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04.(盗み)

 黒い影が空を切った。

 キシャアアア!

 天と地のものではない奇声が谺した。

 それが何かをゴールは知っていた。

 とても良く知っていた……。


「くそっ……!」

 その時。背中に硬い物が当てられた。銃口か剣先か。振り返るまで分からない。

 水晶のように美しく煌めき澄んだ声がした。「ゴール?」

「う……うんち」


「兄貴!」ヒロが怯えた声を上げた。

「大丈夫だ」ゴールは両手をあげてゆっくり振り返った。「やっぱりな」そこには、一人の女がいた。いや、銀色の女の形をした金属の像があった。「よう、ルーシィ」


「ハーイ、ゴール」不確定性金属生命体のルーシィが、ゴールの背に細長い棒状にして当てていた右腕を手の形に戻した。「今回も無駄足になったわね」


「そうだな」ゴールは拳銃をホルスターに戻した。「今日はキラキラじゃないんだな」

「ええそう」ルーシィは艶めかしい曲線で構成された身体を見せつけるように腰に手を当て、身をくねらせた。「梨子地よ。かわいいでしょ」

「ああ、かわいい」ゴールはぞんざいに応え、魔物の方へ目を戻した。


 ドラゴンの首筋には、蜘蛛のような長い手足を巧みに絡みつかせた黒い影がいた。丸い頭と盛り上がった背。実際、巨木に張り付く小さな蜘蛛であった。だが、この蜘蛛は毒はないが、牙があった。瞳は禍々しいアメシスト色に輝いていた。


 フォオオ──!!

 ドラゴンはその長い手足で首を締めつけられ、やっとのことで咽喉の奥から絞り出したようだった。


「ヒロ」ゴールは子供を呼び寄せ、これから起こることが見えないよう、大きな体で抱きしめた。


「兄貴……あれは何?」

「ロジャーよ」ゴールに代わり、ルーシィが答えた。「マイティ・勇者・ロジャー」

「カラミティ・厄災・ロジャーだ」ゴールは訂正した。「天と地と、その間から外れた化け物だ」


 フォオオ──……。

 悲痛な末期の叫びは岩肌を擦り、砂と風と共に谷底へ流れ落ちた。大地が大きく震えた。ゴールの腕の中で子供が震える。


 化け物ロジャーは、倒れたドラゴンの腹の上を、蜘蛛のような長い手足で這い廻り、鋭く尖った爪で切り裂いた。そして見当をつけたその場所に頭を突っ込み、喰らい始めた。クチャクチャと湿った音。辺りに血と臓物のにおいが濃厚に漂い始めた。


「キシャアアア……」ロジャーは返り血で汚れることも意に介さず、魔物の肉を千切っては咀嚼し、嚥下する。ゴールの腕の中にあっても、子供の震えは止まらない。


「大丈夫だ」ゴールは大きな手で子供の頭を撫で、背を撫でた。「大丈夫だ」俺たちは。


 ついにロジャーはヒトの頭ほどもある赤く光るマガタマを探り当て、「キシャアアア!」喜悦に満ちた声を上げ、顎を外して銜え込んだ。


 ゴリゴリと、骨を食むような音を立ててマガタマを砕き割り、ごくりと飲み込んだ。すると、どうしたことか!


 キシャアアア──!

 細長く伸びていた手足や、ずんぐりしていた胴がゴキゴキと音を立て、ヒトのそれに変わっていく!

 天と地と、その間から外れた化け物がヒトの姿に戻っていく!


 大理石から削り出した彫像のような裸身の男がそこにいた! 風が吹いて砂煙が舞い、不自然に股間を隠した! ついにゴールの腕の中で子供が泣き出した!


 ルーシィは彼の元へ向かい、服と剣と楯、革の鎧を手渡す。受け取ったロジャーは、それをゆっくりと身に着けた。


「ねぇ、ゴール」ルーシィがのんびりと訊ねた。「その子はなあに?」

「ついてきた」

「ロリゴール」

「俺を幼女みたいに云うんじゃねぇ!」

「ペドゴール」

 ゴールは服を着たロジャーに銃を向け、躊躇うことなく引き金を引いた。


 カチン、カチン!

 甲高い金属音が響く。「危ないな」ロジャーが伝説の楯〝プロテクト・シールド〟で銃弾を受け流したのだ。「何を怒っている? ゴール」

「お前の顔が気に入らない」


「オー、ゴール」ルーシィが云った。「そんなに卑下することないわ。あなたは充分ハンサムよ」

「黙れ、メタルの屑が!」

「ゴール?」

「……ごめんなさい」

 ルーシィはゴールの謝罪を受け入れた。そして鼻で笑った。


 ゴールは諦観のため息をついた。この出鱈目な魔物喰らいと女の姿を好む金属生命体を相手にするには、どうしたって荷が勝つのだ。


「あらあら、ゴール」金属生命体が云う。「溜め息は良くないわ。倖せが逃げるわよ」

「そうだな」

 情けない気持ちを抱きながらも、ゴールはそれを振り払うように鼻を鳴らし、拳銃をホルスターに戻した。子供は泣き止んでいた。


「さて、帰るとするか」肩に手を宛て、腕を廻しながらロジャーが云った。

「待て」ゴールが止めた。「あの魔物のねぐらには貯め込んでたお宝があるはずだ」

「そうか?」ロジャーは首を傾げ、「ルーシィ、頼む」


「ちょっと待って頂戴、ロジャー」その時、ルーシィはゴールのシートバッグを漁っていた。


 金属生命体は金塊を引っ張り出し、自分の腹部に当て、にゅるん、と体内に取り込んだ。

「な……っ」ゴールは目を剥いた。


「あのお姉ちゃんは何してるの……」ヒロも呆然としている。ルーシィはにっこり微笑むと、「魔物退治の報酬よ?」


「いやいやいや」ゴールとヒロは同時に手を横に振り、「違うから違うから」


「魔物退治のお駄賃?」可愛らしく小首を傾げるルーシィに、「それも違う」とゴール。「預かり物だ」返せ返せ。


「いやいやいや」ロジャーとルーシィは同時に手を横に振り、「無理無茶無知」


「あっ」ヒロが声を上げた。「竜の巣の金も盗んだんだな!」

 するとロジャーは、「盗みようがない」

「えっ」ヒロは疑問符で一杯だった。


「あすこには金のひと欠片もない」ロジャーは竜の巣と呼ばれていた岩肌の裂け目を顎しゃくった。


「莫迦な」ゴールはロジャーに詰め寄った。

「いいや」ロジャーはにやりと笑い、「村に戻るんだろう? 道すがら、答え合わせといこうか」

 にゅるん、と不確定性金属生命体のルーシィが一本角を持つ馬の姿に変身した。

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