the end of the sky ~ 空side~ 6
頭も心も落ち着いたおかげで、今朝は随分スッキリとした目覚めだった。
身支度を済ませると、トーストと目玉焼きにコーヒーを淹れる。
私はそれをテレビニュースを見ながら食べる。
今日も天気は晴れらしい。
昼は屋上へ行こう。
彼ともっと色々と話をしたい。
別に話題なんてなんでもいいんだ。
大切なのは関係を今よりもう少し先へ進める事。
私は朝食の片づけを済ませると、家を出た。
澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込みバス停まで歩きいつものバスに乗る。
それから電車に揺られて4駅やり過ごし、そこから徒歩で学校へ。
8時5分、教室の入口をくぐる。いつもの様に彼の机に目をやると、そこには既に彼がいた。
昨日とはう違って今日はやけに早い登校だ。
でも、机に臥せって寝息を立てている。
疲れているのだろうか?
最初に彼に会った時もそうだったけど、屋上のベンチで寝てたな。
私と同じであまり人付き合いは得意そうじゃないから、夜な夜な街に繰り出して・・・とかはなさそうなんだけどね。
うーん、謎だ!
機会があればその辺なんかも聞いてみたい。
じっと見てても仕方ないんで、私はカバンを机の横にかけるといつもの様に窓の遠くを眺める様に席に着く。
ホームルームが始まり1時限目の数学、2時限目の社会、3時限目の化学の時間になっても彼が起きる気配はない。
休み時間ごとに彼の席に目をやったが、朝からずっと同じ態勢のままだった。
ビックリしたのは4時限目だ。
古文の先生が彼が寝ていることに気が付いて、何度か注意するが無反応。
とうとう先生は怒り出し、教科書を丸めるとパコーンと彼の頭を頭を叩いてみるものの、それでも無反応。
周りのみんなもこれには耐え切れなかったのか大爆笑。
当の本人は気持ち良さ気にスヤスヤおやすみ。
私も皆につられて少し笑ってしまった。
先生は両手をあげてお手上げのポーズ。
「柳田君、彼が起きたら、来週の古文の時間までに、教科書57ページから65ページまで訳してきなさいと伝えておいて下さい。」
柳田君とは彼の親友で、よく一緒にいる所を見かける。
柳田君は少しかったるそうに、”へーい”と返事をすると、古文の授業が再開される。
しばらくすると授業終了のベルが鳴った。
私は教科書等を机にしまうと、席を立ち屋上に向かった。
彼よりも先に屋上にいて空でも眺めていた方がとても自然だ。
彼よりも後に行くとどこか不自然な気がする。
まぁ、誰もそんな風に私を見る人なんていないと思うけど、先に屋上にいた方が、なぜか有利な気がしてならない。
恋をしてみてわかった事だけど、気が付くと結構自分自身に問いかけてみる事が多い。
で、それについて頭の中に存在する良い私と、悪い私、そして問いかけた自分がそれを傍観する。という構図が出来上がっている。
例えるなら心の中のちょっとした会議。
何かあると結構な頻度で行われている。
友達が少ないせいなのか、それとも私は随分と暗い性格なのか?
両方だろうな。
傍から見た私のイメージなんてきっとそんなもんなんだろう。
でも、彼には好印象を持ってもらいたいと思うのは、やはり恋のせいなんだろうな。
恋ってやっぱり難しい。
少しだけめげそうになっていると、屋上のドアが開く音がした。
音のする方に視線を移すと、一瞬目が合った。
彼だ!
彼は何処かまだ眠そうだったが、私と目が合うと一瞬動きが止まる。
もしかして、前回の屋上での出来事のせいで、私、おかしな奴だって思われたのかな?
屋上に来たの失敗だった~とか思われて、このままドアを閉めて屋上から立ち去るつもりとか。
そんな事を考えていると、彼はそのまま私のいるベンチの方まで歩いてきた。
何か言わなきゃ!
何も言わないで無言とか、益々おかしい奴だって思われる。
それにお互い何も話をしないって方が不自然だ。
考えなさい空!
何か話しかけなければここから先には進まないわ。
私は取り敢えず挨拶をして、彼の反応を見ようと思った。
「おはよう!」
なんでー!!なんで私おはようとか言っちゃったの!?
幾ら何でもテンパり過ぎでしょ!?
「もうお昼なのに、なんでおはようなの?」
彼はいつものベンチに腰を下ろしながら訪ねてくる。
ほらね、ほら来た!
間違いなくおかしな奴だって思われている。
私自身も今のはおかしいと思うもん!
なんかうまい返答を考えて、この場を切り抜けなければ!
落ち着いて考えてみる。
すると、今日は朝からずっと眠っていた彼の姿を思い出した。
これだ!
「だって今起きたでしょ?古典の先生呆れてたよ、起こしても起きないんだもん。気になって私も君の事見たら気持ちよさそうに爆睡してるんだもん。少し笑っちゃった!」
あ、今彼バツの悪そうな顔した。
私はなんて事を言ってるんだろう!
フォロー入れなきゃ!
「ねぇ、なんであんなに爆睡しちゃってたの?ひょっとして昨日は夜更かし?不良だね(笑)」
追い打ちかけてどうすんのよ!?
なんか話せば話すほど、テンパればテンパるほどに深みにハマっていく気がする。
しかも私は多分これを笑顔で言っている。そんな気がする。
今気が付いたけど、私って実は凄く性格が悪いのだろうか。
自分自身で気が付いておいてなんだけど、凄くショック。
あぁ、彼が凄く困った顔してる。
おかしくて、性格が悪い女。
私が彼ならそう思っただろう。
でも彼は違ったんだ。
「バニラスカイって知ってるかな?うまく表現するのは難しいけど、まっさらな空って言うか、生まれたての空とでも表現したらいいのかな?東京の美術館でクロード・モネ展やってるでしょ?彼の絵にそれとよく似た色を見ることが出来るんだけど、例えるなら夜と朝の境で、それがとても幻想的なんだ。夕方にその逆の似たような光景が空に広がったりもするんだけど、本来は空が白んでいく様を指すらしいんだ。僕はそんな空を一度も見た事が無かったから、少し興味が湧いちゃってね。朝まで空を見ていたって訳。だから僕はちっとも不良なんかじゃないんだ!」
私の意地の悪い問いかけに、少し慌てながらもしっかりと答えてくれる。
初めてここであった時に感じた様に、彼もまた私と同じで空が好きなんだ!
バニラスカイ?
初めて聞いた単語だけど、なぜか心がワクワクしている。
私も知らない新しい空の表情を彼は知っている。
私の質問にしっかり答えてくれる彼。
朝まで空を眺めていて、夜更かししちゃった彼。
慌てる彼。
饒舌になる彼。
バニラスカイ。
クロード・モネ。
色々とテンパり過ぎちゃったけど、なんだか凄く色々な事が新鮮で嬉しい!
あの時彼に話しかけて良かった。
彼に恋した事。自分のこの気持ち。やっぱり間違いじゃなかったんだ。
私は嬉しさを抑えきれなくって声をあげて笑ってしまった。
そんな私を見てオロオロする彼。
恋って苦しいけど素敵だね。
「バニラスカイか~。いいね、それ!人と同じで、空にも色々な表情があってね、晴れだったり曇りだったり、時には泣き出しちゃう事もある。だから私は空が好きなんだと思う。」
今の私の心と同じだ。
そんな嬉しい時間は予鈴のチャイムと共に終わりを告げる。
そう言えば、私は今日昼の屋上の事しか考えてなかったからお昼を食べ損ねている。
あ、彼も同じだ。
たったそれだけの事なのに、それだけで嬉しくなる。
今日は彼と共通する部分を見つけられた。
空が好きな所、そしてこの状況。
なんか嬉しすぎてヤバい!
彼の持っているサンドウィッチを見た時、先日のカップルの行動を思い出した。
心の距離。
私は、彼との心の距離が確実に縮まった気がしていた。
「ねぇ、お昼食べなくていいの!?もう時間ないよ!」
彼のサンドウィッチを指さすと、慌てて彼はサンドウィッチの包装を破く。
「手伝ってあげる!一個もーらい!」
今までの私だったら絶対にしない行為だけど、とても自然にそれが出来た。
嬉しずぎて今なら何でもできる気がした。
私は彼からサンドウィッチを一つ強奪すると、それを口に運ぶ。
好きな人と一つのものを分け合うって、なんだか嬉しい。
理解し合える人がいる喜び。私が初めて知った感情だ。
「先行くけど、寝ちゃだめだよ!」
そんな言葉が自然と口からこぼれる自分に若干驚きつつも、私は校舎に駆け込んだ。
嬉しさと喜びがとめどなく心から溢れだす。
昨日恋をするのを諦めなくて良かった!
思い切って行動に移してみて良かった!
今、私の心は、雲一つない青空が広がっている。




