the end of the sky ~ 空side~ 16
”ピンポーン”チャイムの音が聞こえる。
2~3分待ってみたものの、人が出てくる気配はない。
表札には”向山”と書かれている。
確か父の旧姓は向山で、間違いなく合っている。
私はもう一度チャイムを鳴らしてみる。
・・・。
やはり誰かが出てくる気配はない。
「誰もいないのかな?」
彼がもう一度チャイムを鳴らしてみたが、やはり応答はなかった。
どうやら留守のようだ。
私たちは顔を見合わせると、お互いに首を捻る。
なんだか拍子抜けしてしまった。
家の向かいに公園がある事に気が付き、私たちは取り敢えず公園の中のベンチに腰掛けて、しばらくここから様子を見る事にした。
ここからならだれか帰ってくればわかる。
公園の入口に看板がある。
”丸塚公園”
どうやら公園の名前らしい。
綺麗に整備されたその公園は意外と広く、子供たちが遊ぶにはうってつけの場所だ。
しかし、なぜか人気が少ない。
最近の子供たちは外で遊ぶって事が少なくなってきているせいか、折角の公園が寂しい限りだ。
遊具がないから尚更なのかもしれないが、人気がない様子だ。
「なんだか拍子抜けだわ。折角勇気を振り絞ってチャイムを鳴らしたのに、誰もいないとか。でもいなくて良かったかも。実は何を話すとかも全然考えてなかったから、少しだけ不安だったの。おかげで考える時間ができたわ。」
そう言うと彼は少しだけ驚いた顔をした。
「え!本当に?」
自分でも正直驚いている。
「だって、なんて切り出せばいいの?お父さんですか?娘です!とか、なんだか間抜けじゃない?それに両親が離婚してもう12年近く経つのよ。今の私を見ても多分気が付かないと思うわ。そんな事を思っていたら、全然考えがまとまらなくって。取り敢えずはここまで来たものの、どうしたもんか。」
せっかくここまで来たからひと目会いたいって気持ちもあるが、遠目に見るだけでも構わない。
だってきっと私はとんでもない事を口走ってしまうかもしれないから。
何故離婚したの?何故私を置いて行ったの!?
そう父を罵ってしまいそうな気がするからだ。
多分私一人なら感情に任せてそう言っただろう。でも彼がいる事で多分私はある程度冷静を保つことが出来る筈だ。情けない自分を彼に見せたくないから。
見あげると冬晴れの空に雲が流れていく。
今日も空は穏やかだ。でも私の心”そら”は少しだけ曇っている。
そんな事を考えていると、公園の入口から女の子が入ってきた事に気が付く。
彼女は私たち二人の姿を横目に、隣のベンチに腰掛けた。
少し気になった私たちは彼女の様子を見る。
が、彼女はただそこに座って遠くを眺めるだけだった。
「なんだか、この間までの空みたいだね。」
自分でもそう思う。
まるで自分を見てるかのようだった。
特に誰かと待ち合わせをしている訳でもなさそうなので、私は思い切って声をかけてみた。
「ねぇ、そんなに遠くを眺めて何を見ているの?」
そう尋ねると、女の子は少しびっくりした様子だったが、少し考えて答える。
「・・・そら。」
そう答える彼女を横目に、とうとう彼が噴出してしまう。
「ほら、そっくりじゃないか!」
女の子はそんな私たちを見てキョトンとしている。
私は彼を少し睨むと、彼女に話しかける。
「ねぇ、こんなところで一人だけど、お友達と待ち合わせ?」
そう尋ねると、彼女は首を横に振る。
「友達あんまりいないから、一人。」
そう言った彼女に、どこか親近感を覚えた私。
「じゃ、私達友達にならない?あそこのお兄ちゃんもお友達になりたいって。」
少し寂しそうだった彼女の顔が明るくなっていく。
「うん!」
元気に彼女は首を縦に振った。
と、いう事で私たちは公園で遊ぶことにしたが、この公園遊具がない。
でも、遊ぶ方法なんて幾らでもある。
私たちは鬼ごっこをしたりして、時間を忘れて遊んだ。
その時間はとても楽しかった。
今まで味わった事のない楽しい時間。
私も小さい頃こんな風に誰かと遊んだ記憶がほとんどないから、童心に帰るって言うより、子供そのものって感じで心から楽しんだ。
気が付くと日はだいぶ傾きかけて来た。
そんな時、誰かの呼ぶ声が聞こえた。
「おーい、ただいま~。」
振り返ると夕日を背に誰かが手を振っている。
少し遠目だったけど、私はその声とその姿に覚えがある。
「おとう・・」
私の叫ぶ声よりも先に女の子は大声で叫ぶと、その姿に走り出していた。
「お父さーん!おかえりなさい!!」
彼女は両手を広げて佇む男性の腕の中へ飛び込んでいく。
私は出かかった声を途中で殺し、その姿を眺めていた。
そんな私に気が付いたのか、彼が近づいてきて、そっと手を握ってくれる。
「あれが、空のお父さん?写真より少しだけ年を取ったように見受けられるが、空に似ているね。」
私は黙って頷く。
あれから12年近く時が流れたのだ、お父さんに新しい家族がいてもおかしくない。
でも私にはそんな考えがなかった。父は今も一人でいると思い込んでいたから。
嬉しそうにはしゃぐ女の子と父の姿を何とも言えない切なさで眺めるしかない私。
本当はあの腕の中には私がいる筈だった。
なんで父さんはそんなに嬉しそうな顔が出来るの!?私はこんなにも悲しい気持ちなのに!
私の事なんて忘れて、とても幸せそうに見えた父が憎い。
一瞬怒りが込み上げそうになったが、彼のおかげで、そんな気持ちが和らぐ。
なんだかとても悲しい。
なぜこんな思いをしなければならないのか?
でも、これで私が思い続けてきた12年間にピリオドを打てる。
それがこんな結果だったとしても。
いつか尋ねられたあの質問。
Where do you want to go?
(あなたは何処に行きたいのですか?)
私は答える。
at the end of the sky
(この空の果てまで)
その場所を今ここに見つけたから。
私は繋いだ彼の手を強く握り返す。
「いいのかい?」
私の意図を汲んでくれる彼。
私は黙って頷いた。
そんな私を見て二人でそっとその場を離れようとした時、声をかけられる。
「娘がお世話になったみたいで。ありがとうございました。」
笑顔でそう話しかける父だったが、私の顔を見て少しだけ言葉を詰まらせたような気がした。
「君、は・・・。」
私は大慌てで父に言う。
「あ、いえこちらこそ娘さんに遊んで頂いてました。私は、青木 心と申します。神奈川から彼と二人で観光しに来たんです。」
私は咄嗟に適当な名前を口走る。
父は今、もう新しい家族を持っている。そんな父に向かって、新しい家族を壊してしまうような事、私には言えない。ましてや娘もその場にいるのだから。
この子にそんな辛い思いをさせるわけにはいかない。
「そう・・・、でしたか。遠くから、わざわざようこそおいで下さいました。観光は楽しめましたか?」
そう尋ねる父。
「はい。とてもいい街で、素敵な思い出が出来ました。」
気持ちを必死に抑え込みながらそう答えるのが精一杯だった。
「君たちは恋人同士かな?とてもお似合いのカップルのようだね。なぁ、彼氏さん。彼女さんの事を幸せにしてあげてください。彼女さんも、彼氏さんと末永くお幸せになってくださいね。」
彼は父の方に顔を向ける。
「必ず、幸せにしてみせます!」
そう答えた彼に、父はとても嬉しそうな顔をした。
「それでは、私たちはこれで。さあ家に帰ろうか、そら。」
その瞬間私は涙をこらえることが出来なかった。
父は私を忘れていた訳じゃなかった。
父も私と離れてきっと寂しかったんだと思う。
その証拠に、娘に私と同じ名前を付けているから。
私は泣き顔を悟られぬよう、一人振り返った。
そんな私を察して、彼が父に声をかける。
「それでは僕たちもこれで。失礼します。」
私たちは二人に背を向けて歩き出した。
「そのままで。一つだけいいかい?」
私たちは歩みを止める。
「彼女さん。君の見上げる空は、穏やかな時ばかりじゃないかもしれない。でも、私はいつも願っているよ。君の思い描く空に雲がかからない事を。幸せに・・・な。」
我慢できずに振り返った時には、父と女の子の背中が見えるだけだった。
私はその背中を見送ると、彼と二人来た道をバスに乗り川奈駅に戻る。
川奈駅から地元の駅に帰る間中、終始無言の二人だったが、握りしめた手はしっかりと繋がれたままだった。
Where do you want to go?
今日、一つの答えに辿り着くことが出来たが、私の物語にはまだまだ先がある。
あなたは何処に行きたいのですか?