第五話 『後悔しても、もう遅い』
「うおっ!なんだ…ちょっと!何やって…」
背中に強い衝撃が走り、崖から落ちそうになったところをギリギリ踏みとどまった。
そして後ろを振り向いたら雨夜が掴みかかって来た。つまりさっきの衝撃も、雨夜が俺を突き落とそうとして…
「お、お前誰だ!」
とっさに自分の口から出た言葉だった。掴みあっている一瞬の間で、無意識でも理解していた。
…こいつは、雨夜じゃない。
俺に人の心を読む能力なんてないが、雨夜は正真正銘いいやつだ。それだけははっきりと言える。だが、姿形は完全に雨夜。それも間違いなく…事実だ。
普通じゃ外身と中身が違うなんてありえない。
でも俺はこの『普通じゃない』現象を知ってる。『入れ替わり』だ。そして俺を殺そうとするほど恨んでいる人間なんて、あいつしか…
「誰かって?ここまで来たらさすがに心の中では気づいてるんだろ?…『落合』だよ、忘れてないよな?」
信じたくなかったがやはり…
……ちょっと待てよ…こいつが生きてるってことは、落合の体で死んだのは……
ドサッ……
「ハハッ、いかにも『絶望』って感じだな、ああ、お前…もしかして好きだったんじゃないの?
そういえば、スマホ借りるために馬養も殺しといたから。昔からずっとそうしたかったけど、その頃は勇気がなかった…善財、僕に勇気を出させてくれて、ありがとう。
今はもうこの崖の下の波にのまれて、絶対発見できないだろうな…」
「…………」
「おいおい、なに悲劇の主人公ヅラしてんだよ!?僕の方がよっぽど辛いよ!
お前と入れ替わって4日目、目が覚めたら今度は女と入れ替わってた…でも僕が考えてたのはどうやって『入れ替わり』を元に戻すかだけだった! なのにお前は…ニュースを見た時絶望したよ…無責任にも自殺なんて…僕が帰る場所を奪ってまで…!
その時決心した…お前を殺そうって…」
「…仕方なかったんだ…お前が俺になるのと、俺がお前になるのとじゃ、わけが違うんだよ…
それに俺は…お前のためにもなると思ったんだ…お前の身体で俺が死んで、お前は俺の身体で生きる…その方が、借金、いじめ、バイトだらけのあんな生活よりマシだと思ったんだ…
「妹のことを知っても、まだそんなことが言えたのか?とことんクズだな…」
「…妹?お前、妹がいるのか…?」
「どうせお前は、僕の家で3日間引きこもってただけだろ?机の引き出しの中も見てないのかよ…
僕の妹は重い心臓病だ!手術には金がいる…でも、両親は既にいない。だから借金もバイトも馬鹿みたいにしてるんだ!
お前の言う通り、『善財当』の身体で生きたた方が俺は楽に暮らせるさ…でも、あんなに汚い僕でも、妹はお世辞にも『かっこいい』って言ってくれるんだぞ…?」
そりゃお世辞じゃねえよ…そんな兄がかっこよくないわけないだろ…
「もう何をしても僕の身体は戻らない。つまり、次にお見舞いに行った時は『お兄ちゃん、何もかも汚かったから整形したんだ』って言わなきゃならないんだろうな。その時、妹はどんな顔するんだろうな」
「…………」
何も言う言葉が見つからなかった。親友が殺され、何の罪もない人間が知らぬ間に犠牲になっていたと言うのに、こみ上げてくるのは『怒り』ではなく『絶望』。
俺にとってかけがえのない存在であった2人の人間は、俺が殺したんだ。そして、落合の身体さえも…俺が……
「悪かった、このとおりだ。俺のしたことは許されない、だから自分自身でケジメをつけさせてくれ…頼む…」
「は?お前…今の話聞いて、覚悟する権利なんてもらえると思ったのか?」
その瞬間、胸を蹴られ崖から落ちる。
俺が最期に見たのは、この上なく悲しい満面の笑みだった。




