第二話 ヒューマンファックテスト 4
・・・三時間前。
僕は教員棟の近くに居た。
教員棟は普段生徒が生活する寮や、在籍するクラスがある校舎からかなり離れたエリアにあり、そこまでは本条君のバイクで送って頂いた。
道中。
「こうなってしまって、こういう事を申し上げるのもどうかとは思いますが、この人徳テストという試験は、実はある程度該当する生徒を絞った上で試験を実施している節があります」
「・・・というと?」
「危険人物のリストはあらかじめ作っている、という事です」
「え、じゃあ僕が・・・」
と、そこまで言いかけて、
「いえ、それは多分無いかと」
「・・・?」
走行中のバイクの上でだが、ゆっくり目に走っているせいか本条君の声はかなりはっきりと聞こえる。
ヘルメットのせいで多少はくぐもってはいたけど。
「私の知る限りでは、初等部から高等部まで通してほんの数名です」
チラ。
一瞬、本条君が僕の顔を覗いた気がした。
「その中にはあの男も居ます」
「・・・あの男?誰??」
「片ハゲ野郎です」
「?」
カタハゲ・・・誰だ?
そんな奴知り合いに居たっけ・・・?
そんな僕の疑問を感じたのか、
「・・・ステルスです。我が治安維持部隊の諜報員である、あの男」
「・・・あ、あぁ」
何か納得した。
確かに片ハゲだ。
以前、本条君に髪を切って?もらっていたし。
それ以来、ずっと変な髪型のままだ。
「あの男もかなり前から教職員達や風紀委員に目を付けられていました」
「・・・まぁ」
そりゃそうだろうな。
ステルスとは言っても、その存在がゼロでは無いだろうし。
奴の素行の悪さ・・・もとい犯罪のいくつかは明るみに出ている事だろう。
諜報員とか格好つけた名前で呼んではみたものの、やってる事はほぼ盗撮だしな。
それこそ生徒指導などと生温い事を言わず、警察に突き出した方が良いんじゃないかとさえ思うくらいだ。
「あいつは犯罪者だしな」
ぼそっ。
僕の心の声が風に乗って後方に流れて行く。
しかし、その言葉を聞いた本条君が意外な事を言いだした。
「いえ、奴に関してですが、その情報収集や盗撮に関してはほぼ漏れてはいないようです」
「え?じゃなんで?」
て言うか〝ほぼ〟なんだな。
完全に漏れていないという事は、一部誰かが奴の本業を知っているという事か・・・もしくは、僕らと同じように、彼を利用している人間がいるのだろう。
「奴に関しては、普通に成績不振と素行不良、あとはその挙動の怪しさから、教職員達の評判が著しく悪い所で目を付けられていたようですね」
「・・・そうか」
何か、聞かなきゃ良かった気がした。
そうか。
あいつ頭も悪かったんだな。
・・・・・・・・・
かわいそうな奴だったんだな。
「・・・で、その他の奴は?」
ついでに気になったんで訊いてみる。
「・・・中等部に二名、あとは高等部にもう一人です。ですが、そこには所長の名前は在りませんでした」
「・・・そうか」
「とは言え・・・そのリストにしても、あくまで普段の素行が悪かったり、学生生活に難がある生徒をある程度把握する為のものであって、そこから今回のような指導を行う生徒を選別している訳ではないと思います」
「・・・その上で、試験でふるいにかけているのか」
「そう言う事です。なので今回のようにノーマークだった所長の名が挙がったものと思われます」
「ふぅん」
変な話だ。
それだったら、もういっその事試験なんて行わずにそのリストに載ってる奴全員に指導を行えば良いものを。
余計な事をするからこうして無害な僕まで・・・
そこまで思って、
「・・・そう言った表に出ない危険因子を見つける為の試験・・・かと」
本条君に思考を読み取られていた。
「とは言え・・・結局、本人がその危険因子だという事を自覚して、試験を欺いてしまえば元も子もないのですが」
何故か、その言葉を漏らした本条君の横顔が、少し寂しそうだった。
「・・・所長、もうすぐ着きます」
与太話が長かったかな。
あまり時間を気にして無かったが、もう教職員棟が目の前まで来ていた。
「最後に所長。これは忠告ですが」
「・・・ん?」
「今回指導を担当する風紀委員の事ですが・・・所長、私からのお願いです、どうか彼女の言う事に・・・素直に耳を傾けて下さい」
「・・・彼女?」
誰だ?
という僕の疑問は置いておいて、
「いえ、特に深い意味は無いです。彼女の言う事はかなり適当ですから・・・ですが多分・・・彼女は、所長の持っていないものを持っています」
キィィ・・・
そこでバイクが止まった。
「・・・僕に無いもの?」
言われて、何となくは分かるが、それがどうしたという感じでもある。
道徳的な、常識的な何かだろう。
というか、こういった事を本条君が言うのも珍しい。
僕に対する諫言など滅多にしないのだから。
まぁ、そう言う不遜な態度を直して来いという事なのだろうか。
「・・・とにかく、どうかご無事で」
最後の言葉が非常に気になったが、まぁ良い。
僕はサイドカーから降りて荷物を背負った。
「ん、とりあえず行ってくる」
「・・・行ってらっしゃいませ」
本条君もバイクから降りて僕に頭を下げていた。
僕はその時、非常に気楽な気分でいた。
修学旅行や遠足ほど浮ついた気分では無いにしろ、宿泊合宿程度の面倒だな、という感じの心持だった。
それに一人でやる訳ではないし、そもそも道徳の授業なんて聞いていればいいようなものだろう?
ま、一週間という期間は長いけど、それも修行と思いやってみるか。
ぐらいの軽い気持ち。
・・・・・・
予定調和だけど、その後すぐに僕の心が軽く折られちゃうんだけどね。
・・・一時間前。
「・・・ぁ、はぁはぁ」
どんだけ遠いんだよその職員宿舎ってのは。
もう何時間歩いたのかも分からん。
だいたいあの看板自体が怪しかったんだ。
看板で見た時はそんなに離れている様な感じがしなかったけど、
「ていうかこれ道じゃねぇよ」
今僕は、結構な規模の森の中を彷徨っていた。
・・・・・・・・・
教職員棟の駐車場の隅に案内板があったのだが、
「えーと、職員宿舎だっけか・・・ん、これか?」
何だよこれ、職員棟と職員宿舎って別の建物かよ。
地図上では目の前の職員棟の裏手に宿舎がある様な表記なのだが、
「・・・・・・」
少し移動して覗いてみたが、どう見ても職員棟の裏には自然豊かな森が広がっているだけだった。
宿舎なんかちっとも見えない。
ちょっとばっかし背伸びした所で、僕の背丈じゃその先に存在するであろう建物を確認する事が出来なかった。
「この中に行けってことか」
まぁ、地図を見た感じではそんな遠い感じはしなかったし、まぁまぁ良い天気だし、気分転換に森を散策するのも悪くない。
「まぁいいや」
そんな感じで職員棟の裏手に回り、宿舎入口と書かれた看板の所まで歩いた。
・・・・・・・・・
入口はそこまで変じゃなかったんだけどね。
そこから先、速攻で人工的な道が途切れけもの道になり、それすらも分からなくなって、小一時間ばかし。
「・・・はぁはぁ」
迷ったか。
悟る。
遭難した。
「くそ、どうなってんだよ・・・」
悪態を吐き、近場の大きな岩に座りこんだ。
一瞬ジメっと冷たい感触がお尻に伝わったが、心底どうでも良かった。
というか喉が渇いた。
運の悪い事に、僕は飲み物を持っていなかった。
だって遠足とかじゃないから。
普通に移動するだけだと思ったから。
あぁ喉が渇く。
こんなことなら、本条君に宿舎まで道案内を頼むべきだった。
心底後悔している。
「・・・・・・蒸し暑ィ」
季節は秋の中頃だが、森の中は湿度が高く、そこそこ良い天気が不快度を助長する。
空を見上げると木々の間からキラキラと木漏れ日が落ちて来て気持ち悪かった。
その時だった。
「きさんそげん所でなんしよーと?」
突然声がして、
「ひぐッ」
変な声が出た。
視線を頭上から水平に戻し辺りを見回す。
「あーもしかしてシケンのほしゅうば受けにきたんね」
グイッ。
首元を掴まれた。
正確には襟の部分だが。
「え、ちょ・・・」
声が背後からだと分かるやいなや、そいつは結構な力で、
「そかそか、自分で教室までいこーとしたんね。うん偉か偉か。そいじゃもう少しやけんあっちが連れてっちゃるよ」
グイグイ引っ張って行く。
「・・・ッ!」
グェ。
喉が急に閉まり変な声が出た。
堪らずその掴んでいる手を離そうとするが、それがなかなか強情で、
「い、痛いですッ・・・ぁや、いや自分で歩けるからッ!」
という反抗も虚しく、僕はそのままズルズルと獣道の中に引きずり込まれていった。
結構揉みくちゃに引っ張られていたが、そいつが女子生徒だという事は分かった。
けどそいつは、女子生徒のか弱さなど微塵も感じさせぬ力強さで道なき道を進んで行く。
それに引っ張られる形の僕は、何と言うかもう、転倒しないように着いて行くだけで精一杯だった。
「やーしゅうごう場所に誰もこんけん気になって教室の方に行ってみたら、あんたがおったね、やーよかったよかった」
僕を引きずりながらそいつは軽快に笑った。
「けどあとの二人はどこいったんやろね?しゅうごう場所は職員とうのゲンカン前ち言うとったんやけど」
ふしぎかねー・・・ハハハ。
そいつの笑い声だけが森中に広がっていく。
「・・・・・・」
遠のく意識の中、そうか僕はあそこで待っていたら良かったのかと後悔していた。
事前に知らされていた内容もうろ覚えだが、やはりちゃんと注意事項や集合場所などはしっかりと確認しておくべきなのだと改めて思った。
至極どうでも良いが。
・・・・・・・・・
そこから先は案外直ぐだった。
「ほいっ着いたよ!」
五分ほど引きずられていただろうか、そこでようやく襟首を解放される。
「・・・てぇ」
獣道を引き摺られた僕は結構満身創痍だった。
そこそこ顔がかゆいし、眼鏡は何か良く分らん汁みたいなのが一杯ついてるし葉っぱだらけだし。
「・・・・・・・・・」
無言で目の前の少女を睨みつけた。
「・・・どした?」
「・・・いや、何でもない」
恨みごとの一つでも吐いとかないと気が済まないが、ぐっと堪える。
「・・・ん?へんなの」
僕の気持など知る由も無く、彼女は目の前の建物へと進んで行く。
「・・・これが」
ここから一週間僕が生活する施設か。
そこは後ろの森の風景とはうって変わって、かなり開けた空間が広がっていた。
というかここは・・・
「・・・ここがきさんらがしばらくお世話になる教室ね!」
少女はそこでくるりと振り返り満面の笑みをこちらに送った。
「いや・・・つーかここ」
そいつが教室教室連呼していたから、その宿舎ってのはそこまで大きな建物ではないんじゃないかと思っていたのだが、僕の予想はかなり的外れだったらしい。
「・・・学校?」
「そーね、きゅーこーしゃち言いよったね。せんせー達が」
・・・そうである。
その開けた空間、森で仕切られたそこは紛れも無くグラウンドだった。
そしてその向こうに小さな建物がある。
一目で分かる木造建築。最近ではあまり見ないが、テレビなどでそのイメージは現代の僕らにもちゃんと存在していた。
昔の学校。
そのものである。
普段僕たちが使っている校舎とは比べ物ならないが、それでもちゃんとした学校の形をしている。
「ちょっと予定へんこうで職員宿舎はつかえんくなったんよ。やけん、こっちのきゅーこーしゃで授業してくれっち」
「・・・え、でも」
やべぇ。
一気にハードルが上がった気がする。
「心配ごむよーやね。中は普段風紀いいんがきれいに使っちょるけん、ちゃんと寝泊まりできるよ」
「え?そうなの」
「うんうん。だけん心配せんで授業にしゅーちゅー出来るつたいね」
そいつは腕を組んで自慢げにそう話していた。
・・・・・・・・・
そして今現在。
「わかっちょんか?きさんらぁッ!何でここに呼ばれたんか!特に伊集院ンッ・・・きさんは毎年ここに呼ばれちょるごたぁけど、いっこうに改心せんのぉなめちょんか?・・・あぁ、おい、何か言うてみーや!!なぁ!」
少女の口からとても汚い言葉が飛び出している。
「ひギィッ・・・あぁ、ああああすいま仙すいませんしおまえんすういまなせんすいませんすいまsねうん・・・・・・ぅぅうああヴぁぁぁああああッ!!」
錯乱。
伊集院と呼ばれた男が錯乱し奇声を上げている。
「だけん大の男がそげん声で泣くなちゆーとるやろーがッ!」
バシィッ!
委員ちょ様が何処からともなく取り出した竹刀で伊集院の座る椅子を叩き上げていた。
「・・・・・・・・・」
僕はその光景を黙って見ている。
それしか出来ない。
「・・・・・・ぅわ」
流石の不良女子生徒もこの光景に若干引き気味だった。
これが、この道徳の時間が始まってまだ五分と経たない場面であるのだから驚きである。
既に胃が痛くなってきた。
「ぅぐぐぐぐ・・・ぃきいいい」
伊集院君は早くもマックス状態であった。
キメている。
確実にトランス状態を覚醒させ、自己に内在する何者かに呼び掛ける声を自分の耳から脳内神経に直接反響させ脳細胞を死滅させていた。
というか普通に泣いていた。
上級生の男が。
少女になじられ。
ただただ不憫で仕方が無かった。
「・・・・・・」
というかどうでも良い話なんだけど。
この伊集院君。
「・・・ぅぅぅううふぐぅ・・・」
彼は割かし変な風貌で、不審者っぽくて、片側だけ刈り上げた奇抜なヘアスタイルをしていたんだよ。
泣きながら懇願するその姿はまさに挙動不審。
事前に本条君から聞かされていたので、ステルスが例の危険因子リストに載っていた話は知ってはいたが・・・
「・・・たのむ、家に返して下さい・・・」
まさか伊集院君がステルスだったとは思わなんだ。