大神殿婚礼係の見た、少し不器用な恋のかたち①
普通、この二人はお互いを選ばない。
少なくとも、私はそう思った。
前例がないわけじゃない。
勇者が魔王を連れて来た時も、魔王軍の幹部が聖職者の娘と真顔で席に着いた時も、婚礼係として営業スマイルのまま乗り切ってきた。たぶん。
それでも、このお二人が席に着いた瞬間、心の中で鐘が鳴った。
警鐘である。
まず新婦。
三十代前半。
日に焼けた肌に、笑うと見える古傷。
けれど、その傷は少しも気の毒に見えなかった。むしろ全部、自分で勝ち取ってきた人生の印みたいで、妙に晴れやかだった。
どう見ても強い。
ただ腕が立つだけじゃない。危ない場所へ先に足を踏み入れて、厄介ごとまで景気よく引き受けて、ついでに周りまで明るくしてしまうような強さだ。
顔立ちはきつめの美人。
黙っていれば緊張するのに、笑うと一気に空気がやわらぐ。
華があって、勢いがあって、でも不思議と人を安心させる。
ああ、この人はずっと、自分の足で前へ出てきたのだろう。
そう思わせる新婦だった。
だから私は、勝手にこう思った。
この人の隣に立つなら、同じくらい派手で、同じくらい景気のいい男だろうと。
対して新郎は五十代前半。
武器屋の息子さんだと紹介された時、心の中で「息子さん、長く息子さんをしておられるな」とは思ったが、婚礼係は思ったことを全部口にしていい仕事ではないので飲み込んだ。
派手な人ではない。
大柄でもないし、声を張る感じでもない。
けれど、妙に目が離せない静けさがあった。
変なお客が来ても声を荒げず、相手の話を最後まで聞いて、それでも譲らないところは譲らなさそうな静けさ。
隣にいると、たぶん落ち着く。
そういう種類の人だった。
ただ私は、その時まだわかっていなかった。
この人が穏やかに見えるのは、何も知らないからじゃない。知ったうえで受け止めているからだと。
お二人が席に着いて、ここまでで十秒ほど。
第一印象なんて、そのくらいで決まる。
「本日は大神殿までお越しいただきありがとうございます」
婚礼係の心得その一。
まず新婦の味方になる。
初対面なら、たいていは装いを褒めるのが早い。
「新婦様、とてもお似合いです。新婦様らしいお召し物でいらっしゃいますね」
新婦は肩をすくめた。
それから隣の男を顎で示す。
「ああ。こいつが選んだ」
私は新郎を見た。
新郎は少しだけ目を逸らした。
「動きやすい方がいいと思った。お前、気分が上がると歩幅が広くなるからな。……それでも似合うものにした」
新婦が一瞬だけ黙る。
あ、と思った。
この人はこういうので効く。
派手な賛辞じゃなく、自分をわかった言葉に弱いのだ。
「防御力は、折り紙付きだ」
新婦が言うと、新郎の耳がうっすら赤くなった。
ちょっと待ってほしい。
初手からその空気は聞いていない。
「ごほん。ではまず、ご婚礼の雰囲気についてご希望を伺ってもよろしいでしょうか。厳かにも、華やかにも整えられます」
「派手にしてくれ」
新婦が即答した。
厳かでも、華やかでもなく派手。
迷いがなさすぎて、こちらが用意した選択肢に申し訳なさが出る速さだった。
「まあ、素敵でございます。たいへん印象に残るお式になりますね」
私は笑顔で受ける。
婚礼係の笑顔は、だいたい職務でできている。
「せっかくだしな。入場の時、角笛は四つくらい鳴らしたい」
「四つ、でございますか?」
「足りんか?」
「いえいえ、足りる足りないではなく、まず用途を確認したいのですが?」
「入場だ」
「……花嫁入場でございますよね?」
「そうだ」
将軍の出陣ではなく。
「めでたいだろう」
どうやら先方の“めでたい”は、だいぶ勇ましい方向に育っているらしい。
私は新郎を見た。
ここで穏当な制止が入る。
……はずだった。
新郎は新婦を見て、少しだけ口元をゆるめた。
「いいな」
あ、いいんですね。
「お前がそういう顔をしてる時は、派手なくらいでちょうどいい」
新婦は得意げに笑ってから、当然みたいに新郎を見た。
通るかどうかを決めるのは、結局こっちなのだと言わんばかりに。
この人はただ甘いんじゃない。
新婦が何に機嫌よく火がつくか、ちゃんと知っていて乗せている。
「四つ鳴ると景気がある」
「まあ、たいへん勇ましくてございますね。特別手配になりますので、金貨はかなり積んでいただく形にはなりますが……」
これは婚礼係の護身術である。
真正面から無理ですと言うより、まず高くする。だいたいの夢は、そこで一度だけ理性を取り戻す。
……はずだった。
新婦は目を輝かせた。
「かなり、っていくらだ?」
やめてほしい。
出せる側の目で聞かないでほしい。
「ええと……管数と吹き手の格にもよりますが……」
「じゃあ最後、誓いのあとにもう二つ足してもいいな」
増えたよ。
普通、見積もりは夢を減らすためにある。
私はもう一度、新郎を見る。
今度こそ止めてほしい。
「それもいいな」
よくないのでは。
「帰り際までめでたい方が、お前らしい」
新婦は、今度こそ隠しもしなかった。
にやっと笑って、完全に機嫌がよくなっている。
婚礼係としてはだいぶ困る。
見ている分には、かなりいい。
「では、その方向で試算だけ先に出してみます」
私は書付に、とりあえず角笛と書いた。
司祭にこれを見せた時の顔は、ちょっと見てみたい。
「次に祝宴のお料理ですが、なにか外せないものはございますか。猪、山鳥、湖魚、若い飛竜あたりまでは前例がございます」
「竜だな」
新婦が明るく言った。
はい、当たりました。最初の嫌な予感が。
「火竜がいい。脂がうまいし、見栄えもする。ワタシが北の尾根で落としてくる」
「……確認ですが、祝い膳の食材を、花嫁ご本人が狩ってこられるご予定で?」
「早いぞ」
早い遅いの話ではない。
「まあ、なんと豪勢な。特別手配であれば可能性はございますが、成竜級となりますと、解体師、保存術師、料理人まで別手配になりますので、金貨はかなり――」
「いくらだ?」
やっぱりそこは逃がしてもらえない。
「その……竜種と部位によりまして……」
「腿がいいな。骨も使えるか。飾りに」
神殿の婚礼卓に竜骨の中央装花。
前例は、ないままでいてほしい。
私はまた新郎を見た。
今度こそ、さすがに止めてくれるはずだ。
新郎はしばらく黙っていた。
新婦を見て、それから言った。
「だめだ」
ああ、助かった。
私はあやうく神に感謝するところだった。
新婦が眉を上げる。
「金か?」
「ちがう」
新郎は低く言った。
「婚礼の三日前に火竜を狩るな。怪我したらどうする」
新婦が、見る間に赤くなっていく。
さっきまで「腿がいいな」と言っていた人が、である。
人は意外なところで乙女になる。
「……おまえ」
新郎は少しだけ言葉に詰まった。
「とにかく、周りに迷惑をかけるな」
新婦は口元を押さえたまま笑っている。
「ワタシのことを心配したんだな」
「ああ」
また即答だった。
新婦は嬉しそうな顔をした。
「じゃあ竜は別日だな」
「そうしろ」
「婚礼の翌週ならいいか」
「それは好きにしろ」
よし、ではない。
いや、婚礼の翌週なら神殿の管轄外なので、そこは好きにしていただいて構わないのだが。
私は笑顔を崩さず、書きつけに「竜 別日」とだけ記した。
婚礼係という仕事は、ときどき自分でもよくわからないことを書く。
「では、お料理は竜以外の方向で整えまして。次に、引き出物についてですが」
「短剣はどうだ」
早い。
「……確認ですが、引き出物は武器でお考えなんですね?」
「そうだ」
火竜の次が短剣なの、会話の棚としてだいぶ物騒である。
「親しい連中にだけ配る。小ぶりのやつだ」
私は新郎を見た。
さすがに今度は、少し困った顔くらいしてくれてもいい。
「いいな」
あ、これもいいのですね。
「小ぶりなら使えるし、こいつらしい」
この男、本当に新婦の“らしさ”で全部判断しているな。
「まあ、実用的で素敵でございますね。たいへん印象には残ります。ただ、鍛冶代と鞘まで含みますと、金貨はかなり――」
「いくらだ?」
やはりそこは来る。
「本数にもよりますが……ご列席の人数分となりますと、可愛らしい額では済まなくなります」
新婦がそこで、初めて少しだけ計算の顔をした。
竜は感覚で押し切ろうとしたのに、短剣は考えるのか。たぶん本人の中で、狩るものと買うものは財布の棚が違うのだろう。
「じゃあ親しい連中だけにするか」
「それならいい」
新郎が言う。
この人は、何でも賛成するわけじゃない。
通していいものは通す。だめな時だけ止める。
それが新婦にちゃんと伝わっているのが、端から見ていてわかる。
「では、その方向で。柄頭に家紋や誓いの日付を入れる細工もできますよ」
「それはいいな」
新婦がぱっと笑った。
それから、またちらりと新郎を見る。
うれしい時ほど、見せにいく先はここなのだ。
「だろう」
新郎も短く言う。
最初に私が想像していた“苦労性の新郎”とは、まるで違う。
この人は苦労しているのではない。楽しんでいるのだ。この景気のよさを、ちゃんと。
「では、だいぶ形が見えてまいりましたので、最後に司祭さまへお伝えするための確認を一つだけ」
私は台帳を閉じ、少しだけ声を整えた。
ここは神殿式でいちばん好きなくだりである。変わったお二人ほど、最後の一言だけは妙にまっすぐ出る。
「神殿式では、お二人が“どうしてこの方なのか”を、誓いの前に一言ずつご紹介する習わしがございます。差し支えなければ、お聞かせいただけますか」
新婦は、ほとんど間を置かなかった。
「簡単だ」
簡単なのですね。
そういうことほど、たいてい簡単ではないのですが。
「こいつは、ワタシの無茶を笑って受け取ってくれる」
私は思わず顔を上げた。
新郎はわずかに眉を動かしただけで、否定しない。
「笑うんだよ、嬉しそうに。で、本当にだめな時だけ止める」
新婦はそこで、新郎を見る。
さっきみたいに押し通す目ではなく、少しだけ確かめるみたいな目だった。
「その“だめだ”は腹が立たん。ああ、ワタシのことを考えてくれてるってわかる」
新郎は短く息を吐いた。
笑ったのに近い、と思う。
「では、新郎さまは」
新郎は少しだけ黙った。
考えているというより、言葉を量っている沈黙だった。
「こいつといると、世界が広がる」
「はい?」
思わず聞き返してしまった。
「俺は武器屋だ。だいたい毎日、同じ棚を見てる」
新郎は新婦を見た。
真正面ではなく、横から。見慣れているものを見る目つきだった。
「だが、こいつはそこにないものを持ってくる。竜だの角笛だの、そんなものまで含めてな」
「褒めてるのか?」
「そうだ」
新婦が、ぱっと笑った。
ああ、本当にこの人は、それに弱いのだ。
「危なっかしいが」
と新郎は続けた。
「お前がいると、毎日が楽しい」
新婦は今度こそ、少し照れたように鼻を鳴らした。
私はそこで、最初の見立てを静かに引っ込めた。
普通、この二人はお互いを選ばない。
そう思ったのは本当だ。
でも、それは外から見た形の話だった。
そういうことか、と私は思った。
私はうなずいて、最後の行に小さく印をつけた。
角笛、飛竜、短剣、竜は別日。
台帳の中身としてはなかなか賑やかだが、不思議と、さっきよりずっとちゃんとした婚礼に見えた。
扉が閉まったあともしばらく、その行だけが妙に目についた。
竜 別日。
後日談⁻―――――
最初の一度目は角笛と火竜で終わった。
二度目は席順と親族の酒量で少し揉めた。
婚礼の打ち合わせも三度目になると、かなり親しくなる。
少なくとも私はそう思っている。
なので、つい聞いた。
「で、どうやって決まったんですか?」
私が何気なく聞いたのは、式次第の確認がひと通り済んだからだった。
いや、こういうのって気になるじゃないですか。
婚礼係、最終的にそういう話がたいへん好きなのである。
当人たちの口から馴れ初めを聞ける機会なんて、そう多くない。
新婦がにやりとした。
「ワタシが言った」
嫌な予感がした。
この人がその顔をする時、だいたい話が大きくなる。
「“そんなに心配なら、いっそおまえがワタシをもらえば早いんじゃないか”ってな」
私は手元の羽根ペンを止めた。
言いそう。
すごく言いそう。
言いそうすぎて、逆にその場の絵が見える。
新郎が補足した。
「店で言った」
「ほう」
「入口に獲物を引っかけたまま」
場面も強いな。
「返事は?」
「今日は閉店だと言われた」
「……」
……え、ここでそう来る?
新郎が低く言う。
「客の多い時間にする話じゃなかっただけだ。翌日、休みにした」
新婦が嬉しそうに笑う。
ああ、なるほど、と思う。
その場で好きだとか甘いことを言われるより、ちゃんと受け止められているとわかる方に弱いのだ。
「で、翌日また行った」
「行ったんですね」
新郎が言った。
「髪を整えて、化粧してた」
新婦の耳がみるみる赤くなる。
「言うな、そういうの」
新郎は少しだけ目を上げた。
「綺麗だった」
短い。
短いのに効く。
この人はたぶん、一生こうなんだろうな。
「それで?」
と私は急いで続きを促した。
婚礼係は職務上、こういう時だけ少し前のめりになる。
たぶん職務上。たぶん。
新郎は少しだけ黙った。
けれど、前みたいに言葉を惜しむ顔ではなかった。
もう決まった話を、短く切って出す時の顔だ。
「昨日言ったこと、冗談なら忘れろと言った」
「まあ」
「本気なら、俺は一生忘れん、とも言った」
私は思わず胸の前で手を組んだ。
神に祈る時と、たぶん同じ形だった。
それくらい、きれいに決まってしまったのである。
新婦は完全にご機嫌な顔で続ける。
「で、最後にな」
そこでもったいぶるのはやめてほしい。
婚礼係の心臓にも業務限界がある。
「“お前は放っておくと無茶をする。だから見てきた。これから先もだ。来るか”って」
私は静かに息を吸った。
ああ、と思う。
派手な言葉ではない。
角笛も火竜も出てこない。
なのに、このお二人にはそれで十分すぎるほどだったのだろう。
「新婦さまは、なんと?」
新婦は胸を張った。
「“おう”って言った」
それだけか。
それだけらしい。
でも、それで済むのがこのお二人なんだろうとも思う。
新郎は横で、わずかに目を伏せた。
照れているのかと思ったら、そのままぽつりと言った。
「そのあとで、入口を血で汚すなと言った」
私は顔を上げた。
新婦が机を叩いて笑う。
「そこがこいつなんだよ!」
「大事なことだ」
「求婚の直後に言うことじゃない!」
私はつい吹き出した。
婚礼係としてはだいぶ失格なのだが、そこはもうお許しいただきたい。
無理である。
笑いながら、それでも私は思った。
ああ、やっぱりこの人たちはそうなのだ。




