狼と少女(改)
一匹の狼が森の中を彷徨っていた。
漆黒の毛は、艶やかで。狼は、満月の夜の森の中を彷徨う。
狼は、何かの気配に気づく。
鋭い眸でこちらを見る。
一定の距離を保ち、じっとこちらを見据える。
狼の視線の先にいるのは、小さな少女。
小柄で、白と薄桃色のドレスのようなワンピースを着た少女。
艶やかな黄金髪は、月の光に反射し、より少女を美しく見せる。
少女には、あちこち泥と、不似合の赤い跡があった。
狼は、じっと少女を見つめる。
無垢な瞳で少女は、狼に手を伸ばす。
少女は、にっこりとほほ笑む。
少女は、狼の鋭い眸に気にもせず、怯えることもなく。
狼は、一歩、また一歩とゆっくりと少女に近づく。
少女は、近づく狼を見つめる。
近づくにつれ、濃くなっていく死の匂い。
狼は、気づいていた。
少女の周りには、いくつかの亡き者たちが横たわっていることを。
一歩だけ、触れられるか否かの距離で狼は立ち止まる。
少女の微笑みは、明るく、まるで満月と同じくらいに輝くしく、愛らしかった。
狼は、少女に寄り添う。
少女は、狼にそっと触れる。
少女は、無垢なまま。その瞳に悲しみの色は無い。
夏の夜であったとしても、森の中は、冷え込む。
狼は、じっと少女のそばにいる。
少女は、そっと空に浮かぶ幾千もある星々と月を見つめ一筋の涙を流す。
少女は、静かに泣く。涙だけを流す。
狼は立ち上がり、寂しい声を静かな森に響かせる。
それに応えるように、何処からかまた、寂しい声が聞こえてくる。
狼は、彼女の代わりに声を出す。悲痛な声を。
少女は、狼に抱きつく。
言葉は、役に立たない。
だけど、傍にいて。
決して癒えない心の傷でも、誰かが気づいてくれれば、分かってくれれば、私は、大丈夫だから。
それが人でなくても。
少女は、泣き疲れたのか規則正しい寝息が聞こえてくる。
少女の周りには、いくつもの眸の光が輝いていた。
彼らは、食欲を抑えているだけだ。今すぐ跳びつき、その柔らかい肉を引きちぎりたいと。
けれど、彼らはしない。少女の隣に王がいるから。
少女のそばにいた狼は、悲しく叫ぶ。
それに応えるようにまた誰かが悲しい声で鳴くのだ。
少女は、気づかない。
狼は、少女に寄り添い、眼を閉じる。
周りの者たちは、いつの間にか姿を消していた。
少女は、大地の上で眠る。
狼は、人間の少女の隣で眠る。
満月の夜、少女と狼は、暗い森のなかで眠る。