寝顔フェチの茨姫と、呼ばれていない魔法使い
とある国の国王夫婦は念願が叶って欲しがっていた子どもを授かることになった。その子どもは可愛らしい女の子。
娘が産まれた記念にと国王夫婦は国中から魔法使いを十二人呼び寄せた。十三人目の魔法使いを除いて。
魔法使いは産まれたばっかりの娘に魔法を使った贈り物をする。誰もが羨む贈り物をし、十一人目の魔法使いが贈り物を言い終わった。
残すことは最後の十二人目の魔法使いの贈り物だけだ。皆が期待の眼差しで娘と魔法使いを見つめる。
そんな時だった。突然に呼ばれてはいない十三人目の魔法使いが姿を現したのは。
「王女は眠ることを好み、眠りに付いたところで変態の餌食になり、憎まれ殺されることだろう」
そんな呪いの言葉だけを呟いて十三人目の魔法使いは姿を消したのだった。
呪いを受けた娘を見つめる国王夫婦は嘆き悲しむ。その姿を誰もが見てなられなかった。
そんな国王夫婦の前に現れるのは、まだ娘に贈り物をしていない十二人目の魔法使い。
十二人目の魔法使いは囁く。呪いをなかったことには出来ないが和らげることは出来る、と。
最後の可能性をかけて国王夫婦は願う。どうか娘の呪いを和らげてくれ、と。
「王女は眠り顔を好み、眠り顔を観賞している際に変態に目を付けられ、愛されることだろう」
十二人目の魔法使いの言葉が言い終わるのと同時に国王夫婦は涙を流す。娘がこれで死なずに済むのだと喜んだのだった。
あの忘れ難き出来事から十五年の歳月が過ぎた。
周りに綺麗な花が咲き誇る城の部屋の一角で、一人のまだ幼さが残る可愛らしい少女が熱心に何かを見つめている。それだけならまだいい。問題は彼女は鼻息を荒くしている点だ。
「はぁ……なんて素晴らしい寝顔なのでしょう」
ぱさりと顔にかかっていた黒いフードを取り、彼女は寝ている一人の男性を熱心に見つめる。その瞳には言いようもない熱を帯びていた。
黒いフードの男性は何か危機的なものを察したのか、それともただ単に起きただけなのか。ゆっくりと閉ざしていた漆黒の瞳を見せる。
その瞬間に彼女は小さく舌打ちをし、男性から興味を無くした。
「お姫さん、そんなに寝顔にしか興味ないのか」
「当たり前です。貴方がそういう風に私に呪いをかけたことをお忘れですか?」
「俺は呪いを和らげた……というより害のないやつに変えただけだ」
はぁとため息を吐き出すのは黒いフードの男性。男性こそ、十五年前の呪いを和らげた十二人目の魔法使いだ。
そして鼻息を荒くして寝顔を見つめていた彼女は、この国の王女である。まさしく十三人目の魔法使いに呪いをかけられた王女「茨姫」であった。
「どうして、そんな馬鹿げた呪いに変更したのかしら。もっといい変更の仕方があったのだとわたくしは思うのですけど……」
「あの時は凄く混乱していたんだ。まさか十三人目があんな呪いをかけるとは」
確かに十三人目の魔法使いは変な呪いをかけてきたものだ。そう彼女も思う。どうせ殺すなら「王女は錘が刺さって死ぬ」という風な呪いをかければいいもの。
どうしてそんな変な呪いをかけたのか、彼女は全く理解出来なかった。
「それよりもです。わたくしを愛して下さる変態な方はどなたなのでしょうか?」
「……さぁな」
「出来ることなら貴方みたいな寝顔が美しい男性がいいですね。ですが、貴方と違って寝顔を見つめていても怒らない優しい方がいいです!」
力説する度に彼女の綺麗な金色の髪が揺れる。揺れる髪を見つめながら十二人目の魔法使いは考える。これ以上の変態は一体誰がいるのだろうか?と。
十二人目の魔法使いは十五年前の自分をここ数年で何度も呪った。それは殺したくなるほど呪ったのだ。
彼女を寝顔フェチにしたのはまさしく自分自身で、その被害者も自分自身。それよりも恐れていることは、彼女を愛する変態はどんな変態なのかということだ。
「恐ろしいな」
「恐ろしくなんてありません。わたくしは楽しみです。なにせ、わたくしを愛してくださる方なのですから!」
そう言い放つ自分を可哀想な目で見ていた十二人目の魔法使いの顔は永遠に忘れないと彼女は思うのだった。
彼女がこんなにも「自分を愛してくれる方」に執着するのには訳がある。彼女は産まれた時から、いいや呪いを和らげた時から寝顔フェチの変態であった。
顔はまだ幼さの残る可愛らしさで、将来的には美女になることは間違いない。だが、何度も言うようだが彼女は寝顔フェチの変態である。
顔と王女ということで近付いた男は皆、彼女の犠牲者になってしまう。時には「貴方の寝顔は気持ち悪いです。ですが、その気持ち悪さが癖になってしまいます」や「貴方は白目を向いて寝ているのですね。時々、黒目が見えたりして面白かったです」などの感想を平気で言う子なのだ。
近付いてきた男は皆、彼女の元から去るのだった。何事もなかったのかのように去るが、心には深い傷を負って。
そんな彼女は今日もまた寝顔を見つめていた。
今日は見覚えのない男性が今は使われてない客室で寝ていたので、それを観賞しているのだ。
彼は自分とは正反対な銀色の髪をしていて彼女の目を引き寄せたのだ。寝顔も十二人目の魔法使いと同じくらい美しい。神秘的な雰囲気がある。
まるで彼は月みたいな寝顔だ。彼女は満足気に微笑んだのだった。
「そんなに私の顔が素敵なのですか?」
片目だけを開け、彼は自身を見つめる彼女を見つめる。その問いかけに微笑んだままの彼女は握りこぶしを作る。
「えぇ、貴方の寝顔が素敵なのです。永遠に見つめていたいくらい素敵な寝顔です!」
「ふふ、それは光栄です。茨姫様にそう言って貰えると嬉しいですね」
寝顔をずっと見ていても怒らないし、寝顔も素敵な男性。彼女は彼に惚れてしまった。
彼の寝顔を思い出すだけ震えが抑えきれない。彼の寝顔に悪戯をしたいと思ってしまう。例えば、寝顔の絵を書いたり、寝顔にキスをしてみたり、いろんなことが彼女の頭を過った。
「ああっ、貴方の寝顔は本当に素敵ですっ!」
いろんな妄想で彼女は自分自身を抱き締める。そんな彼女を見て、彼はクスッと笑みを浮かべた。
手を伸ばし、頬を触れる。頬を撫でたら手を滑らせて体を舐めるように手で撫でた。
「私も茨姫様のことを考えてしまいますよ。貴女が茨に囲まれて死んでいる姿を想像するだけで、心が激しく高鳴ります」
彼は危険なことを言っているのに彼女はそんなことはどうでもよかった。ただ「心が高鳴る」という言葉で十分だったのだ。
彼女は悟るのだった。自分自身を愛してくれる方は彼だということを。
「やっと逢えました。わたくしはずっと貴方を待っていたのです。素敵な寝顔に優しい心を持ち、わたくしを愛してくださる方を!」
「私は貴女から泣かれ憎まれ、貴女を憎んでじっくりと犯して殺す予定なのでしたが、奴が呪いを変えた所為で貴女を殺せなくなりました」
ですが、貴女をじっくりと犯すことは出来ますね。そう囁く声は低く腰にくる。彼女は顔を真っ赤にして、うっとりと彼の言葉を聞いていた。
それはじっくりと一言一言を噛み締めるように聞いていたのだった。
「あぁ、貴女の死顔は素敵だと思ったのですがね。まぁ、貴女の興奮した顔も好きなのだからいいですけど」
「はぁ……わたくしも貴方の寝顔が好きです。いつまででも永遠に見つめたいのです」
「知ってますよ。だから、貴女に私の寝顔を見せるのと交換条件で貴女の興奮した顔を見せて下さいね?」
コクコクと何度も勢い良く首を上下に振り続ける。彼の寝顔を見るためならどんなことでもしよう。それが彼女の本心である。
これから、ずっと彼の寝顔を見れるとなると興奮してしまう。興奮し過ぎて彼女は口からはよだれが流れ落ち、鼻からは鼻水が流れ落ちた。
「興奮しているのですか?」
「貴方の寝顔を想像しただけで興奮してしまうのですっ!」
「ふふっ、興奮した貴女は可愛いらしい」
彼は彼女に顔を近付け、鼻に唇を寄せる。じゅるっと鼻から出た彼女の鼻水を啜る彼。それに更に興奮する彼女。
もしも他の人が見ていたなら二人のことを何て言うかなんて決まっている。変態、その一言に尽きるまでだ。
純粋なる暗闇の色の髪と瞳を持つ男性、十二人目の魔法使いは冷めたような諦めたような目で二人を見つめていた。
一人はこの国の女王である茨姫で、もう一人は彼女に呪いをかけた十三人目の魔法使いである。二人は自分が知らない間に、なぜか愛し合ってしまっていた。
十二人目の魔法使いは深くため息を吐き出し、二人を見なかったふりをする。そのために漆黒の瞳を閉ざし、椅子の背もたれに背中を預けた。
「ああっ、やっぱり寝顔は素敵ですね」
「……茨姫様、そんな男の寝顔で興奮しないで下さい。興奮した貴女は凄く可愛らしいので、他の男なんかに見せたくありません」
「寝顔を見て反応してしまうのは癖ですから治りません。ですが、一番は貴方の寝顔が好きです!」
どこか近くで変な奴らが何かを言っているが気にしない。気にしたら負けなんだ。
十二人目の魔法使いは一刻も早く静かに平穏に眠りたいと願うのだった。