第10話 サラン王国-自由と責任と-
「『サイコハンター(頭脳への侵入者)』だと?こやつは化け物か?
そのような術、トリスタンですら用いなかったわ。
十束の王鍵を奪われただけでなく『黒亜・白狼陰陽陣』のことまで知られてしまうとは。
乃麒麟、パスカル。急ぐのだ」
プチッ。
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冷たい水で絞った手ぬぐいを額にあてる。
熱が下がる気配がない。
極度の疲労で回復力が著しく低下しているのだろう。
加えて傷口が炎症を起こしているものと思われる。
「行ってくる」
マルクがバケツを持って外に出た。
近くの小川まで水を汲みに行ったのだ。枕元にはリーベル。
昨日の夜から寝ずに付きっきりだ。目の下の隈が濃い。
ニーズベックは極度の疲労と重いケガ、それらが誘発した病のため床に臥せていた。
「本当にありがとうございます。」
リーベルは窮地を救ってくれたニーズベックに感謝してもしきれなかった。
「始祖の台地」での幻獣王グリフォンとの戦い。
幻を駆使しながら襲い掛かってくるグリフォンに対して序盤、リーベルは攻める糸口を見つけられなかった。
『気』による実体の感知は単発では有効だが敵は常時、幻惑してくる。
そこでニーズベックだ。
理由は不明だが、すでに満身創痍であった状態から極限まで魔法力を絞りだした。
グリフォンの幻術を解除した上で一定の高さに結界を張り、空中戦を仕掛けられなくしたのだ。
幻惑なしの地上戦。
いかに5神王といえど、強みを封じられてはリーベルとニーズベックに抗しきれなかったというわけだ。
勝利を確認した瞬間、糸の切れた人形のように倒れ込んだニーズベック。
ほどなく再会したマルクと一緒に担ぎ、なんとか「始祖の台地」を降りきった。
そこで二人組の狩人と出会えたのは僥倖というほかなかった。
獲った獲物を運ぶための荷台にニーズベックを乗せ、村まで連れてきてもらったというわけだ。
村長さんは取る物もとりあえず家に招き入れてくれた。
上薬草をすりつぶし、スナイデルからもらった仙湯茶に混ぜて口に含ませる。
できることはやった。
村長さんはニーズベックが運び込まれた昨夜のうちに
「この村には医者はおらんで、呼ぶからの」とてんそう虫でSOSを出してくれた。
サラン城下町にいる医者を呼ぶ時のやり方らしい。
てんそう虫がサラン城下町に着いて医者がこの村に到着するまで、馬を走らせても最短で2日はかかるという話だ。
が、なんと馬を替えて1日半で来てくれたのだ。
「患者はどこね?」
血相を変えて村長の家に入ってきたのは壮年期の男だった。
武道かスポーツか何かやっているのだろう。いい体格をしている。
リーベルから経緯を聞きながらすばやく脈や呼吸、体のキズを調べて処置していく。
針とお灸も使うようだ。
処置を終えた時には太陽は真上まで来ていた。
「今できることはやったけん。あとは様子を見るしかなか」
寒冷地にも関わらず額に汗をにじませながら言った。名前はビックスというらしい。
「ありがとうございました」
「よかよか。当たり前のことじゃけん。それより村長さん。他に具合の悪いもんはおらんとか?」
「なかよ」
「そうか。ほんじゃ戻るけんの」
嵐のように去って行った。
ニーズベックが目を覚ましたのはそれから半日後だ。嘘のようにすっきりした顔をしている。ビックスはすごい名医なのかもしれない。
「よかった!死んだのかと思ったよ~!」
涙ぐみながら大喜びで抱きつくマルク。本当によかった。
少し落ち着いたニーズベックの口から驚きの情報がもたらされた。
「えっ?竜皇カンナ可夢偉に会ったって?」
マルクが口をあんぐりさせて言った。
「おそらく、だ。図鑑に載っているわけではないからな。グリフォンが出現して皆とはぐれた時、それはやってきた。特徴は巨大な体躯と大きな羽。鋭い爪と牙、といったところか。あいつは『竜族』だ」
「でも竜族ってめったにいないんじゃ?5神王にすらいないよね?」
マルクが信じられないといった面持ちで質問する。
「そう。希少な竜族だからこそさ。あいつの狙いは各個撃破でターゲットは私だった。もちろん最初から全力で戦ったよ。少々してやられたがね。実際に戦った感触でいうと「幻獣王グリフォンよりも強い」だ。竜族で5神王より格上となると・・・」
「竜皇カンナ可夢偉」
リーベルが言った。
「そういうことさ。あくまで可能性、だが」
確かに。はぐれていた時間自体はそんなに長くないはずだ。
本気のニーズベックを短時間であそこまで追い込む相手・・・。
カンナ可夢偉でなかったとしても強敵には変わりないし、仮にカンナ可夢偉だったとしたら「トリスタンが最終決戦で戦ったのは誰だったのか?」ということにもなる。
「いま言えるのはそんなところかな。いずれにせよ介抱してくれてありがとう。
村の皆さんにもお礼をしないとな」
そうだ。きちんとお礼できてなかった。
村人からするとよそ者の我々に本当によくしてくれた。
村長さんは
「なんの。好きなだけおったらいいですよ」と言ってくれた。
お言葉に甘えてニーズベックが完治するまで休ませてもらうことにした。
元気なリーベルとマルクは農作業や狩りなど、できることは率先してやった。
同じ村で生活を共にして感じるのが「村人たちの表情が明るい」ということだ。
お互い声をかけあってよく話をし、よく笑う。
決して裕福な生活をしているわけではない。
「わしらが貧乏なのはうちの王様が甲斐性なしだからじゃ!がっはっは」と王様のことを平気でいじる。
聞くと王様はこの小さな村に何度も来た事があるらしい。
直接話ができるので距離が近く、友達のような感覚だそうだ。
そしてこの村に兵士はひとりもいないという。
モンスターが出たら戦う意思のある者が戦う。
具体的には村人が武器を持つということだ。
怖くないか?と聞くと
「怖くないと言ったら嘘になるがの。戦えん者のことも含めて自分たちのことは自分で守るのは当然じゃ。うちらの王様は金はないが話を聞いて一緒に考えてくれるしのう」
自主自立。
この村だけでなくサラン王国はこういう風土だそうだ。
1人1人の国民の命を城壁によってではなく思いやりと助け合い、知恵で守っている。
兵士はいるが国民がひそひそ話をしているアルカンダ王国と対照的な印象を受けた。
そしてなんといってもルイ・ハディング将軍の絶大なる人気だ。
「地元から出たヒーロー」ということもあるだろうが、なによりその生き様が支持されている。
若くしてサラン王国の将軍になりながら御前試合の活躍が目に止まり、アルカンダ王国に引き抜かれた。「友好の証」とアルカンダ国王は言うがこちらからすると露骨な「戦力減らし」と「人質」だ。
しかも交渉ではなく恫喝に近いやり方で。
本人も、そしてサラン国王も断腸の想いだっただろう。
この時ばかりは気さくな国王も思い悩み、ハディングに意思を問うたという。
するとハディングは
「お役に立てて幸甚です。責務を努めてまいります」
と晴れやかな顔で応えたという。
その思い、いかばかりか。
祖国を守る気持ちと不平不満一つ言わぬその潔さに国民は共感しているのである。
ニーズベックは何度もうなずきながら話を聞いていた。
すっかり傷も癒えて出発することになった。目的地はサラン城だ。
「何かお礼をさせてほしい」
というリーベル一行の申し出に対して村長さんを含めた村の人達は
「うちの王様が困ってることを助けてあげておくれ。気丈にしているが苦労人でね」ということだった。国民に慕われていることがわかる。サラン城に行くのが楽しみだ。
一行は別れを惜しみつつサラン城に向けて出発した。
サラン城に着いたのは数日後のことだった。
「ねえ、着いたの??」
マルクがあぜんとしている。
「うん。ここに書いてあるもんね・・・」リーベルも自信なげだ。
確かに「サラン城」という立て札は立てられている。
見通しがよい平地に比較的高さのある家屋が並んでいた。
自然に溶け込んでいて牧歌的な雰囲気だ。
確かに大きめの町ではあるだろう。だが城か?と問われると返答に窮する。
城壁がないからこそ見通しがいいのだし、どこを見渡しても城らしい建物はない。
町に入ると人通りは多いように見える。
雪深いとまではいかないが寒冷地である。
あちこちにたき火を囲んで談笑する人たちがいる。
昼からお酒でも飲んでいるのか?というくらい大声で笑っているグループもある。
「なんだかにぎやかな町だね」とマルク。
「政治のやり方が国民の表情に表れているのさ」ニーズベックは嬉しそうだ。
その時、
「おーい。きみたち。どこから来たんだい?」
大声で笑っているグループから声をかけられた。
5人でたき火をしている。
「えーっと。私は別の大陸から海を渡って来ました。この二人はアルカンダからです」リーベルが答えた。
「おっ?それは珍しい客人だね。少し寄っていきなよ」
同じたき火を囲むことになった。すると
「あっ!!」
1人の男性とリーベルがお互いの顔を見て同時に指さした。
アルカンダ王国の御前試合で1試合目に対戦した相手だ。
「リーベルくんじゃないか!まさかこんなところで会うとは!」
この試合ではリーベルが一合で剣を絡めとって勝利した。
賭けに出たのが上手くいっただけでそれほど力の差はないことはわかっている。
「あの時は完全にやられたよ。恥ずかしながら5秒とかからなかったよな?俺はクラキというんだ。よろしく」
差し出された手を握った。
「ほう?サランが誇る12剣将のお前が秒で負けたか?わっはっは」
白いひげを豊かにたくわえたおじいさんが楽しそうに笑う。
「簡単に言いますけどね。なんせこの少年はハディング将軍ともいい勝負しちゃうんだから!大変なもんさ」
「そうかい!あのハディングと?そりゃすごいや」
「ありがとうございます」
素直に礼を述べる。
「あの・・・。始祖の台地の近くにある小さな村にも寄らせてもらったんですけど、皆さん、なんだか楽しそうですね」リーベルが話を変えた。
「おー。あの村に行ったか。皆元気にしておったかね?」
「はい。皆さん病気一つないようで。実は私が倒れてしまった関係でサラン城から医者の方にも来てもらったんです。私以外、診る人がいないからすぐに帰っちゃったくらいで。本当にお世話になりました」
「うむ。確かにビックスがあわてて出張しておったのう。君が診てもらっていたのか。なかなか腕がよかろう?わっはっは」
よく笑うおじいさんだ。
「あの小さな村にも素早く医療行為ができる素晴らしいインフラを整えていますね。村の人達も安心して生活している。サラン国王自身が何度も足を運んでいるようです。そういったきめ細やかな政治姿勢が国民に届いているし、だからこそ表情も明るいのだと思います」
「おっ?ほめられてますね?」クラキが言った。
「そうかい?」白いひげのおじいさんだ。
「ん?」リーベルがきょとんとしていると
「あ、そらそうか。知るわけないよね。この人がサラン王国の王様なのさ」
クラキがさらりと紹介した。
「えー-!?」
これまで持っていた王様のイメージと全く異なる。
小さな村で「国王との距離が近い」という話は聞いてはいた。
だが王様がたき火を囲みながら井戸端会議をしているとは思わなかった。
「わしはこれが普通と思っておるんだけどのう。遠くからはるばる来てくれたことだし、もう少し話を聞かせてもらってもええか?」
ということで国王の居城(少し大きめの民家を城と呼ぶなら)にお邪魔することになった。
「みんなもどうじゃ?興味のある者は来るがええ」
たき火を囲んでいた人たちにも声をかけた。
クラキが付いてきた。
そして誰から聞いたのか、医者のビックスもやってきた。
「その節はお世話になりました」
ニーズベックが礼を言う。
「よさそうたいね。それならよかよ」
自分の診た患者がどうなったか気になって仕方がないそうだ。
国王の名は「スキールニル」というらしい。
囲炉裏を囲んだのはリーベルら3名とスキールニル国王と王女、クラキ、サイモンの7名だった。
様々な話をした。
主役は完全にニーズベックだった。
積年に渡って自問自答し、抱き続けていた政治にまつわる疑問。
現実と理想のはざまで悩みながら目指すべきと考えてきた政治を実践している王が目の前にいるのである。
持論をぶつけ、問う。
そしてまた沈思する。
スキールニル王もゆっくり、落ち着いた口調で丁寧に話をしていた。
ニーズベックにとって至福の時間であったろう。
キラキラと少年のように目を輝かせていた。
話は尽きず、なんと3日も滞在させてもらうことになった。スキールニル王は
嫌な顔をするどころか
「なんという明晰な頭脳と洗練された思考、健全な意思を持つ若者か。このような者が未来に光をもたらすのだ。わしの全てを伝えたい」とニーズベックをいたく気に入り、より長い逗留を打診したくらいだ。
リーベルはアルカンダのジギスムント王との謁見との違いを痛感せずにいられなかった。
厳かな雰囲気、礼式、上級官僚が居並ぶ中で尋問のように話をするのとは質・量・なにより温度が異なっていると感じる。
その他、貴重な情報を多々聞くことができた。
ポイントはこうだ。
・「始祖の台地」近くの小さな村でマーク・ハディングが使用した映像てんそう虫が保管されているという。トリスタンパーティの4人目が映っているらしい。是非見たい。
・トリスタンとハディングが竜神の剣を手に入れた後に還らぬ身となった謎について。サラン王国では謎は謎として取り扱われている。アルカンダ王国のように根拠や証拠がない決めつけ「ハディングの急なわがままでトリスタンといざこざになり、その隙をモンスターにつかれた」とはされていない。付け加えるなら「なぜアルカンダではそんなデタラメを教えているのか?」という論調
・マーク・ハディングは英雄。もちろんトリスタンやヘルメス・ニーズベックも。結果はどうあれ、崇高なチャレンジだし後世に多くを残してくれたと評価している。
・サラン王国は有事の際、規模は小さいものの常時動ける兵力も備えている。その中で力のあるトップ12名を「サラン12剣将」として序列をつけている。強力なサラン王国の至宝。クラキは10番目らしい。ルイ・ハディングは言うまでもなく元1番だ。
・「明星の民」という部族と良好な関係を築いているという。トリスタンの冒険においても密に連携してきた経緯がある
・サラン王国の領地はリーベルの次の目的地「竜皇城」の付近まで広がっている。竜皇城までの詳細地図をもらった。
リーベル一行はこれから「竜皇城」を目指すがその間にハディングの映像てんそう虫を取り寄せてもらうことになった。
竜皇城から無事帰ってきたら見られるであろう。
「だいぶ寒くなってきたね」
防寒対策はしっかりしているものの底冷えしてくる。
踏みしめる雪も少しずつ厚くなってきた。
竜皇城は雪深いエリアに立地しているという。
「次は巨人王ダンテか。さっとやっつけてサラン城へ戻るとしようか」
ニーズベックはテンションが高い。「始祖の台地」での傷はすっかり癒えていることもあるが、何よりずっと抱いていた迷いがすっきり晴れたのが大きい。
自分が進むべき道を見つけて前を向けているのだろう。
マルクについてはサラン王国で引き取ってもらうようお願いしようと思っていた。が、マルクが固辞した。
「僕の人生だよ。自分で決めたい。リーベルの冒険を見届けたいんだ。危ないからってここで逃げたら一生後悔する!」と。
リーベルも子供の頃に冒険の旅に出た経験がある。
精神的な自立に年齢は関係ないのだ。
マルクの気持ちは痛いほどわかる。本人の意思に任せるしかなかった。
ビュゥウウー・・・
だいぶ吹雪いてきた。
「ん?」
リーベルは狼の咆哮が聞こえたような気がした。
この辺りには狼は生息していないはずだ。
そして「竜皇城の守護獣」と恐れられている危険な雪狼は城から出てこないという話だった。
地図を確認する。
竜皇城までまだまだある。
ゆえにこの辺りで遭遇するはずがない。が、
ウォオーン!!ウォーン!
確かに聞こえた。今進んでいる道の先、北の方からだ。複数で近い。
「ニーズベックさん、マルク!」
注意を促した。理由はわからないが準備をしておくに越したことはない。
ザザッザザァッ!ザザザザァァ!!
視認できた。集団かつ、ものすごいスピードでこちらに向かってくる。
リーベルは剣を、アルフレッドはステッキを構えた。




