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第1章の7 : にぎりしめた大切なものとこぼれおちたもの





 最終日までのカウントダウンが進んでいたある日、彼が見知らぬ男を伴って私たちの前に現れた。



 このところの彼はといえば、昼間は各所で色々な手続きに赴き、夜は夜で私たちの記した乱雑な帳簿を纏めなおしたりと忙しくしていた。


 ちなみに、はじめの数日は既に宿を取っているからと言うことで夜にはそちらに帰っていた。だが宿に泊まるのだってタダではないし夜中に相談したいことができたときに呼び出すのも面倒なので、5日と待たずにウチのリビングスペースで寝泊りしてもらうようにしてもらった。


 なんやかんやとゴネてはいたが、そもそも一緒に旅をしていたときはその辺で雑魚寝したりしていたのだ。私たちは気にしていないというのに、男心と言うのは繊細なものらしい。ぶっちゃけよくわからん。




 彼らが店に顔を出したのはちょうど夜の分の仕込み―――といってもたいした量ではないのでそんなに時間はかからない、を終えた私が、彼女と2人で遅い昼食をとっていたところだった。



 生物として当然持ち合わせている未知の存在に対する自己防衛本能をいかんなく発揮させながら挨拶をする私に対し、彼の連れてきた男は親しげに近づいてきた。私が怪訝な顔をしていたのに気がついたのか、隣の彼女はその男に挨拶を交わしつつ「飲食店協会の副会長」と、ボソッと呟いた。



 飲食店協会ならば一応は私たちの店も加盟しているはずだし、店を始める時になんやかんやで顔を出した。役職が上のほうの人間と話したことだってあったはずだ。となると初対面ではないのか? だが待って欲しい。この私が2年も前に数回会った程度の人間の顔などはたして覚えているであろうかいやない。



 とはいえ、いまさら『はじめまして』をできるような雰囲気でもないので周りに合わせて笑っておく。社会人とはかくあるべしである。




 しかし彼はなんでまたこの人を連れてきたんだろう? 正直私たちは、女2人で経営していると言うこともあり同業の中で交流を持つほうでもなかった。それゆえに協会との関わりも薄かったはずだ。


 実際、開店時に登録作業をした後は、半年に一回の会合にちょこっと顔を出したくらいなのである。



 不思議に思いつつも彼や彼女と話している男を気にかけていると、おもむろに厨房の中を見て周り、設置しているオーブンや寸胴鍋などの大型の機材をチェックし始めた。



 どうやら、この手の調理器具を買い取ってくれるらしい。そんな物買い上げてどうするのかと思ったが、別の飲食店に売ったり新しく店舗を立ち上げる人に安価でレンタルしたりするのだそうだ。


 そもそも飲食店協会の主な仕事は、そうした機材の手配や新店舗立ち上げのサポートなのだとか。



 私たちがこの店を立ち上げたときは、すべての機材を新品で買い揃えていた。中には使い勝手の良い様にと鍛冶師に特注したものだってあった。そのせいもあって初期費用が思っていた以上にかさんでしまったのが、今日にまで響いている。




「どこかで修行した、ってぇ話も聞かなかった娘っ子がやってた店なんだ。どんな悲惨な状況になってんのかと思ってたが。なかなかどうしてきっちり手入れできてんじゃねぇか」


 私が毎日磨いていたフライパンを弾きながらそう言われた。


 実家で料理をしていた時、母親に一番に仕込まれたのは調理器具の扱い方だったのだからメンテナンスなどできていて当然である。扱ったことのなかった大型機材だって、いちいち手入れの方法まで教わった上で購入していたくらいだ。抜かりはない。



「アロルドさん。それでは・・・」


「あぁ、これなら多少色つけて買い取ってやらぁな。見たとこガタがきてるモンはねぇし、むしろ馴染んで良い按配になってる。まぁちっと置く店を選ぶヤツもあるが、ソコはまぁ何とかねじ込んでやらぁ」


「そうですか。いや、本当に助かります」


「あっ・・・っと、ありがとうございます」


 なんだかわからないが、今の私たちに協力してくれるらしい。彼に合わせて私もお礼を言う。


 下げていた顔を上げると、アロルドと呼ばれた男は頭を掻きながら視線を逸らした。



「ほんとはな、もぅちっと早いとこ何とかしてやりたかったんだがよ。他の目もある。こんなんなるまで、なんにもできなかったんだ。悪かったなぁ」


 飲食店協会の副会長であるその男は、個人的には私たちに協力したかったんだがと謝る。


 そんな風に誰かが考えてくれていたなんて思ってもいなかったので、「お気持ちだけで」なんて口をついた言葉を返してしまった。意外というか、本当に、考えもしなかったことだったから。



 「詳しい話はアチラで」と彼が連れて行ってしまったので、そのまま上手いことの一つも返せずに、その男は帰っていった。




 その夜、彼からくわしく話を聞いた。


 あの副会長さんが私たちのことを気にしてくれていたのは本当のことで、今までこの国に無かった料理を出すウチの店に期待を寄せてくれていたらしい。だが、私たちは殆ど誰にも相談せずにこの店を始めてしまった。


 普通なら機材のレンタル代の支払いなどで定期的に顔を合わせもするのだが、すべてを新規で揃えてしまった私たちにはその機会も無かった。



 しかも、私たちは店舗自体も自分たちの持ち物件としてしまった。よほどの大店でもない限り店舗は賃貸するもので、その場合の物件は飲食店協会の持ち物を使うのが一般的だ。


 つまり私たちはそこでも協会との関わりを無くしてしまっていた。



 致命的なのは、その家賃の中から協会の運営費が捻出されるシステムとなっていたことだ。


 結局のところ私たちは、在籍してはいても協会になんら貢献していない異分子。むしろ自分たちから関係を絶とうとしているよそ者であったと言うことなのだ。



 そんな私たちだったから、いくら協会の副会長と言う立場であったとしても協力を申し出ることはできなかった。いや、そういう立場であったからこそ手助けすることができなかったのだろう。



 逆の立場だったとしたらどうだろう?


 もしも私が他の店舗に勤める人間なら、差し伸べられるべき手を振り払ってまで自分勝手をやっている奴らに手を貸そうなどとは思わないだろう。その結果自爆するような愚かな小娘など、指をさして笑ってやるくらいは思うはずだ。



 私があの副会長さんだったとしたら、今日ここでどんな言葉を浴びせただろうか。





「ウチが閉店するって言ったとき、アロルドさんは本当に残念がってくれたよ」


 このところの定番となっている『タンポポもどきコーヒー』に口をつけながら彼は言った。「ありがたい事だよね」と、まるで言い聞かせるように。



 私たちはなんと傲慢だったのだろう。この世界のシステムも知らずに、自分たちだけが悲劇のヒロインであるかのように振舞っていたのだ。



 今更ながらに思う。2年前、彼が世界を見て回ると言った旅に私たちも同行していたら。もしくは無理やりにでも彼を引き止めて一緒にこの店を始めていたら。きっともっと上手くやっていくことができたんじゃないだろうか。


 もしもあのときに戻れるのならば迷わずそうしていたと思えるほどに、私はこの2年間を悔いている。



 けれど、今の私は今まで積み重ねてきたものの上に立つワタシでしかないこともわかっている。彼女と作り上げた2年があるからこその自分だとも思う。その大切さは、身にしみているんだ。



 だからと言って、後悔しないというわけではないのだけれど。

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