01.(金塊)
黄金のゆくえ
赤肌族の長老が、村人から渡された金塊をひとつ、ふたつ、と数えるように置いた。白く長い髪と髭の小さな老人であった。頭頂は禿げていた。
丸いラグマットの対面に坐るゴールは、黒曜石のような瞳でそれを見ていた。集会所とは名ばかりの円錐型の小さな天幕に、初秋の風が薄く紛れ込む。マットは編みが荒く、尻が痛い。色も柄も馴染みないものであったが、座り心地には関係ないと思う。気持ちの問題だ。
ゴールは尻を僅かに浮かせ、座り直した。大男であった。肌は黒く輝き、腕は厚手のワークシャツの捲った袖から、はち切れんばかりに突き出ている。
「これで全てだ」長老が云った。
「俺の分は?」ゴールが訊ねる。
「これを魔物の山へ持っていく」
「俺の分は?」再びゴールが訊ねる。
長老は小さくため息を吐くと、「戻って来た時に払う」
「話はご破算だ」
「待て待て」立ち上がりかけたゴールに長老は手を振り、「慌てるな慌てるな」どう見ても慌てていた。
「以前、持ち逃げしようとした不逞な輩がいてな」と村人のひとりが云う。
「以来、後払いだ」と別の村人が云う。
「金塊を持ち逃げたヤツはいないのか」
ゴールの疑問に、「そんなん抱えて逃げ切れるもんか」長老が吐き捨てた。
「不逞の輩はどうなった?」ゴールが訊ねると、村人は互いに顔を見合わせ、一拍の後、同じ方を顎しゃくって見せた。
「墓地にいる」村人の誰かが云った。
「埋めたのか」
長老は目をすがめ、「埋葬してやった」それはそれは丁寧に。「静かに眠っておる」
喰えない奴らだ、とゴールは思った。
*
なるほど、金塊は確かに軽くない。嵩はもちろん、重量が気になる。シートバッグに必要な荷物を積み込むと、余裕どころか、むしろ足りない。馬を借りようにも、誰もが見て見ぬ振りをする。いや、ひとりだけ申し出た者がいる。馬? 一頭でいいかい? 料金はそうだな──。
報酬の三分の二近い額を要求してきた。もちろんなかったことにした。
まぁいいさ。
流れ者に仕事を任すような人々に何を期待するものか。ゴールは残りの報酬がきちんと支払われるのなら、それ以上の言葉は飲み込んだ。
「半分だ」とゴールは云った。「前金は半分」
「うんにゃ」長老は首を振った。「後払いじゃ」
「あんたらに代わって仕事をするんだ。少し歩み寄りの姿勢を見せても罰は当たらんだろう」
長老は目を細めて、「五分の一」
「二分の一」
「四分の一」
「三分の一」
それで決まった。
長老は渋々と、それはそれは嫌々ながらと報酬の三分の一を払った。これが存外邪魔であった。いや、大切な物ではあるのだが、これから森を抜け、岩山を登り、洞窟に棲む魔物の相手をするのに、ジャラジャラと鳴らしながらはウマくない。なんで硬貨なのだ。嫌がらせか。
ゴールは嫌がらせを確信した。だが紙幣だったとしても、それはそれで心もとない。濡れる破れる吹き飛ばされる。無くしたところで補填してくれようもない。さりとて村に置いて行くなどとは検討に値しない。
変な仕事を受けてしまったなぁ──。
「へっ」自嘲を声にして、馬の腹を蹴った。
大男を乗せた馬は、岩山へ向かって険しい道を進んだ。見送りはなかった。