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そうして僕は転生したんだ

 人というのは、いつどこで人生の終わりを迎えるのかわからないものだ。

 偉業を成し遂げて世界の歴史に名を刻む人もいれば、そうじゃない人もいるだろう。実際には、そちらの方が多いと思う。

 僕はどうだっただろうか。僕は──

 「どうも。やっとお目覚めですね」

 閉じていた瞼を開けた目の前には、黒服を着た謎の男が、仰向けで横たわっていた僕の顔を覗き込むように座っている。

 「はじめまして。お会い出来て光栄です。勇者アロン様」

 「…あなたは?」

 「おっと、失礼。私はここの案内人であるマシロと申します」

 このマシロと名乗る男が、なぜ僕の名前を知ってるのかという疑問よりも、真っ先に自分の口から出た言葉は、至ってシンプルだった。

 「僕は…確か…」

 僕は無意識にお腹をさすると、ある異変に気がつき、慌てて自分のお腹に視線を向ける。

 すると、そこにあるはずのモノが無く、様々な感情が入り乱れて言葉が出ない。

 「もしかして生きてるのかも?とお思いかもしれませんが、残念。あなたの命は、ちゃんと終わっております」

 「…なんで、僕が死んでいると?」

 「なんでと言われましても、ここはそういう場所なんですよ」

 そう言ってマシロは、懐から小さな鏡を取り出して僕に見せた。

 鏡に写っていた僕の頭の上には、一つの輪っかが浮かんでおり、触ろうとするがすり抜けてしまう。

 しかも、よくよく体を見ると薄っすら透けており、試しに頬をつねってみても痛みは無かった。

 「これでもまだご自身が死んでいないと?」

 マシロの問いに僕は静かに首を横に振った。

 まあ、ここまで生に対して否定的な現実を見せられては、嫌でも認めざるを得ないだろう。

 「で、死んだのはいいんですけど、世界は?魔王はどうなりましたか?」

 「誠に申し訳ないのですが、私はあなたが勇者だったという事しか知りません。ただの案内人ですし」

 サングラス越しでも分かるほどに、マシロは真っ直ぐ真摯に僕を見つめており、とても嘘をついているようには見えなかった。

 いろいろモヤモヤは残るけど、確かな手応えはあったし討ち果たしたと思うことにして、自分の気持ちに一旦区切りをつけた。

 「それで?死んだとして僕はこのまま天国へ行けるんですか?」

 「勿論。ですがその前に一つ提案があるんです」

 そう言ったマシロは指をパチンと鳴らすと、真っ白な空間から突如、映像が浮かび上がった。

 「これは…赤ちゃん?しかも…」

 映し出された赤ちゃんはへその緒に繋がれており、胎内の中であることが推測される。

 これを見せられてなんだというのだと、呆然と映像を眺める僕にマシロは、神妙な面持ちで切り出す。

 「この赤ちゃんは、あなたが生まれ育った世界とは別の世界で生まれようとしている子です」

 「別の世界?僕の世界の他にもあるんですか?」

 「当たり前です。他にも無数にありますよ」

 なるほどと思う反面、だからなんだというのか。見た感じだとなんの問題もなさそうだが。

 「一見なんの問題もなさそうでしょう?確かに肉体的にはなんの問題はありませんよ」

 「肉体的には?」

 「ええ、問題なのは中身です」

 そう言うとマシロは、赤ちゃんが映し出されている隣にもう一人の赤ちゃんの映像を出力した。

 そして指をパチンと鳴らす。すると、後に映し出された赤ちゃんの胸元には小さな炎のようなものがメラメラと燃えていた。

 「この胸元で炎のようになっているのが、いわゆる魂というやつです。でもこちらの赤ちゃんは…」

 先に映し出されていた赤ちゃんに目線をやると、胸元にはなにも無かった。

 「これは…どういう…?」

 「生き物というものは、まず魂がない限り生命活動すらできません。それがないということは…」

 そこから先、このままだと何が起こるかは僕でも分かる。

 「なんで…なんで、こんなことに…」

 「通常であれば、あの世の魂の循環システムが演算を行い、新たに生を受けようとする肉体の数に応じて魂を精製し、生命が世界に生まれてから間違えたことなどはありませんでした」

 「ではなぜ!?」と声を荒らげる僕の拳は、いつの間にか力いっぱい握りしめられていた。

 それに対し、マシロは冷静な口調を崩すことなく続ける。

 「実は、そのシステムに約一秒ほどのエラーが出たのです。こんなことは初めてだと私らはすぐに影響を調べた結果、とある影響が出てしまっていました」

 とある影響。それがなにを指すのか僕にはすぐに見当がついた。いや、ここまで聞いて察せないのもおかしな話か。

 「約一秒。その間に生まれたこの赤ちゃんには、入れる魂がありません。どうにかしようと模索する私らは、一つの可能性を見出しました」

 「可能性?」

 「極稀にですが、肉体が滅びて死んでもなお魂の生命力が強い方がいらっしゃいます。そういう方は、死んでから24時間以内であれば別の肉体を用意できさえすれば、また生きることが可能です」

 ああ、そういうことか。と、なぜ僕がこの場にいるのか今全てが理解できた気がする。

 「で、どうやるんです?」

 「良いのですか?」

 「あいにく僕は、元の世界に未練などありませんので」

 この言葉に嘘偽りなどはない。理由は至って簡単で、両親は僕の物心のつく前に亡くなっていたし、ずっと一人で戦っていたから親しいと言える友も仲間もいない。

 寂しいと思うかも知れないけれど、世界さえ救えればどうだってよかったんだ。それに、僕より弱い人達を連れてたって、足手まといになるだけだったし。

 「ではお願いしたいところですが、本当に良いのですか?ご両親に会えるかも知れないですよ?」

 「愚問ですね。顔も覚えていない両親と今更話すよりも僕は、あの子を救いたい」

 そう言う僕は、自然と頭を垂れていた。

 「勇者アロンとしてお願いします。僕の魂であの子を救わせてください」

 下げられた頭に対してマシロは一言「ありがとうございます」と言った。その声は、僕にはどこか微かに震えているようにも思えた。

 一つコホンと咳払いをした彼は、時間がないと言い早速準備に入るため、魔法陣のようなものを僕の周りに描いていく。

 あっという間に描ききったマシロは、呪文のようなものを唱えると、その魔法陣は青白く煌めきはじめた。どうやら起動したようだ。

 いよいよ転生が始まる。そう思うと、いろいろこみ上げてくるかと考えていたけど、僕の脳裏には戦いの記憶ぐらいしかなく、自分の世界には本当に未練がないんだと思い知らされた気分になり、心の奥底がモゾッとしたようだった。

 やがて透明だった自分の体すらも光りはじめ、足元からすぅっと消えはじめた。

 そして、まばゆい光に包まれて僕の意識は遠のいていった。


 しばらくすると、ほんのりと冷ややかな風が僕の頬を撫で、すごく暖かな温もりに身体が包まれている感触がある。

 耳には聞き慣れない音がチラホラと聞こえており、その中から、一人の女性のすすり泣くような声。それと一緒に頬に落ちてきた一滴の雫が、僕の頬を伝った。

  僕は新しい世界の幕開けに、恐る恐る目を開ける。

 ぼんやりとした視界が徐々に晴れ、まずその先に映ったのは、きれいな長い黒髪を携えた、僕を抱える一人の女性だった。

 その女性は最初、とても心配そうな顔で僕を見つめていたが、目を開けたのがわかった瞬間、その表情は一気に晴れわたり、手招きで誰かを呼んでいる。

 そして、そっと僕の視界に一人の男性が現れた。

 眉間に少しだけシワを寄せ、口をへの字にした気難しそうなその男性は、隣にいる女性ほどではないけども、目元が潤んでいるように見えた。

 「良かった…。良かったよぉ…碧人くん」

 「ああ、中々目覚めてくれなかったからな。この子も良く頑張ったよ。勿論、美耶も」

 この碧人と美耶の二人が、この世界の僕の両親というわけか。なんだか不思議な気分だ。

 「ねぇ、名前だけど碧人くんは考えてる?私はいくつか候補を書いてみたんだけど」

 「まあ、多少は」

 二人は僕につけられる名前の候補が書かれた紙を互いに交換しあうと、紙を見るなり表情に真剣さが増していく。

 その表情に僕の心は微かな温もりを感じ、前の世界では感じ得なかったことに、僕はどう反応していいのかわからず、ただぼーっと両親の顔を見るしかなかった。

 そして両親はお互いのいいなと思った名前をそれぞれ一つずつ挙げた。

 「僕は美耶の考えたこの『勇希奈』が良いと思うんだけど、どうかな?」

 「ありがと。でも私はねぇ…碧人くんの考えた『瑠華』も良いと思うよ?」

 「ありがとう。でもさ、僕はこの『勇希奈』が良いな」

 「私が考えたのに言うのもなんだけど、厳つすぎない?大丈夫かな?」

 「じゃあ、聞いてみようか?」

 そう言うと碧人は僕の方に視線を向けると「君の名前は『勇希奈』にしようと思うんだけど、いいかな?」と尋ねてきた。

 勿論僕は生まれたばかりで、喋ることは出来ない。それは両親もわかってるだろう。

 一方で肝心の僕の気持ちは、とうに決まっている。だが、喋れないためにどうやって肯定の気持ちを伝えるべきだろうか。

 そう考えながら両親の方に視線をやると、やっぱりイヤだったかな?という声などが聞こえてきて、不安な顔になっていく。

 【違う。違うんだ。僕は…僕は…!!】

 必死に考えを巡らせ、僕はある一つの方法を思いつく。が、上手く出来る自信がない。

 前の自分で上手くできていたとは言えないが、この際四の五の言っている場合ではない。

 そう思った僕は、慣れない感じで必死に口角を上げた。

 上手くできているだろうか。変ではないだろうか。そんなことが頭の中で駆け巡る。

 だが、そんなことなどつゆ知らずの両親は、微かに笑ったであろう僕の顔を見るなり、安堵の表情に変わった。

 「どうやら、気に入ってくれたようだね」

 「うん。良かった。これからよろしくね、勇希奈」

 これだけ必死に考えてくれた名前を、簡単には否定したくはなかった僕は、そっとまだ小さい胸をそっと撫で下ろす。

 生まれて初めて親からもらった名前という愛情。それは僕にとって初めて授かる愛情で、空っぽだった心の中がほんの少し満たされた気がしたのを、この先も忘れないだろう。

 そんな感傷に浸っていると、ドアをコンコンとノックした後「失礼します」と言って、一人の女性が入ってきた。

 「鞘師さーん、回診のお時間です…あら?」

 その女性はそっと僕の顔を覗く。

 「目が覚めましたね。ちょっと先生呼んできます」

 そう言うと女性は、自分のポケットから何やら取り出して、何やらやり取りをしている。

 なにをやっているのだろうと不思議に思いながらしばらくすると、もう一人見知らぬ男性が現れ、僕の顔を覗き込む。

 すると、その男性は僕の色んなところを触ったり、耳に何かを取り付け、ひんやりとした丸く小さな板を僕の胸にピタッピタッと当てていく。

 「もう少し詳しい検査をしてみないとわかりませんが、今のところ問題なさそうですね」

 その男性の言葉に両親は、残っていた緊張の糸が解けたのか、肩の力がほんの少し抜けたように見えた。

 「お名前は決めたんですか?」と白い服を着た女性が笑顔で両親に尋ねられたので、勇希奈だと両親が答えると、二人から笑顔でいい名前ですねと褒められ、両親は嬉しそうだった。

 「いやぁ、ちょっと男の子っぽいかな?って思ったんですけどね」

 「そんなことないですよ!今は女の子でも珍しくないですし」

 ん?ちょっと待ってくれ。今、なんと言った?聞き間違いか?

 「きっと、良い女の子に育ってくれますよ」

 いや、聞き間違いじゃない。とすると…。

 僕は恐る恐る、下半身に意識を集中させてみた。

 無い。男であれば必ずあるはずのモノが、無い。

 ちょっとだけショックを受けた僕だったが、なってしまった以上しょうがないとして、半ば強引に受け入れることにした。

 それにだ。両親を見ていると、容姿は二人とも悪くない。まぁ、できれば母の美耶に似てほしいなという気がしないでもない。

 こうして衝撃の事実と共に、僕の女の子としての異世界での生活が幕を開けるのだった。

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