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第一話 挙動不審なデブ 3

 汗を辿ってもう十分くらい経っただろうか?

突然、

「・・・ん?」

汗の道標が途切れた。

それまでずっと、間隔はバラバラだったが確かに続いていた背脂の道。

それがピタリと、そこで止まっていた。

一応、廊下の向こうも確認したが、それらしい痕跡は残されていなかった。

廊下に残された背脂君の汗は、そこで最後のようだった。

その最後の痕跡と見られる汗が落ちていたのが、

「ふっ・・・どうやら、ここのようだな」

上を見上げる。

そこには、通常クラスとは少し装飾の違うプレートが掲げられていた。

「家庭科室ですか・・・ここに、彼が」

本条君は周りを見渡しながらそう言った。

警戒しているのだろうか、彼女の眼はそこにきて一段と鋭さを増していた。

廊下には僕と本条君以外、誰も居ない。

時間が時間だからだろうか、その家庭科室はもちろん、廊下の向こうに見える他の教室からも人の気配はあまり感じられなかった。

「しかし、案外近くに逃げ込んだものだね」

僕は家庭科室の扉を見つめながらそう呟いた。

「ええ、確かに」

彼女が頷く。

・・・・・・・・・

僕の予想では、背脂君はかなり遠くまで逃げて行ったと思っていたんだけどね。それこそ、校舎の外にでも行ったんじゃないかと思ったくらいさ。

だからある程度の長距離走を覚悟していたんだけど・・・結局、彼はこの校舎からは出ていなかったようだ。

無論、ある程度は走ったよ。

二階の廊下を端から端まで走った末に、一階に続く汗を見つけてそれを辿って一階まで下りて、それからまた一階の廊下を端から端まで走ったさ。

・・・で、その挙句また二階へ続く階段に彼の汗を見つけてしまい、くそぅ・・・あのデブめ・・・と愚痴をこぼしながらも階段を上った訳だ。しかも今度は、その汗が四階まで続いていたんだ。

そこまで来ると今度は逆に、背脂君大丈夫かな・・・こんなに汗を流したら脱水症状とかで死んじゃったりしないかな・・・と、少しだけ彼の身を案じてみたりもしたよ。

・・・まぁ死んだら死んだで、僕は一向に構わないけどね。一件落着さ。

んで、四階まで来ると、その汗はフニャフニャとした軌道を描きながら移動教室が立ち並ぶ廊下の前まで伸びていたんだ。

そして、そのフニャフニャ軌道がある教室の前で終わっていたのだ。

それがこの家庭科室だった訳だ。

その扉の前で、綺麗に汗の道が途切れているのさ。

・・・・・・・・・

「・・・・・・」

僕はチラリと廊下の向こうを見た。

家庭科室の端の方を。

「・・・二手に分かれようか」

そう言って、家庭科室のもう一つの扉を指し示した。

「僕はこの扉から行く。・・・本条君は向こうの扉から入って、奴の退路を塞いでくれ」

「了解です」

本条君は直ぐに頷き、音をたてないよう静かにもう一つの出入り口へと向かっていた。

その背中に、

「・・・くれぐれも注意してくれ。奴が何をしてくるのか・・・正直見当もつかないからね」

僕なりの配慮を送った。

「・・・・・・・・・」

こく。

彼女は無言で頷いていた。

彼女が廊下の向こうに行く間、僕は少しだけ教室の中に意識を集中させた。

無言の扉が僕の目の前に佇んでいる。

そして、その手前に広がる狂人の体液。

・・・否応なく、その静かな教室の中を想像してしまう。

ここに・・・奴が居る。

その確信。

それとほぼ同時に湧き上がる、何とも言えぬ不快感。

下半身の男。

・・・・・・・・・

あぁ、何かその書き方だと単純に下半身の息子さんと言うか陰部を想像しかねないから、もうちょっと詳しく行こう。そう、下半身をさらけ出した男だ。

そいつが居る。

そう考えただけで、普段は和やかな雰囲気漂う家庭科室から、不穏な空気が滲み出てくるようだった。

(・・・所長、こっちはいつでも行けます・・・)

どうやら本条君も準備が出来たようだ。

手で合図を送りながら、僕の指示を待っていた。

「・・・よし」

それでは、参ろう。

一瞬だけ、身体に力を込める。

そして息を深く吸い込み、

「突入だッ!」

ガララッ!

勢い良く、扉を開けた。

その瞬間。

「・・・ッ!」

異臭。

真っ先に感じたのはそれだった。

扉を開けた途端、教室内の空気が僕の鼻を刺激した。

「・・・ぅ」

反射的に顔を顰めた。

次いで。


シュー・・・・・・


異音。

それが家庭科室の至る所から聞こえてくる。

まだ、扉を開けて三秒も経っていない。

家庭科室に乗り込んで、ほんの数瞬の出来事だ。

けれど気付いた。教室内で起きている異常事態に。

「・・・所長ッ!」

僕と同時に教室へと踏み込んだ彼女が声を上げた。

見れば彼女は、口に手を当て歪んだ表情を僕に向けていた。

「・・・あぁ」

分かっている。

こいつは・・・洒落じゃあ済まないな。

僕も口に手を当てた。

依然、教室内には異臭と異音が蔓延している。よくよく教室を見渡せば、その窓もすべて閉め切られていた。まるで、この部屋を密閉するかのように。

そのせいで、教室に入った時から異様な程の圧迫感を感じていた。

内側の空気の密度が外の空気とは違うからだろうか。ろくに呼吸も出来ない状況だったよ。その上で、僕は彼女に落ち着くように目配せをした。


・・・明らかに、家庭科室内にガスが充満していた。


家庭科室に突入する前はそんな事、微塵も危惧していなかったのだが、考えてみれば確かに、起こり得る状況の一つだったのかもしれない、と僕は少し反省していた。

彼がここに罠を仕掛けた可能性。

それも考えておかなければならなかったのだ。

家庭科室には当然のように、調理用のコンロが各テーブルに二つずつ備え付けてある。それにガスを送る元栓もね。

それが、見事に切断されていたんだ。

入口付近から確認できる範囲での話だけど、コンロまで伸びている筈のガス供給用のチューブが、ちょうど真ん中あたりで綺麗に切れているのが見えたんだ。

勿論、そこから噴き出しているガスもね。

密度の違う気体だから、噴き出しているそこだけ大気が歪んで見えるんだよ。

・・・ていうかもう、プロパン大放出って感じかな。

ちょっとした静電気程度で家庭科室は勿論、隣接した他の教室までもが吹き飛んでしまうだろうね。

大爆発だ。

正直、背脂君がここまでするとは僕も思わなかった。

相当に追い詰められていたのは認めるけど、それでもこれは・・・やり過ぎだ。

ともすれば人命に関わる事態になる。

というか僕らの身の保障も危ない状況なんだけどね。

死ぬかもしれない。

けど、そんな事で臆していては、事件は解決しない。

僕らに出来ることは、一刻も早くこの部屋の換気をする事だ。

空気の入れ替え。

でなければ、遅かれ早かれ何らかのきっかけで、爆発する。

そんな・・・危険行為を実行した張本人が、家庭科室の隅の方に立っていた。

稀代の変態、背脂君が窓際の隅に立っている。

いや・・・正確に言えば、隠れていた、かな。

「・・・本条君」

くいくい、と首でその方向を示す。

「・・・」

こく。

彼女もそれを認識したようだ。

鋭い視線を窓際の一点に送っている。

・・・・・・・・・


「・・・・・・・・・?」


背脂君はそこに隠れていた。

隠れてはいるけど、彼がそこに立っている事は明白だった。

何故、僕らにそれが分かったと思う?

隠れている筈の背脂君がそこにいる事がさ。

・・・・・・・・・

それはね、意識の問題なんだよ。

僕と背脂君の、意識の差さ。

背脂君は多分、それで隠れているつもりなんだろうけどね・・・

ぶっちゃけ僕等からすれば、丸見えだった。

そう、丸見えなんだよ!

「・・・それで隠れているつもりか?」

僕は慎重に歩を進めながら、彼に問いかけた。

彼が身を隠している、カーテンの束になっている場所に向けて。


「・・・ッ?」


ビクッとカーテンが揺れた。

その揺れたカーテンの部分だけ、不自然に盛り上がっている。

まぁ、それだけ見てもそこに誰かが居る事くらい一瞬で判っちゃうんだけどね。

・・・うん、そうじゃないんだ。

そうじゃない。

彼がカーテンに身を包んで隠れている事など、家庭科室に入った時点で分かってたさ。バレバレ。

わざわざガスを充満させておいて、何故自分もその教室内に残っていたのか甚だ謎な訳だけれども。そのまま僕らが見つけなかったら、ただこの誰も居ない教室でひっそりと・・・い、いやいや爆発するから、ド派手に死んでいた筈だ。

その背脂にも引火して、彼自身が危険な爆弾と化してその生涯の幕を閉じた事だろう・・・

けど、そうじゃないんだよ。

そんな彼がここにいる理由とかその後の事とかどうでも良いんだ。

そんなレベルの話じゃない。

僕らがこの教室に踏み込んで、

あぁ、こいつ何やってんだろう・・・

ってすげー虚しくなった事なんだ。背脂君の隠れ方にさ。

・・・・・・・・・

子供のかくれんぼで、

・・・ん?何かあのカーテン、盛り上がってて怪しいぞ・・・

なんて、そんなかわいい次元の話じゃ無い。

だって、僕らの教室のカーテンはさ・・・


「・・・・・・フヒ?」


腰の高さまでしか布が無いんだ。

だって教室の窓だし。

そんな床から天井に達するほど大きな窓はこの学園には存在しない。

あるのはごく一般的な、床から一メートルくらい離れた窓なんだよ。

当然、その窓の高さに合わせてカーテンも設置してある。

だから、そんな床まで到達するような長ったらしいカーテンなどある訳が無い。

・・・結果、この有様。

「やはりここで殺しましょう。・・・もう、彼は救いようがありません」

本条君が悲しい事を言う。

「いや・・・まぁ」

僕も正直、彼のその滑稽な姿に些か同情を禁じ得なくなっていた。

・・・・・・・・・

だってさ・・・彼、上半身しか隠してないんだぜ。

カーテンを身体に巻きつけるのは良いけどさ、忘れてるよ・・・下半身。

普通にカーテンの端から足が出てんだけど。

てか、お前のアレもな。

やっぱお前、隠す気ないんじゃないのか?

多分、彼はそれで本当に僕らの目を誤魔化しているつもりなのだろう。

・・・が、それはあまりにぞんざいな隠れ方じゃないか?

頭隠して尻隠さずだよ。

・・・ていうか背脂君、何でこっち向いてんの?

ねぇ?

何で前向いてんのさ?

それじゃ、頭隠してちん・・・陰部隠さずだよッ!


「・・・・・・・・・」


もぞもぞ動くな!

カーテンに隠された上半身と、明るみに出たお前の陰部が、なんかもうコントラストと言うかギャップと言うかシュールレアリズムのなんたらかんたらで・・・あぁ、もう・・・マジで汚いよ。


「フ・・・・・・にゃ?」


「・・・・・・・・・」

あぁ、もう。

今、背脂君が完全に顔を出した。

多分、教室に入ってきた僕らがまだ何もアクションを起こしていなかったからそれが気になったんだろうね・・・そっと中の様子を伺っていたよ。


「・・・ひゃ!」


背脂君は僕らの存在に気付いて、シュバッ・・・とまたカーテンの中に隠れてしまう。

・・・だから、もう意味無いって。

何も隠せてないよ、背脂君。

「・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

どうしようか?

僕は目だけで彼女に訴えた。

ふるふると、彼女は眼を閉じて首を振った。

ただただ、呆れて物も言えない、といった風だった。

まぁそれは僕も同じだけれどね。

「・・・とりあえず窓を開けようか」

僕は言い、背脂君の隠れているカーテンの密集地帯から一番離れた場所の窓から開ける事にした。

窓の鍵に手を掛けながら、

「本条君はそこで彼を見張っててくれ。何なら拘束しても構わん。・・・とにかく不審な動きをしないように・・・」

そこまで言って、僕は不意に背脂君の隠れているカーテンの方に目を遣った。

何故だか分からないが、そっちを見てしまった。

何となく視線を感じたんだ。

「・・・ッ!」


「・・・・・・やっぱり、君は僕と同じ匂いがするね」


カーテンの隙間から、天道正春の目がこちらを見ていた。

そして小さな声で、


「けど、君は・・・」


本条君には届かない、僕にしか聞こえないような小さな声で、


「・・・君には・・・・・・友達が居るんだね」


「・・・ッ!」

薄く、彼が笑っていた。

そして、気付いた。

そのカーテンを握る手が小刻みに震えている事に。

そして・・・


「本条君!伏せろッ!」

咄嗟に叫んだ。

「・・・え?」

突然の僕の叫びに、本条君が一瞬面食らったような顔になる。


「・・・僕も・・・」


彼の言葉が消えかかる。

しかし僕には、そんな彼の言葉など気にしている余裕は無かった。

僕は見たのだ。

ハッキリとこの目で確認した。

小刻みに震える彼の手の中に握られた、それに。

それはライターだった。

どこにでも売っている安価なそれが、彼の手に握られていたのだ。

それが、この家庭科室の状況とリンクする。

可燃性のガスで充満した密室に、ライター。

直ぐにその結論に思い至る。

(マジかよ・・・死ぬ気か!)

咄嗟に頭に選択肢が浮かび上がる。

速攻で背脂君の手からライターを奪い取るか・・・

それともこの窓を開けて教室から脱するか。

しかし、ここは四階・・・飛び降りたらタダでは済まない。それこそ死んでもおかしくない高さだ。

かと言って彼の手から強引にライターを奪取する事も難しい。

つーか、こうやって悩んでいる間にも、既に彼はライターの着火部分に手を掛けている所だった。

彼の親指がライターの上部を擦ろうとしている。

(間に合わないッ!)

素直にそう思った。

不思議と死の恐怖などは無かったけど、何だろう・・・後悔っていうのかな?

とにかく、彼を先に拘束すべきだったと悔やんでいたよ。

・・・まぁそんな感じで、僕はあろうことか、これから起こるであろうガス爆発をただ呆然とその場に立ち尽くす形で待っていたんだ。

半分くらい、あ、死んだかも・・・って思ったよ。


その時、


「・・・うぉおおりゃぁああッ!」


バリィインッ!

突然、目の前のガラスが粉々に砕け散った。

「・・・ッ!」

「・・・ふぇ?」

僕と背脂君は同様に、その窓の割れる光景に目を奪われていた。

ライターを握りしめた背脂君の手が、火を点ける直前で止まる。

その割れた窓は、ちょうど僕と背脂君の中間にあたる場所の窓だった。

そこが、突然弾け飛んだのだ。

そして、その割れた破片と共に何か黒い塊が教室内に侵入してきた。

ゴロゴロ・・・ドカッ!

着地に失敗したのか、その黒い塊は床を何回か回転したのち、一番近くのテーブルに激突していた。

「所長ッ!」

だが、その黒い塊はそんな事気にせず、もう次のアクションに移っていた。

バッと飛び跳ねるように床から飛び起きて、すぐに標的を見定めその手を伸ばしていた。


「・・・ひっ」


咄嗟に背脂君がライターを握る手に力を込めたが、そいつの方が早かった。

「馬鹿野郎がッ!」

そいつは叫びながら、背脂君の手からライターをむしり取り、

「・・・シッ!」

凄まじい勢いで窓の外に投げ捨てた。

ビューンッ・・・

ライターが綺麗な軌道を描いて校舎の外に落ちていく。

それは奇跡的な手際の良さだった。

まさに早業。

窓からの侵入、そして事態の把握、収拾に至るまで十秒とかからなかった。

そのあまりに突然の出来事に、当の背脂君は勿論、立ち尽くしていた僕もその場で身を屈めていた本条君も呆気に取られていた。


「・・・ご無事でしたか、所長・・・」

そいつが僕の方を振り返る。所々黒く焼け焦げた制服を着ているそいつ。

黒くすすけた顔を見て、

(・・・あれ?誰だっけこいつ?)

と思ったが、良く見ればそいつは不自然な髪形をしていた。

何故か左側だけが異様に短い、というか明らかにバランスの悪いその髪型。

それを見て、

(なんだ、ステルスか・・・)

その時ようやくそいつがステルスだって事に気付いた。

「あ、あぁ・・・助かったよ」

僕はやや呆然とした調子でそう答えた。

そして直ぐに、

「本条君、背脂君を拘束しろ。これ以上の面倒事は・・・もう勘弁して欲しい」

「了解です」

彼女は迷う事無く、背脂君の隠れているカーテンを剥ぎ取った。

「・・・ひっ、さ、さわるなッ」

カーテンを剥ぎ取られた背脂君が、何か裸を見られた女子高生みたいに胸を隠したポーズで身を捩らせていた。

「・・・・・・・・・」

そんな背脂君の様子を、冷やかな視線で本条君が見下している。

そりゃあもう、冷めた目線だったさ。

ていうか、胸隠す意味無いし。だってちゃんと体操服着てんだから。

それよりもさ、ねぇ、もっと他にあるだろ?隠さなきゃいけない所。

「ステルス」

僕は、一仕事を終えて何かとても凛々しくなってしまった男に声を掛けた。

「は、何でしょう?」

「何でもいいから、ズボンを持って来てくれ。とにかくこれ以上・・・こいつのナニは見たくない」

僕はそう言って、目の前の窓を開けた。

スー・・・と少しだけ冷えた風が教室の中に流れ込んでくる。

幾分かガスのツンとした匂いに慣れてしまった僕の鼻も、その綺麗な空気を吸って通常の感覚に戻っていく。

久々に空気が美味しいと感じた瞬間だった。

しかし依然として、教室内にはガスが残ったままだ。

入口を開けていたとはいえ、まだチューブが寸断されたままの状態なので、ガスがだだ漏れなのだ。まだ予断は許されない。

それに、今その切断されたチューブを全て閉めるとなると、それはそれで手間がかかり過ぎる。

だからとりあえず換気だけはしておこうかな、と思ったんだ。

「いでッ・・・いでててて!」

「おい、動くな」

本条君が背脂君の両手を後ろ手に縛っている所だった。

だが肥満体質の背脂君は、背中に手を回す事さえ難しかったようだ。

「・・・で、よしっと」

何とか彼の手を緊縛用のテープ(どこからそんな物を用意したのか知らないけど)で縛り上げると、

「それでは所長」

くるり。

僕の方を振り向いた。

そして、それまで保っていた険しい表情を一変させ笑顔になり、

「この者の処分はどのように致しましょうか?」

ニコニコしながら僕にそう訊いてきた。

ニコニコしながら、

ゲスッ!

「・・・ヒぎゃッ!」

さりげなく、彼の尻に蹴りを入れている。

「・・・そうだな、こいつのしでかした事を考慮すると、警察に突き出した方が早い気もするけど・・・まぁ風紀委員に引き渡せば問題ないだろう」

とそこまで言って、

「あ、いや・・・風紀委員は後だ。その前に・・・」

跪いてぶつぶつ何かを呟いている背脂君に向き直る。

「まずは、絵空ちゃんに死ぬほど謝ってもらおうか」

にやり。

僕は邪悪に微笑んだ。

「え・・・えそ、ら・・・ちゃん?」

その人物の名前を聞いた途端、彼が顔を上げた。

その顔に、少しだけ光が射したようにも見えた。

「あぁそうだ・・・お前が着ているそれ、それはもう、彼女には返せない。お前の体液だらけだしな。・・・それに、彼女が体操服を盗まれてどれだけ傷付いたか、お前に分かるか?だから、ひたすら謝れ。そして、彼女が要求してきた事には・・・全て従え。・・・いいな?お前に出来る事は、もうそれだけだ。後は死んで詫びる事だな」

その僕の言葉を聞いて、少しの間、背脂君は押し黙った。

何かを考えているようだ。

(・・・この期に及んで、再び抵抗するとは思えないけど・・・用心するに越した事は無いか・・・)

僕は、縛られて身動きの取れなくなった背脂君を、それでも注意して見ていた。

しかし彼も幾分か落ち着いたのか、

「・・・・・・でふ」

小さな声で頷いていた。

そして、今更のように

「え、そらちゃん・・・怒ってたか・・・にゃ?」

上目遣いでそう訊いてきた。

そのつぶらな瞳は、まるで生まれたての小鹿のよう。

背脂君の風貌とは、全く似合わない目だった。

うん。

ていうかさ、背脂君・・・

「・・・にゃ?・・・じゃねーよッ!怒ってたに決まってんだろーが!」

ついつい声を荒げてしまう。

何でだろう?こいつのこの態度を見ていると、腹の底から怒りが込み上げてくるようだった。

「・・・ひぁッ」

僕の怒声に背脂君が飛び上がる。

しかしまぁ、彼の一挙手一投足がこれほどまでに僕の神経を刺激するとは思ってもいなかったよ。

「それとお前、いちいちキモい声上げんじゃねーよ!」

ああ、もう本音がダダ漏れだ。

こうなると、僕はもう止まらない。

「おい、こいつの口を閉じろ」

目も向けずに本条君に命令する。

「はい」

本条君が、それもまたどこから用意したのかも分からないんだけど、猿轡らしき物を取り出していた。

しかもそれは、何やらジョーク商品の匂いが漂う怪しい物品だった。

穴の空いたゴルフボールみたいなのが付いてる奴さ。

それを、

「むぐっ?」

背脂君の口の中に押し込んでいる。

そして限界までベルトを縛り上げた後、パチン、と後ろの金具を止めていた。

「・・・こ、こヒュー・・・ヒュー」

背脂君が苦しそうに息をしている。

ちょっとサイズ的に無理があったのか、彼の顔が不自然に絞られているように見えた。

「ふはは、滑稽だ。・・・よし、このまま絵空ちゃんの所に連れて行こう。本条君、君は絵空ちゃんに連絡を」

「かしこまりました」

本条君は頷くと、ポケットから携帯電話を取り出した。そして何回かボタンを押した後、通話ボタンを押して耳元に当てていた。

その様子を確認しながら、

「・・・後は、ステルスがこいつのズボンを持ってくれば・・・・・・ん?」

ガラガラ。

扉の開く音。

「ほんと、タイミングだけは抜群だな・・・」

そしてその扉の隙間から、何だか申し訳なさそうな顔が覗いていた。

そんな情けない顔をした男が、後ろ手に扉を閉めながら、

「しょ、ちょう~・・・あの・・・ですね。その・・・非常に申し上げにくい事なんですけど・・・」

情けない男ステルスが重い足取りで僕の下へと進む。

良く見れば、その手には何やら衣類らしきものが握られていた。

恐らく、さっき僕が探して来いと言ったズボンか何かだろう。

「なんだよ、イライラするからさっさと言え」

「・・・ええと、じゃあ」

そう言って、彼はその手に持っていた衣類を広げた。

バンッ!と、僕の目の前に広げられたその布製の衣服は、ええ間違いなく。

「・・・何でエプロンなんだよっ!」

「・・・・・・・・・」

ステルスが目を逸らした。

怒りとか驚愕とかじゃなくて、そこまで来るともはや笑いだよ。

このままじゃ世紀のお笑いモノになっちまうぜ背脂君。

だって、下半身丸見えの体操服姿が嫌だったから、せめてズボンを持って来いと言った筈なのに・・・何でよりにもよってエプロンなんだよ。

しかもそのエプロン、どう見ても前掛け専用だろ?

後ろ姿丸見えのな。

そんなモン彼に着せた日にゃ、背脂君が僕の人生初の裸エプロンの実演者になってしまう。そんなの、絶対に嫌だ。

嫌だ、嫌だ、いーやーだー!

「他に・・・何か無かったのか?」

半ば諦め気味にそう尋ねた。

「はい・・・後はスカートとか巾着袋とか・・・そんな物しか置いていなくて」

ステルスがどこか寂しげに報告している。

「・・・そうか」

実際、僕もなんだか切ない気分になった。

スカートを履かせてもキモイだろうし、巾着袋でナニを局所的に隠すのもハッキリ言ってどうかしている。想像しただけで吐く。

「仕方無い。とりあえずそれを着せて、せめて前だけは隠し通すぞ」

僕は覚悟を決めた。

「了解です」

了解したステルスの行動は、やはり迅速かつ確実だった。

「・・・ヒュッ!」

本条君の猿轡に悪戦苦闘していた背脂君を立たせて、その後ろで縛られた両手はそのままの状態で器用にエプロンを着せていた。

・・・・・・・・・

「・・・ふむ、こうして見ると、案外悪くないかも知れんな」

僕は目の前に立った背脂君を見てそう呟いた。

真正面から見た彼の姿は、所々に不自然な部分を残してはいるものの、パッと見ではただのエプロン姿に見えた。

まあ、あくまで真正面からの姿での話だけど。

「・・・・・・」

何故か、本条君が携帯を片手に固まっていた。

「ん?あぁ・・・本条君は見ない方が良い。・・・目に毒だ」

「・・・そうします」

そう言うと、彼女は向こうを向いてしまった。

ま、そりゃそうだろう。

だって、ケツ丸出しだし。汚いし。

「え、えぇ・・・それでは」

とそこで、ちょうど本条君の電話も終ったようだった。

最後の方、本条君の言葉のキレが悪かったのは言うまでも無い。背脂君の汚い半裸エプロンのせいだ。

パチン。

本条君が携帯を閉じた。

「どうだった?」

ちょっと気になる。

もしかしたら、こんな変態顔も見たくない!とか言い出すかも知れないし。

けど、まぁ・・・

「ええ、彼女に犯人を捕まえた事を知らせた所、直ぐにでもこちらに来るとの事です」

こいつを殴りたいって言ったのも、絵空ちゃんなんだよね。

「お、マジで?」

やべぇ、ちょっとドキドキしてきた。

「それじゃあ・・・おい、ステルス」

「はい、なんでしょう?」

「ここの処理はお前に任せた」

そう言って、僕は家庭科室を指した。

「とりあえず換気はしてあるけど、注意しろよ。・・・お前の代わりは居ないんだからな」

主に盗撮関係のな。

しかし、その気遣いとも取れる僕の言葉は予想以上に彼の心に響いたらしく、

「は、はい!お任せ下さい!」

彼は目を輝かせてガスが漏れているコンロへと走って行った。

「よし、じゃ行こうか。こんなガス臭い部屋じゃ絵空ちゃんも気分が悪くなるだろう」

僕はただそんな感じで教室の外に出ようとしたのだが、

「ええ、所長がそう仰ると思いまして、木下さんとの待ち合わせ場所は彼女の教室にしておきました」

彼女にとっては、その先までも予測の範囲内だった。

「・・・流石だな本条君」

僕は彼女のそんな配慮に感心しながら、家庭科室を後にした。

僕と本条君と、半裸エプロンの背脂君。

奇妙な三人組が彼女の教室へと向かっていた。

・・・・・・・・・

さあ、お楽しみはこれからだ。

いよいよ、今日のメインディッシュの時間です。









 「いやぁーあああ!」

最初は、まぁそんな感じの悲鳴だった。

順当な反応だ。

「あ、あの・・・木下さん・・・これ」

僕は彼女の悲鳴にちょっとびっくりしつつも、すかさず得物を手渡した。

絵空ちゃんが所望していた鉄パイプだ。

でも、あんまり強度とか重さとかがアレだと背脂君が本当に死んでしまう恐れもあったから、なるべく軽めの物を選んだつもりだ。

具体的に言えば、配管などで使われている一般的なパイプでは無く、その辺の掃除道具入れから拝借した箒の柄の部分を持ってきたのだ。

ちなみに鉄製じゃない。

多分スチール。

スチールパイプだ。

それを絵空ちゃんに手渡そうとしたら、

「いやっ!いやぁーっ!」

ガスッ!

「あべッ!」

何故か僕が殴られた。

「あ、所長っ!」

本条君がすかさず僕の体を支える。

背の高い彼女に後ろから支えられていると、何とも穏やかな気分になる。

その良い感じのね・・・アレがさ、ね?頭とかに良い感じでね・・・

じゃなくてね。

うん。

・・・・・・・・・

「ぼ、僕は・・・大丈夫だ。それよりも・・・」

背脂君を前にした絵空ちゃんの様子。

僕の手渡したスチールパイプを握りしめたまま、その小さな肩を上下に揺らしている。今にも決壊寸前・・・って感じだった。

「うっ・・・うぅ・・・ふぇぇえ」

ああ、やっぱり。

「うわぁあああん」

泣きだした。

カラン。

やはり、スチールの音は軽かった。

彼女は手に握ったパイプを捨てて、両手で顔を拭いながら泣きじゃくっていた。

そんな絵空ちゃんの泣いている姿を見て、予想通りと言うか当り前の事なのだけれど、それが女の子の普通の反応じゃないかと思ったんだ。

みんな、本条君みたいに強い訳じゃないし。

「ぅ・・・ぅう」

だけど。

「ぐすっ・・・ぅん・・・」

彼女も少しだけ勇気を出したんだ。

あふれる涙を堪えながら、それでも下を向いたら零れてくるので必死で上を向きながら、彼女はそれを拾い上げた。

「・・・ふ、ン・・・」

おもむろにそれを振りかざす。

泣き腫らし赤くなった目を彼に向けて。

「・・・え、そら・・・ちゃ・・・ん?」

背脂君の唯一の呼びかけ。

しかし、それが彼女に届く事は無かった。もはや遅すぎたのだ。

「・・・死、んじゃ・・・」

ブゥン・・・彼女がもう一度、大きく振りかぶった。

そして、

「・・・えぇーッ!」

ビュン!

ゴバッ。

「しでぶッ!」

背脂君の即頭部にクリーンヒットした。

彼の頭が跳ね上がる。

見事と言うほかない、綺麗なスイングだった。

当然。

「・・・ごぶふぅ」

背脂君は気絶した。

「あ、あれ?もしかして死んじゃった?」

僕がそう心配するくらいのクリティカルアタックだった。

「・・・・・・・・・」

ピクピク・・・

エプロン姿の背脂君が、小刻みに痙攣している。

「・・・可哀そうですが、当然の報いですね」

と、何故か本条君は胸の前で手を合わせている。

目を瞑って黙祷。

あ、やっぱ背脂君死んだのか・・・?

「・・・ぅ、ぅ・・・ふぇ」

カラン。

今度こそ、彼女が崩れ落ちた。

「うわぁああん・・・キモいよぉー・・・汚いよぉ」

ペタン、と膝をついてシクシク泣き始めた。

そこまで来て、やっぱり背脂君を彼女の前に連れだしたのは失敗だったか・・・と後悔していた。

「どうやらここまでだな・・・」

「ええ、これ以上死体を弄ぶのは私も看過できません」

どうやら本条君は、どうしても彼を死んだ事にしたいようだ。

ピクピク。

まだ一応、彼の体は動いているんだけどね。

そんな本条君の思惑はとりあえず置いといて、今は目の前で泣いている女の子をどうにかしなきゃいけない。

「・・・よし」

僕は覚悟を決めて立ち上がった。

「所長?」

本条君が不思議そうに僕を見つめていた。

何をなさるおつもりで?

そう彼女の目が訊いていた。

彼女にしてみれば、もはや僕に出来る事など何も無いと思っているのだろう。

が、それでは僕は、そこで痙攣している変態デブと何ら変わらない。

ただ、絵空ちゃんを泣かせただけだ。

それじゃ、何の意味も無い。

僕のやりたかった事、彼女の為にしたかった事、それは・・・

「・・・ん?あぁ、なに心配するな。別にこれ以上彼女を泣かせたりはしないさ」

僕はそう言って、シクシク俯いている少女に近付いた。

「う、ぅえ・・・ひっく」

彼女はまだ泣いていた。

しゃくりを上げる度、その肩が震える度に僕の心が切り刻まれる。


「・・・なぁ、おい」


それまでとは違う、接し方。

「・・・ぅ・・・ぅう」

彼女は・・・僕の話など聞いていないのかもしれない。

けれど、それでも僕は続ける。

「君はこれ以上、こんな変態の為に泣いても良いのか?」

恭しさなど微塵も無い、僕の言葉で。

彼女に嫌われたくなかったのも事実だし、不快な思いをさせたくなかったのも事実だ。けど、それじゃ僕の気持ちは伝わらない。

僕は、そんな器用な人間じゃないんだ。

「・・・・・・・・・ぅ」

「僕は、君に憧れてたんだ。絵空ちゃん、スゲー可愛いからね」

恥ずかしげも無く、ただ真っ直ぐに。

「・・・・・・」

絵空ちゃんが赤くなった目を、少しだけ僕に向けた。

「だけど今の君は、そんな僕の憧れからは遠く離れているよ。・・・確かに、変態君に体操服を蹂躙されたのは辛かっただろうね・・・悲しかっただろう。でも、それを今更どうする?泣いたって事実は変えられないし、この背脂君だって居なくなりはしない。だから、そんな泣き顔、正直見たくないね。あぁ勿論・・・これが僕の個人的な意見で君の気持なんかこれっぽっちも考えていない、至極純粋な気持ちなんだけどね」

僕はそんな事を躊躇なく口にした。

「・・・・・・」

ほんの一瞬、彼女が泣くのを止めた気がした。

・・・・・・・・・

傍から聞けば、泣き面に蜂だっただろう。

僕はそんなひどい言葉を彼女に押し付けたのだ。

けれど、僕はその方法しか知らない。

押し付け、解らせ、納得させる。

そんな強引な方法しか。

「あ、それと・・・」

僕はその言葉を最後に、今日の所は退散するつもりだった。

「・・・これからそいつを風紀委員の所まで連れて行くんだけど・・・」

にやり。

ここぞとばかりに不敵に微笑む。

「絵空ちゃんも来いよ。絶対おもしれーから」

手を差し伸べる・・・必要は無かった。


「・・・・・・バカじゃないの」


彼女は既に立ち上がろうとしていた。

赤くなった眼を更に擦りながら、

「・・・ほんと、バカみたい。・・・このッ」

ゲシッ。

「あでっ」

何故かまた殴られた。

しかし今度は、何だか体温を感じる衝撃だった。

・・・まぁ、アレだけ一方的に言ったのだからパンチの一つや二つ、いくらでも貰う覚悟は出来ていたんだけどね。

つーか、彼女が一切口を開かなくなる事さえね。

多分、僕は絵空ちゃんにより一層嫌われたんだろうけど、それでも、彼女がこうやって自分の力で立ち上がってくれただけで、とりあえず僕の本懐は果たしたのかな、と思えた。

少々と言うかかなり強引なやり方だったけどね。

本条君も、いつにも増して柔らかな笑顔で僕らを見ていた。

良く見ると、教室の窓の外で待機していたステルスも柔らかな笑顔だった。

・・・ん?ていうかお前、いつからそこに居たんだよ。

まぁ、そんな野暮な事はこの際どうでも良いか。

「それじゃ本条君、護送車の準備を」

「ええ、もう準備できております。先程あの男に用意させていましたので、今は昇降口の前に停めてあります」

「・・・ふ、流石」

「・・・?」

そんな僕らのやり取りを、キョトンとした顔で絵空ちゃんが見ていた。

え?何の話?みたいなね。

「あぁ、絵空ちゃんは何も心配しなくて良いよ。ただ乗ってくれたら、それだけで良い」

「・・・え?乗る?」

僕の意味深な言葉を最後に、僕ら(背脂君はステルスに運ばせた)は教室を出た。

・・・・・・・・・

僕の足取りは至極軽やかだった。

そりゃあもう、気分も上昇中さ。

ふはは、ようやく始められる。

背脂君を乗せた僕らの護送車が作る、死の凱旋パレード。

さあ報いるが良い背脂君。君が犯した罪の重さ、その身を持って償う時だ。


 「・・・んー・・・ふにゃ?」

その時、彼が目を覚ました。

「あ、所長!こいつ起きましたよ!」

ステルスが大きな声を上げる。

「構わん。そのまま固定しろ」

僕は助手席に乗ったままそう短く指示した。

「了・・・解・・・ですッ」

ステルスの声に力がこもる。

バキンッ。

何かを接続する音。

「・・・ふぇ?え?・・・」

同じく、後ろから背脂君の疑問の声が聞こえてくる。

「こっちはオッケーでーす」

ステルスが楽しそうに僕の目の前へと走って来る。

「あ、ですが・・・くれぐれもスピードの出し過ぎには注意して下さいね」

と運転席に座る本条君にも注意を促していた。

「・・・ふん、貴様に言われるまでも無い」

本条君は極めて不服そうな顔で、ヘルメットのバイザーを下ろした。

「・・・・・・・・・」

そんで、絵空ちゃんは本条君の後ろで座ったまま固まっていた。

すげー不安そうな顔をしていたよ。

・・・・・・・・・

それは、我ら学園治安維持部隊が所有する犯罪者移送用バイク。

本体は1500ccの大型で、僕専用のサイドカーが付いている。

無論、運転は本条君だ。

彼女が何時何処で大型の免許なんかを取ったのかは定かではないが(というか無免かも知れないが)運転技術に関しては、問題無かった。

しかし、そんなハーレーでどうやって犯罪者を護送するのか、疑問だろう?

しかも今回は、本条君の後ろに絵空ちゃんを乗せているから、乗れる人数としては三人で既に限界なんだ。

じゃあどうする?

ふふふ。

こうするのさ。

・・・・・・・・・

「時速五十キロまでは何とか大丈夫ですが、六十キロ以上出すとワイヤーが持ちません」

「分かっている」

ドルルゥン・・・

本条君がエンジンを吹かせた。

「・・・うぇっぷ・・・え、ちょ・・・ま、まって」

背脂君が何かを訴えていたが、

「それじゃ、しゅっぱーつ!」

僕の合図と共に、その大型バイクは発進した。

「きゃっ!」

余りの急発進に本条君にしがみつく絵空ちゃんが、なんか可愛い声を上げた。

(ああ、僕もバイクの免許取ろうかな)

地味にそう思った。

「・・・ふにゃぁああああああああああああああ」

遅れて、今回の騒動の首謀者の絶叫が聞こえてきた。

ガララララ・・・・・・

荷台の荷物が重いからだろうか、今回はやけにバイクが揺れた。

「わははは、おい、あまり飛ばし過ぎるなよ本条君」

「ええ、分かっています」

そう答えた彼女の顔は、何か気持ち良さそうだった。

「こっから職員棟までだから・・・おおよそ二キロのドライブだ、楽しめよ絵空ちゃん・・・ッ」

「・・・ん~・・・・・・」

当の絵空ちゃんは目を瞑って本条君の体にがっしりとしがみ付いているばかりだった。周りの景色を楽しむ余裕は無さそうだ。

「・・・・・・」

まぁ、何にせよ。

これでひとまずこの体操服盗難事件は一件落着かな。

後の事は、怖い風紀の鬼どもに任せよう。

煮るなり焼くなり殺すなり、好きにしてもらうさ。

それにしても、今回はあの絵空ちゃんと少しでもお話が出来て、本当に幸運だった。

僕は、それだけで満足だよ。

ああ・・・これで、明日からも学校が楽しくなりそうだ。






 後日。

本条捺芽は星城学園の最北端に位置する職員棟を訪れていた。

目的は事後報告。

それを受ける為に、職員棟の地下二階に陣取っている風紀委員会を訪ねていた。

・・・そこは薄ら寒い空気の漂う、牢獄のような場所だった。

「や、きたね。おねーちゃん」

その部屋に入ってすぐ声を上げたのは、他でもないこの風紀委員を取り仕切る、風紀委員長だった。

と言うか、この部屋にはその風紀委員長以外誰も居なかった。

「まぁすわりーよ」

「・・・失礼します」

その部屋には彼女が入ってきた入り口と、それと対面に位置している風紀院長の後ろのドア以外出入り口が無い。見た感じ、部屋と部屋を繋ぐ通路のような感覚の部屋だった。

風紀委員長はそのもう一つの出入り口を背にして、堂々とそこに居座っていた。

「このまえ、きさんが連れてきたアレなんやけど・・・アレやばいね?」

風紀委員長が何やら資料のようなものを繰りながら、可笑しそうに呟いた。

「はい、存じております」

極めて事務的に本条君は答えた。

「まーいちおー、こっちでも一通りの更生プログラムはやってみるけど・・・効果はきたいできんね」

「左様で・・・」

本条君は少しだけ俯いた。

その顔に暗い影を湛えたまま、

「ならば、彼は・・・」

その彼女の疑問に、風紀委員長は迷うことなく、

「うん、まー学園ふっきは難しかろーね。さいてーでも三ヶ月くらいはそうちで保護しとかないかんよね。・・・それで更生できんのやったら」

「・・・・・・」

予想は出来ていた事だ。

「・・・退学やね」

風紀委員長の言葉は、やはり事務的だった。

どうしようもなければ、どうもしない。

ただそれだけ。

「別によかとおもうけどねー?こいつ、クラスの人間から結構ないじめを受けてとるみたいやし。学校を変えるのも悪くなかと思うけど」

「・・・・・・・・・」

本条君は、やはり・・・といった表情を浮かべていた。

「・・・ま、そーいう事やけん。よろしくゆーとって」

ひらひらと、手を振る風紀委員長。

話はもう終わり、という事らしい。

見れば既に、委員長は別の書類に目を落としていた。

もう、本条君の事など認識していないかのように。

「・・・了解です」

本条君は一つ頭を下げ、その部屋を後にした。





                           第一話 終わり。


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