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7話 友情の冒険

 前日の雨からは想像できないくらい、からっと晴れていた。時によっては汗を掻くほどに気温は上がっていて、いよいよ夏が迎えに来る時期だ。

 私は講義を受けた後、公園にやってきた。昨日は美奈子の急な検査で話せなかったが、それももう終わっているだろうし、何よりこの快晴だ。こんなに空が青く綺麗だと、心も清々しくなる。


 しかし、今回は約束をしていない。だからいつ来るのかをお互い知らないわけだ。そうなったら待つのは私でいい。美奈子は病人なのだから。私は気持ち早めに公園に到着して、ベンチで本を読んでいた。

 まだかな。まだかな。わくわくしながら待っていた。一日会えなかっただけなのに、こんなに美奈子と会うことを待ちわびているとは、自分で言うのも何だけど、まだ可愛いところがあったもんだ。


 だが、美奈子は来ないまま時間は過ぎて行った。辺りは薄暗くなって、さすがに今から美奈子が来るとは考えにくい。検査が長引いているのか、病院側が外出を許可しなかったのか。色々と理由は考えられるけど、来られないものは仕方なかった。


 私は小説を鞄にしまって公園を後にした。さすがに夜になると、まだ少し肌寒かった。



 ☆ ☆ ☆



 それから、私は何度も公園に通い続けた。約束はしていなかったけど来てくれる。勝手にそう信じて通い続けた。また不思議と引き込まれる笑顔で来てくれる。細い腕で一所懸命車いすを漕ぎながら来てくれる。


 しかし、それは思っただけに過ぎなかった。


 美奈子はあれ以来、全く来なくなった。毎日欠かさずに見に来たけど、姿を現したことは一度もなかった。


 嫌なことが頭を駆け巡る。そしてやっぱりか、と頭を抱えた。やっぱり、先生が言った「ただの検査」というのは嘘だろう。

 いや、もしかしたら、そもそも嫌々これに付き合ってくれていたのかもしれない。それもそうだ。患っている子が公園まで出てきて楽しいだろうか。程度の差こそはあっても、身体的に負担はあるだろう。


「……」

 そこまで考えて私は頭を横に振った。そして両手で頬をパンっと叩く。

 やめよう、こんな暗いことを考えるのは。きっと来てくれる。


 私はそう自分に言い聞かせて、ベンチに座って本を開いた。綺麗な夕日が山に身を隠そうとしていた少し暑くなってきた夕暮れだった。



 ☆ ☆ ☆



 今日も公園にやってきた。当然のように、そこには美奈子の姿はない。ここまで来るとストーカーみたいだったが、それでも来ずにはいられなかった。

 あの夕日を悲しそうに眺める美奈子が最後に見た姿だ。あの光景がどうしても頭から離れない。あれは、どういう感情で浮かんだものなんだろうか。


 いつものようにベンチに腰掛け、今読んでいる小説を開いた。すると、私の頭部の影しか映っていなかった小説が、突然大きな影で覆い被された。

「ご無沙汰だね、凛さん」

「あ、先生……」

 その主は目の前にある大学病院の医師である立石先生だった。私よりも上から影ができる時点で美奈子ではないことは分かっていたが、それでも少し戸惑った。


 わざわざ先生が来たんだ。その事実がより一層、不安を駆り立てて行く。

「今日は凛さんに伝えなくてはならないことがあって来ました」

 前回会ったときとは全然違う、真剣な眼差しで一直線に私を見る。ごくりと唾を飲み込む音がはっきりと聞こえた。


「美奈子さんは、亡くなられました」


 一瞬、時が止まったように固まった。それでも数秒後、事態を理解した。

 何となく予想はできていたことだ。急な身体検査、公園に来ない美奈子。どんなに知識がなくたって、簡単に分かることだったはずだ。


 ――それでも、やっぱり信じたくはなかった。

 どこかで脳は死の理解を拒んでいて、それに操られるように足は公園へと向かっていた。現実から逃れようとした結果の行動が、ここ数日の私だったのだろう。


 ああ、本当に悲しいと涙も出ないのか。これだと、美奈子を悼む気持ちがないみたいだ。


 そんな沈む私を、立石先生は目を細めて見ていた。しばらくの沈黙、現実を受け入れる時間を私にくれた後、先生は口を開いた。


「原因は、過労死です」

「え……? 過労死……?」

 その先生の口から予想もしなかった死因にハッと顔を上げた。

「何で、過労死……」

 と、言いかけたところで、立石先生はポケットから一枚の封筒を取り出した。表面には丁寧な字で『塚田凛さんへ』と書かれてある。

 先生はその封筒を私に差し出した。封筒を受け取り、裏面を確認すると、そこには『小出美奈子』と書いてあった。


「これは、美奈子ちゃんから凛さんへの手紙だよ」

「美奈子からの……」

「中身は見ていないから詳しいことは分からないけど、渡すように頼まれたときにこう言われたんだ。死因の理由は私が話すって。だから、何で美奈子ちゃんが過労でこの世からいなくなってしまったのかは、僕から言えることじゃない」


 私は視線を落として、軽い力で握っていた封筒を見た。力尽きる前に、書いてくれた手紙。そのことを想像すると、ついに涙が溢れそうになった。悲しいからなのか、はたまた、最後の瞬間をこの手紙に使ってくれたことが嬉しいからなのかは分からない。それでも、身体の奥から込み上げてくるものがあった。


 必死に涙を堪えようと、誤魔化し気味に呼吸を早くしていると、先生は更にポケットから一枚の紙きれを取り出した。そこには携帯電話のメールアドレスが記載されている。


「これは僕のメールアドレス。美奈子ちゃんが言うには、『分かったら先生に連絡して』ってことらしいよ」

「これってどういう……」

「美奈子ちゃんも、簡単には教えてくれないよ。僕は病院での美奈子ちゃんしか知らないから偉そうに言えないけど、高校生とは思えないくらい大変な人生だったんだよ。だから人に教えたくない気持ちがまだあるんだろうね。相手がたとえ、凛さんだったとしても」


 いつからの闘病生活かは知らないけど、死に至るほどの生活があったから今、こうなっているわけで。それだけでも美奈子が歩んで来た、たった十数年かもしれないけど、嵐のように激しい人生を感じ取った。


「つまりは、こういうこと。その手紙には美奈子ちゃんの死因の理由は書かれていない。それを凛さんが見つけ出す。答えに辿り着けたと思ったら、僕の携帯に連絡して答え合わせ。正解すると――美奈子ちゃんからの二通目の手紙が手に入る」

「まだ手紙あるんですか!?」

「うん、あるよ。でも、もちろん今は渡せない」

「何でそんな回りくどいこと……」

「美奈子ちゃんの提案だよ。小説を通じて仲良くなった凛さんとの最後は、冒険小説や推理小説みたいなことをするのも面白いかもって」


 それを聞いて、私は思わず笑ってしまった。やっぱり美奈子は不思議な子だ。死が迫っている時でも、そんなことを考えられるんだ。凄いな。

 別れにしては、あまりにふざけた軽い話だったかもしれない。だけど、そのおかげで今、何だか美奈子が帰ってきた気がした。『私からの挑戦状です!』って屈託のない笑みで隣で言ってくれているような。


「僕が言えるのはここまで。あとは、凛さんが自分で見つけ出していくんだ」

「なるほど。確かに面白いかもしれませんね」

 私はニッと笑って封筒を強く握った。やってやる。私の大切な小説友達からの課題。


「じゃあ、僕はまだ仕事が残っているから失礼するよ。連絡、待ってるね」

「はい。ありがとうございました!」

「頑張ってね」


 先生は手を挙げて病院の方へ消えて行った。


「よーし、勝負だ。美奈子!」

 人目も気にせず大きな声で言い、私は美奈子からの手紙を開いた――。



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