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去る年 来たる年  作者: 雪月 音弥
17/18

師走

 十二月一日、十七時二十分。

 南天の赤い実が古ぼけた祠に彩りを添えている。あと何日かすれば、センリョウの実がこれに取って代わる。正月まで、あと一月。

「……じゃあ、何も見つからなかったってこと?」

 俺の問いかけに、父さんが頷く。

 祠の前で歳神様も大きく深い溜息を吐いて。

 目の前には古い書物がいくつも積まれている。氷雨様と深雪様の訪問からおよそ半月。父さんが家中はもちろん、蔵の中に保管されていたものまで全部かき集め、一通り目を通したけれど、疫病神を祀ったというような記録は全く見つからなかったらしい。

「私の方でも祠の中にあるものをいろいろ探してみましたが、疫病神に関わりのある物はありませんでした」

 父さんも歳神様も難しい顔をして黙り込んでしまった。二人にわからないものが、オレにわかるはずもなく。行き止まり、か。

「……一つ、お二人にご覧いただきたい物があるのです」

 浩介殿はご存知だと思いますが、と言って祠の中へ歳神様は戻っていった。父さんと二人、顔を見合す。

 しばらくして歳神様が両手で抱え持ってきたのは。

「……石?」

 薄緑色のツルツルとした美しい小石。七十歳近くまで年老いてしまった上に、人形みたいな身体の大きさの歳神様には大きすぎるそれを、父さんが近くにあった白い布で受け取った。

磐座いわくらのかけら、ですね」

 聞き慣れない言葉に首を傾げる。

「神様がお休みになる岩のことを、磐座と言うんだ。この石は、ひいおじいさんがここへ引っ越してきた時に元の岩から削り取って持ってきたもの」

「元の岩って?」

「高垣の家があるところに、昔、神様をお祀りしたところとして、今もそのまま残っている」

 へえ、と曖昧な相槌を打つ。思いついたように父さんが声を上げた。

「私からも、ご覧いただきたいものが」

 積み上げられた書物の山の横に置いてあった木箱の中から出てきたのは、一本の巻物。持っていた布ごと小石を祠の脇に置き、父さんが巻物の一方の端を持って、オレには巻いてある方を丁寧に開いていくようにと言いつけた。

「高橋家縁起絵巻。この家の由来が描かれている巻物だ」

 言われたままに、スルスルとゆっくり広げてみた。

 まず初めに出てきたのは、空から雷が落ちて、その落ちた場所の下に狛犬みたいな動物がひっくり返っている絵。

 その隣に山が描いてあって、山の反対側ではさっきの動物と同じヤツが木製の檻に入れられている。そのすぐ近くに立派な建物。酒を飲みながら動物を指差して笑みを浮かべている人間達。酒宴の様子を描いたんだろう。

 建物からはさらに、武士のような、武装した男達の列が並んでいる。列の先では焚き火が燃えていて、武士達が木製の檻の周りを取り囲んで寝ている。檻のすぐ横に役人だろうか、一人だけ違う着物を着て立つ男の姿。檻の扉が開いており、中にいた動物が空へと向かって昇っていく。そのすぐ近くには大きな岩があって、注連縄が張られている。

「……尚樹、おじいさんから、天から落ちたカミナリ様の話を聞いたことはあるか?」

「うん? うーんと、たしか……」

 昔、酔っ払ったカミナリ様が天から落っこちた。エライ人に捕まっちゃって見世物にされたけど、うちのご先祖様がそれを助けてやって、無事にカミナリ様は天に帰ったという話。……あれ?

「これ、もしかして、そのカミナリ様とご先祖様の話のヤツ?」

「そうだ。うちではハタタ神様と呼んでいる」

「ハタタ神?」

「青天の霹靂という言葉があるだろう。その字を当てて霹靂神はたたがみというんだ。

 霹靂神様が天から落ちられ、当時の帝が、これは珍しいと言って捕まえてしまった。酒の肴にして三日三晩の間、宴を行ったが、飽きてしまったので、どこか遠くへ連れ出して殺してしまえと命じられた。気の毒に思ったこの家の当主がお助けして、天に帰るためのお手伝いをした」

「単なる昔話だろ?」

 いいえ、と歳神様が穏やかに微笑む。マジで? じゃあ、檻の横に立っている役人風の男がご先祖様?

「高橋家の名が天に広く伝わることとなったのは、この時のことがあったからなのです」

 そうなんですか、と再び絵に目を向けた。じゃあ、注連縄が張られている岩が磐座ってやつか。うちのご先祖様がねぇ……と感心していて、ふと気付く。

「カミナリ様って……もしかして、春雷の君と何か関係がある?」

 巻物に描かれているのは何かの動物。小さくても人間と同じ姿だった春雷の君とは似ても似つかない、けれど、同じ雷の神様。

 俺が投げかけた視線を、父さんはそのまま歳神様へと受け流す。彼女ははっきりと深く頷いた。

「春雷の君のお父君です」

「お父さん!?」

 はい、と歳神様は神妙な面持ちでまた頷いた。

 広げた巻物を、今度はゆっくり、丁寧に巻いていく。紙は少し黄ばんでいるところもあるけれど、保存状態はそんなに悪くない。比較的最近作られたレプリカなんだろうな、と勝手に想像する。

「すごい偶然だね。春雷の君も、春雷の君のお父さんも、うちの家でお祀りするなんて」

「……いや、偶然ではないと思う」

 躊躇いがちに、けれどもはっきりした口調でそう言った父さんは、歳神様を気遣うように慌てて付け足した。

「歳神様に疑念を持っているわけではないのです。ですが、今回の一連の出来事について、どなた様も、春雷の君のお父君が何かお考えになっているというようなことを仰っておられました。氷雨様も、春雷の君のお父君に対して、歳神様をこの家にお遣いになることについて反対したと仰せでした。

 霹靂神様には、元より何かお考えがあって、今回の件に当家が関わるよう図られた。そう考える方が自然な流れのような気がするのですが」

「それは……」

『……わしが話す』

 歳神様の静かな声に、突然重なった低い男の声。その轟音が地響きのように蔵全体を小刻みに揺るがす。天井を閃光が走り、祠の前にズドン! と落ちた。強烈な眩さに目を閉じてもなお、目蓋を通過した光が点となってチカチカ瞬く。

 強い光は一瞬でやんだようだった。そろそろと目蓋を持ち上げ、視界に入ってきたのは。

 背の高い、がっしりとした体格の初老の男性。

 銀髪を頭に撫でつけ、眼光鋭いどんぐりみたいな大きな目がオレ達を見ていた。豊かな白髭に覆われた口元に笑みが浮かんでいる。黒い着物に黒袴、羽織も黒。着物の前がはだけ、胸元から白いサラシが覗いている。肩にかけているだけの羽織には稲妻を思わせる金色のギザギザした大きな刺繍。片手に煙管を持ち、その煙をプカプカと楽しそうにふかしている。煙管にも、腰に下げた長剣二本の鞘にも、羽織と同じように金の稲妻が龍のように彫刻されていて、彼の着ているものにとてもよく映えた。

 歳神様が祠の扉の前で姿勢を正し、深々とお辞儀する。

「歳神よ、変わりないか」

 はい、と短く答えて、彼女はオレ達の方へと目を遣る。

「こちらの方は……」

「わしのことは、カミナリさんでよい」

 え? と虚をつかれた歳神様。

「ぬしら人間はよくそう呼ぶではないか。腹を出して寝るとカミナリさんにヘソを取られるぞ、とな」

 わはは、と笑ったその声が、雷のように腹の底で響く。

「もしや、霹靂神様でございましょうか?」

「古くはそう呼ばれておったな」

 父さんに問われてそう答えたカミナリ様は、ふむ、懐かしいの、と巻物を指差す。バチン、と火花のような閃光。春雷の君は透けるような青だったけど、カミナリ様のそれは光り輝く金。

「ぬしらには、ケモノの姿の方が馴染みがあったか? まあ些細なことよ」

 カミナリ様は煙管の灰を手のひらに落とし、肩にかけただけだったものをきちんと羽織り直した。

「ぬしらには、一度、会わねばならぬと思うておった。倅のこと、悪しく穢らわしき者共のこと、ぬしらには関わりあらず。されども手を貸してくれたこと、礼を申す」

 そのまま直角と言っていいほど腰を曲げて頭を下げられ、オレ達も慌てて礼を返す。

「春雷の君はただお祀り申し上げただけ、他の方々には何もしておりません。何か出来ることはないかと、ただこうして顔を突き合わせるのみでございます」

 父さんの言葉に、委細承知、とカミナリ様は首を振る。

「どうすれば良いかわからぬことも全て承知。ゆえに参ったのだ。先も申した通り、春の雷も、憐れな五柱の者共も、いずれもぬしらには関わりなし。されど、ぬしらにこそ関わって欲しいと、他ならぬわしが思うたのだ」

 彼の言葉に父さんが眉を顰めた。

「私達に関わって欲しい、とはどういうことでございましょうか?」

「言葉のとおりよ。高橋の者になら、託せると思うたのだ。この歳神のことも、春の雷も、五柱の者共も。わしを救うてくれた彼の者の血を引くぬしらなら、と」

 カミナリ様は遠くを見やるように目を細めた。

「春の雷を失うて後、その居場所を探し回ったが見つからぬ。時折、微かに神気が感じられることもあったがすぐに消えてしまう。望みはないと思うた。神気が感じられぬは名を失う兆し。たとえ見つかったとしても、悪しく穢らわしき者ーー疫病神に姿を変えていよう。わしはそれを見とうはなかった。目にしたらば、わしは自らあれを責め追い立てねばならぬ」

 歳神様に温かい眼差しを送り、彼はすっと手を差し出した。彼女は少し気がひけるような面持ちで、おずおずとその大きな手のひらに乗る。カミナリ様は歳神様ごと手のひらを目の高さまで上げ、愛おしげにそっと彼女を撫でた。

「この姫神は、それでも良いと言うて春の雷を探し続けた。たとえ疫病神になろうとも、わからぬままより良いとな。しかし、どれほど探しても見つからぬ。地上に長く留まれぬゆえ、探すにも限りがある。わしはこの姫神が地上に長く留まる方法はないかと考えた」

「それで、歳神としてこの家にお遣わしになられたのですか」

 左様、とカミナリ様は深く頷いた。

「高橋の者は、どの歳神も大事に祀り上げてきた。桜花のような例もあったが、しかしあれも、歳神を大事に思うたがゆえのこと。

 歳神は家から出ることは叶わぬ。されど他の者が外から家の中へと来ることは出来よう。疫病神も同じ。ならば、あるいは春の雷が、五柱の者共が、ここへ来るやもしれぬ。

 名を失うた者は、己をも失う。己のわからぬ者が頼るよすがは無いに等しい。ただただ、本能に縋るのみよ。ゆえに、これは賭け。雷である誇り。この歳神との絆。春の雷にそれが残っているならばと、一縷の望みを託したのだ」

 そう言って、カミナリ様は歳神様を祠の前へと運んだ。そしてそのまま、薄緑色の小石に手を伸ばす。

「これにはわしの神気が微かに宿っている。それを辿れば良い。春の雷なら出来るやもしれぬ。ならばやはり、この姫神を遣わすのは高橋家の他にない」

 頑強そうな指先から金色の光が静電気のようにバシッと走る。光は小石をぐるりと囲み、また指先へと戻って。

「ですが、私共には、何のお力添えも出来ませんでした」

 父さんの言葉に、いやいや、と首を横に振るカミナリ様。

「春の雷の神として祀り、禊をしてくれたではないか」

「ただそれだけでございます。祀り事と申しましても特別なことは何もしておりません。禊についても、せいぜい水浴びをして身体を洗い清めていただく程度のこと。十分には出来ず、氷雨様もまだ穢れが残っていると仰せでーー」

「それでも良いのだ。ぬしらがあれを、悪しく穢らわしき者としてではなく、春の雷として迎え入れてくれたこと。それにわしは一筋の光明を見た。かつてわしを救ってくれたように、ぬしらがあれの悪しきところを清くしてくれる、と」

「清くーー?」

 左様、とカミナリ様は改めて父さんとオレに向き直る。

「清きところは清きまま、悪しきところは清く。

 人間が歳神よりも貧乏神に心を寄せた。春の雷は誇り高き雷ゆえに、その事実はあれを打ちのめしたに違いない。されど、ぬしらとの新しい絆が、それを補うだろう。すぐに、というわけにはいかぬが、いずれ穢れは取り払われる」

「そうでしょうか……まことに、そうなりますでしょうか?」

「なるとも。同じように、五柱の悪しく穢らわしき者共もな」

「え……? 疫病神達も……?」

「あの者達も救けると、神議かみはかりで決定が降りたのですか?」

 身を乗り出して聞こうとする歳神様の顔には、驚きと切実さがない交ぜになっている。

「うむ。天の高いところに居られる方々が、そう決めた。わしらも疫病神とたいして変わらん。皆等しく、人間に祀られたいと思っている。いつ穢れが身を焼くかわからぬ。ならば、赦そう。赦すことによって、わしらも赦される、とな。

 後のことは、わしに一任された。わしは一人でコソコソと動き回り、手を打ってきたが、どうやらその必要はなかったようだ」

 これはやられた、と言って、カミナリさまは自分の頭をペシっと叩いた。

「春の雷がぬしらに祀られることになった時、わしはまず、これまでわしらが見捨ててきた者がどれほどいるか把握しようと思うた。迅の雷に言うて、出来うる限り連れてこよ、とな」

「それじゃ、野分様が『建て前』で捕まえたに過ぎないと仰っておられたのは……」

「建て前などではない。されど、思いのほか多かったのは事実。わしらのみでは手に負えぬと判断せざるをえなんだ」

 そっとかぶりをふるようにして、カミナリ様は力なく俯く。自分の不甲斐なさを恥じているようにも見えた。

 ちゃんと、いたんだ。

 哀れで痛々しい姿になった彼等を救けたいと、そう思っていた神様が。

 無理だ、出来ないと、いろんな神様が言ってきたけれど。

 それでも、どうにかしたいと考えている神様が、ここに、確かに、いる。

 その事実が、じんわりと熱になって、オレの心を温めていく。

「……高橋家の方々に、頼みがある」

 その大きな瞳が、再び真っ直ぐに父さんとオレを捕らえた。

「ぬしらにしか、頼めぬ」

「それは、どのような……?」

 やや間があって、決意を固めたように姿勢を正したカミナリ様が口にした言葉は。

「……五柱の者共を預かってはくれぬか」

「預かる……? 疫病神を、ですか……?」

 苦々しい表情で尋ねた父さんの声は、咽喉に引っかかるように少ししわがれた。

「違う。あれらには、真の名がある。真の名をもって祀れば、あれらは悪しく穢らわしき者ではない。……如何か」

「ですが、あの者達はあまりに穢れに侵され、名を失ってしまっております」

 歳神様が挟んだ言葉に、知っておる、とカミナリ様は短く返した。そして、パン、と両手を合わせる。

 合わせた両手の間から強い金の光が漏れだす。静かに広げられた両手の間に浮かぶもの。

「……種?」

 黒や茶色の小さな植物の種らしき物が五つ。白い羽のついたもの。黒くて固そうな小さいもの。それに、殻を被ったもの、豆科の植物みたいな鞘付きのもの、それから赤っぽいもの。

 歳神様が息を飲み、口元にそっと両手の指先を当てた。ポロポロと流れる涙。

「穢れを落とせと野分に命じたが、上手くはいかなかった。結果として痛めつけすぎたようだ。あれらは残っていた力のほぼ全てを失い、神となる前の姿に戻ってしもうた」

「これでは……これでは、この者達は、己の名ですら思い出せません。自分が何者であったのかすら……」

「わからぬ、だろうな」

 抑揚を押し殺した、カミナリ様の絞り出すような掠れ声に、歳神様は嗚咽を漏らす。

「これでは天に戻れないどころか、神としても終わりを迎えたのと同じではありませんか……!」

「いや、まだ終わってはおらぬ。終わらせはせぬ」

 彼は強い口調でしかと否定して。

「確かに力を失い、神となる前の姿に戻ってしもうたが、だからこそ真の名がわしらにもわかる。

 種を蒔き、育てるのだ。真の名を呼びながら、歳神と同じように祀るのだ。長い時がかかろう。されど、いずれ、必ずや己を取り戻す。人間に大切に祀り上げられれば、その温かき心によりて、清きところは清きまま、悪しきところは清くなろう」

 のう、当主殿よ、とカミナリ様は呼び掛ける。眉間に深い皺を刻み、真剣な表情で。

「頼めるのはぬしらしか居らぬ。無論、わしらも手を貸そう。ぬしらに全てを押し付けようというわけではない。されど、この者共には、人間の温かみが必要なのだ。人間のそばにいることに十分満足したならば、きっと天に帰ると申すに違いあるまい。どうか、頼まれてはくれぬか」

 この通りよ、と頭を深く深く下げて。カミナリ様は言った。

 不安に眉を寄せる歳神様。涙の筋が頬を濡らす。

 今までに見たことのない、苦渋に歪んだ父さんの顔。

 神様が人間であるオレ達に頭を下げるなんてこと、ありえない。

 ありえないことが、今、目の前で起こっている。

 あの五人の疫病神、いや、神様を迎え入れたとしたら。

 この家は、どうなるーー?

「……尚樹、お前が、決めなさい」

「え……?」

「もし、この話をお受けするとすれば、この先何年も、何十年も、名を失った神様を祀り上げなくてはならない。私の代で終わるならいいが、お前の息子や孫までも巻き込むことになるだろう。お前はその時、当主として、皆に説明し、事の次第を伝えていかなくてはならない。お前が後悔しないように、お前が納得する答えを出すんだ」

 私はそれに従う、と父さんは告げた。

 そんなこと急に言われても、と思ったけれど、言葉には出せなかった。

 オレがずっと望んできたこと。春雷の君も、疫病神達も、皆が天に帰ることが出来たら、と。

 そのために、何か力になれたらいい、と。

 でも、この先何年も、何十年も、穢れを受けて名前を失った神様を何の準備もなく迎え入れろ、と言われても、すぐには応じられないと思う気持ちがあるのも事実で。

 オレだけじゃなく、まだ生まれてもいないオレの子供や孫にも影響するような重大な決断を、今、ここでするのはーー。

「ーー怖い、か」

 カミナリ様に顔を覗きこまれ、はい、と反射的に頷いてしまった。

 まだ先のわからないことにまで責任を負うということが。

 彼等を迎えた結果、何が起こるか想像もつかないということが。

 オレの決断が、何を変え、何を変えないのかわからないことが。

 ーー怖い。

 当然であろうな、とカミナリ様は呟きを漏らした。

「ぬしらは弱い。ぬしらの命は短い。ぬしらには余りに重き役目やもしれぬ」

 このように考えることは出来ぬか、と彼は静かに問いかけてくる。

「ぬしが一人で責を負うわけではない。これはわしが決めてぬしらに頼んだこと。わしとぬしらが、共に分かち合うのだ」

「共に……?」

「左様。わしにとっても、この家は大恩ある家じゃ。高橋の家が滅ぶようなことがあれば、わしは己を許せぬだろう。ぬしらの怖れも不安も、わしの中に同じくある。ぬしらがわしらと共に在りたいと願う気持ちも、同じくわしの中にある」

 自身の胸を拳で打ちながら、カミナリ様は真っ直ぐな視線で力強く訴える。まるで稲妻のようにオレの心を激しく打ちつけてくる。

 怖れも、不安も、願いも、同じ。

 皆が共に在るために、自分はもう覚悟を決めた、と。

「かつてこの者らは罪をなした。されど、このような姿になったことで、すでにその罰を受けた。ならばもう、これらを赦してやっても良いとわしは思うておる。赦したならば、これらを天に帰してやるは必然。そのための苦難を、わしはこれらの者と共に背負おう。

 五柱の者共だけではない。他の悪しく穢らわしき者も同じこと。わしらが見捨ててきた者共も、いずれは同じく天に帰す。その辛苦を、わしはそれらの者と共にしよう。

 これはそのはじまり。まずその第一歩を、わしはぬしらと歩みたい」

 如何か、と彼は手を差し伸べた。

 肉厚の手が、微かに震えているように見えるのは気のせいなのだろうか。

 父さんにチラ、と目をやる。押し黙ったまま何も言わない。でも、父さんの中にある覚悟が、その目から透けて見える。はっきりと。

 はじまりの第一歩。

 カミナリ様は、他の人間じゃなくオレ達を選んだ。

 オレ達と共に在るために、全てを分かち合おうと言ってくれた。

 ならオレはーー。

 これからも神様達と共に在るために、一歩、踏み出さなければ。

「……やります。オレに出来ることはあまりないけど」

 それでも、力になりたいから。

 神様達と、この先も共に在りたいから。

 オレは、ぐっとカミナリ様の手を掴んだ。ほう、と安堵の息が彼の口元から漏れる。

「ありがたい。まことにありがたい」

 カミナリ様の大きな瞳から、ほろほろと熱い涙がこぼれ落ちる。ギュッと大きな両手がオレの手を強く握りしめた。とても温かくて、しっかりとしたその手から伝わってくる熱は、彼の心の熱さのように思われた。

「かつてわしは、ぬしらの祖に姓を与えた。わしを救けてくれた男とその子らが、天のいと高きところと人間達とを結ぶ橋となるよう、『高橋』と、願いを込めてな。あの時与えた姓は、今もなお、ぬしらとわしらを結ぶ橋となっておる。そしてこれからは、天から失われた者共とわしらを結ぶ橋となろう」

 のう、歳神よ、とカミナリ様は歳神様に話しかけた。彼女は泣き笑いになりながら、はい、と嬉しそうに頷いた。



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