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Ⅰ.エメラルドの訪問

 コツコツ、と小さな音が聞こえた。


 ペンを持つ手を止めて窓に目をやると、小鳥が一羽、からっぽの鉢植えにとまっている。


「セレー」


 同じところから、今度は人間の声が聞こえた。


 小鳥の正体を察したセレーは、ペンを置いて立ち上がる。


「こんにちはリリカちゃん。今日はずいぶんとかわいらしい姿をしているのね」


 セレーが窓を開けて挨拶をすると、次の瞬間、小鳥はしかめっ面の少女に姿を変えた。


「他の魔法瓶をぜんぶ壊したの、誰だっけ?」


「わたしだわ」


 セレーは楽しそうに笑った。


 リリカがますます表情を険しくしたのにも構わずに、鈴が転がるような声で笑っている。


「まったく、今度は一体なんの用? この私を呼び出したからには、またくだんない用事だったら承知しないわよ」


「あ、そうだった!」


 ぽんと手を叩いて、セレーは奥の部屋に姿を消す。


 やがて、両手に綿のかたまりを抱えた彼女が出てきた。


「じゃ〜ん」


「……なによ、これ?」


「いっしょに人形を作ろうと思って!」


「……」


「このあいだ街に出たときね、小さな女の子が、かわいい兎の人形を持っていたのよ」


 リリカは懐にしまったばかりの魔法瓶を無言で取り出した。


「あぁ〜まって、帰らないで!」


 セレーは綿を宙に放り、慌ててリリカの魔法瓶を持っている方の手を止めた。


 綿はふよふよと放り投げたままの状態で浮いている。彼女の魔法がかかっているらしい。


「くだんない用事で呼び出すのはヤメテって言ったわよね?」


「くだらないかしら……」


「くだんないわよ! なんでこの私が人形なんて……」


「でもリリカちゃん、こういうの好きでしょ?」


 セレーがにっこり微笑むが、リリカは冷たい目で一蹴した。


「それはあんただけ」


「え〜?」


 不満げに頬を膨らませるセレーに、リリカはため息をついた。


 まったく、セレーはいつもこうだ。魔力の量も魔法の質も並大抵のレベルではないのに、本人がしかるべき使い方をしようとしない。


 それどころか、魔力のない非力な人間の文化にうつつを抜かし、日々遊び呆けている。


 同じ魔女として、誰よりも近い力を持つ者として、魔女らしからぬ彼女の生き方を認めることなどできない。


「そうだ、もし人形作りに付き合ってくれるなら、わたしが壊しちゃったリリカちゃんの魔法瓶、ぜ〜んぶ作り直してあげるわ!」


「ぜっ、ぜんぶ?!」


 リリカはギョッとして、思わず声を荒げた。


 全部というとそれは、セレーが壊したおよそ十の変身魔法瓶全てのことだろうか。


 魔法瓶の生成には、非常に多くの魔力を必要とする。そのためたったひとつを作るのにも膨大な時間がかかるのだ。


 さらにリリカが所持していた魔法瓶はどれも高位魔法瓶だ。


 高位魔法瓶を作成できる魔法使いは、この広い世界の中でも片手で数えられるほどしかいないだろう。


 リリカの十の変身魔法瓶にはそれぞれ蝶、猫、虎、鯱などの多様な生き物の魔法が込められていた。


 それがたった一日セレーに付き合うだけで全て元に戻るのなら、リリカにとっても悪くない話である。


 それに小鳥の姿での長距離移動は、存外大変なのだった。


「もう、わかったわよ! ちゃんとぜんぶ元通りにしてよね?」


 半ばやけになってリリカが言うと、セレーはぱっと顔を明るくした。


「ほんとう?! やったぁ」


 いつの間にやら綿は机にちょこんと固まって座っていて、その傍らには裁縫セットが並んでいた。


 魔法を使えば、あんなものいらないのに。


 リリカはため息をひとつついた。


「ちょっと、いい加減この手を離しなさいよ」


「あっ、そうだった」


 白い手が引っ込んだ。


 リリカは魔法瓶を懐にしまい、諦めて家の中へ入っていくのだった。

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