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14話「凄い騒ぎでしたね」

 その後フリッツと共に近くの喫茶店へ入った。


 もちろんそこは健全な店である。

 ゆえに店内には優雅な空気が流れている。


「いやぁ、良い店あって良かったですね!」

「そうね」

「ここならゆっくりできそうです!」

「のんびりしましょ」


 入った喫茶店は初めて来る店。

 内装も、メニューも、店内の雰囲気も――すべてが初めて触れるものだ。


 何度も行っている店というのも悪いわけではない。むしろ実家のように気楽に過ごせるので良いところも多い。変に気を遣わずにいられるというのも寛ぐという面から見ると良い点の一つと言えるだろう。


 だが、初めて入った店というのは、また別の良さがある。


 とにかくワクワクさせてくれるのだ。


 住み慣れた家と単発で泊まったホテルのそれぞれの良さ、みたいな感じだろうか。


「まま! これたべたい! けぇき!」

「駄目よ。さっきも食べたでしょ。ケーキばかり食べていたら豚になってしまうわよ」

「えー! こわいー!」

「そうでしょう。だから今日はもう駄目。食べるなら、明日か明後日ね」


 奥の席からそんな会話が聞こえてきて少し笑いそうになってしまった。


「でーもー! たべたいよー! このいちごのかすたあどくりーむのけぇき!」

「次の機会にね」

「ほー! しー! いー!」

「駄目って言ってるでしょ」

「やだやだやだ! やだ! やだよー! たべる! たーべーるーのー!」

「ごねても駄目」


 子どもの声が段々大きくなってきて。


「やだ! たべるまでかえらない! たーべーるーのー! たーべーるーのー! ぜったいたべる! たべるからー! いちごのけぇき! けぇきたべる! たーべーるーたーべーるーのーたーべーるーのー!」


 やがて子どもは母親に頬を張られた。


「びええええええええ!!」


 そして号泣。


 凄まじい鳴き声が響き渡る。

 少し前までの静かさはぶち壊しとなってしまった。


「たべるたべるたべるたべるたべるたべるたべるたべるたべるたべるたべるたべるたべるたべるたべるたべる」

「うるさい! 黙りなさい!」


 子どもは鼻水を垂らしながらも主張することをやめない。


「たべるもんたべるもんたべるたべるたべるたべるたべるたべるけぇきたべるたべるたべるたべるもんたべるんだもんぜったいたべるたべるたべるもんたべるたべるたべるたべる」

「いつまで言ってるの! しつこい!」


 しかし母親も駄目という意見を曲げはしない。


「やだよたべるんだもんたべるのたべるもんたべるってたべるたべるたべるたべるたべるもんたべるたべるたべるんだよたべるたべるたべるたべるたべるんだってたべたいんだもんたべるけぇきたべるけぇきたべる」

「黙りなさいよ! うるさい!」


 子どもも、母親も、どちらも一歩も退かない。


 かなりの激戦となっている。


「けぇきたべる、けぇき、けぇき、いちごのかすたあどくりーむのけぇき、いちごのかすたあどくりーむのけぇきたべる、たべるたべるたべたいんだもん、いちごのかすたあどくりーむのけぇきたべる、たべるたべるたべるたべるたべるたべるたべるたべるたべるたべるたべるたべたいんだもん!」


 子どもは大声で主張し。


「コラ!! 見られてるでしょ!! いい加減騒ぐのやめて!!」


 母親はそれ以上の大声を出す。


「じゃあけぇきたべさせて!」

「駄目!!」

「たべる!」

「ごねたって無理なものは無理なのよ!!」


 店内にいる人たちの視線はかなりそちらへ集中している。


「いちごのかすたあどくりーむのけぇき!」

「駄目!」

「いちごのかすたあどくりーむのけぇき!」

「しつこいわよ」

「いちごのかすたあどくりーむのけぇきたべるんだもん!」

「大人になったら食べなさい!」

「いーまーがーいーいーのー!」

「しつこいッ!!」


 言い合いは終わらない。


「たべるたべるたべるたべるたーべーるーのー!」

「もう黙ってよ!」

「たべたいたべたいたべたいままいじわるしないでよー!」

「意地悪してるんじゃない!」


 ここまでなると母親は少し可哀想に思えてくるな……、なんて考えつつ、どうなってゆくのかをそっと見守る。


「じゃあたべさせてよいちごのかすたあどくりーむのけぇきいちごのかすたあどくりーむのけぇきいちごのかすたあどくりーむのけぇきたべたいのにくれないのはいじわる!」


 子育ては大変そうだなぁ、なんて思ったりした。


「何回言わせるの! 意地悪じゃないから!」

「ままいじわる!」

「そうじゃないでしょう」

「ままはいじわるだよ! ままさいてい!」

「言い過ぎよ!」


 向かいの席に座っているフリッツと視線を合わせて互いに呆れ笑いをする。


「じゃあいちごのかすたあどくりーむのけぇきちょうだい! すぐに! たべたいんだもんたべさせてよ!」

「わがまま言うのはいい加減にしなさい!」

「ちーがーうー! わがままちーがーうー! いちごのかすたあどくりーむのけぇきたべたいだけ! ほしいだけ!」

「そういうのがわがままなのよ。分からないの? どうしてそんなことも分からないのよ」


 子どもはまだ騒いでいた。


「けぇきたべる!」

「駄目」

「たべるもん!」

「さっき食べたじゃないの、ここでは我慢しなさい」

「いや!」

「我慢して」

「いやだいやだいやだ!」

「騒ぐんじゃないわよ。もう。迷惑でしょう、そんな大声出したら」

「がまんとかいや!」

「しなさい」

「いやだ!」

「しつこすぎるわよ」

「ほしいんだもん!」

「だから次の時には食べさせてあげるから」

「いまじゃないといや! いやー! いやー! いやなのー! いちごのかすたあどくりーむのけぇきー!」


 その母子は数分後店員から退出するよう指示され、また、今後店への出入りは禁止という処分を受けた。

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