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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

孤影

作者: motimoti

長いです。

6月の梅雨、しとしと降る雨が村を包んでいた。

さやかは学校帰り、濡れた道を急いでいた。

川のほとりで、かすかな声が雨音に混じって聞こえた。


怖いけど、気になって声のする方へ近づくさやか。

水面には白い服の女の人が浮かんでいた。顔は濡れて見えづらいが、確かに人間だった。


「テ…ケテ…ケテ…タス…ケテ…!」


無意識にさやかは手を伸ばし、その女の手を掴んだ。

すると、女の目が突然ぱっと開き、真っ黒な瞳がさやかをじっと見つめた。


「ありがとう…ずっと、ひとりぼっちだったの…」


その瞬間、女の手が氷のように冷たく、鋭い爪がさやかの腕を深くえぐった。

「もう、離さない…一緒にここで永遠に…」


さやかは必死に振りほどこうとしたが、女の力は異常に強かった。


だけれど、必死に抵抗してなんとか水面から這い上がった。

体は冷えきって震え、心臓はバクバク鳴っていたけど、命は助かったのだ。


しかし、それから村では恐ろしいことが次々起きた。


さやかの親友のゆうこ、近所のおじいさん、学校の先生…。

雨が降るたびに誰かが姿を消し、二度と戻らなくなった。


そのたびに、川のほとりからは「助けて」という声が大きくなっていった。

その声はどこかさやかに語りかけるようで、彼女は夜な夜な眠れなくなった。


「あなたも、来ない?」


でもさやかは逃げ続けた。必死に自分を奮い立たせて。


それでも、村に残る人は日に日に減っていき、最後にはさやか一人だけになった。


寂しさと恐怖が入り混じる中、彼女は毎晩川のほとりで雨音に耳を澄ませる。


「助けて…助けて…」


その声はもう、誰のものかわからないほど増え続けている。

さやかは分かっている。あの女の幽霊がこの村の魂を永遠に閉じ込めていること。


そして、いつか自分もその声の一部になる日が来るのだと。


でも今はまだ、生きている。

ただ、毎晩雨の音に怯えながら…。


さやかはもう限界だった。雨の音が鳴り響くたびに震え、幽霊の声が頭の中で囁き続ける。

「助けて…一緒に来て…」


決心して、彼女は村を飛び出した。隣の村まで行き、誰かに助けを求めようとしたのだ。


しかし、隣村の人々は彼女の話を聞くと眉をひそめ、笑いながらこう言った。

「そんな怖い話は子どもの妄想だ。もう帰ったほうがいい」


次に警察に行っても、さやかの話は「精神的に不安定な者の妄想」と片付けられ、診察を受けるように強要された。

連れて行かれた精神病院の白い壁の中で、さやかは声を上げて助けを求めても誰にも届かないことを知った。


看護師は無表情に「ここで落ち着きなさい」と言い、薬を無理やり飲ませた。

窓の外には自由な世界があるのに、さやかは一人、幽霊の声と自分の絶望だけを相手に、ただ日々を過ごすしかなかった。


あの川のほとりで聞こえた「助けて」という声は、今ではさやか自身の叫びに変わっていた。

だが、その声は誰にも届かず、誰も彼女を救いに来なかった。


そして、幽霊の影は、まだどこかで微笑んでいるのだった。


精神病院に閉じ込められてからのさやかは、毎日が地獄のようだった。薬の副作用で体はだるく、頭はぼんやりとしているのに、幽霊の声は頭の中で止むことなく響き続けた。


看護師たちは無表情で冷たく、さやかがどれほど苦しんでいても見て見ぬふり。声を上げれば「静かにしなさい」と一喝され、他の患者たちからも距離を置かれ、孤立は深まるばかり。


ある日、さやかは窓際の椅子に座って外の世界を見つめていた。雨が降り続く灰色の空の下、村のことを思い出す。


「助けて…助けて…」


その声はもう幽霊だけのものではなく、さやか自身の心の叫びになっていた。


しかし、病院の中では誰も彼女の声に耳を傾けない。


自分がここにいることすら忘れられ、まるで透明人間のように扱われる日々。


幽霊の影は彼女の肩に重くのしかかり、体は冷たく、心はずっと凍りついたままだ。


生きているのに、誰にも存在を認められず、助けも救いもない世界。


そのまま、さやかは幽霊の声と共に生き続けていく。


白い壁に囲まれた狭い部屋の中、さやかの叫びは無情にも空間に吸い込まれた。声が届くのは自分だけで、外の世界は冷たく閉ざされていた。


看護師は無表情のまま薬を手渡し、無理やり口に押し込んだ。薬の苦味が喉を焼き、意識が朦朧としていく。

「静かにしなさい」と一喝されたその言葉は、まるで彼女の存在そのものを否定するかのようだった。


廊下を行き交う職員たちは、さやかを「問題児」と呼び、話しかける者もいなかった。ある日、同じ病室の患者が声を上げると、職員が乱暴に押さえつけていた。


「あんたみたいなやつは、この病院に来る資格なんてない」


そう囁くように聞こえたその言葉は、さやかの胸に深く刺さった。


ある晩、隣の部屋から聞こえた患者の叫び声に誰も駆けつけなかった。数日後、その患者は誰にも知られずに亡くなっていた。職員は口を閉ざし、家族には「自然死」と説明した。


さやかは自分もいつか、誰にも気づかれず消えてしまうのだろうかと恐怖に震えた。


外の空気を吸うことも叶わず、見るのは白い天井だけ。窓の外の雨音は、あの幽霊の声と重なって頭の中で鳴り響いた。


何度も助けを求めたが、その声は冷たく無視され続けた。やがて、さやかは口を閉ざすしかなかった。


彼女の苦しみは誰にも届かず、精神病院はただの無慈悲な牢獄となった。

裂けた地面から無数の手が蠢きながら伸びてくるたび、さやかの叫び声は雨音にかき消された。冷たい粘液が肌にまとわりつき、手は強引に彼女の足首を掴み、まるで魂ごと引きずり込もうとするかのようだった。


「離せ…やめて…!」必死に振りほどこうとするさやかの目の前で、手の持ち主である白い服の女は、にたりと不気味な笑みを浮かべた。


その顔は、蝋のように溶けているだけでなく、ひび割れた肌から黒い煙がほのかに漏れていた。口元からは泡のような黒い糸が垂れ、彼女の叫びはすべてこの女の咆哮に飲み込まれていく。


女の声は耳を切り裂くように響いた。

「おまえは、ここに戻らなければならない。ここがおまえの居場所だ。」


震えるさやかの視界が揺れ、村全体がぐにゃりと歪み、空は厚く垂れ込めた黒い霧に覆われた。遠くから聞こえてくるのは、かつて聞いたことのない獣の咆哮と、人間の悲鳴が入り混じった異様な音色。


やがて地面が再び裂け、その裂け目からは無数の、見る者の心を腐らせるような目玉が彼女をじっと見つめていた。


「帰れ、さやか…帰れ…」村人たちの唸り声が波のように押し寄せ、耳を塞ぎたくなるほどの絶望感がさやかの胸を締めつける。


身体は思うように動かず、まるで何かに魂を吸い取られていくようだった。逃げ場はなく、自由を手に入れたと思ったその刹那、彼女は恐怖の淵へと深く沈み込んでいった。


そこにあったのは、もう二度と戻れない地獄の入り口だった。


Fin.

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