the end of the sky ~ 空side~ 8
土曜日の県立図書館は人の姿も疎らだ。
それもそうか、土曜だものね。
こんなところで本読んでるよりも、買物したり、美味しいもの食べたり、誰かとどこか楽しい所に行った方が、気分も身体もリフレッシュ出来るものね。
ざっと見渡しても、私と同年代の子なんて殆どいない。
こんなところで午前中から本読んでるなんて、よっぽどのガリ勉か、私と同じ暇人かよね。
まぁ、私は小説なんかも好きだから、図書館で一日過したって苦にはならない。
さて、クロード・モネと空の本を探さなくちゃ!
さすがは県立図書館。
学校の図書館中とちょっとばかり訳が違う。
持ち出し禁止の貴重な初版本とか、結構色々あるのね。
そう言ったものは大抵が英語で書かれており、専門書的なものとなっている。
幸い私には必要のないものなんで、その辺は素通りして、芸術分野の書籍をあさる。
クロード・モネについて書かれた書籍と空の本を見つけると、日の当たる席を探す。
窓際に良さげな席を見つけたのだが、そこに見知った顔がいた。
彼だ!
突然の事にビックリしてしまった私は、慌てて本棚の陰に隠れる。
なんで彼がこんなところにいるの!?
図書館とか無縁そうに見えるんだけど・・・。
何やら調べ物をしているらしい。
あ、そう言えば、先日古文の先生に宿題出されていたっけ。
多分それよね。
これはチャンスだ!
古文は得意な私。なんせ私は本が好きだから。
兎に角、偶然を装い彼に近づくチャンス!
とかい思いつつ、私は若干緊張しながらも、そっと彼の席に近づくと、訳そうとしている文章に目をやる。
” 昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶のひも白き灰がちになりてわろし。” 、か。
「昼になって、だんだん寒さがやわらいでいくと、丸火鉢の炭化も白い灰が目立つ状態になって、みっともない。わろしは、よくないとか、好ましくないって訳すの。」
彼は顔を上げる。
「ごめんね、急に。困ってそうだったから声かけちゃったんだけど、お節介だったかな?」
私は平然を装いつつも、笑顔で彼に問いかける。
急に声をかけたせいか、どこか少し慌てた様子だった。
「いや、全然!むしろ助かったよ。僕は古典が苦手だから実は困っていたんだ。ありがとう。青山さんはどうして図書館に?」
初めて呼んでもらったかも。
良かった、ちゃんと私の苗字知ってたんだ。
私は彼に2冊の本を見せる。
「この間屋上で君が言ってた事が少し気になって、図書館に調べに来ちゃった。クロード・モネと空の本。私、芸術には疎くって、あまり詳しくないの。彼の絵にそれとよく似た絵があるって言ってたから、とても気になっちゃって!バニラスカイにも興味あったし。」
なんて事を言っているが、実際はもっと不純な動機。
クロード・モネに嫉妬したからなんて、口が裂けても言えない!
「僕でよければ少しモネについて教えようか?」
突然の提案にビックリしたものの、私は大きく頷くと、彼の向かいに座った。
彼は私が持っていたクロード・モネの画集を手に取ると、丁寧に説明してくれる。
やっぱモネの話になると恍惚な顔をするんだ。
ちょっとだけ妬けるけど、とても嬉しい。
自分の好きな本や好きな事を相手に話すという行為は、心理学的に見ると、私の事を解ってください!という意味らしい。
勿論すべてがそれに当てはまる訳じゃないんだろうけど、まんざら嘘じゃない気がする。
と言うか、信じたい!
「ごめんね、ちょっと熱くなっちゃった。簡単だけどモネについてはこんな感じ」
彼は話が旨い。
芸術に疎い私にも理解できるようにわかりやすく話してくれる。
私は本当にクロード・モネが好きになったかもしれない。
それ以上に彼を益々好きになった事は今更言うまでもないけど。
「でもこうなると、バニラスカイを実際にこの目で見たくなっちゃうよね!モネが見た空か・・・素敵だね!」
気が付くと私はそんな事を呟いていた。
モネの描くバニラスカイと彼が見たバニラスカイ。
私も見れるだろうか?
「見れるさ!勿論モネの見た空と同じって訳にはいかないけど。もし青山さんさえよければなんだけど、これから少し時間を貰えないかな。バニラスカイを見せてあげるよ!」
突然の彼の提案に私は驚いた。
こんな展開になるなんて思ってもみなかった。
今一瞬思いが通じた気がする。
「ホント!?行きたい!!」
自分でもビックリするくらい子供みたいに返事をすると、彼は優しく微笑んだ。
図書館から出ると徒歩で駅に向かう。
この街にバニラスカイを見れるような場所があるのだろうか?
思いつく場所と言えば海しかない。
どこへ行くのかと彼に尋ねてみる。
「それはついてからのお楽しみ!大丈夫、きっと気に入ってくれるはずだから!」
そう言うと私たちは電車に乗って平塚駅で降りた。
そこからバスに乗り換え、彼について行く。
考えてみれば彼と学校以外で会うのは初めてだし、こうやって一緒に出掛けるのだってもちろん初めてだ。
これってデートって言っていいのかな?
傍から見たら私たちはどう見えるんだろう?
そんな事を考えているとバスは随分と山に向かって登って行く。
バスの窓から見える景色は、随分と緑が増えてきたように思う。
「そろそろ降りるから。」
そう言うと彼はバスのベルを鳴らすと、湘南平で降りた。
「着いたよ。知ってると思うけど、湘南平。ここは僕のお気に入りの場所なんだ。この展望台の頂上からは、まるで空に投げ出された様な360度のパノラマ景観を見ることが出来て、景色や空を見るには最高の場所だと思うんだ。」
彼に案内されたそこは、学校の屋上から見る空よりも、この街の中じゃ空にもっとも近い場所で、遮るものが何もない程、どこまでも続く空が広がっていた。




