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第2章の5 : おいしいゴハンを作るには そのに






 思わずいつものやり取りが再発してしまいそうになった私たちを、彼は押しとめる。




「そう。春日さんが思っているとおり、答えは『絶対に同じにはならない』だよ」


 自分の思っていたことに理解を得られたようで私はほっとするが、間違いだと言われた彼女は声を荒げる。



「なんでよっ!? あっ、手際とかそういう問題?」


「もちろんそれもある。食材の切り方1つで出来上がりは大きく変わるからね」


「ちょっと、それってひどくない? ひっかけじゃないの」


 などとぶーぶー言っているが、そういう細かな技術だけが大きな問題でないのだ。彼もそれをわかっているようで、じとっとした目で私たちを見る彼女に、苦笑いを崩さぬまま続ける。



「けどね、それ以前に良く考えて欲しい。テレビの前で調理が行われている設備と、君の自宅にあった設備は同じかな?」


「えっ? そりゃまぁ、違うわよ。ウチのキッチンはそんなに新しくなかったもの」


「同じガスコンロでも、モノが違えば火力は違う。個々の機材ごとの癖もある。あっちのコンロの強火で5分炒めた物と、君の家のコンロで同じく強火で炒めたもの。同じ炒め具合になる?」


「・・・ならないわね」


「画面の向こうに用意された食材と、君がスーパーで買ってきた材料。おなじキャベツに見えたとしても産地も違えば鮮度も違う。いくら現代日本の流通が優秀だったとはいえ保存方法はやっぱり違う。たとえ同じ種だったとしてもこれだけ条件が変われば、ソレはもう別の物だよね」


「確かに・・・そうなるわね」


「調味料だってメーカーが違えば味は違う。お醤油大さじ1に含まれる味の成分は同じじゃないよ?」


「あぁ、もうっ! わかったわよ」


「そういうこと。だから結局、ああいう番組で言われるレシピはあくまでも目安でしかない。まったく同じ素材・調理内容にならないんだから『同じような物』はできるだろうけど『同じもの』は絶対にできない」


「そうですね。私は母から料理を習いましたけど、分量を数字で教えられたことは殆ど無いです」



「はぁ・・・なるほどね。そりゃ私にレシピ教えろって言われても困るわけだ。ってか、そうならそうってちゃんと言いなさいよ」


 ため息をつきつつそんな恨めしそうな目で言われても困るのだ。というか、私だって今のように説明されて、やっと自分と彼女の認識の違いを理解できたくらいなのだから。


 そもそも私に伊勢さんのような表現能力を期待するのは、幼稚園児に因数分解を解かせるようなものだ。そりゃ、中にはできる子もいるかもしれないが、天才児じゃない私に求められてもなぁ。




「あ、でもさ。月子ちゃんだって大さじ小さじとか軽量カップとか使うこともあったでしょ? あれはなんのためなのよ」


「あれは大まかな分量を取るのに便利だからですよ。それで決めているわけじゃないです」


「春日さんは調味料の量を計って味を決めているわけじゃないんだ。大まかにコレくらいって感じでアタリを取って、後は味見をしながら調整していく。そうやって均一な味になるように整えてるんだよね」



 そうなのだ。実際に食材を下ごしらえしていけば身のしまり方などの状態はわかる。だからそこから出汁の具合や調味料を調整して、望む味付けにもっていくのが料理だと教わった。もちろん手順や技法も大事だけど、それに関しては日々精進していくものであって教えられてどうこうなる話じゃない。


 というか、料理ってそういうものじゃないのか?




「ちょい気になったんだけどさ、そんなん普通の人にできるもんなの? 私には選ばれし味覚の持ち主たちのなせるスゴ業にしか聞こえないんだけど」


「できるよ。確かに包丁なんかの機材の使い方とか火の扱い方なんかは技術だけどね。大まかな味の決め方は、食材や調味料への理解だから。

 この野菜をこうしたらこうなる、この調味料をああしたらああなるって具合に知ってればそれで良い。最終的な調整はセンスだけど、それ以前のところではただの知識だよ」



 そう、だから私も料理を教えろと言われたとき、実際に一緒に作って覚えてもらおうとしたのだ。それなのに分量がどうしたとか言われても意味がわからなかったのだよ。塩少々は0.5グラムだとか言ってたが、はっきりいってなんのこっちゃとしか思えなかった。


 自分の目と指と舌で覚えてもらう以外に、料理の教え方なんてあるわけ無いじゃないか。




「ちなみに春日さんが私たちに料理を作ってくれるときは、その日の気候とか私たちの体調とかも考慮して調整してくれてたよ。同じ味でも食べる側の状態によっては感じ方が変わっちゃうからね。そういう調整をすることが、毎日美味しいって思えることにつながるんだ」


「流石に、店でお客に出していた料理ではそこまでできませんでしたけれど。それでも食材の状態で味付けを調節するくらいはしていましたよ」


「うっわ~、なんだろ。なんかごめん。わたしそんなん、ぜんぜん気付かずに毎日食べてたわ」



 何をいまさら言っているのだ。美味しく食べてもらうんだから、それくらいやって当然じゃないか。


 それに、味の違いに気が付かれている時点で、上手く味付けできていないと言うことなんだ。「毎日おんなじように美味しい」と言ってもらえるのが、一番の褒め言葉に決まっているではないか。




「ということで、これが春日さんならこの世界の味付けに対応できると思った理由かな。

 当然まだ勉強してもらわなきゃならないところはあるけど、少なくともこういう料理の仕方を身につけている人なら、自分で味を作っていくための下地はあるからね」


「毎日同じように美味しく作ることができる、つまり杓子定規に料理をしていない春日さんだったら、きっとできるってわかったから。だから、春日さんなら大丈夫だって言ったんだよ」



 どうしよう、嬉しい。素直に嬉しい。


 正直私は店を潰した原因が自分であると思っている。彼女に苦労をかけたのは私の料理が拙かったからだと思っている。私がもっとこの世界の料理に向き合っていれば、今に至ってもこんな苦労をさせる必要なんてなかったと思っている。


 だからこうやって、自分が必要とされる理由をきちんと教えてくれたことがとても嬉しかった。



 たまたまそこにいた私だからでも、他にいなかったからでもなく、私であるからの私。

 この自分だから役に立てる。コレはとても幸せな事だ。



 料理を仕込んでくれた母に、私は改めて感謝をした。

 もう二度と会えないけれど、貴女の娘でよかった。

続きは明日投稿予定です



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