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第1章の1 : ため息ばかりが増えていく


構成上、1章の間は重めの展開が続きます

無理な方は、2章の頭にあらすじを載せますのでそちらまで飛ばしてください


‐追記‐

2章終了の時点でもほとんど動きがなく終わってしまいました。

スローな展開が無理な方は、

3章の頭にあらすじを載せますので、そちらまで飛ばして頂いければと思います

 それからの私たち。異世界に流れ着いた『春日 月子』と『日吉 七実』は、迷走しつつも前に進んでいった。




 蓄えの大部分を切り崩したが、城壁の中に戸建ての店舗を構えた。

 日頃から手に馴染んでいた調理器具はあくまでも一般家庭用のものだったので、大人数の料理を一度に作るための機材を揃えた。


 市場にあふれる食材から見覚えのあるモノに近い素材を探し出し、思い出せる限りの料理を作った。


 基本的に調理を行うのは私で彼女は接客を担当したのだけれど、店で出すメニューは二人で考えた。彼女が言う『こういう状況での定番』の、プリンやハンバーグ、煮込みモノなども出してみた。


 料理はできないけれどモノづくりは好きな彼女は、どこぞの電気街で見たことがあるような可愛い服を作っては背筋がかゆくなるようなサービスをお客さんにしていた。


 オープン記念にチラシを配ったり時折値引きキャンペーンをしたり、元の世界で聞きかじったアイディアでお店を盛り立てる努力もしたりもした。


 クリスマスにはケーキを売り、バレンタインにはチョコを売り、夏は冷やし中華を売り、この世界でも栽培されていた米を見つけたときにはカレーライスを始めたりした。



 たくさん悩んで、時には彼女と衝突したりもして、それでもなんとか話し合って乗り越えていった。





 そして季節が廻り、2年と少しがたった今。


 私たちの店はまさに潰れる瀬戸際だった。




 開店当初は行列までできたと言うのに、今では一日店を開けていても多くて4~5人くらいしか来てくれない。王族の舌をうならせたことだってあったはずのデザートも、半額セールをしたって売り切れることは無くなった。街中の年頃の女子に羨望のまなざしで見られていた事もある可愛い制服を着た彼女だって、誰も来ない店のテーブルで一日中頬杖をついている。



 何が悪かったのかわからないし、できることは全部やったはずなんだ。



 私の作る料理は他所で食べるそれよりも絶対に美味しいと思うし、値段だって安いほうだ。宣伝が足りないのかもと思い配ってみたビラも、サービスクーポンも、ポイントカードも、全部さばききれずに倉庫の奥に積まれている。




 それでも、たとえお客が来なくても、店を開けなきゃはじまらない。だからと言ってそれすらタダではできない。もう何日かすれば仕入れの支払期限が来る。税の支払いだってこれ以上は延ばせない。お金は出て行く一方だと言うのに、お客が来なければ入ってこない。


 潤沢だった私たちの蓄えも殆ど底をついている。




 金策のあてが無いわけじゃない。開店当初から懇意にしてくれたお客さんの一人が、この店に出資しても良いと言ってくれている。ただし見返りも求められていた。はっきりと口に出されては居なかったが担保として要求されているのはおそらく私たち自身だ。



 私のような食べることと料理することくらいしか能のない面白みの無い女を求めてくるわけは無いのだから、本命は彼女なのだろう。今年で二十歳になった彼女は、こちらの世界の結婚適齢期を少し越してはいるが十分に綺麗だし、可愛い。


 『いざとなりゃお金持ちに貢いでもらうのも悪くないわね』なんて嘯いているが、長年連れ添った仲なんだ。嘘くらいわかるんだよ。誰が好き好んで惚れているわけでもない男の元に行こうというのだ。それも自分の倍以上年の離れた奴の所に。




 私たちはわかりやすいくらいに切羽詰っていて、これ以上なく進退窮まっていた。


 ため息ばかりが増えていき、逆に彼女との会話は日に日に減っていった。




 彼が戻ってきたのはそんな時。


 前日から降り続いていた雨は上がり、時間とともに上がっていく気温でぬかるんだ歩道からくさいきれが立ち上がる昼下がりだった。



 記憶の中より少しだけ日に焼けた彼は、私たちの現状を一つひとつ落ち着かせながら聞いてくれた。二人がかりで怒涛のようにまくし立てる私たちは、たぶん話しながら泣いていたと思う。


 ほかに誰もいない店の中でひとしきり現状を確認した彼は、詰め寄る私たちから身を離し窓辺に向かい懐の喫煙具を取り出すと、ゆっくりとした所作で煙管に火をつけた。



 元の世界にいたころは、タバコの臭いなんて悪臭としか感じていなかったのだけれど、そのとき彼からかすかに漂う香りは不思議と気持ちを落ち着かせてくれた。


 後々になって不審に思い違法なナニガシなのではないかと問いただしたのだが、どうやら日本でよく見かけた紙巻のタバコと、無添加無香料のそれとではまったく違うらしい。その後も彼は私の前では滅多に喫煙具に手を伸ばそうとはしなかったので、その違いを確かめる機会はほとんどなかったのだけれど。




 煙草の煙を纏いしばらく目を閉じていた彼は、私たち二人に向き直るとしっかりと視線を合わせた。


「ふたりとも、もういちどやり直したいと思うかい? 飲食店で成功したいと、もう一度思える?」


 これまでにない真剣な雰囲気に、威圧を感じて私たちは息を呑んだ。



 けれど、心はすぐに決まった。言葉にするのは難しいけれど、私には諦めたくないという思いがあった。この世界でもっともっと多くの人に美味しいごはんを届けたい。隣に座る彼女も、彼女なりの何かでそう思ったんだと思う。



 私たちは同時に頷いていた。

 ―――私たちはまだ、終わりたくない。




「わかった。なら、私も手伝おう。とても大変だと思うし、きっとたくさん苦労もする。辛い思いをする時だってあるろうけど、一緒にがんばろう」



 しばらくして彼がそう言ってくれた時、私も彼女も本当に嬉しかったんだ。何でだかわからないけれど、これで全部がうまくいくようにも思えた。



 だから彼の表情もきちんと見ることができなかったし、以前に言っていた事を思い出すこともできなかった。




 そう・・・彼は本当に、言葉通り、真摯に文字通りの意味で。


 サーヴィス業が向いていない人だったのだ。

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