
顔を上げたハルは、少しだけ晴れやかな表情になった。
「他の皆も、何か言いたいはずなんだ。だから、少しだけ待ってほしい。もう少しで、答えを出すはずだから。自分勝手な事を言ってるのは分かってる、けど、お願いします」
瞬は戸惑いながらも、ハルの言葉に頷きを返す。
ハルは、瞬の頷きを見てほっと胸を撫で下ろす。
自分が傲慢な事を言っている自覚はあった。自分達のことばかりで、瞬に負担をしいていることも、自分達本意で彼の事情を無視していることも。
それでも、ハルは瞬にお礼を言いたかった。他のクラスメイト達に時間を作ってあげたかった。きっと、他にも瞬にお礼を言いたい人はいるはずだから。
「ごめんね、そしてありがとう」
二度目のお礼を言ってから、ハルは続きの作業があるからと、別れの言葉を告げて離れていった。
「……」
今日だけで二度目の感謝。
純粋なお礼。
かつては、勇者だから当たり前だと、むしろ、何故他の者は助けられなかったと責められることしかなかった。こんなお礼はそれこそ数える程。
世界は変わらぬ、人もまた変わらない。そう思っていた瞬は、今もその考えをかえていない。
ただ、かつての彼女のように、この時代にもまともな人もいるのだと、そう思った。
「……いい加減、出てきたらどうだ?」
一度、己の心に結論を出したところで、姿を隠していた不届き者に声をかける。
「カカッ、いいものを見させてもらったぞ」
「覗き見とは、随分と趣味が悪いんだな」
「儂を捕まえてそう言えるのは、お主ぐらいじゃろうて」
元魔王、もとい覗き魔のダリエラは瞬の背後から姿を現し、ハルが座っていた場所に腰を下ろす。
「随分と悩んでおるの」
「おかげさまで」
「儂が言うのもなんじゃが、いい事じゃぞそれは。お主には悩む時間が無かったからこそ、今を思いっきり悩むがよい」
年上としての言葉は、かつてを知っているだけに妙な不気味さを感じる瞬であったが、ダリエラが親切心で言っているのは理解できた。
「覗き魔に言われてもなぁ」
「カカッ、怒っておるのか?」
「別に、ただ助ける気があるならさっさと助けろとは思ったがね」
瞬の言葉は、今この時だけを指しているのではなかった。
ダリエラも、それを理解する。
「気づいておったか」
「抜かせ、お前があの程度の襲撃に気付かないわけがないだろ」
お互いに、相手の事は自分以上に理解している。だからこそ、このダリエラがあの日の襲撃に気付かなかったわけがない。
「お主が死にそうになれば助ける気はあったが、まあその程度よ」
ダリエラとしては、わざわざ自分が戦うほどの事ではないと思っていた。それに、他の勇者がどうするか、そして、最大の元好敵手がどんな選択をするのか見てみたかった。
「姫さん達は命からがら逃げ出したようだが?」
「なぜ儂があやつらを助けないといけない?些事よ些事」
他の勇者に興味はあるが、所詮その程度。サンドラは仕える相手であるが、彼女にとってそれこそ些事。忠誠を誓ってるわけでもなく、この仕事はただの暇つぶし以上の価値はない。
最も、サンドラのこと自体は気に入っており、もし死んでいれば少しだけ悲しんだであろう。
「変わらんな、お前は」
「当たり前であろう?姿形が変わろうとも、儂は儂なのじゃから」
昔と一切変わらない彼女に、呆れを通り越して安堵すらする。
「で、結局お前は何しに来たんだ?本当に覗き見しに来ただけか?」
「なに、買い出しの途中で偶々お主を見かけたから来ただけよ。そう、偶然と言うやつじゃな」
改めてダリエラを見ると、彼女の横には大きな買い物袋が置いてあり、中から王城で使う生活消耗品が頭を出している。
「……お前、実はその仕事楽しんでるだろ」
「カカッ!楽しくなければ暇つぶしにならんじゃろ?」
どうやら、この元魔王様はメイドの仕事をとても楽しんでいるようだ。
今度こそ、瞬は呆れた表情を浮かべ、ダリエラはそれを見て楽しそうに笑った。
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