負け組先生 後編
今回のターゲットは、一見普通の学生に見えた。
少し縁が大きいメガネをかけ、若干ニキビが目立つ。
経歴を見てみても、普通の小学校、普通の中学校を卒業、高校においては一流の進学校に入学していた。
だが、原因が分からない自主退学で学校には行かなくなっている。
何があったのかは分からないものの、今の彼がこの制度における対象者であることには間違い無かった。
だが、彼ならまだこれから十分に更生が出来るように思えた。
あれだけレベルの高い学校に入ることができたのに、たった一回のミスで殺されることになってしまう。
どうしてもそのことが納得いかなかった。
唐突に俺の携帯が鳴り出す。
割と最新の型で、今はやりのスマートフォンだ。高画質カメラがウリ。
着信だ。相手は鷹森だった。
「よう、ちょっと話したいことがあるんだがいいか?」
「えぇ、良いですよ。」
「ありがとよ。実は前から思っていたんだが・・・」
鷹森はそのまま10分ほど話した。
鷹森が疑問に思っていること。
それは、「人数」だった。
まず、この制度が日本政府によって全国で施行されているとなると、対象者は恐らく多くて数十万に昇るはずだ。
仮に他に施行人がいないとして、俺たちだけでこの数全てを殺すのには無理があった。
他に全国各地のすべての対象者を迅速に殺害するために色々な場所に施行人がいるとすれば、この間のように車で一時間もかかるような場所までは行く必要がなくなるはず。
しかも鷹森は俺の倍の時間をかけて現場まで行ったらしい。
この制度には不審な点が多すぎる。
仮にこの制度は、本当の目的を達するための過程だとするならば、一体なんの目的があるのだろうか。
ますます謎は深まるばかりだった。
学校を退学した今の俺には何も残されていなかった。
もはや両親とは一切口を聞かなくなった。
でもなぜだか気が楽だった。
もう、親のために勉強するだけの毎日は終わったのだ。
俺はあの時の小学生に毎日勉強を教えに行くようになっていた。
その小学生とのつながりは、その公園だけだった。家も知らなければ名前も知らない。まぁ学校はこの近辺に一つしかないから大体分かるが。
相変わらず算数のドリルが解けずに困っている。
「兄ちゃん、本当に頭良いよな!俺将来、兄ちゃんみたいな頭のいい男になって総理大臣になる!」
「ははは、総理大臣か。いい夢だな。」
そして俺は少し俯くと、
「でも、俺みたいになっちゃダメだからな。」
と、漏らした。
「え?!何でだよ!兄ちゃんは俺の目標だよ!!」
「俺はな、来る日も来る日も勉強に明け暮れる毎日を過ごしてきたんだ。だけど、それは自分のためなんかじゃなくて、親のためだった。」
「兄ちゃん・・・」
「それに俺のその努力は最後まで報われなかった。・・・今の俺は惨めな負け組だ。」
「そ、そんなこと・・」
「・・・まぁ忘れろ!じゃあ続きやるぞー!」
「う、うん!」
帰宅すると、玄関に父親がたっていた。
入ってすぐに思いっきり引っ叩かれた。
「お前は!!学校を退学になって恥をかかせるだけじゃなく、堂々と外をほっつき歩きやがって!!!!」
「い、いいじゃないか。外を歩くくらい・・・」
「ふざけるな!!!!お前は我が家の恥だ!!!!」
俺は、この家の恥になるために今まで勉強してきたのだろうか。
もう、俺は生きていてもしょうがなかった。どこを歩いても皆敵だった。
いっそ、死ねたらどんなに楽だろうと思うようになったのは、その時からだ。
任務遂行当日。
この馬鹿げた仕事を辞めるには、全ての任務をこなす以外にはなかった。
だから、俺は今回のターゲットを殺すことだけを考えることにした。ターゲットを発見したら即殺す。そうしないと、俺みたいな小心者のクズには後遺症が付きまとうことになる。
銃を片手に、俺は家の扉を開けた。
次の日公園に行くと、あの小学生はまだ来ていなかった。
俺はあの後、両親に止められるのを振り切って、荷物とお金を持って家を飛び出した。止められるといっても、また恥をかきたくないから、という理由だけだったが。
もちろん、行くあてもなければ味方も居ないこの広い世界で生き延びれるはずもない。
いざ行き先もなくなりお金もなくなったら、自ら命を絶つつもりだった。
その日は結局、あいつはこなかった。
夜、公園のベンチで寝ていると
「おい、なんかいるぞ。」
4人の男の集団が俺を発見して、ベンチを取り囲むように立ちはだかった。
「は、ガキじゃん。家出か?」
「もしかしてこの年で浮浪者とか!?チョーキメー!」
「おい、とりあえず有り金全部出せよ。」
と、気づいたら腹に突き上げるような衝撃が走った。
どうやら、それなりの力でおなかを蹴りあげられたようだ。
「・・・っ!!いってぇ・・・」
「ひゃっはっは!!だっせぇー!!」
そのまま俺は袋叩きにされていた。
体を押さえられ、何度も殴られたり、はり倒されてけられたりしていた
どのくらい時間が経っただろうか。
俺にはもはや痛みの感覚がなくなっていた。男たちはなおも暴力を止めてはいなかった。
「これは貰って行くぜ!」
持ってきたお金はやつらにすべて持って行かれた。
いや、正確には持っていかれようとしていた。
そのとき俺の中で何かが無くなった気がした。
憎しみの感情を制止する理性の鍵が外されていた。
今まで全て我慢してきた自分の欲、今まで抑え込んできた全ての感情が爆発した。
近くにあった先の鋭利な木の枝を手に取ると、あの男たちの方に向かって走り出していた。
その日俺は仕事だったので、朝早くに出ることにした。朝といってもまだ日も出でいない頃で、俺は少し重たい瞼をコーヒーで無理やり開けて車に乗り込んだ。
もっとも、こんな朝早くにターゲットが外を歩いているという保証はなかったが、何となく大丈夫な気がした。
今回は前回よりも少し遠かったが、まだ明け方ということもあって多少はスムーズに進んだ。
また嫌な寒気がした。今日もあの時のように人を殺すのだ。
俺は必ず終わらせなければならないのだ。
着いた先は小さな住宅街。
こんな場所で銃声が響きわたればたちまち人が集まってしまうことだろう。
だから俺は前回よりも早く終わらせることを決め込んだ。
車を降りて、拳銃片手に細い道路を歩きだす。
ターゲットのいる家まであと少しの所に、小さな公園があった。
俺はその公園の凄惨な光景に驚愕した。
そこにあったのは、いくつもの死体と、真ん中で立ち尽くす一人の男の姿。
まぎれもなく、ターゲットの甲元竜也だった。
目の前で倒れている何人もの男たち。
抑えきれなかった感情の爆発の威力を、手に握られた血まみれの木の枝と倒れている男たちの周りに出来たちの湖が物語っていた。
もう、俺には何も残されていなかった。
もしこのままだったら、俺は刑務所に入れられるのだろうか。
そして再びできた仲間に裏切られて同じ苦痛を味わうのだろうか。
・・・死にたかった。
思い残したことはたった一つ。
こんな、負け組先生を信じてくれたあいつに、もう一度だけ会いたかった。
ふと、人の気配を感じた。
後ろを振り向くと、銃を構えた男の姿が有った。
気付いたら銃を構えていた。
少年はこちらに気づき振り向いた。表情からは何かを失ったような虚無感が伝わってきた。
早く撃てと体に念じる。
でも指が動かない。
「・・・俺を刑務所に連れて行くの?」
少年が、唐突に俺に話し始めた。
「刑務所に連れていくくらいなら、ここで殺してくれよ。」
「・・・え?」
「俺はもう、生きたくねぇんだよ。どこを歩いても俺の周りには味方なんていない。孤独にまみれてさみしく生きるくらいなら死にたいんだ。」
「・・・!!」
ふと、手に込められた力が緩んだ。
引き金が引かれ、銃口から銃弾が放たれる。
弾はそのまま少年の胸部を貫いた。
男が撃った銃弾が自分の胸を貫いたのを感じた時、俺はようやく解放される喜びと、どこかさびしい虚しを感じていた。
あれほどいなくなりたかったこの世といざおさらばするとなると、なぜだか行きたくなかった。
こうして、俺の憎しみと苦しみの人生は幕を下ろした。
俺は、早く立ち去らなければならないこの場に、なぜか留まっていた。
血まみれの無残な死体と、静かに目をつむる少年の死体。
ふとそばのベンチに目をやると、一枚の紙が折りたたまれて置いてあった。
「負け組先生の生徒へ」
俺はあふれそうな涙をこらえながら、その場を去った。
この手紙を読むころ、俺はもうこの場からいなくなっている
事でしょう。まず、突然いなくなることを謝らなければなりま
せん。僕の無責任さや適当さを許して下さい。ごめんなさい。
僕にとって初めて信頼できた君に、精いっぱいの感謝をこめ
てもっとこの手紙を書きたいですが、僕には時間がないです。
なので、この手紙を読んだあなたが、僕のおしえた算数のドリ
ルの解き方だけを頭に残して、どうか僕の存在を早く忘れて、
算数の得意な優秀な小学生になってくれることを切に祈ってい
ます。
最後に、本当にありがとう。
負け組先生
この手紙が、少年の元に届く事はなかった。
Episode4 END