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第1話 勇者狩りの大陸

「よっと」

リュックを背負い、船着き場に横付けされた船から降りた。

片足ずつしっかり踏みしめて1か月ぶりとなる地面の感触を確かめる。

海の上も悪くはないが、やはり地上の方がしっくりくる。

日差しが強く首筋がじりじりする。場所は変わっても太陽の表情は変わらないようだ。

辺りを見回すと海辺を背にして右側に急峻な山が連なるようにそびえ立っている。

船着き場から続く海岸線は少し先は左右共に急激な崖になっており、

とても上陸することはできなさそうだ。

上陸するにはこの船着き場が唯一のポイントであるという話もうなずける。

旅人向けだろう。目的地を示した立て札が海岸にいくつか立てられている。

「えーっと・・・」目的の文字を探した。

「あった」

ひときわ古い木に赤字で【トリスタンの町➡】と書かれている。

近づいて立て札の裏側に手を回し、指を這わせる。

小さな虫がいた。しばし目を閉じる。

青年は目を開けてもう一度、そびえたつ山麓を仰ぎ見た。

「父はこんなところを・・・」

ため息ともつかぬ息を吐き、踵を返して矢印の方向に歩を進めた。

彼の名前はリーベルという。

この大陸に足を踏み入れるのは初めてだ。

長い船旅を経てこの地に来たきっかけは父、カイルから届いた手紙だった。

カイルは「白銀の勇者」と呼ばれている。

世界中を旅し、凶悪なモンスターと人類の勢力図を少なからず変えてきた英雄だ。

手紙にはリーベルが故郷の地で獄竜王を倒したことに対する称賛と労い。

そしてリーベルへの依頼が綴られていた。

カイルは竜神を討つために必要な「竜神の剣」を手に入れるべく、この「勇者狩りの大陸」に足を踏み入れるというのだ。

リーベルにとって何よりうれしかったのが「この大陸に来て力を貸してほしい」という内容だった。

憧れ、追いかけてきた父が自分の力を認め、必要としてくれている。

一方で身が引き締まる部分もある。

手紙にはこの地が「勇者狩りの大陸」と呼ばれることになった由来が記載されていた。

数々の勇者がこの地を訪れ散って行った歴史。

特に二人の大勇者、ネルヴァとトリスタンの話は危機感を刺激するのに十分なエピソードだった。

そして何より百戦錬磨のカイル自身がこの地を訪れ、感じた奇妙な違和感/肌感覚。

カイルの危機意識は最大級の警鐘を鳴らしたのである。

一計を案じたカイルはこの大陸の生態系や動植物、モンスターに関する調査とこの地で生活する人々の話を一通り聞くと一度この大陸から脱出。

リーベルに先の手紙を出した上で再上陸したのだ。

カイルの手紙にはこうあった。

「この大陸には【擬態】【欺瞞】【謀略】が渦巻いている。それは文化/価値観/土壌という内的なものから発して方法/手段といった外的なものにも影響を及ぼす。これはモンスターに限ったことではない。この地において未解明の謎の多くはここに依ると思われる。惑わされぬよう、足元をすくわれぬように信頼できるパートナー(リーベル、君のことだ)と多角的な視点で攻略を試みたい。強力なパーティであるにも関わらず敗れた勇者トリスタンの事例はこの上なく多くの示唆を提供している」

としてカイルはリーベルと一緒に行動するのではなく、あえて別行動/別ルートでアプローチする方策を採った。

リーベルの最初の目的地は立て札に書かれていた「トリスタンの町」だ。

その昔、二人の仲間と共に準備を整えたトリスタンが竜皇カンナ可夢偉討伐を宣言した場所である。

文化的、歴史的、政治的。様々な切り口の情報を手に入れたい。

まずは情報を整理するのだ。

夜までには町に入りたいと考えていた。

ザッザッザッ。

町に向けて砂浜から離れるごとに足場はしっかりと固まり、歩きやすくなっていく。と、

「お!お兄ちゃん。ここらで見ない顔だな。トリスタンの町に行くのかい?」

同じ方向に向けて、少し前を歩いていた若い男性が声をかけてきた。

たしか船着き場から一緒のはずだ。籐で編んだカゴを左脇に抱え、釣竿を右肩にかけている。

漁師だろう。日除けの麦わら帽子のつばが大きいのが印象的だ。

「はい。トリスタンの町に行きたくて。この地は初めてなんです」

「そうか。初めてか。ここには巨人族が建てた大きな建築物があったり不思議な虫がいたりと他では見られない珍しいモノがたくさんあるよ?わたしもトリスタンの町に帰る所だから一緒に行くか。旅は道連れってな。」

気さくなお兄さんだ。土地勘がない新参者にとってはありがたい。

油断してはいけないが・・・。

簡単に自己紹介する。男性の名前はスティーブンというらしい。

「あの山なんですけど・・・」

リーベルが右側にそびえる山々を指さす。

「山を越えて向こう側に行くことはできますか?」

「ルキニア山脈をかい?」

スティーブンは目を丸くした。

「無理無理!あんなところ人が通る所じゃないから。道はない上に険しい山登りになるわ地形に順応したモンスターもいるわでとんでもない。向こう側に行けたとしても【剣王宮】というモンスターのアジトもあるんだから。命がいくつあっても足りないよ。まあ、あの山脈があるおかげで剣王宮のモンスターがこっち側に攻めてくることもないんだけどね」

「そうなんですか」

リーベルは心配になった。

父、カイルはそこを・・・・

「珍しいこともあるもんだ。つい1か月ほど前、君と同じことを聞いてきた男性がいたな」

「えっ?」

「トリスタンの町でね。腰に剣を佩いていて精悍な顔つきをした男性が山を越えられるか?って聞いてきた。さっきと同じことを言ったたら『わかりました』と。あきらめたと思ったら道具屋で登山用具を購入していたから人の話を聞いてないな、と思ったんだ」

間違いない。父だ。

これこそカイルが考えた別行動/別ルートでの攻略なのだ。

カイルの手紙には「勇者狩りの大陸」の地形図が同封されていた。

この大陸の玄関口である船着き場を最南端のスタート地点としてリーベルは「トリスタンの町」「始祖の台地」と北へ進み、ルキニア山脈の北側を右回りに回ってモンスターのアジトである剣王宮を目指す右回りルート。

一方、先に入ったカイルは船着き場から「トリスタンの町」までは同じだがそこから東へ。

急峻なルキニア山脈を越えて剣王宮を偵察(情報が揃うまで無理はしないとのこと)。

北へ進み、リーベルとは逆の左回りでルキニア山脈の北側を回ってトリスタンの町へ向かう。

そこからもう一度ルキニア山脈を越えて剣王宮を目指すというルートだ。

誰がどう考えてもカイルの左回りルートが桁違いに危険である。

だがカイル自身が「勇者狩りの大陸」攻略のために必要と考えたことだ。

父を信頼する一方で心配になる気持ちは止められるものではない。

「人の心配をする前に自分のベストを尽くすように」

リーベルの気持ちを見透かしたようなカイルの手紙を思い出した。

そうだ。自分のできることをやろう。

「この辺りにモンスターは出るんですか?」

「うん。残念ながら出るね。この辺りはアルカンダ国の領土で兵士さんが一生懸命守ってくれているんだけど。数が多いからね」

カイルの地図の通りだ。大陸の南側はアルカンダという国の領土らしい。

「お兄ちゃん、かっこいい剣を持っているからそこそこ腕に自信があるのかもしれないけど気を付けなよ?ここのモンスターは人を騙すのが上手くてね。体の色や形を変えて岩と同化したり木に見せたり。それで急に襲ってきたりするから」

「色だけでなく形も変えるんですか?」

色を変えて擬態する虫はたくさん知っているが形も変えるのか・・・。

「そうそう。だから素人にはわかりにくいのなんのって。ん~・・・例えばほら、あそこにVの形をした黄緑色の草が生えてるだろ?」

確かに。こげ茶色の土からV字の立派な草が生えている。

草というより、板のように厚みがあって固そうだ。

「あれはこの辺りの人間がよく食べる野菜でね。地上に出ている草の部分を引っ張ると地中に埋まった野菜が採れるわけ。なんとこれに化けちゃうモンスターもいてね」

スティーブンは持っていたカゴと釣竿を地面に置き、V字の草に向かって歩を進めていく。

「カニみたいに2つのハサミを持ったモンスターなんだ。体を地中に埋めた上で、色と形や質感をうま~く草に似せた片方のハサミをこうやって上げておく。野菜と勘違いして近づいた人を襲うって寸法さ。わたしくらいの熟練者になるとばっちり見分けられるけどっっ!!」

スティーブンはV字の草を持って勢いよく引っ張り上げた。

ズボォォオオッ!!

地中から何かの物体が出てきた。

「そう。実際の野菜はこのようにカニみたいな体をしてて・・・?」

スティーブンの言う通り、カニみたいな形をした生き物がうねうね動いている。

もう片方のハサミが開閉するたびにシャキッ!シャキッ!と音がした。

まんまるな目がくるっと回転してスティーブンと目が合った。

「ぎゃぁああー-!」

慌ててその物体を放り投げてしりもちをつくスティーブン。大きなつばの麦わら帽子が宙に舞った。

「こういうことね」

擬態するモンスターとなんとも言えない出会い方をしたリーベル。

勇者狩りの大陸での冒険が始まった。

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