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 そんなこんなで、翌日。よかんてきちゅう、だ。

「椀子、尻尾か今日は」

 さすがに、昨日の一件があれば、驚きも半減するようだ。尚も倒置法で問うたのは、若干の動揺の表れか。

 解っていたはずなんだけどな。

 椀子は少し照れ臭そうに返事をしてきた。

「うん、そうだよ」

 ……尻尾を軽快に揺らして。ご丁寧にも、昨日の犬耳をしっかりと生やし、人間としての耳も残っている。そして尻尾のふわふわ度は一目瞭然だった。

 いやいや、それよりも突っ込むべきところは他にあるか。

 尻尾が生えてきたというのに、選りに選ってスカートで来るとは何事だ。スパッツは穿いているみたいだから大丈夫……とかそういう問題じゃない。女子としてどうなんだ? そもそも、そんな状態で尻尾をどうやって生やしている。スパッツに穴を開けてないなら、物理法則をどうしているのか問いたい。

 以上、俺が誰かに代弁を願いたかった、声にならない心の叫びの数々だ……。

「どうしたの?」

「何でもない」

 椀子の尻尾が左右に揺れる度、スカートからスパッツが覗かせるように見え隠れする。それは、何とも言えない魅力を醸し出ていた。

 もうこの際、部屋にいる限りは、そういうことを気にしない方向で行こう。

 椀子はパピヨンぬいぐるみを大事そうに抱えている。それが唯一の救いだ。大いに喜んでくれているみたいだな。

 俺は明後日の方向に目線を逸らして、たぶん……ぶっきら棒な態度で訊いた。

「それで、今日も元に戻るまで一緒にいればいいのか?」

「うん」

 椀子は嬉々として答えてきた。

 そう無垢な様子で言われると、俺の一挙手一投足は何もかも痛々しい事この上ないぞ。

 さっき変な気分になった自分が恥ずかしいな……。まあ、いつ戻るのか分からない以上は油断禁物か。

 予想外の展開が起こる可能性はある。だが何もしないで時を過ごすのも不毛だ。

「ただずっと立っているのも疲れるよな」

 俺は話題を考えつつ机の椅子を指差した。

「椅子にでも――座ってはいられないか。最初の内は尻尾もくすぐったいんだろ?」

「尻尾は平気みたい。だから、今日もスカートで来れたの」

 だからじゃなくて、それならスカートで来るんじゃない。

 そんな俺の本音は、置いとくとして……。

「それじゃあ、ふかふかなベッドの方に座らせてもらうね」

 尻尾をはためかせて、椀子がステップを踏むようにベッドの傍へ移動していく。自分の尻尾もふわふわそうなのに――。

「椀子」

 椀子がベッド前に到着したところで、俺は制止した。

「やっぱりまだ座らない方がいい」

 振り返った椀子があどけない表情で、首を捻ってくる。

「どうして?」

「どうしてもだ」

「ダメなの?」

「ダメだ。思い出してみろ。昨日も話してる間に戻っただろ? 頭の犬耳なら座ってても関係無いが、尻尾だとそうはいかないんじゃないか?」

「あ、そうだね」

 椀子は俺の助言を何の疑いもなく聞き入れてくれた。俺の下にリターンしてくる。

「ああ、そうさ。ああ――」

 っぶねえ。

 そう考えているのがバレそうな空笑いを、今の俺はしているはずだ。あと顔も引き攣らせていると思う。

 尻尾が有る状態で、いつものように座ったりはできないはずだ。どんな感じが普通かは判らないけどな。尻尾が余計になりそうなことくらいは分かる。

 危なかったと思っている俺の目つきは、十分面妖そうだ。そして二人揃って何かするわけでもなく佇むのも、結構異様かもしれない。

 椀子は尻尾を、左から右に、右から左に、往復させながら呟いた。

「早く、戻らないかな」

「そうだな……」

 俺は気力を振り絞って生返事した。気持ちの余裕なんて、本当は無かったけどな。重たい空気が今以上に漂ってほしくなかったから、相槌してみたが……。

 そろそろ限界みたいだ。

 限界値が低いとか言わないでくれると助かる。

「あ」

 そんな中、椀子の尻尾は空気を読んでくれたらしい。

 椀子の尻尾が引っ込んでいく。スカートの中にすっと消えていくのが横目で見えた。無論、実際に中を確認はしていない。

 その瞬間ばかりはくすぐったかったらしく、椀子はパピヨンぬいぐるみを抱き締めていた。

「戻ったよ」

「そうらしいな……」

 俺は一向に乾いた笑みを崩せそうになかった。何故なら、椀子が尻尾を生やす実演を、昨日と同様にやらかすかもしれないからだ。

 ……また落ち込まれるかもしれないけどな。心を鬼にして、念の為言っておく。

「尻尾、出さなくていいからな?」

「うん」

 納得してくれたらしい椀子はそう答えた後、そのまま黙り込んだ。

 今日のところは帰るのか、俺は訊けそうになかった。

「…………」

 椀子が次にどんな変化をしてくるのか、俺に知る由も無い。

 明日は、犬のヒゲでも構えてやってくるんだろうか。

 椀子がパピヨンぬいぐるみを、ちょっと力を強めたように抱き締めた。口を真一文字にして疲れた顔になっていそうな俺に、真摯な目を向けてくる。

 そして小さな声で――。

「明日も、来ていい?」

 声のトーンが落ちた椀子の一言は、さながら母犬に甘える子犬のようだった。

 ……断れるわけがない。

 俺がお人好しなのか、それとも椀子の頼みだから嫌と言えないのか。どっちなんだろうな。どちらにせよ、答えは一つか。

 どのみち最初から決まっているなら、俺はその答えを伝えるまでだ。

「……ああ」

「うん、明日も来るね」

 微笑んだ椀子がやっぱり尻尾を出して振るだろうか、と心配するには至らなかった。

 椀子に晴れやかな笑顔を向けられて、俺も自然と口許を緩ませていたからな。結局何だかんだで、最後まで面倒を見る破目になるんだろう。

「また、明日ね」

 椀子が左手を振って、部屋を出て行く。

 手は振り返さずに、俺は椀子を見送った。それから、いつかは訪れるはずの絶対叶わぬ願いをしてみる。

 明日、椀子が犬そのままの姿でやってこないといいな。

 そんな祈りを――。

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