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異世界ざまぁ短編集

その婚約破棄、後悔しても取り消せません

作者: 葉月いつ日
掲載日:2026/02/12

 王立学園の大講堂は、異様なざわめきに包まれていた。

 その中心に立たされているのは、私──シルエッタ・クロフォード。


「シルエッタ・クロフォード。君との婚約を、ここに破棄する」


 そう高らかに宣言したのは、第一王子アルベルト殿下だった。


 一瞬、頭が真っ白になる。

 けれど、周囲の視線と、ひそひそとした囁き声が、現実を否応なく突きつけてきた。


「やっぱりね……」

「平民出身だもの」

「殿下には釣り合わないって言われてたじゃない」


 私の家は没落貴族。

 形式だけ残った爵位と、かろうじて学園に通える程度の財力。

 そんな私が王子の婚約者だったこと自体、最初から“仮”だったのだろう。


 ──けれど。


 出会った頃の殿下は、今とは違っていた。


 学園に入学したばかりの頃、私は貴族令嬢たちの輪に馴染めず、図書室で一人過ごすことが多かった。

 そんな私に、殿下は気さくに声をかけてくれたのだ。


「無理に笑わなくていい。君は、そのままでいい」


 誰もが私を値踏みする中で、殿下だけが、私の話を静かに聞いてくれた。

 魔力が弱くても、派手さがなくても、目の前のことに誠実に向き合う姿勢を「美徳だ」と言ってくれた。


「君は、強くはないが──実直だ。王家には、そういう人間が必要だと思う」


 その言葉に、私は救われた気がした。

 そして殿下もまた、私の不器用な優しさと、決して嘘をつかないところに、確かに心を寄せてくれていた。


 だからこそ、婚約の話が出たとき、私は信じてしまったのだ。

 この人となら、共に歩めるのだと。


「理由はお分かりだろう?」


 現実へ引き戻すように、アルベルト殿下は私を見下ろすように微笑む。


「君は無能だ。魔力も才能も乏しく、王妃の器ではない。それに──」


 そこまで言うと殿下は目を細め、冷え切った眼差しで言い放った。


「地味だな。見栄えがしない」


 かつて「実直だ」と言ってくれた人の口から出た言葉とは思えなかった。


「それに──」


 殿下は背後を振り返り、金色の髪の少女を手招きした。


「僕には、真に愛する女性ができた」


 少女は恥じらうように微笑み、殿下の腕に絡みつく。

 子爵令嬢、セシリア・フォン・ルーク。

 最近になって殿下と急速に距離を縮めたと、華やかに噂されていた相手だった。


 二人の距離が縮まったきっかけは、半年前の舞踏会。

 殿下が人混みで転びかけたところを、セシリアが咄嗟に支えたのだという。


「殿下をお守りできて光栄ですわ」


 潤んだ瞳でそう告げる彼女に、殿下は一目で心を奪われたらしい。

 それ以来、彼女は“殿下の理解者”として、私の代わりに隣に立つようになっていった。


「シルエッタ様、ごめんなさい。でも……殿下と真実の愛で結ばれてしまったの」


 同情を装ったその言葉に、胸の奥が冷たくなる。


 ──なるほど。

 これが、私の役目の終わり。


「異論はないな?」


 殿下の問いかけに、講堂の全員が私の返事を待っていた。


 私は、静かに一礼した。


「……はい。承知いたしました」


 どよめきが走る。

 泣き縋るでも、抗議するでもない私の態度は、彼らにとって意外だったのだろう。


「ただし」


 顔を上げ、殿下をまっすぐに見据える。


「一つだけ、確認させてくださいませ」

「何だ?」


「これは──王子殿下ご自身の意思による、正式な婚約破棄。いかなる理由があろうと、後日取り消すことはできません。……よろしいですね?」


 殿下は一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに嘲るように笑った。


「当然だ。君に縋られることなど、二度とない」

「かしこまりました」


 私は深く頭を下げ、その場を後にした。



 ∮∮〜〜〜∮∮〜〜〜∮∮



 婚約破棄から半年。


 王都は、かつてない混乱に陥っていた。


 魔獣の異常発生。

 交易路の崩壊。

 王宮魔術師団の結界が、次々と破綻していく。


「なぜだ……なぜ修復できない!?」


 玉座の間で、アルベルト殿下は苛立ちを露わにしていた。


「殿下……」


 恐る恐る、一人の老臣が進み出る。


「北門の結界ですが、応急修復を三度試みましたが、すべて失敗しております。魔力量は足りているはずなのに、循環が噛み合わず……以前のように安定しないのです」


「魔力量が足りぬなら、増員すればよいだろう!」


「いえ……問題は量ではなく“調整”です。結界全体を見渡し、歪みを均す者が……今の王宮には、おりません」


 その言葉に、殿下の指が玉座の肘掛けを強く掴んだ。


「殿下……以前は、結界の調整をすべてシルエッタ様が……」


 側近の言葉に、殿下は顔を歪める。


「馬鹿な。あんな女が、王宮魔術を担っていたなど――」


 だが事実だった。


 私の魔力は、派手さこそない。

 けれど“調整”と“維持”に特化した、極めて希少な資質を持っていた。


 王宮結界、貴族街の魔力循環、交易路の安定化。

 それらはすべて、私が裏で支えていたものだ。


 婚約者という立場だからこそ、私は名もなく、評価もなく、ただ責務を果たしていただけ。


「殿下!」


 今度は、交易を管轄する若い官僚が、声を張り上げた。


「南方交易路の魔力結節点が崩れています。このままでは、今月中に物流が完全に止まる恐れが……! 以前は、シルエッタ様が定期的に微調整を行ってくださっていたからこそ、持ちこたえていたのです!」


「……それを、なぜもっと早く言わぬ」


「申し上げておりました……ですが殿下は、『無能な女の仕事など、誰にでもできる』と……」


 その言葉は、玉座の間に重く落ちた。


 そして今──それを担う者は、誰もいない。


「シルエッタを……呼び戻せ」


 殿下は、絞り出すように言った。



 ∮∮〜〜〜∮∮〜〜〜∮∮



 王宮からの使者が訪れたのは、その翌日だった。


「シルエッタ・クロフォード様。王子殿下が、面会を──」

「お断りします」


 私は、即答した。


 今の私は、辺境伯領で魔術顧問として働いている。

 正式な契約、正当な報酬、そして──必要とされる場所。


 辺境伯は、私の仕事に一切の口出しをしない。

 提示されるのは“目的“だけで、手段はすべて私に委ねられていた。


 結界の安定化が成れば、成果として記録され、名も正しく残る。

 それだけで、胸が驚くほど軽くなった。


 また、街を巡回すれば、商人や兵士たちが自然に声をかけてくる。


「シルエッタ様のおかげで、夜も安心して眠れます」

「結界の揺らぎが消えて、交易が戻りました」


 誰かの役に立っていると、はっきり言葉にしてもらえる日々。

 それは、かつて王宮で味わうことのなかった、確かな満足だった。


「ですが……」


 使者は一歩踏み込み、声音を落とした。


「殿下は、今回に限り、条件を大幅に改めると仰せです」


 私は、視線だけを向ける。


「王宮魔術師団の最高顧問の地位。専属の補佐官と研究予算。身辺警護の強化と、貴族たちからの一切の干渉を遮断する勅命」


 一瞬の沈黙。


「そして──」


 使者は、息を整えるようにして続けた。


「改めて、正式な婚約を。今度こそ、対等な立場で迎えたいと……殿下は」


 私は、しばらく黙っていた。

 条件の重さを量っていたわけではない。

 もう答えは、とっくに決まっていたからだ。


「後悔、ですか」


 窓の外には、安定した魔力の流れに守られた街が広がっている。


「申し上げたはずです。その婚約破棄、後悔しても取り消せません、と」


 私は振り返り、静かに告げた。


「殿下が手放したのは、婚約者ではありません。王国を支える要でした」


 一拍置いてから、私は言葉を選ぶように続ける。


「それから……」


 使者が、わずかに身を強張らせたのが分かった。


「殿下には、こうお伝えください」


 私は、穏やかに微笑んだ。


「可愛くて可憐で、実直なセシリア嬢と──どうか、お幸せに」


 その一言で、使者の顔色がはっきりと変わった。

 それが“拒絶”であり、“祝福”であり、そして完全な決別であると理解したのだろう。


「……承知いたしました」


 深く頭を下げ、使者は退室した。


 私は、もう一度だけ窓の外を見る。

 辺境の街は、今日も安定した魔力に包まれている。


 後悔するのは、選んだ者の自由。

 けれど、選ばれなかった私は──もう、前に進んでいるのだから。



              〜〜〜fin〜〜〜




貴重なお時間を使ってお読み頂き、本当に有難うございました。

興味を持って頂けたならば光栄です。


作者のモチベのために★★★★★やいいねやリアクションを残して頂くと幸いです。感想などもお待ちしております。


ブクマ頂けたら……最高です!


シリーズ『異世界恋愛の短編集!』の中の作品も、合わせてお楽しみください。

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