10話 本の真実
「これは……」
その夜、一睡もせずに冒頭から井沢聖子の最新作を読んでみた。感想は――面白くなかった。
前回読んだときは美奈子の死や手紙の問題で頭がいっぱいになって頭が回らなかったが、今回は意識して読んでみた。しかし、それでも面白く感じなかった。あんなに井沢聖子に夢中になっていたのが嘘かのように興味が薄れるような作品だ。
それはもう失敗というレベルではないということは、初作品から読んで来た私にはすぐに分かった。もはや別人が書いたような小説だった。
「まさか……ね」
あることが私の頭を過るけど、顔を横に振って無理やり振り払った。そんな事実、あるわけがない。
そう思って、私は再びネットサーフィンをした。さっき見たのもたった一つのサイトの情報だ。確信に至るには不十分すぎる。しかし結果はどこも同じ。酷評ばかりで少しくらい良い意見があってもいいのに、と同情すらしたくなる光景が続いた。
更にはショッピングサイトのレビューに留まらず、ネットニュースにも取り上げられていた。
『大人気作家・井沢聖子最新作、酷評の嵐!』
そのニュースのコメント欄にも批判が続く。ここまで悪い感想が続くと、いよいよ私の考えていることが現実味を帯びてくる。
気がつけば朝日が昇り、薄暗い部屋に光が差し込んだ。一睡もしていない疲れ切った瞼にそれは刺激的で、眠たいのに目は冴える不思議な感覚が襲ってきた。そうか。カーテンを閉めるのも忘れて、ずっと井沢聖子を探っていたのか……。
私はベランダに出て手すりに体を寄せて朝日を眺めた。綺麗な朝日が昇ってきた。そう言えば、美奈子と最後に会った日は夕日が沈むオレンジ色で染まった日だった。この白くて柔い光は、何を主張しているのか。何だかいつもより元気そうだと勝手に思った。そしてなぜだか安心する。
急に力が抜けると今にも寝てしまいそうになった。今日も特に予定はない。私は部屋に戻ってベッドに身を投げた。そうだ、実際に本屋に行ってみよう。そこで売り上げを聞いたら、もっと井沢聖子の現状が見られるかもしれない。
そんなことを考えているうちに、私は目を閉じて静かに眠りについた。
☆ ☆ ☆
私はあの後、午後二時くらいまで寝ていた。それから街に出て食事を済ませて書店に足を運んだ。結果は――想像以上だった。
発売されて間もない井沢聖子の最新作は特集コーナーの撤収どころか、一冊も置いていなかった。それほどに売り上げが落ち込み、評価されていないということなのだろうか。それにしても異例の早さだ。もっと長く置いてあるものなのに、一冊も置いていないなんて。
激しく変わる井沢聖子の世界。それに困惑しつつ、私は公園にやってきた。冬ともなると日が沈むのが早く、既に夕日は顔を隠そうとしていた。それを見ると、いよいよ私の考えが確信に変わってくる。
いつものベンチに腰掛けて美奈子との会話を思い返してみた。
私が『猫の生き様』の感想言ったときの深く考え込むような態度。
そう言えば、美奈子は『猫の生き様』の内容を聞いてきたのにタイトルは知っていた。あの時感じた違和感はこれだったのかもしれない。
自分をオバケみたいだと自虐したこと。
高校生を大人への階段と位置づけ、泣きたくても泣けなくなると言った。もしそれが自分を映し出していたとしたらどうだろう?
『惹かれ合う人』を好きと言ってくれていたという不自然な受け身の表現。
そうか。美奈子。やっぱり君は――。
既に真っ暗になった公園で携帯電話の電源を入れて私はメールアプリを起動した。そして簡潔に文を書いて送信した。
『遅くなりましたが、答え合わせをお願いします』