06.(石)
*
賞金稼ぎ、ゴールデン・ゴールは捕まった。彼は仕事柄、一方では賞金首でもあった。
同じく〝勇者〟も大人しく捕まっているのは、ゴールには些か解せないところであった。
「どうするんだ」暗闇でゴールは囁いた。「何かアテはあるんだろうな?」
「焦ることはないさ」
ふたりは後ろ手に縛られ、村の外れの倉の中、柱に括られていた。
縄は太く、目は粗いが繊維は強靭だった。
「用があれば向うから出向いてくる」
悠然と応えるロジャーに、ゴールは歯を剝き出した。「道具まで取られたんだぞ!」
ああ、俺の大切な相棒! 商売道具! 黄金の二丁銃!
「ああ」ロジャーも残念そうな声で、「剣と楯だけでなく、革の鎧まで引ん剥かれた。あいつら結構ガメついな」
「……おいロジャー」
「なんだ、ゴール?」
「鎧を引ん剥かれたのに、何故お前はメタルプレートの鎧を着ているんだ?」
「おお」ロジャーは心底吃驚したように、「こいつは驚いた」
「茶番はよせ」ゴールが唸った。
「あのお茶、美味しくなかったわね」にゅるん、とロジャーの鎧が女の姿に形を変えた。「ハイ、ゴール。ご機嫌いかが? ん、返事はいらない、不機嫌なのは知ってるから」
「なら訊くなよ」げんなりとゴール。「さっさと縄を切ってくれ」
「どうして?」ロジャーの縄を解き、自由にしながらルーシィは心底不思議そうな声で応えた。
「ああもうっ」ゴールはうんざりとしながらも、「お願いします、どうか後生ですからっ!」
「ねぇ、ロジャー。ゴールが何か云ってるんだけども、アタシ、あまりヒトの言葉、得意でないの」
「ルーシィ、意地悪はするもんじゃないぜ。こと相手が困っている時にはな」
ロジャーに云われて、ルーシィは全身に渋々といった感じを漂わせ、ゴールを縛る縄に手をかけ──、
「やっぱやめた」
「おいこら」
「それで、ルーシィ」ロジャーが訊ねる。「どうだった?」
「あったわ」ルーシィはにゅるん、と腹部からロジャーの装備を取り出しながら答えた。「予想通り。たんまりと」
「何の話だ?」ひとり蚊帳の外、ゴール。
「金塊が貯め込まれていたのさ」ロジャーがにやりと笑った。
「金塊? お前が云ってた裏道のことか?」
「ああ」ロジャーは頷いた。「長老一人で掘れるようなものじゃない。村全体で仕掛けた茶番さ」
「……報われないな」ゴールは哀しげに首を振った。
「優しいのね、ゴール」うふっとルーシィが微笑んだ。
「よせやい」ぷい、とゴールは顔を背けた。その時、暗がりに細い光が差し込んだ。
「守護天使が来たようね、ゴール」
床板を持ち上げ、ヒロが姿を現わした。
「兄貴、ごめん……」
ふ、とゴールは微笑んだ。「お前が謝るようなことじゃない。ドジを踏んだのは俺だ」
「その通りね。お間抜けゴール」
「黙れ、ルーシィ」ぎろっと不確定性金属生命体を睨め付け、再びヒロに目を戻した。「どうしたんだ、見つかったらヤバいだろう?」
「うん……」ヒロは持ってきた布袋から、ごそごそと取り出したそれをゴールの前に置いた。
「ヒロ!」
思わず喜びの声が出た。それはゴールの大切な相棒であり、商売道具である、黄金の二丁拳銃だった。
「よし」立ち上がったロジャーは、ルーシィの持ってきた革の鎧を身に着け、楯を背に、腰に剣を佩いた。「お暇するぜ」
「いいのか」ヒロに自由にしてもらったゴールもまたホルスターを身につけ、銃の弾倉を確認して戻した。
「目には目を。茶番には茶番を」
すい、とロジャーは伝説の剣を鞘から抜き払った。
「違うんだ」ゴールは異を唱え、小さな子供を見遣った。「村は、どうなる?」
「大丈夫よ」とルーシィ。「だってこんな村よ? ちょっとやそっとじゃ挫けやしないわ」
そうだろうか。ゴールはヒロを見た。ヒロもゴールを見返した。その瞳は、何か決意を秘めていた。いや、それは俺の願望だろうか。
「ヒロ、」
云いかけたゴールを、その子供は制した。「兄貴、大丈夫だよ」
「だが、」
「いま、大人たちが、あんたたちを埋める準備をしている」
ゴールは唸った。
「な?」ロジャーは剣を構え、「他人の心配なんぞ、頼まれた時だけ留意してやればいい」
「チッ」
ゴールは自分の不甲斐なさに舌打ちした。臍を噛む思いだった。俺は何も出来ないのか、今のセリフを人生手帳に書き留めることくらいしか出来ないのか!
「子供よ、行け。さもないと怪我をするぞ」
ロジャーの言葉に、ヒロは素直に従った。床板を持ち上げ、消える一瞬、ゴールに哀しげな瞳を向けた。「さようなら、ゴールデン・ゴール」
「ああ」元気でな、と云い終えぬ内に再び倉の中は闇に包まれた。
「こんなところ、さっさとオサラバだ」
云うや、ロジャーは〝ジャッジメント・ソード〟を振り降ろした!
*
ドカン! との破裂音がしたのは村の外れからだった。長老は腰を抜かしたが、もともとが背の低い老人で、しかもその腰も曲がっていたので村人は気付かなかった。
「爆発したぞ!」
「倉か!?」
「賊どもをふん縛ったあすこか!」
村人は浮き足立った。
「長老!」
村の若者が倒けつ転びつ、やって来た。「倉が! 賊が!」
「騒ぐな! 分かっておる! 全員道具を持て! 投石器の出番じゃい!」
腰を抜かしても尚、その声には張りがあった。
「違うんです!」若者は云った。「そっちの倉じゃないです!」
「なんじゃとて!?」
後にこの若者は、長老の目玉が落っこちたと語った。「両手でな、こう地面に付かないように掬って、そうっと戻した」
「嘘つけ」誰もが言下に否定した。
「ぐいって押し込んだら、ポンって音を立てて戻ったんだ」
「嘘だ嘘だ」誰もが口を揃えて否定した。
もちろん、嘘だ。だが与太話は下らなければ下らないほど良いのである。
「賊が逃げたぞ!」
「追え、追うんだ!」
しかし長老は、「追いつけるもんか」と唾棄した。「石を持て! 投げつけろ! 不逞の輩に投げつけてやれェ!」
皆でそうした。
*
隠し倉からは、貯え込んでいた金塊がそっくり消えていた。そのことにルーシィが多分に関係していたが、村人が真相を知ることはない。小さな子供、ひとりを除いて。
*
石飛礫がヒュンヒュンと唸りながら、頭上を越え、走り抜ける先に落ちる。幾つかは擦った。当たった。「痛ぇッ!」堪らずゴールは声を上げた。
ふたりは馬に跨がり村を逃げ出した。
ワーワーと村人の罵声と、石飛礫が絶え間なく飛んでくる。
「ハハハハ!」ロジャーが笑う。「石貨が報酬とは傑作だ!」
「そんなワケあるか! 痛ぇッ!」
石は鈍く重い音を立て、絶え間なく振ってくる。
シートバッグの中で硬貨が跳ねる。飛び出す。チャリチャリ、チャリチャリと落ちていく。
ゴールが「くそっ」と悪態をつけば、間髪入れず、ルーシーが「ゴール?」
馬に姿を変えた金属生命体に、ゴールは云い直しを強いられた。
勇者たちの進んだ道の跡は、小さなコインが地上の星のように光って残る。その上に、投げられた石がドスドスと鈍い音を立て、幾つも降り注いだ。
─了─