the end of the sky ~ 空side~ 9
彼がお気に入りだというこの湘南平。
その気持ち、私にもわかる。
ここは遮るものがないもないから、ストレスフリーで景色を眺めることが出来る。
空だけじゃない。海も街も山も全部見渡すことが出来る。
ここまで素敵な場所が、平塚にあったなんて私は知らなかった。
一瞬にして私にとってもここはお気に入りの場所になった。
もともと父がいなくなってからは、どっかに連れて行ってもらった事なんて殆どない。
近所の公園か図書館、後は部屋で過ごすことが多かったんで、県内の事とはいえ無知に近い。
「私、初めて来た!凄いね湘南平!遮るものが何もない!」
知らない事を初めて知った時の感動。
私はまるで小学生の如くはしゃいでしまった。
海から吹く南からの風がとても心地いい。
遠くに見える車の列は、まるで豆粒の様に小さくて、太陽の日差しを浴びて歪んで見える。
空を見あげれば、まるで飛んでるような錯覚すら覚える。
気が付くと私たちは並んで空を見ていた。
「どうかな青山さん?素敵な場所でしょ!気に入ってもらえたかな?」
確かにこの場所は大変気に入った。でも一つだけ気に入らない事がある。
私は彼の方へ向き直る。
「・・・空。」
少しだけ強くそれとなく主張する私。
彼はキョトンとして、一瞬空を見上げた。
どうやら私が言おうとした事の意図が分からなかったらしい。
「空。私の名前。青山さんじゃなくて、空。」
あぁ、そうか!と言わんばかりの顔をして私の名前を口ずさむ。
「青や、あ!空さんで、いいの・・・かな?」
65点。
私は心の中で勝手に点数をつけた。
なんだろ、もっとこう、ね、スラ~っと自然に言ってほしいの。
「青山さんでも、空さんでもなくって、空。そ・ら!OK?今度さん付けしたら返事しないからね!」
私は少し悪戯っ子みたいにそう言うと、彼は少し困った様な、それでいて恥ずかしそうにして、視線をそらしながらも、私の要求に答えてくれる。
「で、ここは気に入ってもらえたかな、そ・空?」
惜しい!90点!
でもさっきより幾分かマシになったので、この辺でOKにしておく。
馴れてないって言うのもあるかもしれないし、そのうちすぐ慣れると思ったからだ。
「よくできました!うん!凄く気に入ったよ!」
私は出来る限りの笑顔をもって全力で答える。
同年代の異性に名前を呼ばれたのって初めてかも。
少し、心がくすぐったい様な、恥ずかしい様な感じだけど、決して嫌じゃない。
むしろ嬉しい!
私の事を彼に知って欲しい。反対に、彼の事ももっと知りたい!
押さえきれない欲求は、いつしか口を衝いて出て行く。
私は、今まで誰にも話した事のない自分の生い立ちを話し始めた。
私の名前を付けてくれた父の事、両親の離婚の事、私が空ばかり見ている理由。
どれも決して面白味のある話じゃないし、そこそこ重たい話だ。
引かれちゃうかな?
そう思って横目で彼を見ると、真剣な眼差しで話を聞いてくれる彼がいた。
私は彼に全てを話し終えると、色々な事が頭の中を駆け巡り、いつもの様に遠くの空を眺めていた。
「僕もね、話さなければいけない事があるんだ。」
突然の彼の言葉に、私は視線を彼に移した。
「僕は君に一つ嘘をついた。先日屋上で聞かれた夜更かしの理由なんだけど、バニラスカイを見たいからって言うのは嘘なんだ。勿論バニラスカイは見たんだけど、眠れなかったのには理由があるんだ。」
何を急に話そうとしているんだろう?
今度は私が彼の言葉に耳を傾ける番だ。
遠くを見つめながら話し始める彼の横顔を、私はそっと見つめていた。
「僕はこれまで人付き合いを極力避けてきた。一人の方が楽だし、面倒だったからってのもある。でも、空と初めて屋上で話した時から、君の事ばかり考えるようになった。いつも遠くを見つめていて、その透明な瞳の中には何が映っているんだろう?そんな事を考え始めた時には、僕は君の事が好きになっていた。僕はそれまで恋なんてした事もなかったから、どうしていいかわからず、一睡も出来ずにバニラスカイを見ちゃったって訳。これがあの時の本当の理由。あの時は恥ずかしくて正直になれなかったから嘘ついちゃったけど。」
今、なんて言ったの?
私の聞き違いなのかな?
彼は今、私を好きと言った。
ふいの告白に、私の心拍数は異常事態に陥っている。
口から飛び出しそうな心臓に手をやり、必死に平常心を保とうとする私。
そんな私の気持ちもしらずに、彼は言葉を続ける。
「空、僕は君の質問に正解を答える事は出来ない。でも、君の側で一緒にそれを探す事は出来る。僕なんかでよければこれからも君の側に居させてもらえないだろうか?」
やっぱり聞き間違いじゃなかったんだ!
一緒にいたい。
つまり彼は、こんな私に告白してくれているんだ。
どうしたらいい!?
私はなんて答えればいいんだろう!?
私もその想いに、真剣に答えなければいけない。
傾きかけた太陽と黄昏始めた街並み。
それは私が今までに見たどの空よりも美しかった。
「これがバニラスカイなんだね。ねぇ、また一緒にここに来てくれる?」
そう答えるだけで精いっぱいだった私の気持ちを、彼は理解してくれたみたいで、大きく頷いてくれた。
私はそれがとても嬉しくって、少しだけ意地悪に、でも精一杯の気持ちを込めて彼を見つめて話すんだ。
この瞬間、彼と私の想いは一つになっていた。
「あ、でもまずは明日君の家で古典の宿題を終わらせなきゃね。一人じゃ難しいでしょ?」
さっきまで少し恥ずかしそうに視線を空に逸らしていたのに、今は空だけを見つめてくれていた。




