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なりゆき父子家庭の作り方

作者: 小林晴幸

ハードディスクを漁っていたら出てきた、大学時代の作品です。

9年も前の作品なので色々怪しい上に現実感がない作品ではあります。

それでも構わないよ、という心の広い方、大・歓・迎…!!

    



 ある朝、俺はにゃーにゃーと五月蠅い声で目が覚めた。

 その日は休日で、午前中はずっとごろごろしたかったのに、あまりに五月蠅い猫の声は俺の野望を阻んでくる。

 苛々しながら声の発生源を求め、玄関を開けた俺は固まった。

 目の前に、一つの段ボール。

 俺の部屋の玄関先に置かれていた段ボールに、赤ん坊が入っていた。どう見ても、捨て子にしか見えない。

 その赤ん坊は、にゃーにゃーと猫のような声で泣き続けていた。

 それが俺と笹子の出会いだった。


 早朝のことで玄関先は当然のように寒かった。

 あまりに寒いので、とりあえず赤ん坊を段ボールごと抱えると部屋の中へ戻る。

 何故こんなものが自分の部屋の前に捨ててあったのかと考えてみるが、答えはどうも出そうにない。

 ふと、最近子供を産んだ姉の悪戯ではないかと思うが、まさか自分の子供を放っておく訳はないだろう。

 無いと信じたい。

 だが子供をよく観察してみれば、姉の子供とは生まれた時期が違うようだった。

 兄の子供を押しつけられてよく面倒を見させられた経験から言ってこの子は、生後半年は経っていると思う。

 その頃に子供を産んだ知人は一人もいなかった。

 この子供を警察に届けるのが一番無難な選択だろうと考え、俺は段ボールを抱えて部屋を出る。

 すると、玄関先で一通の手紙を見つけた。

 先程段ボールを家の中へ運んだ際に、段ボールから落としていたのだろう。

 俺は一縷の希望を求めて、その手紙を読むことにした。

 もしもその手紙に、俺以外の男の名前が書いてあればセーフ。

 知らない女の名前とかでもギリギリセーフ。

 どうか子供の親の手掛かりでありますようにと、こんな時だけ神に頼んで俺は手紙を開いた。


 ――神様って、いじわるだ。

 その手紙は、俺的にはアウトと言うしかなかった。

 そこには犯行声明文風に、新聞などの切り抜きで作られた文章が並んでいた。



  『  奈良鹿 極さま

    この子はあなたの娘です。

    名前は笹子といいます。

    この可愛い子を父無し子にするのは忍び

    ありません。それに私が育てるとどうな

    るかもわかりません。

    この子のことをよろしくお願いします。

                  笹子の母より  』



 …フルネームで名指しされてしまった。

 奈良鹿で極なんてけったいな名前、日本中探してもそうそう居そうにない。この辺りには間違いなく一人もいない。せめて奈良だけなら良かったが、何故こんな名字にしたのか、奈良出身だったというご先祖様。

 はっきり言うのもある意味悲しい話だが、この子ができた頃の俺には身に覚えが少しもない。なのに、この赤ん坊は俺の子供だとここには書かれている。

 詳しい話を聞こうにも、犯行声明文のような手紙からは、母親を割り出すのが難しそうだ。

 そもそも犯行声明文のような手紙だという時点で、何かの冗談にしか思えない。

 だけどこんなことをしそうな知り合いは、ことごとく独身だった。子供など一人もいない。

 名指しされていると言うことは、少なくとも知り合いの犯行に違いないはずなのだが…。

 こうなると、警察にも持って行けない気がする。

 子供は相変わらず猫のように泣き続けている。

 たぶん、ミルクかおむつなのだろう。

 しかし独身男の部屋に、そんなものが転がっているはずもない。

 ここは買いに行くべきなのか。

 溜息をつきつつ、俺は財布へ手を伸ばす。

 そしてはたと気付いた。

 赤ん坊一人を部屋に残していって良いのだろうか。

 毛布に包まれている赤ん坊。

 泣き続けていたそれと、ふいに目が合ってしまった。


 結局赤ん坊を連れてスーパーへ駆け込んだ俺。

 もちろん赤ん坊は五月蠅く泣いていたので、周り中から迷惑そうな目を向けられる。

 だけど一番五月蠅いと思っているのは、胸に赤ん坊を抱いているこの俺自身だ。

 急いでミルクとおむつを買って帰ると、俺は甥っ子の面倒を見ることで鍛え上げた子守の技を発揮し、さっさと子供の欲求を満たしてやる。

 ――そこまでして、何だか悲しくなった。

 久々に赤ん坊の面倒など見たが、その手並みは俺から見ても完璧。子供は今、俺の胸ですやすやと眠っている。

 困り果てた俺が肩を落として考えることは、この姿を兄弟達や親には見られたくないってことだ。

 しかしいつまでも隠しておけることではないだろう。

 この上は一刻も早く、母親を捜し出さねば。

 そして何の冗談だと怒鳴りつけて押し返さねば。

 大方、若くして母親になったのは良いものの、育児に困って俺に押しつけた昔の知人というところだろう。

 何しろ俺が育児に手慣れていることは、ある程度以上親しい友人なら皆知っていることだ。

 数日もすれば、向こうの方から来ることだろう。

 俺はそう、楽観していた。

 だけどそれが甘かったことを、数ヶ月して知る。

 後になって段ボールの底から見つけた二枚目の手紙には、ワープロ書きの手紙が入っていた。


  『 …もしも笹子が自分の子供じゃないと思

    うなら、DNA鑑定でも何でもしてして

    みなさいよ。

    もしも覚えがないなんて言ったら刺すか

    らね。酔った勢いで子供作っておいて、

    全部忘れるなんてサイテー。

                  笹子の母より  』


 何だか逃げ場がない気がした。

 俺は本当に、酔った弾みで子供を作ったのだろうか。

 それすらも思い出せない自分。

 こうなると、下手したら母親が行きずりの女かもしれない、名前も顔も知らない相手かもしれないという恐怖が湧いてくる。

 自分の酒癖の悪さを呪い、これからは酒を飲むまいと誓うが、それでもすでに過ちは形になってしまった後だ。

 手遅れってやつですか?

 笹子が本当に自分の子供だと決まったわけではないが、DNA鑑定でも何でもしてみろと書いてあるこの文面に、やけに自信に満ちあふれた根拠を感じる。

 ここまでされると、例え本当に血が繋がっていないとしても笹子が自分の娘に思えてくる。


 未だに疑ってはいたが、警察にも届けずに数ヶ月間面倒を見た後だと、すでに情が湧いてしまっていた。

 このままだと、結婚もせずに笹子を男手一つで育てることになってしまう。

 家族に笹子のことがバレるのも、時間の問題だった。

 それに俺の方も、体力的・精神的に限界が近かった。


 昼間は既婚者で子供も居る友人の家に笹子を預けているのだが、学校やバイトが終わった後はまだまだ手のかかる笹子に尽きっきりで世話をしなければならないし、それは学生の身としては拷問に近かった。

 しかし笹子自体は可愛い。すでに情も湧いていた。

 笹子に離乳食を食べさせながら、俺は溜息をつく。


 そんな時にかかってきたのが、家からの電話だ。

 顔を青ざめさせ、俺は笹子の側をそろりと離れる。

 笹子の声が親に聞こえたら、何と言えば良いのか。

 だけど電話の第一声は、俺の首を容赦なく絞める。


『…最近、あんたが赤ん坊と暮らしているって聞いたんだけど…?』


 一体誰がちくったのかと考えながら、俺は親から叩きつけられた死刑宣告を聞いていた。


 結局、笹子の母親が名乗り出ることはなく、俺は両親や兄弟から容赦なく説教をくらった。

 笹子は俺の子供として手続きを踏むことになり、俺は両親との同居を余儀なくされたのだった。




極くん → これから後、年々親馬鹿という不治の病が進行していく。

 どこにいるのか尻尾を掴ませないくせにどうやら彼と笹子の身辺を把握しているらしい「笹子の母」から度々送られてくる怪文書に頭を悩ませる。


笹子 → 父と祖父母に愛情いっぱいに育てられるが、ちょっと寂しがり屋さん。

 ママは何処にいるの?と彼女が極くんに直球で聞くのはこの7年後のこと。

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― 新着の感想 ―
[一言] 観察してるってww! つ、続きは何処ですか!?
[一言] 楽しく読ませていただきました。 小林節が効いてますw 確信犯の女性!しかも監視付き‼ 監視するくらいなら、一緒に育てたらいいんじゃないかと思うんですけどね~。 続きが気になります。
[一言] 子育てってサバイバルだよね。 極君ファイト! ってママさん近場で観察してる?
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