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「有意義な時間だった、ゲニム博士」
「何かの役に立てたのなら、研究者冥利に尽きますよ」
「身の回りで困ったことがあれば、俺に相談してくれ。警察じゃ手に負えないやつでも、俺は追える立場なんでね」
そう言って、互いに名刺を交換し合う。
ゲニム博士は少し不安げな表情を浮かべた。
「僕よりも、他の科学者を優先してほしい」
「他のって……まさか、シデラ作戦に参加したバカが他にもいるのか?」
遊びじゃないんだぞ。
人間は鉛弾一発で簡単に死ぬ。
だというのに、研究者という生き物は、学問を極めるためなら悪魔にだってじゃんじゃん魂を売っていくから救えない。
「この国にはふたりの偉大な魔導技師がいるのはご存じですね?」
「ああ」
知らんけど。
そいつらがシデラ作戦に向かったってことだろうか。
「ふたりとも、もちろん大量破壊魔法禁止条約に抵触しています。魔導人形を作れるということは、いつでも軍隊を用意できるということですから」
「おっかねーなー」
「ひとりがレオ博士。世界最硬の金属、マーテル合金を作り出し、ピースケイトを作り出した人です。あのシデラ作戦を、無傷で生還しています」
「あんな化け物を作れるんなら、そりゃ天才だろうな」
「僕もそう思っていました。彼は天才だと、でも、彼らを遥かに越える鬼才がいるんです」
鬼才。魔導省のトップに立つような人間が、そんな抽象的な表現しかできない逸材。
俺も他の魔法使いと対峙する度に思うが、戦いとは、同レベル帯の相手としか成立しない。
先のチンピラとのやりとりでは、戦いになっていなかったということだ。
ゲニム博士でさえ底が見えない、桁違いの人間か。偉い人が言うとさらに格が上がるな。
「そいつの名は」
「スカルピウス博士です」
スカルピウス社社長、兼魔導技師。世界最強の魔導人形タウルスの産みの親。
そりゃ、納得だわ。
「彼がいれば、いつでも二人目のタウルスを作れるはずです。彼が優れているのは、擬似脳の製作技術ですから」
「擬似脳……」
「彼ほど脳に詳しい人間は、この国にはいないといえます」
脳に詳しい、世界最高権威。
そりゃもうアレだろ。
警戒するなというほうが、無理な話だ。
「スカルピウスにとって、タウルスは大事な息子だったはずです。“息子を失うのは、誰だって辛い”。どうか彼らを守ってください。ネモ魔法執行人」
す、とゲニム博士が細い手を差し出す。
人間と同じような皮膚をした手だった。
「役目だからな」
俺は彼の手を握り、答える。
そう、これが俺の役目なのだ。