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第一話 挙動不審なデブ 1

本当に好きな子なら、やっぱ思い切って真正面から告白するべきだよね。

 そこは、何の変哲も無いただの学校の、とある一室。

様々な書物で埋め尽くされたその場所を、一般的には図書室と言う。

誰も通らない静まり返った廊下。

窓から射す弱弱しい光に誰もが焦燥感に駆られてしまう、時刻は夕暮れ。

その廊下の脇にひっそりと扉を構える小さな図書室。

そこに、僕らは毎日のように集まって、会議をしている。

放課後になる度に。放課後にならなくてもいつだってここに集まっている。

誰も来ない事を良い事に、その図書室と呼ばれる部屋は僕達によって完全私物化されていた。

 その日も僕達は会議をしていた。

目的は単純にして明快。

学園の治安を守る事。

ただそれだけ。これは、そんなある日の会議の一部始終だ。


 「さて・・・今週の活動報告を聞こうか」

僕は目の前で跪く男に向かってそう告げた。

「・・・御意」

男は頭を少し下げ、気だるそうに口を開いた。

「重要案件が一つ・・・後は瑣末な情報が幾つか・・・」

チラ。

跪いた男が、一瞬、横の壁の方に目を向けた。

「・・・・・・・・・」

男の視線の先には少女が一人、壁にもたれて腕を組んで佇んでいた。

夕刻の薄暗いこの部屋の隅で、彼女は微動だにせず跪いた男を見据えている。

いや、睨みつけていた。

「・・・ではまず、その瑣末な情報からいこうか」

僕はくるりと椅子を反転させ、部屋の窓の方に目を向けた。

窓の外は夕日で赤く染まっている。その西日が薄らと僕の頬を温めていた。

これから夜がやって来るのだという事を遠くの空が教えているようだった。

だんだんと暗くなってくる窓の景色と部屋の空気が、何故だか僕の胸をざわつかせていた。

「それでは・・・」

カサカサ・・・

男が胸のポケットから何やらメモ用紙のような物を取り出した。

「これは三日前の情報です。・・・看護科三年の住吉瑞希(十八歳)と情報科二年の本田俊之(十七歳)が同日十八時三分に学区外の宿泊施設に入店していた事が判明いたしました。・・・・・・証拠写真がこちらです」

言いながら、男は既に僕の机の上に二枚の写真を置いていた。

「・・・ほぅ・・・これが、その・・・宿泊施設か」

僕はその二枚の写真を手に取って見比べた。

一枚目は入店前の写真。

お店の入口で仲良く手を繋いでいる所を後ろから写している。

二人の後姿が、何とも微笑ましい一枚だ。

そして二枚目は、二人がその宿泊施設から出てくる所の写真。

これは、筆舌に尽くしがたい写真だった。

「・・・ふん。この女、悦に浸った様な顔をしていやがる」

何だかムカつくほどに、女の顔がニヤけていた。

呆けていたと言っても良いかな。それくらいだらしない表情だった。

というかこの二枚目の写真、どうやって撮影したのか判らないが、被写体の二人を真正面から写した写真だった。

明らかに被写体の二人から写真を撮った人物が見えるアングルだ。

どういう技術を使えば、被写体にバレずに真正面から隠し撮り出来るのか、そこは僕も知りたい所だ。

加えて、その二枚の写真にはばっちりと施設の看板も写されていた。


HOTEL ザナドゥ


あぁ、間違いなくラブホだ。

この写真の二人、学生の身分でありながらホテルで一体何をしていたのか。

まぁ聞くまでも無いが。

「・・・ゴシップだ」

「・・・はい?」

目の前の男が不意を突かれたように顔を上げた。

だが僕は、そんな不思議そうな顔の男を無視して、壁際の少女に声をかけた。

「・・・おい、本条君」

「はい、何でしょう?」

その少女は今まで一切口を開かなかったのが嘘のように、明瞭な声で答えた。

「今すぐこの写真を学生新聞に貼り付けろ。そして学園の至る所にばら撒いてこい」

僕はその少女に強く命令した。

その命令に、彼女の眉がピクッとしたのを、僕は気付かなかった。

「・・・くく。学生の本分を忘れた異端者共め・・・・・・社会的に殺され・・・」

「お言葉ですが所長」

不敵な笑みを浮かべた僕の言葉を彼女が遮る。

彼女は背を預けていた壁からスッと離れ、ゆっくりとした歩調で僕の机に向かって歩き出した。次第に近づいてくる彼女の顔は、僕の顔とは対照的に全くの無表情だった。

「その写真・・・この学園に出回った時点で写真の二人もそうですが、同時に、この写真をばら撒いた人間も社会的に抹殺されるのでは?」

彼女は腕を組んだまま冷やかな視線を僕に向けてきた。

極めて冷静な意見だった。

束の間、僕と彼女は無言で見つめ合っていた。お互いの意志を視線だけで交わすかのように。

だけど彼女の背は平均よりも少しだけ高めに設定してあるらしく、そうしていても何だか上から見下ろされて嫌な気分になる。おまけに僕は椅子に座っていて、彼女は立ったまま机越しに僕を見ているのだから、やっぱり見下されている気分だ。

しかし、それはあくまで気分だけだ。

「・・・何を言うかと思ったら、そんな事。そんな些細な事で僕に火の粉が降りかかるとでも思っているのかな・・・本条君?」

たしなめる様に言った。

「あくまで僕は蚊帳の外だ。火の粉は全部そいつが受ける事だろ」

ビシッと僕はまだ床に跪いている男を指差した。

「え?」

また彼は不意を突かれていた。

え?僕?僕ですか?

・・・みたいな顔をしている。

「だいいち、この写真を撮ってきたのは紛れもなくこいつだろ。・・・だったらばら撒かれた後に責任を取るのも・・・お前だ。ステルス」

僕は言って、彼の眼前に写真を放り投げた。

ひらひらと落ちていく二枚の写真が何とも言えない哀愁を帯びていた。

彼はその無造作に投げ捨てられた二枚の写真を恐る恐る手に取った。

微かに、彼の手は震えていた。

「・・・しょ、所長がそう仰るなら・・・構いません。・・・やります。私がこの写真を学校中にばら撒いてきましょう」

そう言って、彼は立ちあがろうとする。

何かを決意したような目をしていた彼だったが、妙に力の入った全身から漂うオーラは挙動不審者のまさにそれだった。

「おい、待て。まだ報告が済んでいないぞ」

今にもその手に握った写真をばら撒きに行きそうな危険な雰囲気を漂わせている彼が、僕のひと声でピタリと止まる。

「・・・申し訳ありません」

深々と頭を下げ、また先程のように床に跪いた。

「・・・・・・・・・」

そんな僕と彼の様子を、本当に哀れんだ瞳で彼女が見ていた。

「それでは、報告の続きを・・・」

と、喋りかけた彼を僕は手で遮った。

「・・・あぁ、もう良い。もう他の報告は良いから、この前頼んでいた例の報告をしてくれ」

「・・・と、言いますと。例の重要案件ですね?」

彼の顔が少しだけ引き締まる。

先程までの不審者オーラは、いつの間にか無くなっていた。

「そう、それ」

「かしこまりました・・・では」

言って、彼はまた胸のポケットから紙を取り出した。

「・・・・・・・・・」

背の高い彼女は、いつの間にか部屋の隅に移動していた。壁にもたれ腕を組んで黙ってはいるが、一応男の報告に耳を傾けているようだ。

部屋の温度が少しだけ下がった気がした。

「・・・・・・兼ねてより所長がお気に召していた件の少女・・・家政科二年の木下絵空(十六歳)の・・・」

「・・・・・・・・・」

ごくッ・・・

木下絵空。

彼女の名前を聞いた途端、ドクンと心臓が強く脈打ったような気がした。

ああ、何か緊張してきた。

今からこの男が報告するあらゆる情報を仮想してしまう。

実際の情報を聞く前から、僕の頭の中は絵空の事で一杯だった。

妄想ジェネレーションだから。

仕方なくね?

それに何故だろう、いつも以上に心臓がバクバクいってやがる。

くそう・・・ヤベーぜこりゃ。

こいつの口から一体どんなプライベート情報が漏れだすのか。

考えただけで死んでしまいそうだ。

「・・・彼女の体操着が盗まれました」

「・・・・・・・・・?」

その瞬間、時が止まった。

ん?

何だって?

学園のアイドル絵空ちゃんの、何が、どうしたって?

「・・・犯罪じゃねーかッ!」

バンッ!

机に手を付いて立ち上がる。

勢いよく叩きすぎて、机の上のペンやらティーカップやらが床に落ちた。

カシャン。

神経質な音が部屋に広がる。

でもそんな事、気にもならない。

そんな怒りに震える僕をなだめるかのように、背の高い彼女が僕の傍に歩いてくる。床に散らばる破片を拾い上げながら、彼女は静かに微笑んだ。

「えぇそうです。さすがです所長。・・・泥棒は犯罪。よく分かりましたね」

偉いですね、と彼女が頭を撫でてくれた。

しかしそれでも僕の気持ちは収まらない。

「当り前だろう!絵空ちゃんの私物を盗んで良いのは僕だけだっ!」

「さすが所長。仰る事が余すことなく危険思想です」

そして彼女はまた僕の頭をなでなで・・・

「・・・ぁ・・・・・・・・・あの」

そんな僕と彼女の様子を傍から見ていた影の薄いステルス君が何かを言おうとしている。

しかし、それも彼女の眼光によって黙殺された。

キッと睨みつけるように、件の報告をした男に目を向けると、

「黙れ犯罪者。貴様もその体操服を盗んだ奴と同じ性犯罪者だからな。・・・このストーカー野郎」

「・・・・・・ひィ!」

彼はそれ以降、一切口を開かなかった。

ただ黙って、床の一点を見つめている。

何か気を惹かれる物でも見つけたのか、時折、彼は薄らと笑っていた。

その姿が、非常に気持ち悪かったけど、ここはまぁ・・・ノータッチで行こう。

なんか怖いし。

「・・・しかし許せん。絵空ちゃんの下着を盗むなんて・・・」

「違います所長。体操着です」

「あ?そんな事・・・・・・僕にとっちゃ体操着だろうが下着だろうが大した変わりは無いよ」

どっちも興奮度は120%だぜ。

「なるほど・・・確かに所長の仰る通りです。・・・それで如何致しましょう?」

彼女は変わらぬ笑顔で僕にそう尋ねた。

「決まっている・・・」

僕は声を押し殺した。

そうしていると、怒りという感情が全身から滲み出るようだった。

「・・・・・・・・・」

彼女はそれでも笑みを崩さない。

それが、どんな恐ろしい事でも私は黙ってついて行きます・・・

彼女の笑顔はそう言っているようだった。

「・・・処刑だ」

にやり、抑えていても笑みが浮かぶ。

「かしこまりました」

彼女は眼を伏せ静かに頷いた。

静かに頷いた時の横顔は貴族のお嬢様みたいだったのに、振り返って、床に蹲ってブルブル震えている気味の悪い男に目を向けた途端、

「起きろ変態」

まるで鷹の目。目だけで人を殺せそうだった。

「・・・はひ!」

ビクンッと不自然な動きで彼が立ち上がる。

立ち上がった瞬間、ビシィッ!と気をつけのまま硬直していた。

そのあまりに綺麗な直立姿勢が、逆にまた何とも気持ち悪かった。

その彼の前につかつかと彼女が歩み寄る。

それはまるで、叱責されるのを待つ新兵と鬼教官の図だった。

「仕事だ・・・今すぐに怪しい人間を片っ端からリストアップして来い」

「りょ・・・了解です!」

敬礼。

・・・お前どこの人間だよ。

やっぱり新兵なのか。ルーキーは黙って従っていれば良い・・・みたいな感じか。

「期限は明日の放課後まで。それまでに成果が出なければ・・・」

「出します!・・・どんな人物だろうと、ここに連れてきます!」

彼が声を張り上げる。

あれ、こいつってこんな奴だっけ?

「喋るな。息が臭い」

「・・・・・・・・・ッ!」

彼はもう涙目。

必死の形相で唇を噛み締めている。

聞いている僕までも、え?そこまで言う?みたいな気分で、何だかハラハラするんだけど。

「・・・本条君、もうその辺で勘弁してやれよ。・・・こいつだって好きで息が臭い訳じゃ無いんだ」

とどめ。

「・・・・・・・・・」

彼の目が白くなっていく。

白眼。

彼はそのまま、何も言わずにこの部屋から出ていった。

フラフラとした足取りが気になったが、まぁどうでも良いか。

あいつは案外打たれ強い男だと、そこはかとなく信じているから。

「・・・それでは僕らも行動しよう。ステルスだけでは心許無いからな」

「勿論です所長」

にこっ。

「・・・この事件を解決するには所長のお力が不可欠なのですから」

そう言った彼女は、またさっきみたいに笑顔に戻っていた。

・・・・・・・・・

僕らは二人並んで会議室(図書室)を出た。

これがどんな事件でどう収束するのか・・・

それは予想も出来ない事だが、とにかく僕は許さない。

絵空ちゃんの体操着を盗んだ奴は、僕がこの手で抹殺してやる。

そしてあわよくば、絵空ちゃんとお近付きになれたら・・・

結婚してハッピーエンドだ。

「くく・・・待っていろ犯罪者め。全裸で縛り上げて学校中を引きずり回してやる・・・」

さあ始めよう。

我ら治安維持部隊の実力。

その身をもって思い知らせてやる。

「さすがです所長。所長のそんな鬼畜ぶりに、毎度貴方の将来を懸念してしまいます」

本条君が何か言ったような気がしたが、うん、聞かなかった事にしよう。






・・・・・・・・・


 「ブヒヒィ・・・こ、これがあのっえっえ、えそらっちゃんの・・・・・・ムゥフフゥ・・・」

僕はこれで最強になれた筈だ。

見ろ!

マイセンターポジション=エクスカリバーだってこんなにギンギン何だよ!

今にもはち切れそうなほど、光り輝いているんだ!

これもあの子のお陰だよ!

僕の女神、絵空ちゃん。

学園のアイドル何て言われているけど、本当は違うんだよな~

みんなの人気者は仮の姿さ。

本当は、僕の体内に宿る邪神竜を鎮める為の巫女なんだな~これが。

みんなは知らないみたいだけどぉ・・・僕って実は秘めたる能力を持って生まれた異端児なんだよね。

「フヒヒ・・・い、今に見てろぉ・・・僕がみんなとは違うって事を、み・・・見せてやるんだっ!」

手始めに・・・

そうだなぁ・・・

「あいつ等から行くか~」


・・・・・・・・・




 ここらで一つ、自己紹介と行こうか。

僕の名前は、神乃光秀。名字の神乃は、じんないって読む。

歳は十五。今年高校生になったばかりだ。

高校生になって、この学園を裏から支援したいと思った僕は、すぐさまこの部署を立ち上げた。


学園治安維持部隊。


・・・・・・・・・

なぁ?

かっこいいだろ?

委員会じゃねーんだぜ。

部隊だぜ。部隊。

デルタとかスペツナズとか、そういう奴らと同じ特殊部隊だ。

それを、この学園に設立したんだよ。僕は。

ただ、一人じゃ何とも心許なかったんでね、協力者を募ったんだ。

一緒にこの学園を守ろうじゃないか、ってね。

それが、今僕の隣を歩いている彼女の事だ。

彼女の名前は本条捺芽。

実家が財界の名士だという、正真正銘のお嬢様だ。

まぁ、その真意を確かめた事は無いけど、相当なお金持ちだという事は何となく垣間見ている。どんな物でも、現金一括払いらしい。

車だろうが家だろうが。

加えて頭脳明晰。

学力テストでは学年どころか学園レベルでトップクラスだ。

僕からすれば、彼女はもはや天才と呼ぶしかないくらい勉強が出来た。

しかし、学年では無論トップの成績を収めている彼女なのだが、不思議と学園ではトップでは無いのだ。

あくまでトップクラス。

上位何名の中に入っているという事実だけだ。

僕も詳しくは知らないが、この学園にはまだまだ計り知れない天才がいるという話だ。まぁ、僕には関係ない話だけど。

ん?

あぁ、ちなみに僕は学園でトップの鬼畜らしい。

本条君が言っていたので、恐らく間違いないだろう。

とにかく、彼女はそんなバックボーンと優秀な頭脳を兼ね備えた素晴らしい人材だという事だ。

歳は詳しく知らないが、僕の一つ上の学年だったから十六か七くらいかな。

まぁ彼女とはこの学園に入学して以来の長い付き合いだから、あまり年上だという事を意識した事は無いけどね。

初等部にいた頃からの付き合いだから、かれこれもう十年近くになる。

あの頃から彼女は僕の事をよく擁護してくれた。

誰かにいじめられそうになったら直ぐ彼女が駆けつけてくれて、いじめっ子をこれでもかという程ボコボコにしていたし。

テストで困った時は、そっと答えを教えてくれたりもした。

学年が違うにも拘らず彼女はほぼ常時僕の傍にいた。

僕が何かを頼めば彼女がそれに応じ、僕が何かに困っていたら何も言わずに助けてくれた。

その関係は今になっても変わらない。

高校生になってさすがに常時一緒とはいかなくなったけど、それでも呼べば直ぐ駆けつけてくれる頼もしい奴だ。

何故彼女がそうやって僕を擁護してくれているのかは定かではないけど、まぁ彼女の事は嫌いじゃないし助けてくれるのであればそれを拒む理由も無いからね。

その点について深く彼女に追求した事は無い。

だって友達だし。

そんな友達関係の距離や振る舞いなど、口に出すだけ無駄な事だろ?

だから、彼女が僕について来てくれるのであれば、僕は黙ってそれを甘受するだけだ。

本当に、有り難い話だけどね。

変わったのは、僕と彼女の目線くらいかな。

チラリ。

隣を歩く少女を見る。

ていうか見上げる。

・・・・・・・・・

いつの間にか、僕と彼女の背が逆転していたんだ。

中学くらいまでは断然僕の方が大きかった。それは間違いない。

僕の成長は止まる所を知らず、初等部最後の年には身長が160cmを突破しようとしていたんだ。

僕は歓喜に打ち震えたよ。

周りのみんなの羨望の眼差し。

 ・・・いいなぁ~

 ・・・何でみっくんはそんなに大きいの?

 ・・・やべぇ!あいつでけーぞ!

完全に他のみんなを超越していたね。

いつまでもこうして他者を見下して生きていけると思っていたんだ。

そんな矢先、僕の成長は頭打ちになってしまった。

完全に沈黙した。

その時の僕の絶望感と言ったら・・・

陰毛が生えてきた時くらい、ショックだったよ。

あぁ、失礼。汚い言葉を使ってしまった。今のは忘れてくれ。

とにかく、それ以降僕の身長が伸びる事は無かった。

それを嘲笑うかのように、彼女の身長は・・・伸びた。

ぐんぐん伸びて、僕があれほど夢見た、夢見過ぎて枕がビショビショになったあの、夢の170cmに到達したのだ。

・・・・・・・・・

それが、今の僕と彼女の距離感さ。

高低差10cm。

いつの間にか、彼女がまた僕のお姉さんみたいになってしまった。

もうそれをどうこうしようなど思わない。

どうにもならないだろうしね。

それに、案外この距離感も悪くないと最近思うようになったんだ。

何かにつけて彼女が僕の頭を撫でてくるが、それも案外心地いい。

まぁそんな感じで、僕ら二人で・・・

っと一人忘れていた。

孤高の性戦士。

僕ら治安維持部隊には欠かせない、重要な役割を担うあの、変態を。

今も死に物狂いで学園内を這いずり回っているであろう、あの男。

ちなみに僕は、あの男の名前を知らない。

名前どころか、いつこの治安維持部隊に入隊したのかもはっきりとは覚えていない。いつの間にか、奴は居た。

気付かない内に僕らの輪に溶け込み、頼みもしないのに仕事をしていた。

そんな彼を、僕らはステルスと呼んだ。

理由は単純。

影が薄いから。

加えて印象すらも薄いので、彼の顔を上手く思い出せないのが難点だ。

突然出てこられても、

ん?お前誰?

ってなる。

・・・まぁそんな印象の薄い彼ではあるが、情報収集にかけては右に出る者はいない。特に盗撮技術に関しては、最早プロレベルだ。

盗撮のプロと言えば彼を思い出しそうなものだが、彼はあくまでアマチュアだ。

結局捕まってしまうような盗撮野郎は、プロとは呼べない。

ただの異常性癖者だ。

プロは違う。

盗撮のプロは、最早プロのカメラマンだ。

発覚すればすぐさま逮捕という危険を背に感じつつ、その恐怖と闘いながらも最高の一枚を撮影する・・・そこに命をかけた男達を、単に犯罪者と切り捨てるのは余りにも短絡過ぎる。

彼らも戦場カメラマンと並んで命を張って撮影に臨んでいるのだから、いつか彼らにピューリツァー賞が贈られる事を、僕は心から願っている。

・・・とまぁそんな妄言はどうでも良い。

プロはあくまで、その写真の撮影を盗撮とは思わせない所に力を注ぐんだ。

だからステルスはプロなのだ。

奴に頼めばどんな写真でも期日内に入手してくる。

人物のアングル、シチュエーションなどは自由自在。

彼にとってはそんなもの朝飯前だ。

彼レベルになると、被写体に・・・

・・・と、これ以上ステルスの説明をしても面白くない。

どころか説明している僕自身が犯罪者予備軍と思われかねないし。

ここらで彼の紹介は止めておこう。

彼の人となりは、説明しなくても分かる。

ただの変態ストーカーだから。




 「それでは所長。まずは被害者の聴取からでしょうか?」

隣を歩く本条君がノートを開いて何か走り書きをしている。

視線をノートに落としたまま、僕にそう尋ねた。

「勿論だ」

答えた僕であったが、しかし・・・と腕を組んで思案してしまう。

・・・・・・・・・

僕らは今、会議室である図書室を出て例の盗難被害に遭った木下絵空の教室に向かっている途中だ。

彼女のクラスは、高等部家政科。

この学園で言えば、五つある校舎の内の一つ、高等部B棟に家政科は存在している。

あぁ、ちなみに。

僕らの学園、星城学園はその学位と学科によって校舎を別にしてある。

小中高一貫の僕らの学校は、総生徒数三千人の結構大きな学校だ。

加えてこの学園、総合教育という名の下に様々な学科を詰め込んでしまったおかげで、生徒ですらその全てを正確に把握するのは非常に困難ときている。

それに最近では、県内で唯一の留学先の学校という事もあり、海外の学生がよく目に付くようになってきた。その影響で学園側は校舎を増築し、今の形に落ち着いた訳だ。

初等部、中等部、高等部A、高等部B、特進部。

大きく分けてこの五つ。これで校舎を区分けしてある。

区分けしてあるだけあって、その校舎それぞれが独自のエリアを形成している訳だが。無論、学園全体でたった五つの校舎という話では無く(・・・それでも、まぁ多い方だとは思うが)、代表的な校舎が五つあるという話だ。

ああ、あと学園の一番奥には教師達の中枢である教員棟も存在している。

ここには、生徒会や風紀委員などの主だった委員会の事務所とかもあるんだけどね。そのそれぞれに、細々した別棟が設けられているんだ。

別棟だけでは無い。

校舎ごとに振り分けられた敷地面積がまた結構な広さだった。

この学園には、初等部と中等部に一つ、高等部に一つ、そして学園全体の行事で使う為に一つ、合計三つのグラウンドがある。

それに連なる体育館や様々な用途で用いられるコートなどもね。

もちろん、プールだって室内と室外にちゃんと設置してあるさ。

そんな大小色々な施設が詰め込まれたこの星城学園、総面積はおよそ三十万平方メートルもあるらしい。

そんな大きな数字出されても僕なんか全然ピンとこないが、とにかく広いって事さ。何とかドームが楽に五つくらい入る敷地面積らしいよ。

そんな無駄に広いこの学園、何が大変かって、移動が死ぬほど面倒臭い。

普段は、それぞれの校舎の脇に設置してある学生寮から登校するだけだから苦は無いものの、いざ、他の校舎に移動しなければならなくなった時に、その足がピタリと止まってしまうのだ。

移動の基本は自転車。教員達は車というチートを使っていやがる。

歩きで行こうものなら、端から端まで一時間くらいかかってしまう距離だ。

ただまぁ、同じ校舎内の移動であれば別に何とも無いんだけどね。

「・・・・・・・・・」

僕らの秘密基地である図書室は、運良く彼女のクラスと同じ高等部B棟の中にあった。

というか、僕のクラスも高等部のB棟に在るんだけどね。

僕の所属も高等部Bだから。

だから、移動は楽チンさ。

移動はね。

「ところで所長、その・・・木下絵空という人物との面識はおありなのですか?」

「皆無だ」

無駄に緊張する。

別の学年、というか上の学年のクラスに行く事など普段は無いし、行く先があの絵空ちゃんのクラスだ。否応なく緊張してしまう。

移動は楽なのに、何故か足取りが重い。

今からあの絵空ちゃんの所に会いに行くのかと考えると、何だかめちゃくちゃ緊張してきた。

喉もカラカラさ。

「そうですか。実は私、以前彼女とお話する機会が有りまして」

「なんだって?」

僕は足を止めた。

「その時、彼女の教室に入った事があるのですが・・・」

そこで本条君は何故か言葉を詰まらせた。

俯いて、何かを思い出すような表情を浮かべている。

「どうした?」

「あ、いえ・・・特には。・・・・・・ただあの教室、何か少し変だったんです」

「変?」

「ええ。違和感というのでしょうか・・・とにかく何かがおかしかったんです」

そう言って、彼女はまた前を向いた。




 「・・・ここか」

扉の前で立ち止まる。

上を見ればこのクラスのプレートが架けてあった。

家政科C。

ただそれだけ書いてあるプレート。学年は記載されていない。

それはこの学園特有の学年の分け方のせいでもある。

今僕らが立っている場所は、高等部B棟の二階だ。

下から数えて二番目の階層。つまり第二学年という訳だ。

短絡的と言うか何と言うか・・・この学校はそうやって学年を区分けしているのだ。一階が一年。二階が二年。三階が三年。

ちなみにこの校舎は四階建てで、その四階層には僕らの図書室や理科室等、多目的な教室がいくつか存在している。

だから僕らの道程は、階段を二回降りて廊下を真っすぐ進んだだけだ。

まぁ、その短い道のりではあったけど、僕のボルテージは絵空ちゃんの教室に辿り着く頃には、有頂天だったさ。

「行くぞ」

「ええ」

僕らは小さく頷き合い、その扉を開けた。

ガララッ・・・

「邪魔するぞ!」

第一声は綺麗にハッキリと。そして自分優位を崩さぬよう、常に高圧的に。

「・・・失礼します」

本条君は至って真面目だった。

全く、面白味のない奴だ。

「え?何・・・」

「ちょっと・・・あれ誰よ」

「あれ?本条さんだ」

「何あいつら・・・」

僕が扉を開けた途端、教室内から黄色い歓声が上がった。

・・・ちなみに。

僕らはこの教室が木下絵空の教室だと言う事は把握していたものの、今この時間に彼女が教室にいるかどうかは確認せずここまで来ていた。

つまり、とりあえず行ってみるかー・・・みたいな気分で足を運んだのだ。

だから、もし彼女が既に寮へ帰宅した後であれば、僕らも速やかに退散するつもりだった。速攻で帰宅。

・・・だが、僕らの世界は案外、都合良く出来ていた。

数人の見知らぬ顔の中にたった一人だけの見知った顔。

僕は直ぐに彼女を見つけた。



下校時刻が迫っているという事もあってか、教室に残っているのは数人の女子生徒だけだった。

彼女らは皆一様に僕の事を注目していたよ。

そりゃそうさ。

何たってこの僕、学園トップの鬼畜なんだぜ。

注目しない訳には行かないよな。

彼女達の視線がもう・・・痛い痛い。

突然の僕の来訪に、戸惑い、嫌悪、侮蔑、羨望、悲喜交々・・・

様々な感情の視線が僕に突き刺さっていたよ。

そんな中、僕に向いていない視線が一つだけあったんだ。

「・・・・・・・・・」

周りを数人の女子に囲まれて、その子は机の一点をじっと見つめていた。

微かにその唇が震えていたように見えたのは、僕の思い過ごしだろうか。

情況的に見ればいじめられている最中のようにも取れるが、この場合はその逆だろう。周りの女の子達が、一人の少女を何とか励まそうとしているように見えた。

ただ、タイミングが悪かったのかな?

僕の登場によって、慰めムードが一気に僕への非難ムードへと転落した。

彼女達の嫌悪感が手に取るように分かる。

だけど僕には、そんな嫌悪感など微塵も響いてこない。

至極どうでも良い。

どうでも良くない事が、彼女達の中心で起こっているのだから。

小さく弱弱しくなっていた彼女の姿が、僕の心を締め付けたんだ。

「絵空・・・」

・・・・・・・・・

何故か僕は彼女に対して名前で呼び捨ててしまった。

感極まって思わず呼び捨て。

失態。

もうちょいフランクに呼べば良かったのに、何か旧知の幼馴染みたいな感じでシリアスに呼び捨てにしてしまったのだ。

あぁちなみに、僕は彼女とは初対面だよ。

これが初対面。

僕に認識はあっても、彼女は僕の事を知らないんじゃないかな。

そんな知らない奴から、絵空・・・とか下の名前で呼ばれたりしたら、さすがに引いてしまったかもしれない。

やっぱり失態。

しかしそんな事を気にしている余裕は無い。

僕は勇気を振り絞り、彼女達の輪の中へと侵入を試みた。

「・・・え、誰?」

絵空ちゃんが顔を上げる。

「僕だよ、僕」

笑顔でにっこりと自分の顔を指差す。

・・・・・・・・・

ダメだ。

またやっちまった。

だから初対面だって!

「所長・・・それでは完全にストーカーです」

本条君のつっこみが的確過ぎて、涙が出そうだった。

「・・・あぁ、本条君。僕も君と同意見だ。今のは初対面ではやっちゃいけないナイストゥミートゥだ」

初対面なのに下の名前で呼び捨て。

加えて、あたかも知り合いだろ?みたいな態度。

今僕のやった挨拶って、完全無欠のストーカーじゃねーか・・・

深く後悔した。

「・・・・・・・・・?」

絵空ちゃんが僕らのやり取りを不思議そうな顔で見ている。

それは周りの女子たちも同じようだった。

僕らの突然過ぎる来訪と接触に、戸惑いを隠せないと言うかもう完全にキレそうな雰囲気だった。

「・・・だからお前は何だっての!」

「うげッ」

一人の女子に胸倉を掴まれる。

「うっ・・・ちょ、はなっ・・・せ」

足をバタバタさせながらも、まぁ当然の反応か・・・と少し反省していた。

だって彼女らはおそらく、盗難被害に遭った絵空ちゃんを慰める為に遅くまで教室に残ってここで絵空ちゃんの話を聞いていた筈だ。

その泥棒野郎の事も、ここでさんざん侮蔑していたんだろう。

変態なんか死ねばいい、とか言いながらね。

そこへ僕が颯爽と登場した訳だ。

加えて僕と絵空ちゃんの邂逅シーン。

まるでストーカーの様な馴れ馴れしくも怪しい雰囲気を漂わせていた筈だ。

彼女らにしてみれば、それは第二の変質者が現れた事に等しい。

その結果として、僕が胸倉を掴まれたり、頭や腹にプッシーパンチを食らったり、恥ずかしい写メを取られたりという事は、十分に予測の範囲内だった。

・・・・・・・・・

「・・・す、すみません。僕らは・・・違うんです」

フルボッコ。

これまで僕が築いてきた権威やら栄光は、彼女らの手によって見るも無残に剥ぎ取られてしまった。と言うか脱がされてしまった。

うぅ・・・変態はどっちだってんだ。

ちなみに、僕の最終防衛ラインを守ったのは他でもない本条君だった。

胸倉を掴まれたりプッシーパンチを食らっている時までは彼女は静観を決め込んでいたのだが(恐らく女性目線では僕を助ける事は出来なかったのだろう)、僕の最終防衛ラインが脱がされそうになった所で、彼女が動いた。

「申し訳ありません。これ以上はご勘弁願います。所長の名誉の為にもこの辺で手を打って頂きたい・・・もしそれでも貴女方のお気が済まないと言うのであれば、仕方ありません・・・」

言って、彼女はおもむろに自分のスカートに手をかけた。

「・・・私が脱ぎます。それでどうかご容赦を」

その一言で、一気に場の空気が固まった。

ぺらり。

彼女は躊躇う事無く、スカートの裾をつまみ上げた。

「・・・・・・・・・ッ!」

「・・・ちょ」

突然の彼女の奇行に、慌てふためく僕と女子達。

だってさ・・・真っ白なんだぜ。奇跡的な白さなんだよ。

真っ白がさ・・・そこにあったんだ。

余りの白さに、僕は一瞬視界を奪われたのかと錯覚してしまったよ。

それに視界を奪われたのは僕だけではなく、僕に暴行と凌辱を働いていた彼女達もまたその白さに戦意を奪われていた。

すらりと伸びた傷一つない綺麗な太ももに挟まれる、ホワイトベース。

シークレットゾーン。

本条君は背が高いしスタイルも抜群に良いので、それはもはや芸術の域に達していた。その立居姿をそのまま彫像にしたい位だ。

しかし惜しいのは、その表情。

女子高生がスカートを捲り上げてるんだぜ、少しくらいの恥じらいがあって然りなんじゃねーの?

頬を紅く染めながらさ、

・・・あんまりじろじろ見ないで下さい・・・

とか普通は言うんじゃねーの?

普通はさ。

・・・・・・・・・

本条君には、その恥じらいってやつが全く感じられないんだ。

どうぞ見て下さいと言わんばかりに・・・それ所かそのままホワイトベースまで脱いでしまいそうな顔だった。

うん、それはそれで貴重な体験だと思うんだけどね。

けどまぁその白さのおかげで、僕は救われたよ。

・・・・・・・・・

それで一気に白けてしまった彼女達は、僕への暴行を止めて、渋々本条君の説明を聞いているようだった。

「・・・ええ、ですから。私達はそこの木下さんに用があってここに来た次第で・・・彼女の盗難被害をですね・・・」

彼女の説明が続く。

本条君の真摯な姿勢が彼女達の胸を打ったのか、それとも単に本条君が女性だから耳を貸したのか、その辺は定かではないが、それでも暴行少女達は彼女の話を受け入れているようだった。

勿論そこには、先の無礼をこれでもかというほど謝罪させられた、僕の勇気ある行動が前提としてある訳だが。

恥辱と苦痛にまみれた土下座をさせられたのさ。

終いにゃ、靴下を食わせられそうになったりもした。ある種の人間なら飛び跳ねて喜びそうなこの行為だが、残念ながら僕はノーマルだった。

そんなブルジョア趣味は一切持ち合わせていない。

「・・・そこで、この事件の解決にあたって、この御方のお力が必要になる訳です」

本条君の説明はそこで一段落したようだった。

彼女が僕の顔を、期待に満ちた笑顔で見つめている。

「無論だ」

ここぞとばかりに僕は胸を張った。

腕を組み、堂々と。

「・・・・・・・・・」

「・・・こいつ」

「・・・・・・」

暴行少女達が僕の顔を睨んでいる。

疑いの視線。猜疑心だった。

人の心の触れ合いは疑いから始まると言うが、これはまさしくそれだった。

しかしこの関係。

僕と彼女ら暴行少女との心の触れ合いは、疑いから始まり確信で終わりそうな予感しかしない。

・・・まぁ、彼女たちのようなモブキャラとの関係なんてどうでもいいか。

「・・・ふ~んそういう事」

一人の少女が溜息をつく。

茶髪を綺麗に腰まで伸ばしている彼女。

挑発的な目が印象的な、生意気な感じの奴だ。

「・・・・・・」

彼女の言葉を聞きつつ、僕は静かに確信した。

(・・・ラクロスか)

見た目と雰囲気だけで、僕は彼女がラクロス部だと見抜いてしまった。

自分のこの洞察力の鋭さに、時折寒気を覚えてしまうよ。

「そっちの要件は分かったけどさ・・・けど何であんた達はその話を知っているの?・・・絵空の体操着が盗まれたのってついさっきの事なんだけど?」

ラクロスが腕を組んで僕の事を訝しんでいる。

そのジト目が僕の逆鱗を触りかけていた。

「帰りのホームルーム終わってこれから部活に行こうって時に、絵空が言ったのよ・・・『・・・体操服が無い』って。・・・ねぇ絵空?」

ラクロスが俯いた少女に尋ねる。

「・・・・・・」

彼女は無言で頷いた。

「・・・だいたい女子の体操着を盗むなんて、あんたみたいな変態がやったとしか・・・」

そこまで言って、ラクロスが何かに気付いた様にハッと顔を上げた。

「・・・ってまさか!あんたじゃないでしょうね!絵空の体操服盗んだのッ」

ラクロスが不意に自分の頭に浮かんだ疑惑に確信という名の烙印を押し、僕にまた掴みかかろうとしていた。ちなみに、さっき僕の胸倉を掴んで吊るし上げたのも、他でもないこのラクロスだ。

「・・・ッ!」

ラクロスの右腕が僕の首根っこ目がけて伸びてくる。

しかし。

「・・・ふふ、見苦しいなラクロス」

今回は僕の勝ちだ。

今にも僕に掴みかかろうとするラクロスを、すんでの所で本条君が遮ったのだ。

静かに、ラクロスの差し出した右腕を握っている。

彼女の右手が僕の目の前でプルプルと震えていたよ。

・・・てか、どんだけ僕の事が嫌いなんだか。

「・・・それは誤解です。所長はそんな変態ではありません。所長はれっきとした鬼畜なんです。・・・そんな隠れてコソコソ女子の体操服を盗むなんて卑怯な真似、絶対にしません。所長であれば堂々と、真正面から体操服を奪いに行く筈です」

ですよね?所長?

そう振り返った本条君の瞳がこれでもかというほど澄みきっていた事は言うまでも無い。

そんなキラキラした目で僕の事を鬼畜とか言ってくれるのは、恐らく世界で君だけだろうね。・・・涙が出てくるよ。

「くく・・・そう言う事だ。・・・まぁ少し落ち着けよ、ラクロス。僕らは何も、お前らと言い合いに来た訳じゃないんだ」

たしなめる様に。駄々を捏ねる子供をあやす様に言ったつもりだ。

そんな僕の態度は、間違いなく彼女の逆鱗を引っ掻いていた。

その僕の一言で、ラクロスの眼の色が変わった。

「・・・だからさっきから何なのよっ!あんたの態度!」

ラクロスがついにキレた。

本条君の拘束を振り切り、握った拳を高々と振り上げていた。

「・・・あ」

その行動に、当の本条君が一番驚いていた。

拘束を振りほどいた事以上に、自分の制止を聞かなかった事に驚いているようだった。

「それに・・・ラクロスって、何の事よッ!」

電光石火。目にも映らぬ怒涛の攻撃。

ドス!ベシィ!ゴキン!

「うべし!」

彼女の拳は、三段構えの急所突きだった。

そのすべてが致命傷で、僕の意識は三回吹き飛ばされた。

・・・・・・・・・

「はぁ・・・はぁ・・・とにかく、あんたらに話す事なんて何もないから。そうでしょ?絵空」

少し息を乱したラクロスが渦中の少女に問いかける。

「・・・え、あ・・・・・・うん」

彼女は突然の問い掛けにチラッと顔を上げ、何とも微妙な返答をした。

「・・・・・・・・・」

絵空ちゃんのそんな表情を見るだけで鬱になる。

少しだけ赤くなっていたその顔に、僕の憧れていた絵空ちゃんの輝きは見受けられなかった。何とも陰鬱そうな表情を浮かべた彼女は、

「・・・別に、どうでも良い」

それだけ言って、また顔を伏せてしまう。

「ほらね。絵空だってそう言ってんだから、あんた達はもう帰ってよ!」

ラクロスがここぞとばかりに捲し立てる。

「・・・帰れバーカ」

「変態」

「・・・いい加減、キモいんだけど」

周りの女子達もそれに便乗する。

言葉の暴力。

ラクロスの打撃に傷付いた僕のハートを、また彼女達の言葉が抉っていく。

「・・・如何致しましょう所長」

さすがの本条君も、この場の雰囲気の悪さに些か不安そうな顔色だ。

「そうだな・・・」

床に突っ伏したまま、僕は答える。

ひんやりとした教室の床が、少し気持ち良かった。

「まぁ、ここで帰るのも一つの手だがな・・・」

言って、チラリと彼女の姿を視界に入れた。

「・・・・・・」

泣いているのか怒っているのか、悲しんでいるのか鬱なのか。それすら僕には分からない。

それとも・・・本当にどうでも良いと思っているかも知れない。

けれども俯いたその背中からは、確かに薄暗い雰囲気が立ち昇っていた。

いつもの笑顔じゃない、彼女の雰囲気。

それを、僕は何とかしたかった。

「よ・・・っと、・・・ぅ・・・痛」

立ち上がる。

ラクロスから食らった打撃が、思いのほかダメージを残していた。

身体のあちこちが無駄に痛い。

「・・・えっと」

けど多分。

彼女はもっと痛い筈だ。

「・・・・・・・・・」

少し腫れぼったい彼女の目が、僕の事を睨んでいた。

・・・・・・・・・

僕の願いは単純。

そんな彼女に、また笑って欲しかったから。

学園のアイドルとかそういうのじゃなくて、絵空ちゃんは僕のアイドルだから。

僕の唯一憧れた人だから。

「・・・なぁ、木下さん」

今度は間違えない。

もうあんなミスは二度と犯さない。

僕はあくまで真剣に、彼女に問いかける。

それに呼応するように、

「・・・何よ、帰れって言ってんでしょ」

ラクロスが呆れたように口を挟んでくる。

「・・・・・・」

当然無視する。

ここでラクロスに手を出すと無限ループだ。

話が進まない。

用があるのはラクロスでは無く絵空ちゃんだ。

「・・・僕は近日中に、君の体操着を盗んだ奴を捕まえる」

断言した。

「・・・え?」

少しだけ、絵空ちゃんが驚いたように顔を上げた。

だがその表情は、まだ期待とか希望とかには程遠い、暗い表情のままだ。

しかし、それで良い。

今はそれで良いのだ。

「そこで君に聞きたい」

今は、精一杯絶望に浸っておいてくれ。

「件の体操服野郎を捕まえた後・・・君はそいつに何を望む?」

そんな絶望、僕が覆してやるから。

そう言ったつもりだ。

「・・・・・・・・・」

彼女が押し黙る。

必死で何かを考えている様だ。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・」

本条君やラクロス達も、その時ばかりは口を開かなかった。

みんな黙って、彼女の言葉を待っていた。

・・・・・・・・・


「・・・で」


彼女の唇が微かに震えた。

「・・・鉄パイプで、思いっきり・・・・・・」

彼女の目に一瞬だけ力が宿る。

「そいつの顔を殴ってやりたいッ!」

それが彼女の本音だった。

今までの暗い表情とはまた別の、怒りに震えたその言葉。

変態なんか死んでしまえオーラ全開だった。

多分、僕もそんな変態達と紙一重なんだろうけど、今は構わない。

彼女の笑顔を取り戻す為なら・・・

「了解した」

強く頷いた。

「・・・本条君」

本条君に目配せする。

「・・・はい」

彼女は小さく頷き、教室からつかつかと出て行った。

その後ろ姿を、少し呆気にとられた様子のラクロス達が見送っている。

「それでは木下さん」

最後ににもう一度だけ、彼女に問いかける。

「その変態野郎を、貴女が鉄パイプで殴った後・・・」

一つ呼吸を置く。

ここが勝負の分かれ目だった。

「・・・奴を全裸でこの学園内を引きずり回します・・・それで良いですね?」

・・・・・・・・・

僕の願望も、ちょこっとだけ混ぜ込んでみた。

だって、怒りに震えているのは彼女だけじゃないんだ。

僕だって怒りで爆発しそうさ。

だから、そのくらいやらないと気が収まらないんだよ。

「・・・・・・・・・」

けど内心ハラハラ。

やっぱ失言だったか?

「・・・?」

絵空ちゃんがキョトンとした顔になる。

そして、

「あはは・・・何それ」

呆れたように、笑ってくれた。

失笑とも取れる、乾いた笑い声。顔も笑顔じゃないさ。

何言ってるか意味分かんないんだけど・・・みたいな笑い方。

それはもはや笑いなどでは無く、単なる蔑みかもしれない。

けど・・・それで良い。

言葉だけの、形だけの笑い声。だけど、確かに笑ってくれた。

今はそれで十分だった。






 翌日。

僕らはまた例の如く図書室に集まっていた。

授業が終わりを告げた放課後の図書室。

僕らの会議室に。

その時僕は、指定席の窓際の回転椅子に座ってせっせと紙飛行機作りに興じていた。

「ふふ・・・この調子なら、あのフライングダッチワイフを作る事だって夢じゃないぞ」

夢中になり過ぎて、色んな事が頭を駆け巡っていたよ。

「・・・・・・・・・」

そんな僕を、図書室の隅の方で本条君が見ていた。

彼女は本棚の傍にあった小さな脚立に腰掛けている。

僕の事をじっと見ている様だけど、僕は全然気にならない。

だって、紙飛行機作りが楽しいんだもん!

時折、彼女が僕を見ながら微笑んでいたけれど、何が面白かったのか僕には全然分からなかった。

そしてステルスは、

「・・・あぁ、うん・・・ん?い、いや・・・・・・ちがう」

何かをブツブツ呟きながら、図書室の中をうろうろ歩き回っていた。

まさに不審者。

そのあまりに怪しい挙動に耐えかねた本条君が、

「・・・死ね」

ヒュン!

何かを投げた。

風を切る音。

一瞬遅れて。

ドスッ!

鈍い音が響いた。

「え?」

何が起きたのか分からなかったステルスは、訳も分からずその場で硬直してしまう。

しかし、彼が何をどうしようと、恐らく関係は無かったのだろうけど。

事は既に終わっていたのだ。

「・・・・・・」

ステルスが恐る恐る本条君の方を振り向く。

「・・・・・・・・・ちッ」

鬼の形相で彼女が睨んでいた。

見れば彼女はステルスに向けて右手を差し出している。

それはまるで、本条君がステルスに向かって何かを投擲した後のように。

「・・・・・・・・・ごく」

ステルスの額に脂汗が浮かんでいた。

そして恐る恐る自分の後方を振り向くと・・・

「ひっ」

息の詰まる音がした。

「・・・おいおい本条君。それはさすがに、当たったら洒落じゃ済まないぞ・・・」

飛行機を弄んでいた手を止め、彼女に諫言を送る。

彼女がステルスに向かって投げた物、それは・・・

ビィィィン・・・

未だに、それは壁に突き刺さったまま振動していた。

銀色の、三角形の奴。

それが図書室の壁に綺麗に突き刺さっている。

壁に垂線を引くような、見事な刺さり方だ。

本条君がどこからそれを持ち出してきたのか定かではないが、それは紛れも無く三角定規だった。

その三角定規が、風を切り、ステルスの横顔を掠め、壁に深々と突き刺さっているのだ。

しかもそれは、普段生徒達が使っている可愛らしい物では無くて、数学の教師などが黒板に直線を引く時に使う、あのでかい三角定規だ。

しかも、見るからに金属製。

重さも鋭さも、まさに凶器として認識できるレベルだ。

当たり所によっちゃ、ステルス君、今頃首チョンパだよ?

しかし、彼女はそれでも涼しい表情を崩さない。

「問題ありません。彼が動かなければ当たる事はありませんから」

事も無さげにそう言い切った。

それは、ステルスが動けば当たる事もやむなし、という事だろうか。

「・・・ぅぅ」

ステルスの顔に、尋常じゃ無い量の汗が流れている。

そして。

ブルブル震えながら立ち尽くす彼を、もう一つの悲劇が襲う。

パサ・・・

「・・・?」

何かの落ちる音。

何か、とても軽い物が床に落ちた音がした。

「・・・!」

驚いたのはステルスでは無く、僕だった。

「・・・・・・?」

ステルスは、まだ自分に起きた悲劇に気付いていない。

・・・否、気付く事は困難だろう。そこに鏡でもなければ。

「・・・ぷ」

彼の左側面。

「・・・な、なんだ?」

困惑する彼。

「・・・くくッ」

反して、笑いを抑えきれぬ僕。

床に落ちたそれを見て、笑いと同情が一気に駆け上がって来る。

「わはははッ!・・・な、なんだその髪型ッ!お前っ・・・それで一体どこに行くつもりだよ!」

「・・・え?」

ステルスがキョロキョロしている。

「だからやめろッ!それ以上動くな・・・面白すぎて、笑い死ぬ・・・」

腹筋が壊れそうな程アンバランスな髪形。

「・・・へ?ま、まさか・・・」

咄嗟に、彼は頭を掻き毟った。

「あ・・・アーッ!髪ッ髪がっ!」

そして、視線を床に落とし、

「・・・ぅ、うあーぁああ!」

再度絶望していた。

自分の毛髪の亡骸。

もう二度と戻って来ない、頭皮の友達。

彼の左即頭部の髪が綺麗に一閃されている。

綺麗な刈り上げ。でも片方だけ。

ステルスは元々髪を伸ばしていたから、その刈り上げが一層際立っていた。

・・・てか、どんだけ最先端のヘアスタイルだよ!

「・・・ふふ」

何故か、本条君が満足そうに笑っていた。

「フッ・・・ふふ・・・笑わせてくれるじゃないかステルス・・・」

「・・・ぅ、ぅあぁぁああ」

ステルスが必死になって床に落ちた自分の髪を拾い集めていた。

その姿が、非常に滑稽で、そして切なかった。

「・・・は、はぁ・・・も、もう良いだろ。茶番はこのくらいにしよう・・・」

僕は必死で笑いを押さえつけた。

こうして皆でバカやっているのも悪くは無いけど、あいにくと僕らには仕事がある。こうしている時間も、本音を言えば勿体ないのだ。

だけど・・・

「・・・・・・・・・く」

それでも、目の前の床に這いつくばってもぞもぞ動く男の顔を見ると、

「・・・はぁ・・・はは・・・は、わは・・・わははははっ!」

笑ってしまう。

ステルスよ。

その髪型によって、お前はまた更に高みに上がってしまったぞ。




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