第二話 ヒューマンファックテスト 5
それから小一時間ばかしステルスくんを弄んだあと、
「んじゃ、まーあっちの自己紹介はこれくらいにして、みんなの自己紹介ばせんとね!」
突然の自己紹介タイムが始まった。
・・・ていうか今までのくだりが委員ちょさんの自己紹介だったのか、甚だ疑問ではあるが。
「そいじゃね、ほい、そこのじょしッ!」
ピシッと竹刀を向け、委員ちょさんは僕の三つ隣の女の子を指名した。
「え、あたし・・・?」
あからさまに不満そうな顔だが、そこはステルス君の体を張った渾身のデモンストレーションが非常に効果を発揮していた。
「まぁ、いいけど」
以外にも素直に自己紹介をし始めた。
徐に立ち上がり、
「えーと・・・あれ、なんだっけ、あぁ佐藤玉子。中二」
ストン。
着席。
「・・・・・・」
自己紹介終了。
佐藤玉子と名乗った彼女は、少し恥ずかしそうに廊下側の窓を見ていた。
「ふんふんさとうたまこちゃんね、うん」
あまりにも短いその自己紹介。
ぶっきらぼうな言い方もそうだが、その態度の悪さもちょっと鼻についた。
・・・だけど、委員ちょさんはさほど気にした様子も無く、
「じゃあ次、そこのキミ」
次は僕に竹刀が向けられた。
「あ、はい・・・」
ちょっと気後れするけど、まあ名前を言うだけのようだし、さっさと済ませよう。
さっと立ち上がり、
「神乃光秀です、高二です」
そう言って座ろうとしていた。
その時、
「キミの事はおねーちゃんからよ―聞いとるよ。ひねくれモンの可愛いヤツっち(笑)」
「・・・え?」
こいつ何を言っているんだろう。
すごく楽しそうに笑っている。
「まぁここに来ちょうからね、そーとーの変わりモンやろうけど。まーみんなと仲良く勉強したら大丈夫やね!」
とても明るく話す委員ちょさんを見ていると、ああこの人には不安とかそんな暗い感情無いんだろうな、と勝手に思ってしまう。
そのくらい明るく僕の事をディスった。
「あーごめんごめん。いいよ座って」
「え?あ、はい・・・」
着席。
そんな感じで、僕の自己紹介も軽く終わった。
「・・・じゃあさいごは、お前や伊集院」
そう言った瞬間、また教室の空気が引き締まる。
何故か委員ちょさんの声のトーンが異様に低い。
コツコツコツコツ・・・
小刻みに震える竹刀の先が教卓に当たる。
その音を聞くだけで、委員ちょさんはステルスのことが大嫌いだと、直感で認識してしまう。
「ぃッ、ぁやぃはいィッ!」
変な掛け声とともに、伊集院君もといステルスが立ち上がる。
というか、こいつの自己紹介なんてあまり興味が無い。
けど多分、横の女子生徒とは初対面だろうから、その顔と名前くらいは一致させとかないとね。
「い、伊集院猛です・・・こう、こ・・・十九歳です」
「・・・・・・」
あ、ごめんちょっと聞き流しちゃった。
「・・・・・・?」
女子生徒が少し怪訝そうな顔をこちらに向ける。
そんな僕達の事など気にする事も無く、委員ちょさんは語気を強めた。
「・・・伊集院、お前の事なんかどーでもいーけどな、もっとはっきり喋らんか。声がちぃさ過ぎて聞こえんわ、ぼけカス」
ゴリッ・・・教壇を小突く竹刀に更なる力が加わる。
「もっかいや」
「・・・ぅえ?」
「もっかい名前からやり直せち言いよんや!」
バシィッ!
今度ははっきりと、その竹刀を振り上げた。
そこから先は、何か、軍隊とか兵隊とかそんな感じのやり取りだった。
「名前はッ!」
バシッ!
「い、いじゅうひんタケルです」
「違うッ!もう一回!名前はッ!」
「伊集院、猛ですッ」
「そう、そうや!お前はいじゅういんのたけるやッ!」
「お、俺は伊集院の猛ぅッ!」
・・・?
何が始まったんだこれ?
「そうやッ、良いぞ!次ィッ!お前はドコの所属や!」
「お、俺、いや私はッ情報科専攻Bクラス三年ンッ!そこから来ましたッ!」
「そうか!良いぞ!良い感じやん!じゃあ、お前の歳と家族構成を言うてみー!」
「歳は十九歳!両親は存命!兄妹は妹が一人・・・で、ぇす!」
「じゅうきゅー?何やきさん留年したんか?」
「違いますッ先生!中卒で社会に出た所!己の未熟さに打ちひしがれッ、途中編入という形でこの学園に参りました!」
「そうか!そうやったんか!くろーしたんやな、伊集院も!そんでせんせーや無いっち何回いえば解るんや!」
バシィッ!
「ヒギィッ」
尻を。
尻に竹刀が綺麗に食い込む。
その音は、痛々しさの中に何故か爽やかさを纏いながらも、聞く者の気持ちをざわつかせる小気味よい音だった。
というか良く分らない状況だった。
ステルスと委員ちょが身体を張った漫才をしているように見えるが、本人達は至って真面目なようだ。
所々、ステルスのカミングアウトが聞こえた気がしたが、存外驚きもしなかった。
むしろこの掛け合いが早く終わって欲しいという気持ちの方が強かったから。
「よーしこんくらいで良いやろ!・・・な、伊集院、分かったか?ちゃんと声張って発表したら気持ち良かろーが」
「ぜぇぜぇ・・・」
ステルスの薄い肩が激しく上下している。
もう何というか、見るに堪えない。
「はぁ・・・あは、はぃ・・・あり、が・・・tぅ」
ガツンッ!
ステルスが前のめりに、頭から机に突っ込んだ。
過呼吸でも起こしたのだろうか?
虚ろな目で委員ちょを眺めていた。
「よしよし、ちょっと休んどけ」
なでなで。
委員ちょが倒れ込んだステルスの頭を竹刀の先っぽで撫でてくれた。
その光景が、何故か僕の胸に染みた。
「みんな自己紹介はこれくらいでいいー?・・・ちゅーか、ごめん。ちょっと疲れたけん、ちょっと休憩・・・」
委員ちょは少し重い足取りで教卓へと戻ると、
「ふぅ」
ちょこんとその後ろにかけてあるパイプ椅子に腰かけた。
そこで教卓の横にかけてあった鞄(やけに可愛らしい黄色の手さげバッグ)から水筒を取り出し、
「一服したら授業するけん、てきとーに休憩しとってー」
コクコク・・・
何とも可愛らしくお茶を飲んでいた。
その光景は、遠足で歩き疲れた小学生が一生懸命お茶を飲んでいる姿を彷彿とさせ、これもまた僕の心をざわつかせた。
というか、委員ちょ様は言葉使いはアレだが、外見はもろ外人のお嬢さんでしかもかなりの小柄だから。
見た目は非常に愛くるしい。
「あぁー生きかえるー」
見た目は。
「・・・」
「・・・・・・」
無言で三つ隣の女子生徒、佐藤玉子ちゃんと目が合ってしまう。
お互い、何とも言えない顔をしていた事だろう。
「あー委員ちょー・・・」
恐る恐る声を上げた。
「・・・なに?」
「や、休憩は何分なのかなー・・・と」
「んー?あーそーやね・・・」
委員ちょは首だけ後ろに向けて時計を仰いだ。
「キリ良く三時からにしよーか」
「三時・・・」
今が二時三十分ちょっとだから、約三十分の休憩か。
意外と長いな。
かなり厳しい状況を予想していたから、その余裕のある時間設定に些か驚いてしまう。
しかも、
「このきゅーこーしゃのしきち内だったら自由にしていいよー」
何というフリーダム。
その言葉を聞いた僕は少しほっとした気持ちで、とりあえずトイレに行こうと教室を出る事にした。
「あ、あたしも・・・」
そうしたら何故か佐藤玉子ちゃんまで着いてきた。
別に一緒にトイレに行くつもりじゃないんだろうけど、何かこう、こう言った閉鎖空間の中に居ると、妙な連帯感が生まれてくる。
こういうのを吊り橋効果というのだろうか?
よく分らないが。
お互い、何となくそんな感じで教室を後にした。
教室の中にはお疲れの委員ちょさんと、本当に疲れ死んでいるステルスを残してしまうが・・・まぁ、別に問題ないだろう。
とりあえず、この休憩の間にでも改めて、この子と自己紹介でもしとこうかと、そんな事を思っていた。