the end of the sky ~ 空side~ 11
朝起きてすぐに彼にメールを出した。
駅に10時待ち合わせ。
洒落っ気にかける私だが、出来る限り精一杯のお洒落をして待ち合わせ場所である彼の住む街の駅へと向かう。
途中、近所の和菓子店で菓子折りを買った。
日曜という事もあり、彼のご家族がいる事を想定しての行為だ。
やはり始めが肝心。
昨日とは少し違った緊張感が込み上げてくる中、私は彼の待つ駅へと降り立つ。
改札を降りるとすぐに彼を見つける事が出来た。
彼は私に気が付くと、少しぎこちなく片手をあげて笑顔で出迎えてくれる。
「おはよう!今日は家庭教師よろしくお願いします、空先生。」
ちょっとだけ悪戯にそう言う彼。
私から言い出した事だし、お礼を言われるような事じゃないんだ。
一緒にいたいと思ったからの行動なんで、あまりかしこまらないで欲しい。
「空先生じゃなくて、空!そんなにかしこまるような事じゃないでしょ。私たちはその~アレだから!付き合ってるんだから、遠慮なんてしなくていいと思います!」
なんか急に恥ずかしくなって、語尾だけ敬語のなっちゃった。
付き合うとかって口にすると少し恥ずかしいね。
でも嬉しい。
少し恥ずかしくなって下を向いてしまった私に優しく声をかけてくれる彼。
「ありがとう空。じゃあ行こうか!」
そう言うと昨日と同じ様に手を差し出してくれる。
私はその掌を握り返すと、彼の横に並んで歩き出した。
昨日の今日で、まだお互い恥ずかしさが取れないけど、道すがら色々な話をした。
お互いの趣味や好きな音楽、休日の過ごし方等。
知らなかった彼の事を一つづつ知ってていく度に、私は益々彼に魅かれていく。
しばらくすると彼の家に到着した。
途中、大きな森林公園が目を引いたのだが、この辺は街の騒めきも少なく、閑静な住宅街と言った感じで、私は好きだ。
「どうぞ入って。」
そう言うと彼は私を家に招き入れてくれた。
玄関では彼のお母さんが笑顔で出迎えてくれる。
「あらやだ、可愛い子じゃない!彼女なの!?」
興味津々のお母さんに照れてしまう私達だったけれど、気さくでとても素敵なお母さんだと思った。
「青山と申します。本日はお招きいただきありがとうございます。これ、つまらないものですけど、よろしかったら皆さんで食べて下さい。」
私はおかさんにご挨拶と菓子折りを渡す。
「あらあら、しっかりとしたいい子じゃない!この子ったら、今朝急に彼女連れて来るからとか言い出したもんで、私はびっくりしちゃってね~。でもとても礼儀正しくていい子でお母さん安心しました。青山さん、どうか息子の事をよろしくお願いします。後でお茶でも持っていくから。」
彼女とお母さんのやり取りにハラハラした様子の彼。
「もう、いいでしょ~。行こう、空!」
そう言うと彼は私の手を握り階段を登って行く。
「お、おじゃまします。」
そんな二人をニコニコしながら見送ってくれるお母さんを横目に、私は彼の部屋に案内された。
扉を開けて部屋に入ると、窓からは空と海が見えた。
少し高台にあるせいか、景色がとても素敵だ。
異性の部屋に入るのは初めての経験だが、とてもシンプルで整頓されており、彼の為人が表れているようだった。
緊張気味の私に座布団を出してくれ、向かい合わせの形でテーブルに座る。
「ごめんね、うちの母さんテンション高くて。今朝空の事話したら、朝からずーっとあんなテンション。恥ずかしい話でもされるんじゃないかと思うと、気が気じゃなかったよ。」
どこか恥ずかしそうに話す彼。
「優しくていいお母さんじゃない。」
そんな話をしていると、部屋の扉を3つノックしてお母さんが入ってくる。
「お茶でよかった?あ、お菓子ありがとうね!ゆっくりしていってね。」
彼のお母さんはそう言うとお茶とお菓子をテーブルに並べてくれる。
「ありがとうございます。頂きます!」
そう言うと私はお茶を頂く。
外は少し寒かったせいか、身体がポカポカする。
まぁ、心は温かいんだけど。
なーんて事を心の中で言ったりなんかして、自然と笑顔になる。
「さて、課題やっちゃいますか!」
私はそう言うと彼から教科書を受け取る。
「どこまで終わってるの?」
彼に尋ねると、訳し終えたノートを見せてくれる。
61ページまで終わってる、と。
「あと4ページか。よし、頑張って終わらせよう!」
彼にノートと教科書を返すと、取り敢えず自力でわかるところまでやってもらい、わからないところを教えると言った感じで課題を進めていく。
”かきつばたいとおもしろく咲きたり”
「うーん、これってさ、かきつばたがすごくおもしろく咲いている。でいいのかな?」
私はそれに対して説明をしていく。
「この、”いと”て言うのは、ニュアンス的にはそうも取れるけど、この場合、とても・非常に・大変と訳すの。おもしろくはそのままではなく、綺麗にと言った風に訳すの。それと最後の”たり”は、完了助動詞になるから、完了した意を表す。そうするとこの訳は、かきつばたが大変綺麗に咲いていた。って訳になる訳。」
そんな私を驚いた表情で見る彼。
「凄いね空って!僕は勉強はからっきしだから尊敬するよ。」
目をキラキラ輝かせながらそう言う彼は、まるで魔法でも見たかの様なはしゃぎっぷり。
普段の彼からは想像できないが、それは彼の事を今まで全然知らなかったであろう私の感想にしかすぎない。
でも、こんな一面を見ることが出来るという事は、それだけ彼が私に心を許してくれている証拠なんだと思う。
なんだか先日から嬉しい事尽くめで、ここ最近は日々充実している。
そんな感じで私達は課題を終わらせると、お母さんが作ってくれた昼食をみんなで食べた。
そこには彼のお父さんもいて、お母さん同様とてもいい人だった。
しばらく4人で談笑すると、私はすっかり彼の家族に解け込んでいた。
けどこれは間違いなく彼と彼の家族のおかげだ。
こんな私を優しく温かく迎え入れてくれるからだ。
家族と言うのは、本来こういう感じなんだろうか?
私は母と二人暮らしで、お互いにあまり多くを語らないからわからない。
両親が離婚しなければ、私も彼の家族同様、温かな家庭環境だったのだろうか?
自分の家庭環境についてあまり深く考えた事はなかったけど、彼の家族と触れ合ってみて、色々と思うところがある。
何だかんだでいつも食事を作ってくれる母。仕事があるのに掃除洗濯ゴミ出しなんかも一人でみんなやっている。
考えてみれば、私は母が毎晩何時に寝て、何時に起きるのかも知らない。
父と離婚して何故私を引き取ったのか?
父と離婚した際に、私を放棄して自分の幸せだけを考える事も出来たはずだ。
でも母はそうしなかった。
私は初めて母の愛情に気が付いた。
そんな事すら考えた事がなかった。
いつもどこか世間を斜めに見ていて、可愛げのない私。
でも私がそうやって毎日を過ごせるのは全て母のおかげなんだ。
そんな事にも気が付かなかった自分が急に情けなくなる。
過去は変えられない。
でも、未来を変えていく事は出来る。
私は彼と付き合うことが出来て本当に幸せだ。
家族のありがたみと温かさに気づかせてくれたから。
夕暮れ時。
すっかり遅くまでお邪魔してしまった私を、彼は自転車の荷台に私を乗せると、駅まで送ってくれた。
明日から一緒に登校する事を約束すると、私は駅の改札をくぐりホームに向かう。
彼は私が電車に乗り込むのを見届けると、見えなくなるまで大きく手を振ってくれていた。