05.(裏道)
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「領主が変わったことは知っているか?」馬になったルーシィの背に乗ったロジャーが訊ねる。「その子の村だ」
「そうなのか?」ゴールは馬の後ろにちょこんと座るヒロに訊ねるが、「知らない」
「領主は」と、ロジャーは続けた。「我らが愛すべきバロン・チャムリーだ」
「なんだと」ゴールは、チャムリー男爵をいけ好かない貴族だと思っている。
「税金が跳ね上がったのさ」
「汚ねぇ野郎だ」
「そこで村長は一計を案じた」
「それが魔物か」
「無い袖は振れないからな」
「あの野郎がそれで済ませる方が驚きだよ」
「済まないから村長はさらに重ねたのさ、賞金稼ぎ」
「つまり俺はハメられたのか」
「きちんと裏を取らないからよ、ゴール」馬のルーシィが云う。「どっちに転んでも村にとっては予定調和でしかないの」
「気に入らねぇな」むっつりとゴール。背中を掴むヒロの小さな手が怯えたようにきゅっと縮んだ。ゴールは、はっとし、「大丈夫だ」子供の手を優しく叩いた。「大丈夫」
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赤肌族の長老は、村人から渡された茶の入った椀を大切そうに両手で包むよう持ったまま微動だにしない。白く長い髪と髭の小さな老人であった。深く刻まれた皴も相まって干物を思わせた。
対面に坐るゴールは、ちびちびと茶を飲んでいた。旨いのか不味いのか、いかんせん判断し難い味であった。
集会所とは名ばかりの円錐型の小さな天幕は、まだ秋が始まったばかりというのに、厳冬を思わせる沈黙が支配していた。
丸いラグマットは編みが荒く、尻が痛い。
「長老」耐えかね、ゴールは口を開いた。「話しちゃくれないか」
彼の横には小さな子供、ヒロが控えていた。
本当に干物になったのでないかとゴールが訝し始めた頃、やっと長老は大儀そうに溜め息を吐いた。「帰ってくるとはなぁ」
「そりゃないぜ、爺さん」ゴールは、ずいと身を乗り出した。「死んでりゃ良かったのか?」かって天幕の外にある墓地を教えられたことを思い出した。「当てが外れて生憎だったな」
「全くだ」長老は悪びれた様子もなく、「全くだ」二度云った。
「ひどいよ」とヒロが抗議したが、ぎろりと睨まれ、縮こまった。
再び長老は溜め息を吐いた。「村を守るためじゃ」
そうだろうさ。ゴールは黙って続きを促した。
「報酬は払おう。だが金塊は返してもらう」
「えっ」と思わずゴール。
「何か?」ぎろり、と長老は年齢の分だけ重ねた厳しい視線をゴールに向けた。
「き、金塊はない」
「何故じゃ」
回答まで一拍。「竜の巣に置いてきた」素晴らしいひらめきにゴールは満足げに鼻から息を吐いた。
「ドラゴンを退治したんじゃないのか」
「俺の仕事は、金塊を魔物の巣に置いてくることだった筈だ」
「そうだったかのう」長老は素っ恍けた。
「そうだったさ」ゴールも素っ恍けた。
「ちゃうねん」子供だけが素直だった。
「ちゃうなぁ」
天幕の一部が捲られ、戯けた声音が初秋の日差しと共に現れた。ロジャーだった。「おい、爺さん。ドラゴンの巣の裏道は、いったい誰が掘ったんだい?」
「何のことじゃ」
長老は不作法な侵入者に一瞥をくれた。
ロジャーは伝説の剣〝ジャッジメント・ソード〟を脇に置き、許可も得ずにどっかと座り込んだ。革の鎧の胸には「勇者」の文字の焼印があった。伝説の楯は背負っていた。「ドラゴンをあの場に縛りつける取り引きは誰がしたんだ? 長老。契約相手は魔族ギルドか? え?」
「なんだって?」ゴールと長老が同時に声を上げた。
「村の資産を金塊に変えて、それを魔物に捧げたことにして隠したのさ」
「なかなか興味深いことを云うヤツじゃのう」長老はズッ、と音を立てて椀から茶を飲んだ。それを合図に天幕が崩れ落ちた。
「何だ!?」ゴールは腰を浮かせたが、網にかかった魚の如し。身動きすればするほど自由は奪われ、揚げ句に天幕越しにボコボコと容赦のない暴力を受けた。