プロローグ
多くの冒険者が自らの命を賭して物語を紡いだ舞台がある。
キシリア大陸の北西、荒波が渦巻く海を越えた先にその大陸は位置していた。
古より巨人族と人類が共存し、保たれていた生態系。
均衡を破ったものの名を「竜神」といった。
生存をかけた競争相手は巨人族。
優れた知性と桁違いの膂力を持った強大かつ頑強な種族だ。
個々の力はむしろモンスターを凌駕していたという。
しかし惜しむらくは個体数だった。
圧倒的に数が少ない巨人族は各個撃破され、ほぼ全滅の憂き目にあったという。
人類はモンスターの矛先が巨人族に向かったことを喜び得ただろうか?
否。
モンスターにとって相手にするに足らぬ存在であったに過ぎず、人類に慈悲を与える何ほどの理由もなかった。
あまりに一方的な力関係。
この現実を許容し得るのであればモンスターとの共存関係と呼べたであろう。
しかし、人類はただ下を向いていたわけではない。
自らの力で自分の人生を切り拓かんと力強く抗う者もいる。
その中でも特筆すべき二人の勇者がいた。
ひとりは竜神に刀傷を経験せしめた男。名をネルヴァという。
圧倒的な力で竜神配下のモンスターを撃滅し、竜神の喉笛に刃を突き付けた人物である。
ネルヴァが愛用した剣は後世、竜神に対抗し得た事実に足る最大の敬意を込めて「竜神の剣」と呼ばれることになる。
竜神の剣を佩いたネルヴァと竜神の戦い。
神々もかくや?という激闘の末、勝敗の天秤は・・・竜神に傾いた。
ネルヴァをもってしても竜神に勝ち切るには至らなかったのである。
この瞬間、人類にとって2つの災厄が同時に発生した。
1つは言うまでもなく大勇者ネルヴァが敗れたこと。
もう1つは竜神を滅する切り札である「竜神の剣」がモンスターの手に落ちたことだ。
竜神を倒す切り札すら失われた人類は再び暗黒の闇に叩き落された。
竜神は何者にも縛られない。
脅威となり得る竜神の剣を誰にも渡さぬよう、信頼する配下に命じた上でその気の赴くままに大陸を去った。
竜神に後を任されたモンスターは「竜皇 カンナ可夢偉」。
人類に安寧は訪れない。
長く永遠に続くかのような暗く、昏いトンネル。その暗闇を打ち破る一条の光が差した。
もうひとりの勇者の登場である。
その名はトリスタン。
卓越した力と聡明なる頭脳はネルヴァの再来と言われた。
トリスタンは強力な仲間と3人パーティを組み、竜神を倒す前準備として「竜神の剣」奪還に動いた。「竜皇カンナ可夢偉」に挑んたトリスタンは最終局面で仲間のひとりを失いながらも竜皇を倒し「竜神の剣」を手にしたのである。
戦勝報告は稲妻のように大陸中に広がり、歓喜をもたらした。
トリスタンの凱旋を待つ人々。
しかし、トリスタンはついに自分を待つ人々の元に戻ってこなかったのである。
竜皇に勝利し、竜神の剣を手にしたトリスタンに何があったのか?
知る者はいない。
極大の歓喜は同じ大きさの落胆/絶望に取って代わられた。
そしていつしか稀代の勇者を輩出し、失った大陸はこう呼ばれるようになった。
「勇者狩りの大陸」と。