02.(賞金稼ぎ)
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村を出て、直ぐに気付いた。目付けか送り狼か。どちらにしても酷い。楽団を率いているようなものだ。素人にしても目に余る。あまりにも酷いので、知らぬ振りをしてやると云う優しさまで見せてやったのだが、二日目の夜にシクシク泣いている声を聞いてゴールはキレた。
正しくは、怯えたのである。だって夜中にシクシクと女みたいな泣き声が聞こえるんだぞ。怖いじゃん。
両手で耳を塞ぎ、楽しいことを思い浮かべる努力をした(今夏、砂浜で火傷しそうにホットなギャルと好い仲になったけれども、幻に終わっちゃったんだよなぁ。コンチクショウ。何が連絡先だよ。デタラメ教えやがってあのビッチ!)けれども、無理だった。怖いよ。マジ怖い。
ゴールがキレたのは、相手が一人であることの確信があったことと、虚勢であった。
マジぶっ殺す。
ゴールの「人生手帳」には、人間が怒る場合は三つある、と書きつづられている。
ひとつは、図星を指された時。
ひとつは、無視された時。
ひとつは、面目を潰され、恥をかかされた時。
なかなか含蓄ある良い文言であると、ゴールは思う。なんなら金言と呼んでも差し支えあるまい。だが、三つ目は、もう少しなんだ、キリッとした感じにしたのだが、今のところ良い代替案がないので棚上げ中だ。
本人は時折見返してはうっとりしているが、その実、中身は身勝手、自分本位でしかない。そうだろう? それが怒りの本質だ。
「人生手帳」はいずれ製本し、売り歩くつもりだ。たくさん売れるといいなぁ、嬉しいなぁと思いながら、お、これはいいフレーズだ(喜)と思ったものを、その都度書き足している。副題も決めている。「生き難いあなたに送る応援歌」。絶対売れる。
「うるせぇ!」
ゴールは山のような大男である。月明かりを背負った影は実際の二倍、三倍にも見えるものである。子供も大人も、パンツを濡らしかねない、野太い一喝に泣き声はピタリと止んだ。
ホッとしたのも束の間、ゴールは悪いをしてしまった様な気分に捕われた。だって子供だったらかわいそうじゃん。大人だとしてもかわいそうじゃん。泣いてる人を一喝とか鬼か。俺は鬼かよ。ゴールは苦悶した。
ところがどっこい、またぞろ泣き声が聞こえてきたのである。とは云え、今度は抑えたように、むしろ苦しげで、声はヨヨヨと湿っていた。
あ、鬼だ。俺。
ゴールは反省した。声の方へと草を踏み分け進むと、相手の怯えが手に取るように分かった。
「大丈夫デスヨー。怖くないデスヨー」
普通に怖い。
うずまって怯え泣いていたのは、濡れた睫毛が印象的な、赤肌族の子供であった。庇護欲をかき立てるあどけなさが残っていた。
ゴールはしゃがみ、「すまなかった」謝った。「怖がらせて悪かった」俺も怖かったんだよ、とかなんとか、ごにょごにょと。
「お前、名前は」ゴールが訊ねると、子供は「ヒロ」ぐずぐずと洟を啜りながら答えた。
「なんで付いてきた?」誰かが遣わしたとは考えにくい。
ヒロはゴールを見上げ、ひっくと咽喉を鳴らした後、毅然と口を開いた。「あんた、賞金稼ぎの〝ゴールデン・ゴール〟だろ?」
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賞金稼ぎ、ゴールデン・ゴール。
その名で呼ばれるのは嫌いでなかった。むしろ好きであった。なのでゴールは嬉しくなって子供に好意さえ抱いた。
ゴールの気分は谷底から一気に山頂へと舞い上がった。見た目に反してチョロかわいい。それが〝ゴールデン・ゴール〟だ。
「こっちへ来い」
ゴールは今や熾になった焚き火に、枯れ木をくべた。炎は勢いを吹き返し、二人の影を赤く焼いた。
「もう怖くないだろう」
ゴールの言葉に、ヒロはこくっと頷いた。
「寝るぞ」予備の毛布を子供に与え、つとめてぶっきらぼうにゴールは云った。
ひとたび優しくしてしまうと、際限なくなくなってしまうことをゴールは分かっていた。べろべろに甘やかしてしまうのだ。弱さだとは思わないが、弱点には違いない。
へっ、とゴールは自嘲した。
その夜、ゴールは静かな時間を手に入れることが出来た。明け方、寒くて目覚めたら、自分の分の毛布を子供に取られていた。
夜明けの薄明かりが、子供のあどけない安らかな寝顔を静かに浮かび上がらせた。
へっ、とゴールは自嘲した。
お天道さまだって、この寝顔にゃ勝てやしねぇ。
そっと少年の毛布を直してやり、ゴールは朝の支度に取りかかった。