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去る年 来たる年  作者: 雪月 音弥
18/18

去る年、来たる年

 十二月三十一日、二十三時四十五分。

 古ぼけた祠が父さんの持つロウソクの火でぼんやり照らされている。飾られたセンリョウの実が昼間より赤く見えるような気がする。

「……心の準備はいいか?」

 父さんに尋ねられて、うん、とオレは大きく頷いた。

 一年前の今日、この時間。初めて歳神様に出会い、祀り事に加わった。

 そして今日、これから、歳神様を送り出し、新しい歳神様をお迎えする。

 年末が近づくにつれて、歳神様はどこか上の空で、ぼんやりしていることが多くなった。十二月初めに五柱の神様達を迎え入れることになって、しばらくは穏やかにニコニコ笑っていてくれたのに。父さんは心配いらないと言うけれど、ずっと気に掛かっていて。でも、なんとなく、歳神様に声を掛けることも躊躇われた。

 父さんはというと、十三日から歳神様の交代の儀式のために張り切って掃除したり買い物に行ったり。歳神様のことが気がかりじゃないのかとオレが言っても、出来ることは何もないと言って聞く耳持たず。

 そうして慌ただしく過ごすうちに、とうとう今日になってしまった。

 父さんは祠の両隣にある燭台に火を移し、持っていたロウソクを近くの壁にある燭台に置いた。

 父さんに合わせて二礼二拍手一礼。緊張して心臓がドキドキする。

「まもなく刻限となりますので最後のご挨拶に伺いました。おいでませ」

 ギィー……という重い音と共に、祠の扉が開いた。中から歳神様が静々とこちらへ向かってくる。

 すっかり銀髪になり、顔中に皺が年輪のように刻まれ、手は枯れ枝のように節が出て。来た時が嘘みたいに、すっかり年老いた姿になった歳神様。歩くスピードも心なしか遅くなった。けれど、身に纏う空気は凛として、初めて会った時と変わらない。

「……もう、時間がきてしまいましたか」

 声が小さくて、どこか疲れたように見える彼女に違和感を感じながら、はい、と応えた。

 俯き加減で、顔色が少し青ざめている。具合でも悪いのだろうか。

「浩介殿にも、尚樹殿にも、この一年、いろいろとお気遣いいただき、心から感謝しております」

 深々と頭を下げる、その姿勢の美しさは普段と同じなのに。動作が緩慢でノロノロとしているような気がする。やっぱり、なんか変だ。

「春雷の君や、五柱の神々のことまでお力添えをくださり、何と御礼を申したら良いのか……」

 彼女は、ほう、と溜息を吐いた。それがまた気怠げに見える。父さんはそれに気付いているのかいないのか、いつもの調子で応対する。

「とんでもないことでございます。私共こそ、大変お世話になりました。ありがとうございます。歳神様がお助けくださったおかげで、無事、本年を過ごすことが出来ました」

 そうですか、と言って笑う歳神様の顔がくしゃりと歪む。泣き出してしまうんじゃないかと思わず声を掛けた。

「歳神様、大丈夫ですか?」

 尚樹、と鋭い声で父さんに制止された。少し驚いて父さんに目を向けると、すごく険しい目つきでオレを睨んでいて。

 悪いことを言ったつもりはないんだけど、と不満もあったけれど、黙らざるをえない雰囲気だった。

「尚樹殿、ご心配には及びません。少し、気疲れしているだけなのです」

 すまなさそうに眉根を寄せる歳神様。そんなことないです、と慌てて否定した。

「この家に参りました時、私は不安でいっぱいでした。きちんとお勤めが出来るのか、と」

 弱々しく笑みを浮かべながら彼女は続ける。

「お二人が日々、丁寧に祀り事をしてくださる姿を見て、私も出来ることはすべてなそう、と思いました」

 うん、とオレは相槌を打つ。普段の祀り事の時も、鬼やらいのような特別な祀り事の時も、いつも歳神様は懸命に取り組んでいたと思う。春雷の君や五柱の神様達のことも、出来ることはないかと心を砕いていた。

 そしてそれは、歳神様のためじゃなく、春雷の君や五柱の神様達のためでもなく。オレ達が何事もなく日々を過ごせるようにという思いが込められていた。

「これから行う祀り事は、高橋家の皆様にとっても、私にとっても、重大なもの。つつがなく終えられますよう、どうかもう一度お力をお貸しください」

 きちんと姿勢を正し、歳神様がお辞儀をする。もうこのきれいなお辞儀を見ることもないんだな、と思うと、胸に込み上げてくるものがあった。

 父さんと同時に礼を返す。歳神様は少し寂しそうに笑って。では、と言って、祠の中へとゆっくり歩み去った。重い音を立てて祠の扉が閉まる。

「……歳神様、ほんとに大丈夫かな?」

「余計な心配はしなくていい」

 オレがぽつりとこぼした台詞に対し、父さんからは素っ気ない言葉しか返ってこない。

「歳神様には天にお帰りいただかなくてはならない。不用意に声を掛けるな。見送りをするな」

 わかったら早く手伝いなさい、と白木の台に皿や盃を並べ直しながら言われた。

 歳神様の交代の儀式は、何があっても歳神様に声を掛けてはいけない。後ろ姿を見送ってはいけない。天に帰る途中で歳神様の気が変わって祠に戻ってしまうと、歳神様は貧乏神になってしまう。

 歳神様に声を掛けてしまったじいさん。貧乏神になってしまった桜花の宮様。かつてこの家は何もかも失って、住む場所さえ移る羽目になった。

 ひいじいさんやじいさんがなんとか繋いできたこの家を、未来へと繋いでいかなくてはいけない。それはもちろん、わかっているのだけれど。

 理屈では割り切れない気持ちがある。

 歳神様が辛い時、その力になれることがあるなら、と思うのに。

 やっぱり、オレは無力で。

 ただ、成り行きに任せるしかないのか、と心が沈むばかりだった。

「……何もしないことが正しい時もある」

 え? と聞き返した。父さんは手を止めず、下げた皿を他の台に置いていく。

「必要な時に手を差し伸べる。それは確かに良いことだ。だが、手を出さない方が良い時もある。相手を信じ、黙って見守る。見ている側も辛い。辛いが、先へ進むためにはそれが必要なこともある。共に在る、とはそういうことではないのか」

 ああ、そうか、と思わず言葉を漏らした。目の前を覆っていた物がポロリと落ちたような気がした。

 何かしなくちゃ、と考えてばかりだったけど。寄り添う、ということも大事なんだ。

 歳神様の気持ちに寄り添う。オレが歳神様の立場だったら、今、どうするのがいいのか。交代の儀式を無事に済ませるにはどうしたらいいのか。

 よし、と気持ちを切り替える。今は目の前のことに集中しよう。父さんを手伝って祭壇の上にある物を丁寧に並べ直し、綺麗に整ったのを確認して離れた。

 しばらくして、古ぼけた祠に橙色の灯りが一つ、また一つ、と順に灯り始める。年数が経って灰色がかっていた木目がまるで新しく切り出されたばかりのように美しく光り、金銀の細工が眩い輝きを放ちだした。

 交代の儀式が始まった……!

 橙色の優しい灯りが祠全体に行き渡った時、アーチ状の赤い小さな橋が天からいくつも連なって降りてきた。シャラン、シャラン、という鈴の音。橋が祠の扉の前にまで掛かった時、一人の少女が天からゆっくりと橋を渡ってきた。

 新しい歳神様だ。髪は肩くらいまでで、薄い紫の髪飾りをつけている。年は十四、五歳くらい、歳神様と同じように小さな小さな姿。髪飾りと同じ薄い紫の着物。緊張した面立ちで、祠に向かって歩いてくる。

 橋を渡り終えると、少女はこん、こん、こん、と祠の扉を叩いた。さっきまでとは打って変わり、扉は音もなくすっと開いた。中から歳神様がやはり緊張した面持ちで進み出る。少女の柔らかい声が朗々と響き渡る。

「来たる年の歳神にございます。去る年の歳神殿におかれましては、お役目ご苦労様でございました」

「去る年の歳神にございます。来たる年の歳神殿におかれましては、引き続き高橋家に幸福をもたらされますよう、心よりお願いを申し上げます」

「承知いたしました」

 二人の神様は互いに深々と礼を交わす。新しい歳神様はそのまま祠の中に入り、扉が音もなく閉まる。歳神様がゆっくりと上半身を起こした。

「高橋家に幸福をもたらしてくださいますよう、しかと、お願いいたします」

 祈るような面持ちでしばらく祠を見つめ、そして、天へと伸びる橋を見上げた。ふう、と彼女らしくなく溜息を吐く。

 ゆっくりと一歩踏み出した。踏み心地を確かめるかのように、また一歩。さらに一歩。それから溜息。

 何か小声で呟いたけれど、何と言ったのかは聞こえなかった。

 父さんには聞こえただろうか。オレは父さんをチラリと見たけれど、父さんはじっと祠を見つめたまま動かない。

 歳神様がゆっくり歩き出す。ピンと張られていた背中が少し前屈みになっている。

 あれ? とその様子を眺めている間に、どんどん歳神様の腰が曲がっていき、足腰が弱くなったように歩くスピードも落ちていく。そして、ついには橋の三分の一ほどで立ち止まってしまった。

「……こんなにも離れがたいとは思わなかった……」

 ああ、どうしよう、と泣きそうな声が続く。

「これではいけないと思うのに、もう足が出ない……浩介殿にも尚樹殿にもご迷惑をお掛けしてしまう……」

 ヨロヨロと体が揺れる。橋の欄干に掴まり、なんとか自身を支えていた。

 オレは父さんにもう一度目を遣った。大きくかぶりを振って、口元に指を立てている。ーー見送るな。声を掛けるな、と。

「高橋家の皆様にはとても良くしていただいた。私が留まるわけにはいかない。わかっているのに……」

 身体が重い、と呟いた彼女の声はガラガラにしわがれて。

 その響きは、疫病神の声を思い起こさせるほどに乾燥して枯れ果てていた。

「……ああ、どうしよう……」

 ゆっくりと彼女が祠を振り返る。

「……まだこれだけしか進んでいない……天はあまりに遠い……」

 顔の皺がより深くなっている。心なしか、肌の色がくすんで黄色っぽくなったような気がする。

「……浩介殿、聞こえていますか? 私、本当に、身体が重くて……」

 ガサガサした声が父さんに向けられる。父さんは苦しげに眉根を寄せた。

「……いけない、と、わかってはいるのですが……浩介殿……?」

 もう聞こえないのですか、と諦めの混じったような呟きが、しかし、今度はオレへと向かってくる。

「尚樹殿。尚樹殿なら、おわかりいただけるでしょう……? 五柱の神々にも良くしてくださいましたもの。私のことも良くしてくださるでしょう……」

 ねえ、尚樹殿、と掛けられた声には縋るような必死さの陰に、オレを欺こうとするような音色が混ざっていて。

 どうしたんだ歳神様、と叫びたくなるのを必死で堪え、ギュッと目をつぶった。これじゃ疫病神になったみたいじゃないか。声の冷たさも、寂しさも、何もかも。

「……どうして、答えてくださらないのですか。本当に、私の声が聞こえないのですか……」

 嗚咽と共に微かに聞こえる嘆き。

 相手を信じ、黙って見守る。父さんの言葉が頭の中で再生される。言われたことの意味は理解している。でも、と心が悲鳴を上げる。

「……どうしよう。少し休むべき……いえ、祠に戻るべきかしら……いえ、いけないわ。いけないわ……」

 もうこれ以上、聞いていられない。耳を押さえようとした、その時。

「……何をしている」

 雷鳴のように男の声が轟いた。

「……春雷の、君……!」

 歳神様の声が急に若返る。

「早う来ぬか。我をこれ以上、待たせるな」

 目を開くと、春雷の君が橋の中ほどの場所に立っていた。歳神様の顔が綻ぶ。

 はい、と彼女は短く答え、軽い足取りで春雷の君へと向かっていく。初めはゆっくりと、しかし徐々に早くなっていき、最後には駆け足で。腰が曲がっていたのが段々と真っ直ぐに伸びて。銀髪が根元から毛先へと少しずつ黒くなっていき、艶々と光を放つ。シワシワになって乾燥した肌が少しずつふっくらとして血色の良い薄ピンク色に染まる。春雷の君へと手を伸ばした時には、彼女は若い娘の姿に戻っていた。

 その手を春雷の君はしっかりと握って。天へと振り返りざまに、オレに向かって、任せろ、というように笑い掛ける。

「……天に帰ったら、何がしたい」

「そうですね……私は、まず……」

 二人の姿が天へと向かい始めると同時に、祠側から橋がゆっくり消え始め、やがて、二人共々、すっと音もなく消えてしまった。

 祠に灯っていた灯りが一つ、また一つと消えていく。ニスを塗ったばかりのようなツヤツヤした木目も、輝くばかりの金銀細工も、その輝きを失い、元の古びた祠の姿へと戻っていく。

 灯りが全て消えたのを確認して、父さんが祭壇に並べた皿や盃に供物を置き始めた。交代の儀式は終わったんだ。はあ、と大きく息を吐く。

 良かった。春雷の君が来てくれた。あのままだったら、歳神様はどうなっていただろう。安堵の涙で視界が歪む。グイッと服の袖で拭う。

 父さんを手伝って米や酒、塩などを並べた。全て整ったことを確認して父さんが目配せする。二人で一緒に二礼二拍手一礼して、父さんが声高に述べる。

「刻限となりましたので最初のご挨拶に伺いました。おいでませ」

 ギィーッと重い音がして。扉の向こうから新しい歳神様が姿を現した。

「高橋家当主、高橋浩介にございます。控えておりますのは息子の尚樹でございます。誠心誠意勤めさせていただきますので、どうぞ宜しくお願い申し上げます」

「去る年の歳神殿より新しくこの家をお預かりした歳神である。当主の意向に添えるよう、誠心誠意励む所存。宜しく頼む」

 互いに礼を交わした。新しい歳神様は目がクリッとしていてかわいらしい。顔を上げたオレと目が合うと、ニコッとはにかむように笑った。片頬にえくぼが浮かぶ。

「楽にしてね。堅苦しいのは苦手なの」

 軽い口調で話し掛けられた。

「先の歳神は無事に天に帰ったわ。……でもちょっと、祠に戻ってくるのじゃないかと、不安になったけど」

 どう反応していいかわからず、とりあえず、はあ、と曖昧に応じた。

「……春雷の君がいらっしゃいましたね」

「そう、それ! 五柱の方々の件があったからね。今回から、去る年の歳神と親しい方が迎えにいくことになったの」

「迎え?」

「そうよ。と言っても、声を掛けるだけなんだけど。それぞれの歳神の裁量に任せていたのでは、また同じ過ちを繰り返してしまうから」

「先の歳神様は自力では天に戻れなかったとお考えですか?」

 父さんの問いかけに彼女は、貴方はそう思わないんでしょ、と返す。父さんは自信のある顔つきではっきり頷く。

「あの方は、きっとご自分を律し、天へ向かわれたはずです」

「でもあの方の嘆きを聞いた時、ヒヤッとしたのではない?」

 歳神様の姿を思い起こす。皺が深くなって、腰がグッと曲がってしまって、疫病神のように嘆き悲しい声を上げる姿。多分、歳神様自身が一番困惑しただろう。今まで家を守ってきた自分が災厄をもたらすなんてこと、彼女が望んでいるはずがない。

「歳神の常です。あの方に限らず、どの歳神様も迷われる。道を失いかける」

「私もそうなるかも」

 自嘲するように少女が笑みを浮かべた。

「それでも、きっと貴女様も天にお帰りになられます。この高橋の家で、貧乏神は出しません」

 同意を求めるように父さんがオレに目配せする。うん、と大きく頷いた。

「ふふ。頼もしいこと。わたしの時も同じようにお願いしたいわ。どなたが迎えに来てくださるかわからないけど、なるべく面倒なことにはならないようにしたいの」

 軽く肩を竦めながら彼女は続けた。

「そうそう。五柱の神々のことだけれど。わたしの他にもう一柱、天からどなたか遣わされることになったわ」

「もう一柱? どなたかって……」

「まだ正式には決まっていないの。わたしだけでは貴方達も不安だろうし、万が一の場合に備えて監視役を置こうって」

 監視役、という言葉に顔を顰めた。悪いことをする前提、というのがなんだか気に食わない。とは言え、彼等が何の問題も起こさないという保証もなかった。

「では、その方の祭壇や祀り事の準備が必要ですね」

「貴方達にあまり手を掛けさせないようにすると言っていたわ。詳細はまた後日、改めて連絡があるはずよ」

 そうですか、と父さんは短く答えて考え事をするように黙ってしまった。まだ決まってもいないのに先んじて動く性分は、素直にすごいな、と思う。

「何か聞きたいことはある? 答えられることであれば何でもいいわよ」

 新しい歳神様は促すように、うん? と顔を向けてきた。かなり積極的なタイプのようだ。

 頭の中にわいてきた言葉を抑えて、念押しの質問をする。

「ほんとに、何でもいいんですか?」

 ええ、どうぞ、とにこやかに応じた彼女にぶつけてみた。

「さっき天に帰られた歳神様の名前を教えてもらっても……?」

 はっと顔を上げた父さんがオレの頭を抱え込もうとするより先に、新しい歳神様がいいわよ、と快く引き受ける。

「ただし、貴方達が生きている間、あの方はこの家の歳神にはなれない。それでも良ければ」

 父さんと視線を交わす。思いのほか簡単に承諾を得られたことに少し驚きつつ。

「ほんとに、教えてもらえるんですか?」

「ええ。あの方はもうこの家の歳神ではないもの。支障はないわ」

 父さんの顔色を黙って窺っていると、諦めたような、呆れたような、どちらともつかない溜息が父さんの口元から漏れる。いいの? と言うように歳神様が首を傾げたので、お願いします、と頭を下げた。

「春霜。春の霜と書いて、春霜しゅんそうの姫とわたしはお呼びしているわ」

「春霜……」

「慎しみ深いけれど、芯のしっかりした方よ」

 とてもぴったりな名前だ。静かに穏やかに、気が付いたら側にいてくれるような。そんな感じがする。顔に笑みが広がる。

「あの方も春告神なのよ。だから本来は歳神にはならないの。だけど、春雷の君が行方知れずになって、捜すために立夏を過ぎて地上に降りてしまった。地上では遅霜で被害が出て、あの方は春神に降格処分されたわ。でもそれも、今回の計画のうちだったのかも。あの方を歳神として地上に送り込むためにね」

 なるほど、と心の中で呟き、相槌を打つ。

 カミナリ様が練った、大きな計画。知らずにオレ達は巻き込まれていた。いや、自ら進んで巻き込まれていった、というべきなのかもしれない。

 神様達の難しい事情はわからないけど、春霜の姫も、春雷の君も、五柱の神様達も、それぞれがそれぞれの理由でオレや父さんを必要としていた。

 人間達が神様から離れていくなか、この家はずっと彼等に寄り添い続けてきた。オレがその一人になれたのなら。少しでも、彼等の寂しさを慰められたのなら。

 そして、この先も彼等と共に在り続けられるならーー。

 それを喜びとして、この先も変わらずにあり続けたい。

 新しくやってきた歳神様や、五柱の神様、名前も知らないいろんな神様達を慰め、温め、支えていきたい。

 そのための一歩を、今、この瞬間から歩み出そう。

 そう決意して、オレは新しい歳神様に改めてお辞儀をする。

「来たる年の歳神様。至らないところもあると思いますが、どうぞ宜しくお願いいたします」

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