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第2章の4 : おいしいゴハンを作るには そのいち






 結論から言うと、この世界の味の傾向を理解するまでに、そう時間はかからなかった。



 だってそもそもこっちの料理、味の組み立てが簡単だったんだもん。方向性さえわかっちゃえばそんなに悩むような話じゃない。


 基本的にご家庭で作られる料理は、大鍋で煮るか串に刺して焼くかの二択。ちょっと気の利いたところでは浅鍋で炒める料理もあるけれど、それだって単純に塩振ってバターで炒めるくらいのものだ。


 味付けに関しても良く言えば素材の味そのまま。悪く言えば大雑把。入念に出汁を取ったり、下味をつけたりといった手間は一般的ではない。ぶつ切りにした肉や野菜を鍋で煮て、そこに塩や香辛料で味付けをした物にパンを浸して食べるのが普通の晩御飯なのである。


 甘い・しょっぱい・辛い・すっぱいが味の構成素材で、大体の料理ではそのうちの1つしか感じられない。甘辛い中でほんのり鼻を抜ける酸味だとか、甘みに支配された口の中にわずかに感じる塩っ気などという感性はこの世界の料理では育ちようのない要素だった。


 第五の味覚なんて、説明してもわかってもらえないだろう。



 私はそんな食文化の人たちに、きっちりブイヨンから作ったスープを出してしまっていたのだ。沸騰しないようにじっくりと煮込んだうえできっちり卵白で濾したコンソメがメニューにあったが、実際頼んでくれたお客は澄んだ琥珀色に驚く以前に具が無いと一蹴していたのだろう。



 そりゃあ美味しかったとは思う。感動もしただろう。実際に王宮の料理人をうならせたことだってあったのだ。


 けれどそんな複雑な料理を頻繁に食べたいかと言われればそんなことはあるわけない。私だって日本にいたころに毎日リヨンの三ツ星で食事をしろといわれれば、半年に一度にしてくれと泣いて頼んだだろう。



 食べ慣れない次元の料理を受け入れるには、どれだけ美味しいものだとしても食べる側にそれなりの負担が生じる物なのだ。格の高い料理を食べるためにコンディションを整えると言うのは珍しい話ではない。


 ただ美味しければそれでよいと言うのは、高度消費社会でもまれた思い上がりでしかない。




「なんというか、拍子抜けだわね」


「正直私もそう思ってます」



 彼女が食べてきた料理の内容を聞き、ソレを再現する。味見をしてもらうたびに違和感は減っていった。と言うかコレ、最初から料理の知識が無かったほうがより地元の味に近い物を出すことができたのではなかろうか。


 この世界の料理を再現するのは、あっけないくらい簡単だった。


 もちろんそのままでは私たちにとっては味気ない料理になってしまうので、美味しくいただく為にはここから何がしかの工夫が必要なのだ。



 たとえば私の作ってきた料理をこの味付けに合わせるだけならば、複雑になりすぎていた味の組み立ての中から土台となる物と表層に来るものだけを残して削るだけで良い。


 味わいの中で深みを作り出す立体的な調味料の使い方をやめる。出汁を取らずにメインの食材から出るスープに頼り、そこに軽い味付けを足すだけで終わるように抑える。できるだけわかりやすく、単純に。


 でも単にそうしただけでは、私は美味しいとは思えない。


 持っている知識の中で、味を足していくのではなく美味しさを増やすための方法。何かあるはずだと思っているのだけれど、今だ使い慣れない食材を前にしても何をすれば良いのかが思い浮かばない。



 そんな風に悩んでいると、10日としないうちに孤児院で出される料理は一通り出尽くしてしまう。まぁそもそも調理法や味付けはそのままで中に入っているモノが違うだけという献立が多数なので、早々にレパートリーが尽きてしまったのも無理はないのだろうが。


 このまま何も手がかりを得られないままでは、毎日汗だくになって子どもと追いかけっこをしている彼女に申し訳がないのだ。やけに楽しそうに孤児院での生活を話してくれるけど、きっと目的を忘れているわけではないのだから。



 いくら悩んでも答えが出ないので今日はここまで。後片付けをする私の後ろで、同士の2人は味見で膨れたお腹をさすっていた。




「そういえば伊勢さん。味の調整みたいなのを月子ちゃんならできるって断言してましたけど、アレなんでですか? 根拠があるんでしょ」


 味見のし過ぎで混乱してきた舌を休ませるために白湯を飲みながら休憩していると、そんな話が聞こえてくる。



 ソレは確かに気になる。別に私は日本にいたころきちんと料理の修業をしていたわけじゃないのだ。家庭の事情のせいで毎日3食自分で作る生活を長く続けてはいたが、言ってしまえばそれだけのキャリアしかない。しかも、一度は自分の不勉強から1つの店を潰すまでしてしまったような女なのだ。


 そんな私の料理の腕に折り紙をつけてくれたのは、いったいどういう理由があってのことだったのだろう。




「そうだね。一言で言えば、春日さんが料理の味を一定に保つ方法を実践できていたから。かなぁ」


「どゆこと? 確かに月子ちゃんの作るご飯はいつも美味しいけど、それって何か秘訣でもあったの」



 急に私に振られても困る。そんな極意のようなことは知らない。私が教わってきたのは、ごく普通の家庭で作られる料理なんだぞ。




「私がはっきりそれを認識したのは、2人が話してるのを聞いたからなんだけどね。ほら、日吉さんが料理を教わろうとしたって時の話」


「月子ちゃんが天性のカンで料理をしてるって話のこと?」


「いや、だから私はそんな才能は無いって言っているじゃないですか」


「まぁまぁ春日さん落ち着いて。それにカンというのもあながち間違いじゃないんだしね。

 ―――2人とも、料理番組とかで紹介されてるレシピを見て、そのまま同じ分量と手順を守って自分の家で調理をしたとする。画面の向こうの料理と同じ味ができると思う?」


「できるでしょ」「できるわけがないです」


 私たちは正反対の答えを返していた。思わずお互いの顔を見合ってしまう。理解できないといった表情を浮かべられているが、ワケがわからないのはこちらのほうだ。



 彼女は何を言っているんだろう。ああいったものはあくまでも・・・

続きは本日に投稿します 23時ごろの予定です



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