私として生きること
僕がこの世界に転生してきて、数年の月日が経ち、今はどうかというと──
ピピー!!ピピー!!
けたたましい機械音に起こされた僕は、まだ眠たい目を擦りながらゆっくりと起き上がり、目覚まし時計を止めた。
「うぅ…寒っ…」
季節は十二月の真冬。ツンとした冷気が身にしみる朝に気だるさを感じながら、僕は自室を後にした。
階段を降りてまず向かうのは、リビングだ。
「母さん、おはよ」
「おはよう、勇希奈。朝ごはん作っといたから、早く顔洗ってきなさい。あと、髪もちゃんと梳かすのよ」
「はーい」
母の言う通りにまずは歯を磨き、顔を洗う。男であればここまでで終わりだったのだが、今僕は女だ。
肩くらいまで伸びた髪を梳くのも、女として生きていくには必要なことらしい。
まぁ、髪質は母に似てクセもなくサラサラなのは、遺伝子に感謝せざるを得ないだろう。
朝の簡単な身支度を終え、母の作った朝食を食べに再びリビングへと向かう。
母はご飯はなるべく出来立てを食べてほしいらしく、毎朝僕の起きてくる時間をある程度見計らって作ってくれている。
おかげで僕は毎朝、温かい作りたてのご飯が食べれている。しかも、朝夕ともにバランスをちゃんと考えて作られているためか、体調も崩すことはめったにない。
そんな時、母が僕を呼ぶ声が聞こえる。
リビングへと戻ると、僕はあることに気がつく。
「はぁ…舞依華たちまた?」
「そうなのよ。悪いけど起こしてきてくれない?」
「はーい」
実はというと、僕が生まれて数年の間に下に二人の妹と弟ができたのだ。
妹は僕より二つ下で小学校四年生の舞依華、弟は三つ下で小学校三年生の桜士郎の年子である。
二人は僕とは別で、僕の部屋の隣で共同部屋となっている。さすがに一部屋に三人は狭すぎるため、割としっかりしている僕は、去年から早々に一人部屋へ移ることになったのだが、ここで問題が発生した。
それまで同じ部屋で過ごしていたので、僕が起きたらついでに二人も起こしていた。起こす役がいなくなったらどうなるか。それはもう、想像することは容易だろう。
まぁ、僕も両親に頼られるというのも悪くないし、なにより初めてできた妹と弟だ。
上手く接していられているか、若干不安はあるけど、なるべくお手本になるようにはしたいところだな。
そんなことを考えながら部屋に入ると、まだ二人は二段ベッドの中で夢の中のご様子で、特に上で寝ている桜士郎は特に寝相が悪く、掛け布団が今にも落ちそうである。
やれやれと思いながらも、まずは舞依華の方から起こしていく。
「おーい、舞依華!いい加減起きな!」
「うーん…もうちょいいいじゃん…」
「良くない。起きないなら、こうだ!」
そう言うと僕は、舞依華の掛け布団を勢いよく引き剥がした。
「うわっ!寒っ!お姉ちゃんなにすんのさ!」
「アンタが中々起きないからでしょ?ほら、さっさと下行くよ」
「もう…しょうがないなぁ」
「ふぁ〜あ。あ、ユキ姉おはよ」
下の喧騒が耳に入った桜士郎が、つられて起きた。
「おはよ、桜士郎」
そう言って桜士郎は、父に似た天然パーマをボサボサにして二段ベッドから降りてきた。
未だに眠そうな二人を連れてリビングへ行くと、そこには丁度朝ごはんを作り終えた母が、後片付けをしながら待っていた。
「二人とも起きたよー」
「ありがと。じゃあ勇希奈、冷めないうちに先食べちゃって」
「はーい」
こうしてやっと母の朝食にありつける。これが鞘師家の朝の日常である。
「そういえば、父さんはもう仕事なの?」
「まあ、人気の弁護士ってのは忙しいものよ」
詳しくは知らないが、どうやら父はかなりやり手な弁護士らしく、朝起きるともう家にいないことの方が多い。
だけど、ちゃんと学校の行事には参加してくれるあたりは良い親なのだろう。
僕が朝食を食べていると、身支度を終えた二人がリビングへとやってきた。
二人が朝食にありつくのを傍目に僕は、朝食が終わるのもいつものことである。
後片付けをし歯を磨き終えると、僕のスマホに一件の通知が届いた。
このスマホは、父がそろそろ僕にも持っておいた方がいいとして半年前に買ってくれたものだ。
最初は未知の道具にかなり驚かされたし、魔法でもないのに遠くの人とやり取りができるなど戸惑いもあったけど、 慣れとは怖いもので今では普通に扱える。全く便利なものだ。
話を戻して通知の内容はというと──
【おはー。もうちょいで勇希奈んち着くよー】
僕は【りょーかい】と返信し、あらかじめ玄関に置いておいたランドセルに手を通す。
そして振り向いて一言、母に「行ってきます」と言うと、リビングから「いってらっしゃーい」と返ってくるのを聞いてから、玄関のドアを開けて家を後にした。
少し玄関外で待っていると、一人の女の子が小走りで駆け寄ってきた。
「おはよー、勇希奈ー」
「おはよ、万理華」
この女の子は尾野万理華といい、保育園からの付き合いだ。
万理華は保育園の頃、どうやって友達を作ればいいのかわからなかった僕に、初めて話しかけてきてくれた子で、話してみると以外と気が合ったのもあり、今まで仲良くしてもらっている。
「今日も寒いねー」
「マイナス一度だってさ。さっき天気予報でやってた」
「マジかー。ところでさー、勇希奈はこの間のテストどーだった?」
「うーん。まぁ、それなり?にはね」
「はぁ…その反応からして、また学年トップだな?全く、この優等生め」
今僕は小学校六年生であるが、ここまで生きてきて楽しかったことはいくらでもある。その中でも勉強は、すごく楽しい。
前世では戦いしかしてこなかった僕は、最初勉強と聞いた時、正直不安しかなかった。
だが、この世界にはそれを払拭する素晴らしい施設があった。そう、学校である。
わからないところがあれば、先生がちゃんと教えてくれるし、なにより難しい問題ができた時の達成感だったりが僕には心地よく感じた。
その甲斐あってか、今のところは成績は良いみたいで、通知表は全て五を獲得できている。
まさか僕にこんな才能があったとは。人とはどこに能力が隠されているか、本当にわからないものだと、この世界に転生してきて思い知らされたものだ。
「そういえばさ、私らって来年から中学じゃん?」
「まぁ、そうだね」
「ズバリ聴くけど勇希奈って、どうなの?」
「どうなのって…どういうこと?」
「いやだってさ、勇希奈って成績優秀だし、運動神経は言わずもがなじゃん。おまけに、容姿端麗じゃん」
「万理華だって可愛いよ?」
「この、おバカ。大和撫子みたいなアンタと比べんな!」
万理華はちょっと照れくさそうに顔を赤らめ、僕のおでこを軽くチョップした。
「実を言うとさ、私桜庭先生に放課後呼び出されてるんだよね」
「それは…勇希奈の進路のことで?」
「あなた、星城女子に行く気はないかって…」
「マジ?え?判定は?」
「一応Aだったよ」
僕がそう答えると、万理華は意外な反応をしてきた。
「すごいじゃん!そうか、とうとう私らの小学校から、そんな子が現れたのか」
「いやいや、まだ行くとは…」
「え?行かないの?」
その問いに答えようとした時、ちょうど校門前にいた教頭先生から、もうすぐチャイムがなるぞと声をかけられ、僕は結局彼女の問いに答えられなかった。
席につき、朝礼が終わり早速授業が始まるが、いつもならスッと入ってくる授業内容も、今日はどこか入りが悪いように感じる。
おかしいな。別に風邪でもないし、どこか身体の具合が悪いわけでもないのに。
だが僕は、きっと授業が進んでいけば気にならなくなるだろうと、そのまま授業に没頭することにした。
だがしかし、授業は進むのに一向に頭に入ってこない。それどころか、うわべの空で全く今日は集中できていない。
授業が終わって、いつものように万理華に話しかけようともするけど、なぜだか僕からは上手く話しかけられない。
しょうがないから他の子らと喋ろうにも、いつもように気分が乗らない。
そんな悶々とした一日が終わり、放課後に僕は職員室の端にある応接用の椅子に、さっき来たばかりの母と腰掛けていた。
しばらくすると、白髪混じりの男性教諭が小走りで駆け寄ってくる。
「いやぁ、お待たせしてすみません」
「いえいえ。お構いなく」
「ありがとうございます」と軽く会釈をした僕のクラスの担任である桜庭先生は、ゆっくりと腰掛けて切り出した。
「どうです?その後は」
「母親である私としては、嬉しい気持ちがないわけではないです。しかし、決めるのはこの子です。私は、この子の答えを待ちます」
「勇希奈くんは、どうかい?」
「私は…」
答えようとするが、口にする瞬間になぜだか心がチクッとした気がして言葉に詰まる。
僕だって嬉しくないわけじゃない。頑張りが正当に評価された証でもあるのだから。でも。
「すみません…私、まだ…」
「そうですか。まだ時間はあります。じっくり考えてみてください」
そう言うと先生は、母ともう少し話したいらしい。母から車の鍵をもらって助席で待つことにした僕は、車の窓越しに夕日に照らされた空をぼーっと眺めていた。
少しすると母が校舎から出てきて車に乗り込み、エンジンボタンを押す。
そんな時、ポケットのマナーモードになっていたスマホがブーブーとバイブする。
取り出して画面を見ると、そこには【マリカー】のニックネームと共に見慣れた文面があった。
【やほー、面談終わった?図書係が今終わったから、まだ学校いるなら一緒に帰らん?校門前にて少し待つ!】
「ごめん、私やっぱり歩いて帰るから!」
そう言葉を残した僕は、片手にスマホを握りしめて駆け出していた。
息を切らして校門に来てみると、そこにはスマホをいじりながら校門に寄りかかる万理華の姿がある。
いつものように話しかけようとするけど、やっぱり何故だか心の奥底がチクッとする。
【あぁ、もう。なんなんだよこれは】
そう思いながら話しかけられずにいると、万理華が唐突に視線を横に向け、視線が合ってしまった。
「おっす。お疲れさま」
「う、うん」
【なんだよ。その返事はさぁ!もっと、こう!なんかあるんじゃないのか!?】
歯切れの悪い返事にイラついている自分のことなど知る由もない彼女は「んじゃ、帰るか」と言って先に歩き出した。そして僕は、その後ろを少し間隔を開けてついていく。
しばらく無言が続き、帰り道の半分くらいまで来たところで万理華が唐突に切り出す。
「なーんかさ、隣のクラスの賢人くんいるじゃん?さっき告られちった」
さらりと衝撃的発言である。
ちなみに賢人とは、隣のクラスに属するスポーツ万能のイケメン男子である。
「で?なんて答えたの?」
「つまらない。パス」
これは酷い。下手したら幼気な男の子の心に致命傷を与えかねない。だが、僕は──
「ぷっ…!あっはははは!」
不謹慎かも知れないが、思わず噴き出してしまった。全く万理華らしいったらありゃしない。
それにつられるように万理華まで噴き出し、気がつけば二人で腹の底から笑っていた。
その時僕は気づいたんだ。あの心にチクッとした感覚の正体に。
その正体にちゃんと向き合う。そう決めた僕は、道中にあった公園のベンチに万理華と一緒に座った。
「ごめん、万理華。登校の時の進路の話まだ途中だったよね?」
僕がそう切り出すと万理華は、静かに頷く。
「私、正直言うとさ…星城女子行きたいんだよね」
「そっか」
「でも。でもさ、やっぱり……やっぱり私」
「寂しい?」
僕は震えながらコクリと頷いた。
前世の勇者だった頃には無かった【寂しい】という感情。僕は、その初めて感じた【寂しい】が怖かったんだと思う。
そして無意識の内に逃げていたんだ。
色んな感情がいっぺんに襲ってきた僕の頬には、いつの間にか熱いものが溢れ出していた。
「そんなに寂しい?」
「…うん」
「そっか…。うん、そっかぁ…」
【あれ?なんか万理華がよそよそしいぞ?】
そう思って僕は涙を拭い、再び彼女に視線を戻すと、なにやらカバンから取り出して一枚の紙を取り出して見せてきた。
「実は、私も模試受けててさ…。勇希奈みたいに特別推薦枠じゃなくて一般入試だけど、一応…」
そこには判定Aと書かれた紙が、そよ風に揺られてなびいている。
「…ということは…?」
「一応、私も星城女子に行ける…みたい」
「…マジか」
いろいろ言いたいことはあったが、全身の力が抜けたようで言う気にはなれなかった。
しかし、これだけは言いたかった。
「さっきまでの私の涙を返してよ…」
「ほんとにごめんて。ね?友よ」
「うるさいなぁ…」
そしてまた二人で笑いあった。
その頃には、僕の心に刺さっていたチクッとした感覚も無くなっていたのだった。
数多くの素晴らしい作品の中から、自分の作品を手に取っていただき、ありがとうございます。
まだまだ拙いですが、勇希奈の成長と共に温かく見守っていただけるとありがたいです。




