the end of the sky ~ 空side~ 7
今まで色々悩んだ事が嘘だったかのように心が軽い。
一歩踏み出す勇気。
大切な事なんだって改めて実感した。
今日は色々彼の事を知ることが出来て嬉しかったんだけど、少しだけ引っかかる事がある。
クロード・モネを語る時の彼の表情だ。
少なくとも、私はあんなに嬉しそうに饒舌に話す彼を見たのは初めてだ。
余程クロード・モネが好きなんだろうと、彼の口調からもそれが読み取れる。
私は少しそれが悔しかった。
彼の心を鷲掴みにしてしまった画家。
少しだけ黒い感情が、私の心の中に見え隠れしている。
なんだろう?この感情?
どこか焦りにも似た危機感と言ったらいいのだろうか。
表現するのが難しい。
もう一度頭の中でモネを話す彼を思い出してみる。
それはまるで好きな女の子を褒めるかの如き、恍惚な顔。
それだ!
おそらく、私は嫉妬してるんだ。
顔も何も知らない画家、クロード・モネに私は嫉妬したんだ。
恋って言うのは実に欲深い。
一つ問題を解決しても、また次の問題が発生する。
しかも恋を途中で退席する事が出来ないのも厄介。
結局、一生懸命にならずにはいられない。
凄いね恋って!
やる気のない人間もやる気にさせてしまう。
世の中の事柄全部、恋と同じような仕組みにどうにかならないもんなんだろうか?
そうすればこの世の中から貧富の差や、幸せ不幸せの差がもっと縮まるのではないだろうか?
なんか、クロード・モネから随分と話が飛躍してしまった。
私の中のこういうところは、恋を知った今でも相変わらずだ。
自分で自分に呆れてしまった。
クロード・モネ、ね。
芸術家であって女性ではない。
ただ単に芸術面で彼を魅了しただけの存在。
でも悔しい。
ん?
ちょっと待ってよ?
そうだ!そうだよ!私もモネを好きになればいいんじゃない!
そうすれば彼との共通の話題が出来るわけだし、今よりももっと近しい関係になれる!
なんだ、割とすぐ近くにヒントがあったじゃない!
幸い明日は土曜日だし、家にいたって特に用事はない。県立図書館が隣町にあるから行ってみよう!
珍しく午後の授業はそんな事を考えていた。
楽しい事を考える時間というものは、あっという間に過ぎてしまう。
今日は金曜日。
土日は彼に会うことが出来ない。
でもそれは逆に言うと、次回彼と話す時の為に、情報を収集する猶予が出来たようなものだ。
ただ喋っているだけじゃダメなんだ。
彼が興味のありそうな話を振って、楽しく過ごす時間にしなければ、彼に私を印象づける事は出来ない。
キーワードはモネとバニラスカイ。
気が付けばホームルームも終わり、人も疎らな教室に私はポツンと残されていた。
何やってるんだ、私は。
私は帰り支度を済ませると教室を出る。
一瞬だけ彼の姿を探したけれど、そこに彼を見つける事は出来なかった。
少しだけ寂しい気持ちが込み上げてきた。
あ~あ、いつか彼と一緒に帰れる日は私に訪れるのだろうか?
そんな事を考えながら駅に向かって歩き出す。
でも今日は自分についても色々発見できた日でもあった。
私は少し意地悪で、そこそこ嫉妬深い女らしい。それに慌てるとテンパる時が多々ある。
今まで自分で自分の事を、結構冷静で、どこか心が少し欠けてしまった表現力の乏しい奴と評価していたのだけど、どうやら多少なりとも人間臭さってもんが、私の中にもあったらしい。
恋が私を変えたのか、私が恋で変わったのか。
少し理解に苦しむところだけれど、それでもいつもみたいに不機嫌な感情に心を支配されるような事はない。
いつもの電車に乗り込むと、いつもの様に窓際に立つ。
流れる景色と傾きかけた太陽。
葛川の流れつく先、大磯の海と空は、少しだけ淡くオレンジ色に染まって見えた。
彼が好きだというバニラスカイとはどんな色なんだろうか?
喜びと切なさ、嫉妬と寂しさ。心の中でそれらが混ざり合い何とも複雑な気分を噛みしめたまま私は電車を降りた。
この恋のたどり着く場所。
そこにたどり着くためのプロセスを、私は今模索してる。




