8話「虐められています」
拘束され、牢屋送りにされてからというもの、ルーインは虐めを受けていた。
同時期に牢屋で過ごすことになった男たち。誰もが何かしらの罪を犯した人間である。ゆえに善良なものと言える者はいないわけだが。ただそれでも彼らなりの正義感のようなものを持っていることは事実であって。男たちはルーインを、自分より弱い女性に手を出した小心者で愚かな男、と見ていたのだ。そこにいる誰もがルーインのことを弱い男と見下し馬鹿にしている。
「ルーイン、お前さぁ、女虐めるとかサイテーだと思わねぇのか?」
「そーだそーだ。よええやつに手を出すとかくず男の典型行動だろが。なぁ? お前がよええからそういうことすんだろ? あ?」
今日も取り囲まれているルーイン。
「女にしか勝てねぇよぅな弱虫はなぁ、ここじゃ生き残れねーぞぉ?」
「俺らが鍛えてやるよ!」
「ほらちょっとじっとしてろや! なぁ?」
脅すような声かけをされたうえじりじりと距離を詰められて、怯えきったルーインはただ後退することしかできない。
「ぼ、僕は、悪くない……」
何とか言い返しても。
「はああ!? バッカですかああ? バカですねええ!?」
「女虐めといて悪くないとかうけるわ」
「だったらよぉ! 屈強な男にもおんなじことしろってことだぜ? 分かってんのか? なぁ、なぁ!」
ギャハハ、と笑われてしまうだけ。
そしてルーインは今日もボコられるのであった……。
そんな毎日の中でルーインの心は徐々に壊れ始める。
「僕は、悪くない、僕は、正義なんだ……女に手を出したのだって、仕方なくで、あって……自分の意思で、好んで、ではない……だから僕は悪くないんだ……ちっとも、悪く、ない……僕は正義の味方、だから、悪いところなんて何一つないんだ……悪くない、のに、どうして……どうして……誰も、分かってくれないんだ、僕が正義であるということを……」
大きな男たちに囲まれ殴る蹴るの暴行を加えられる恐怖。それは人の心を壊すのに十分な出来事なのだ。毎日のようにそんな目に遭わされれば、誰だって、多少は壊れていってしまうものであろう。暴力の海を生身で泳がされていつまでも冷静でいられる人間なんて稀。そちらの方が奇跡的な存在。普通は心を病むものだし、段々正常な精神を失ってゆくものだ。
「僕は、悪くない……僕、は、悪人じゃない……罪など、ない……僕は、正義を、執行しようとした、だけだ……悪く、ない……悪くなんて、ないんだ……僕は正義であろうと、した、だけだった……」
悪いのは魔女オリヴィエ、と、ルーインは今も信じている。
「僕のせい、じゃない、僕に、非なんて、少しもない……ないんだ、ない、絶対に、ないんだ……僕は、正義の味方、僕は正義の、味方、悪く、ない、悪いことなんて、少しも、していない……違う、違う違う違う、ただ、僕は、良いことをしようと、いや、しただけ、なんだ……僕は、悪くない……」
ルーインは独りになるといつもそんなことをぶつぶつと呟いている。
「僕は偉大な、正義の、味方で……偉大なんだ、悪に立ち向かった……悪に、立ち向かって、今はこうして追いやられてしまっているだけ、で……悪は、僕じゃない……悪はあの女だ、魔女だ、魔女だ魔女だ魔女だ、すべて魔女が、悪いんだ……そう、僕は悪くない、僕は悪くない、僕に、悪さはない……悪く、なんて、ない……当然だろう……僕は、僕は、正義の味方なんだ、僕は、悪くない……」
それはきっと何とか正常な精神を保とうとする最後の防衛行動なのだろう。
……もっとも、その行動自体が既にどうにかなりつつあることを証明してしまっているわけだが。
ある晩、ルーインは攻撃的になっていた。
「僕は悪くないのにどうしてあんな風に悪人のように扱われなくてはならないんだ! 犯罪者扱いしやがって! あいつらみんな寄って集って僕を悪く言いやがって! 絶対に許さないからな! 許さない許さない許さない許さない! 許さないからな! 絶対に!」
その日彼は夜になってもなかなか寝付けず苛立っていた。
「僕が悪いわけないだろうううううう! ふざけるなよおおおおおおお! 悪いのは魔女だ! 魔女だろ! 魔女が諸悪の根源なんだあああああああ! それをまるで僕が悪いかのようにいいいいいいい! 仕立て上げやがってえええええ! 絶対に許さないからなあああああああ! 魔女も、魔女の下僕も、牢にいるやつらも、見張りも、全員許さなぁぁぁぁぁぁぁぁい!」
苛立ちのせいかいつもとは別人のように血気盛んなルーインである。
「正義は僕だああああああ! 正しいのは僕だあああああああ! 当たり前だろうがあああああああ! 他のやつは全員間違っているうううううううう! 魔女に騙されているんだあああああああああ! あいつら全員悪だろうがああああああああ! 許すものかあああああ! いつか必ず、必ず、復讐してやるううううううう! 覚えていろよおおおおおおおおお!」
――といった調子で、激しい言葉を発するような日もあるのだった。




