宇宙人にさようなら。
今日は、宇宙人の命日だ。
かんかん照りの夏の日、けたたましい蝉の鳴き声。きらきら眩しい青い海、はっきりと色濃い木陰。どこまでも広がる真っ青な空。そして、真っ白な入道雲が見送る中、彼は息を引き取った。
私の前に突然現れた風変わりな宇宙人は、三年前のちょうどこの日、あっさりと死んだのである。あっさりと殺されてしまったのである。
あの日のことは、今もはっきり、鮮明に。
たった一ヶ月の思い出と一緒に、消えることなく、鮮明に。
あまりにも鮮明すぎるものだから、たまに息をするのがしんどくなる。目眩を起こすこともある。
彼は私を変えてくれたわけではないし、その思い出はあんまりにもありふれていて、私の世界を変えてしまうくらい素晴らしいもの、とは言いがたかったけれど、その死に様ははっきりと心に刻まれていて――ほら、罪作りな宇宙人の死体は、今も私の中にある。
私が海を見るたびに、宇宙人の水死体がぷかぷか、透き通った水の中に浮かんでいるし、私が木陰で涼むたびに、宇宙人の首吊り死体がぷらぷら、黒い影を地面に残している。
空を見上げたならば、宇宙人の血飛沫が白い入道雲に赤黒い落書きをしているような気がするし、けたたましい蝉の声を聞くたびに、宇宙人の今にも泣き出しそうな、あの、最期の言葉が繰り返される。
そう、確かに、宇宙人はここにいたのだ。
あの風変わりで、とても寂しがりな宇宙人は、私の隣で笑っていたのだ。
私だけが知っている。私だけが覚えている。
本当は、ずっとずっと泣いていた宇宙人は、私の友だちだったのだから。
きっと私は、何度でも彼を思い出すだろう。何度でも彼の死体を見るだろう。
あの日、殺された宇宙人。彼を知っているのは私だけ。彼を覚えているのは私だけ。
彼が死んだことを知っているのは、彼が殺されたことを知っているのは、たったひとり、私だけ。
だから、決して忘れない。何回だって、思い出す。
彼との日々を。彼の言葉を。彼の笑顔を。
そして、かわいそうな彼の死体を。
お葬式もあげてもらえなかった宇宙人の最期に、せめて私が花を贈ろう。かわいそうなその死体を鮮やかに、何度だって飾ってあげよう。
確かに存在した彼に、私ができる、唯一のこと。
宇宙人は死んだ。宇宙人は殺された。
そのかわいそうな亡骸を、何度だって思い出す。そのかわいそうな亡骸は、いつも私のそばにある。
あれは、夏のはじまり。
本当はずっと前から夏が始まっていたのだけれど、子どもの夏はじまるのはちょうどこの頃。だいすきな夏休みが始まる、七月の終わり。
――空から、宇宙人が降ってきた。
いや、正確には「空から」ではなく「公園の木の上から」だったのだが、頭上に注意を向けていなかった私からすると、急に彼が落下してきた衝撃は、それほどのものだったのである。
不自然なほど白い肌。長い睫毛は、白磁の頬にうっすらと黒い影を作る。無理に色素を抜かれたような赤い髪は、ふわりふわりと優しく揺れた。
大きな栗色の眼をしたこの少年は、自分のことを「宇宙人」と呼んだ。
「僕はね、実は宇宙人なんだ」
「月よりもずうっと遠い星から、研修のためにやってきたんだよ。だからね、地球のいろんなものが見たいんだ」
「ねえ、君! 僕の研修の手伝いをしてくれないかい? 地球のことを教えてほしい!」
彼は美少年と呼べるほど整った容姿をしていたけれど、頭のねじがいくつか外れていた。そして私はこんな電波受信少年にときめくほど、そして彼の言葉を信じるほど、おめでたい頭をしていなかった。
だから無視して、その場から逃げようと思ったが、私を追いかけようとする彼は、ずいぶんとまあ、情けなくて。
喫茶店の看板犬には吼えられて悲鳴をあげるし、カラスには追いかけられてつつかれるし、驚くくらい早く息切れするし。
今にも熱中症になって野垂れ死にそうな彼を見ていると、何だかとても気の毒になって、私は彼を手伝うことにした。
彼に悪意はないようだし、頭のねじが外れていて自分を宇宙人と名乗るだけで、特に害はなさそうだ。誰かに害を与える前にぽぉんと自分で弾けてしまいそうな雰囲気すら感じる。
夏休みにやることなんてなかったし、たまには変なのと遊んでみるのも悪くない。
何だか危なっかしい自称宇宙人は、私の返事を聞いて目を輝かせ、両手を掴んでぶんぶん振った。
その喜び方が、何だか喫茶店の看板犬みたいで、面白いと思ったのを覚えている。本人にそのことを言うのはさすがに失礼だと思って口には出していないけれど、あの彼のことだ。もし正直に話していても、褒め言葉だと勘違いして、大喜びしていたかもしれない。
「ありがとう、本当にありがとう!」
「君が一緒なら百人力だよ!」
自称宇宙人は、素直だった。驚くほど世間知らずでおっちょこちょいで、ドジで貧弱で情けなかったけれど、人の言葉を素直に受け取って、一喜一憂する人だった。
感情表現もシンプルで、まっすぐ。あんまりにもまっすぐだから、それで人を怒らせることもあるし、空気なんてものが読めるはずもなかったけれど、それはそれで、一緒にいると何だか楽しい。私は彼を変人だと思ったが、決して嫌いだとか、不快だとかは思わなかった。
きっと、それが彼の魅力なのだ。認めるのは尺だが、人に放っておけないと思わせるのは、彼の持つ一種の才能だろう。
そう、彼は悪いやつではない。ちょっと頭のねじが外れているだけで、一緒にいるとそれなりに楽しいのだ。
それから私は彼に振り回されるような形で、彼と一緒にいろんな場所へ行った。
彼が看板犬に吼えられた喫茶店。最終的に看板犬になつかれ、炎天下の中、前脚でホールドされて悲鳴をあげた。本人は犬が苦手だというが、犬は彼が好きみたいだ。
私がよく利用する図書館。地球の書物だと喜んでいたが、彼が興味を示したのは数冊だった。むしろ本よりも図書館という空間の方が気になったようで、受付だとか返却棚だとか、そういうものを見て感動していた。
少し寂れた町の商店街。彼はなぜかお金を持っていたが、それを使って買い物をするのは初めてだったらしい。初めてのことをするわくわくが全身から溢れて、とても楽しそうな彼の姿を見ていると、私も楽しくなってくる。駄菓子屋の棒アイスをおごってやると、彼はぱあっと、花のように笑った。
まだ開発の手が入っていない、町外れの森。子どもの冒険スポットでもあるそこへ出かけ、二人で遊んだこともある。世間知らずなくせに、彼はやたらと植物に詳しかった。彼の故郷で地球の植物について調べたことがあるらしい。同じように虫にも詳しかったが、どうやらあまり得意ではないらしく、捕まえたばかりのアゲハチョウを顔に近づけてやると悲鳴をあげた。
夏の日は長いが、そうしているうちにも日が暮れる。夜になるとカブトムシが採れるし、星がきれいだから見ていかないか、と尋ねると、彼は目を伏せて口ごもり、夜は宇宙船の様子を見なければならないから、と答えた。
どこまで宇宙人設定を貫くつもりなのかは知らないが、何か帰らなければならない理由があるのだろう。無理に引き止める理由はないし、私は彼を問い詰めることなく、適当に流して手を振った。少しだけ残念そうだったが、彼も笑って手を振り返し、その日はそこでお別れした。
そう、私と彼が出かけるのはいつも日中。夏祭りがあると誘っても、夜は宇宙船に戻る必要があるとか、地球の夜は身体に毒だとか、そんな理由で断られた。
きっと、門限でもあるのだろう。それならそうと言ってくれたらいいのに、彼は頑なに自分が宇宙人であると主張して、それらしい理由をつけて断った。
私はそれを不思議だと思いつつも、深く追求することはなかった。答えたくないことを詮索するのは無粋だと思ったし、彼は人懐こいように見えて、そこだけははっきり、明確に線を引いていた。
「僕はね、宇宙人なんだ」
「地球って本当に楽しいところだね。僕の故郷も素敵な場所だけれど、地球も本当に素敵だよ!」
彼はずっと、自分が宇宙人であると言い続けた。
何度尋ねても、自分は本物の宇宙人であると答えた。
設定の矛盾をついても彼は必死にごまかして私を言いくるめたし、何回会っても、何回一緒に出かけても、私が彼に友情を感じはじめても、どんなに親しくなったと感じても、彼は頑なに宇宙人であると主張し続けた。
もしかすると、本当に宇宙人なのかもしれない。もしも本当だったらそれはそれで面白いし、嘘だったとしても困ることは何もない。
彼の頑固さを見ているうちに私はそう思うようになり、彼が本当に宇宙人であるかどうかなんて、まったく気にしなくなっていた。
だって、彼は彼だ。自称宇宙人でも、本物の宇宙人でも、ここで二人、いろんな場所に出かけて、いろんな話をして、一緒に笑ったことは変わらない。
私はそれでいいと思ったし、彼も同じ気持ちだと思っていた。
彼は相変わらず、自分を宇宙人だといい続けたし、何かを隠している様子もあったけれど、私はその追求をやめた。
それが彼の自然体ならば、彼がそれを望むなら、彼を宇宙人のままにしてあげよう。だって彼は、自分が宇宙人であることを望んでいるのだから。
そして、そんなある日。
彼が宇宙人と名乗ることを私が自然と受け止めはじめた頃。私たちの夏が終わりに近づき、残った宿題を思うと頭が痛くなりはじめた頃。
私は、宇宙人の父に出会った。
彼の父親は、至って普通の人間だった。高級そうな黒い背広をまとい、猛暑の中でもきっちり、ネクタイを締めている。
「こんにちは、お嬢さん」
「私の息子の遊び相手をしてくれたと聞きました。今まで、どうもありがとう」
彼の父親が着ているそれが、喪服であると私は思った。
彼は宇宙人を殺しに来たのだ。私の中で膨らみはじめた、そして彼の中で、彼の芯として彼のすべてを築いている宇宙人を殺した後、行われるお葬式の喪服。
でも、実際は喪服ですらなかった。
だって、この人は宇宙人の存在すら認めていないのだから。存在していないのだから、死ぬことだって、殺されることだってないと思っているのだから。
「私の息子は心を病んでいて、頭がおかしいんだ」
「ここには療養にきたのだけれど、あまりよい結果が見られないようだから、また引っ越そうと思っていまして」
彼の父親は、淡々とそう述べた。彼の所有物らしい高級そうな黒色の車の中で、自称宇宙人は小さく震えていた。
彼の表情は見えないけれど、泣いているのかもしれないと思った。だって彼は貧弱で、情けない宇宙人だから。こんな車の中に閉じ込められたら、きっと怖いに違いない。
ここから出してあげなくちゃ。地球でたったひとり、震えているかわいそうな宇宙人を、私が助けてあげなくちゃ。
今、この瞬間から逃げ出そうとする私の頭が、車のドアを開けさせる。
それに少し驚いて、びくりと身体を震わせた自称宇宙人。私を見上げた彼は、泣いてなんかいなかった。
きっと怖いだろうに。きっとこれからつらいことが、とっても心がしんどいことが、彼へとたくさん、降りかかるだろうに。
彼は私の目を見て、笑ったのだ。今にも涙が溢れて、ぼろぼろになってしまいそうなのに、彼はそこで笑っていたのだ。
「ここでの調査は、もうおしまい」
「とっても楽しかったよ。君のおかげで、地球のことをいっぱい知ることができた。本当に、ありがとう」
その顔を見て、やっと分かった。
ああ、彼はやっぱり、宇宙人だったのだ。上等すぎる家に生まれて、華奢な彼には重すぎる荷物を背負わなければならなくて。
重圧に耐えきれなかった彼は心を病んで、地球人の父親が理解できない存在――宇宙人になったのだ。
不自然なほどに白い肌は、部屋から出ることができなかったから。もしかすると、何かの薬を飲んでいて、その影響かもしれない。
無理に色素を抜かれたような赤い髪は、健全ではない生活とストレスから。それを誤魔化すために赤くして、余計に髪を傷めたのかもしれない。
世間知らずなことだって、体力がないことだって、貧弱なことだって、思い返してみれば、ちゃんと理由があったのだ。
けれど、彼はその理由を話さなかった。――いや、話すことができなかった。
どうして自分が理不尽な目に遭うのか。どうして父親は自分を理解してくれないのか。どうして自分は孤独で、こんなに苦しい思いをしているのか。
それを納得させる答えが、宇宙人だった。
自分は宇宙人で、地球には研修にやってきた。宇宙人だから地球に理解者はいない。理不尽な目に遭うのも、地球と故郷の星と派は文化が違うのだ。だから、仕方ない。
地球にいるから孤独なのであって、故郷の星に帰れば、自分はひとりぼっちじゃない。自分には居場所がある。ただ、そこは地球ではない。
地球に自分の居場所がないのは、仕方がない。地球で理解者がいないのは、自分が孤独なのは、仕方がない。
だって、自分は地球人ではないのだから。自分は宇宙人。だから、地球でしんどいのは仕方がない。
月よりずうっと遠く離れた、とても素敵な故郷の星。そこに居場所がある。理解者がいる。
だから、宇宙人は寂しくない。
苦しくない。悲しくもない。つらくもない。しんどくもない。
地球に拒まれた彼は、宇宙人になった。故郷の星に帰れば居場所がある、理解者がいる――そんな、宇宙人になったのだ。
「僕の地球研修はまだ終わらない」
「地球のことを、もっとたくさん調べないとね。まだまだ、研修は終わらないよ」
「だって僕は、宇宙人だから」
まるで、終わらない宿題について話すかのように。
彼は答えた。彼は笑った。
かわいそうで情けない宇宙人は、今にも泣き出しそうな私を見上げて、笑顔を見せてくれたのだ。
その笑顔が、身体のいちばん柔らかい、自分自身も知らないような、いちばん奥の何かに響く。ぴしりと亀裂。ばらばらと、私の何かが壊れていく。
ここで言ってはいけないと思った。
少し前なら、言えただろう。けれど、全部を理解してしまった私が言ってはいけない言葉。
その言葉が熱を持ち、喉の奥から湧き上がる。口を閉じてしまう前に、私はそれを吐いてしまった。
吐き出したそれは不気味なほどの熱を持ち、瞳を灼いて、涙を呼んだ。
「ちがう、ちがうよ。あなたは宇宙人なんかじゃない」
「月よりもずうっと遠い場所に故郷の星があって、研修のために地球に来ている――そんな、宇宙人なんかじゃない」
ぽろぽろ、ぽろぽろ、溢れていく。
ぼろぼろ、ぼろぼろ、崩れていく。
「だって、私がここにいるもの」
「――あなたは地球でひとりの、宇宙人なんかじゃない」
溢れたのは何だっただろう。私のエゴに塗れた彼への想いだったかもしれないし、彼の涙だったかもしれない。
崩れたのは何だっただろう。私と彼との関係かもしれないし、それよりももっと大切な何かかもしれない。
けれど私には、はっきりと分かった。
私の言葉を聞いて、丸く、見開かれた栗色の瞳。絶望とも安堵ともいえない色のその瞳から涙がこぼれ、彼の白い頬を伝ったその瞬間。
――宇宙人は、殺された。
かんかん照りの夏の日、けたたましい蝉の鳴き声。きらきら眩しい青い海、はっきりと色濃い木陰。どこまでも広がる真っ青な空。そして、真っ白な入道雲が見送る中、宇宙人は息を引き取った。
私が殺した。彼が殺した。
希望を与えるために生まれた、寂しがりやで、貧弱で情けない宇宙人は、私たちに殺された。
そのことを、私以外の誰も知らない。
彼の父親だって、彼自身だって、そのことを知らない。
宇宙人が死んだ瞬間、彼はまるで子どものように、みっともなく泣き叫んだ。まるで駄々をこねるように、わんわんと泣きじゃくった。
それは、彼の父親すら止められなかった。
宇宙人の血は、涙になる。彼の涙になって地面へ滴り、そこへ黒い染みを残す。
きっとそれは、世界でいちばん美しい血液だ。
言葉に串刺しにされた宇宙人は透明な血を流し、あっさり倒れて、死んだのだ。
私も大きく、声をあげた。
それは私の咆哮だ。それは私の泣き声だ。
私しか知らない、かわいそうな宇宙人。
その死を嘆いた。その無残な亡骸を抱いて、かわいそうだと泣き叫んだ。
けれどきっと、それだけじゃない。そう、それだけじゃないから悲しいのだ。
宇宙人が死んで、生まれたもの。それがひどく尊いものだからこそ、誰も宇宙人の死に気づかない。
私もその生を喜んでしまうから、だから余計に死が悲しくて、こんなにも涙が止まらない。
泣きはらした目の彼が、震えながら手を伸ばす。
私はその手をぎゅうっと掴んで、死から生まれたそれを壊さないように、そして決して離さないように、抱きしめながら、声をあげる。
それは、産声になるのだろうか。
もっと醜いものかもしれない。それを理解していたけれど、私には決して止められなかった。
「――ほら、宇宙人は死んだよ」
彼はきっと、宇宙人を知らない。どんなふうに死んだのか、どんなふうに殺されたのか、何も知らない。
きっと言葉にしてみたって、彼に伝わるものじゃない。
けれどそれでも、私は彼に教えたかった。かわいそうな宇宙人の死を、声に出して伝えたかった。
そしてその死から生まれたもの。とても尊い美しいものを、今の彼に教えたかった。
「――でも、あなたは生きてる」
宇宙人から血が流れる。尊いそれから、涙が溢れる。
彼は顔を上げ、私の目を見た。
笑っていた。ぽろぽろ、涙を流しながら、彼は穏やかに、そして幸せそうに笑っていた。
血に塗れて、汚れながら、幸せそうに笑っていた。
私は宇宙人の死体と一緒に、彼の笑顔を抱きしめた。
夏の風景、夏の音。肌で感じる夏の風。
気が狂いそうな美しい夏が、彼の笑顔を祝福する。
頭がおかしくなりそうな美しい夏が、宇宙人の死体を抱きしめて、ゆっくり、ゆっくり溶かしていく。
私の心へ、とどめていく。
腐敗し、溶けても、それは色褪せることがない。鮮明な色のまま、私の心に刻まれていく。
かわいそうな彼の死は、確かにそこに存在した。
確かに、ここに存在した。
ここで宇宙人が生きていた。そしてその宇宙人が死んだからこそ、尊い何かが生きている。
生まれなければ死ぬこともない。地球の命は、そういうふうになっている。そういうふうに、続いていく。
だから私は、このかわいそうな死を大切にしよう。このかわいそうな亡骸を、大事に心へとどめよう。
私だけが知っている。私だけが覚えている。
かわいそうな宇宙人を。そのかわいそうな亡骸を。
私だけが、鮮明に。
そしてその死が生んだ何かは、今日も大きく息をする。
今日は宇宙人の命日だ。
誰もその死を知らないので、誰もそれを悼まない。
けれど宇宙人の命日に、毎年、きれいな手紙が届く。
その手紙は私宛。心のこもった、素敵な手紙。
地球から届いたその手紙を見るたびに、私は気の毒で、かわいそうなその死を悦ぶ。
呼吸の音に、死を想う。
おしまい。




