4話「手紙が届いたのですが」
五度目、午後に呼び出してきたルーインは「愛している人がいる。その女性はお前なんかよりずっと魅力的な人で、それゆえ、その女性と出会ってからお前なんかがちっとも良く見えないようになった」と話し、そこからの流れで婚約破棄を告げてきた。
しかもその時点で「あと、彼女には子が宿っている」と話していて。
いやいや話が早すぎるだろう!! ――と、そんな風に突っ込みを入れたくなってしまったが、あまりにも満足そうに話されたもので呆れてしまい突っ込むこともできないまま時だけが過ぎていくというオチであった。
その時もルーインは婚約破棄するだけではなく私に対して失礼な言葉をやたらとかけてきた。
もはやお決まりなので驚きやショックはそれほどなかったけれど。
ただやはり『普通それ言う?』というような言葉を不自然なほどにやたらと並べてきていて。
本当に、この人はこういう悪質な人なのだなぁ――なんて、ぼんやりと思っていた記憶がある。
人間誰しも良いことしかしない天使なわけではない。ゆえに善良な人であっても時には逆のことをしてしまうことだってあるだろう。良い人が悪いことをすることだってあるし、悪い人が良いことをすることだってある。前者などは特によくあることだろう。
だがルーインに関してはそういった話ではない。
ルーインの本質は悪だ。
犯罪者のような悪とはまた少し異なっているかもしれないけれど。しかし彼を構成している要素は明確に悪という形を取っている。彼の心の奥底には確かに濃い影があり、他者を平然と傷つける悪質さが宿っているのである。お金を盗るとか、殴りかかるとか、そういったものとはまた違った悪さ。それこそが彼の本質なのだろう。
できることなら、婚約者相手にそんなことは思いたくなかったが……。
だがそれが事実であり現実なので仕方がない。
――と、そんな感じで色々あって、今に至っている。
ゆえに悪女だ魔女だと言われ婚約破棄されるくらいどうということはない。
それはもちろん残念には思うけれど。
悲しみも。
苦しみも。
彼から与えられることにはもう慣れている。
最初の頃のようにルーインのことを想ってはいないし、期待もしていない。
だから心ないことをされても平気だ。
◆
数日後の朝。
自宅に一通の手紙が届いた。
差出人はルーイン・デーツ。
身勝手に婚約破棄しておいて今さら何を? といった感じではあるが、一応封筒を開封してみる。
『穢れた魔女オリヴィエへ』
書き出しはそんなものだった。
早速失礼極まりない……。
『お前が悪の魔女だったとは思わなかった。最初に噂を聞いた時は正直なところその話を信じなかったが、結婚する前に早く気づいて良かったと今は素直にそう思う。悪女の血を、魔女の穢れた血を、自分の子に受け継ぐなど非常に恐ろしいことだからだ。この件について教えてくれたのは幼馴染みで占い師をしているニーサだったのだが、今は彼女に心から感謝している』
そうか、彼にそんな呆れるような話を吹き込んだのは……。
何が起きていたのか少しだけ理解できた気がした。
幼馴染みニーサのことは知っている。
もっとも彼女とは実際に対面したことはないし喋ったこともないのだが。
これは多分、私と彼を引き裂きたいニーサが、ありもしない嘘を彼に吹き込んだということなのだろう。
そういうことならよくありそうな話だ。
『オリヴィエ、人の子のふりをしてよく騙してくれたな。今はただただ憎しみしかない。お前に対して。悪の魔女ゆえその程度容易いということか? だが僕は騙されはしない。みくびるなよ。僕はニーサのような神の力は持っていないが、それでも、正義の道から逸れた人間には厳しく対処する。今後も覚悟しておくように』
はああ……?
まったくもって理解不能である。
この人は一体何を書いているのだろう?
呪われているのではないだろうか。
あるいは洗脳されているとか。
とにかく、正気とは思えない。
これもすべてニーサが操っているのか……?
だとしたら魔女も悪女もニーサだろう。
そこで二枚目の便箋は終わっていた。
そして、以降、十枚ほどあるのだが、それらの便箋には意味不明な文字列が乱雑に書かれている。
例を出すと。
『おぽぽりぽぽとらぽりすとらぽすとららおーばっかおぽぽりぽぽとらぽりすとらぽすとららててりぽりすとらぽりりすとらぽららぽとらぽぽぽととらとろろろおーばっかおぽぽりぽぽとらぽりすとらてててぽすとらとりぽすてててとろぽろすとおぽぽりおぽぽぽぽとらぽりすとらぽすとらら』
というような文字列である。
他にも『みにゃにゃねとりみょらにぇららほりゃにゃにゃりょりあらみにぇららららねぇらにゃりぁみにゃにゃねとりみょらにぇららみにゃりにょらにょらにょらおーばっかおーぶわぁっかにゃねとりみょらにぇらら』という心なしか猫語を想わせるようなものや、『ぼんとらかんてすてらかんてらかすてりあぼんとらかんてんすとりあかすとてりあかるてらかるてったおーばっかおばーんかっかぼんとらかんてすてらかんてらかすてりあかんとらかんてすてらててらてらてりてらてりてららてりてりてりてららおーっばっかおばーんかっらかんてらかすてりあ』という唱えるとカステラを召喚できそうな気さえするようなものなど、その種類は様々。
だがそのすべてに共通しているのは、理解不能な文字列であることだ。
これは一体何なのだろう……。
そんなことを思いながら、変な手紙が届いたことは一応両親に報告しておいた。父母も無関係ではないからだ。そして、おかしなことをされはしたが相手せず無視する方針であることもきちんと伝えておいた。なんせそこは重要なのだ。まともに相手をしようとすると時が巻き戻ってしまう、それだけは絶対に避けたいところだ。




