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「シデラ作戦の参加者が狙われている。身の回りに何か異変がないか確認したい」
うーん、我ながら完璧な言い訳。しかも警察を通じての連絡なので疑われる余地もない。
そうして俺はまんまと、魔法省の内部に潜り込む。
ノックス・パトリアム首都、テネブリス、オリザ区。人口500万人。特産品は納豆。世界一高い神社がある都市だ。木造建築が基本だが、西洋のコンクリートも入ってきて、50層越えの高層ビルというものが三つだけ建っている。建物も、木造に瓦屋根が主流だったが、最近はレンガ色の建物も増えた。
街並みは自然を壊しすぎず、それでいて人々が生活しやすいように改良されている。
魔法とは超自然であり、自然をおろそかにするものに奇跡はない。
宙に浮く車が石畳の上を走り、街路樹が葉擦れの音を立てている。街を歩く人々は、面倒な和服を脱ぎ捨てて洋服を着ていることが多い。和服を着ているのは、伝統ある企業に勤めていたり、古くからある私立校に通う学生が多い。
俺は数多に生えている灰色の鳥居をくぐり、高層ビル並みに立ち聳えるご立派な魔法省の前に立つ。不愛想な門番に咳払いされたので、咥えていたタバコの火を魔法で消して携帯灰皿にしまう。
木製の引き戸が自動で開き、爽やかな木を削ったにおいが鼻孔につく。魔法省は樹齢500年以上の杉の木から作られる大型の建物だ。それに反して、最新の魔法や呪術に関する研究が日夜進められているので、内装はなんというか、エキゾチックだ。
「ああ、君がネモさんですか?」
魔導省に入館する前に危険物の持ち込みがないかチェックするゲートの前で、壮年の男性がにこりと笑いかけてきた。
白衣に黄色いカーディガンを着ている。
特徴的な鉤っ鼻と、その上に乗った丸眼鏡。蝙蝠の片翼みたいな耳をした、古くから伝わる魔女の血を色濃く受け継いだかのような風貌だと思った。
しかし、目は優しそうで、気が弱そうで、腰が引けていた。
「魔法執行人のネモだ」
「どうも。魔導学を研究しているゲニムです」
「わざわざ待っててくれたのか?」
「いえいえ、通りかかったもので」
そう言って、彼はコーヒー屋の紙袋をちょっと持ち上げて、微笑む。
それさえ、まるで俺を待つための口実に買ってきたかのように思えて、彼がお人好しに思えてならなかった。
気弱なゲニム博士。
魔導学は神学とは違い、あくまで神の力をいかに効率的に、効果的に扱うかを研究する学問だ。彼はその最高責任者である。
偉いはずなんだが。
「中で話そう」
「ええ、そうですね」
ふたりでゲートをくぐると、ゲートの前の人からひとりずつ入るように言われ、俺はそのまま、ゲニム博士が通るときはブザーが鳴った。
門番の人は、ですよね、というように首をすくめると、微笑んで、ブザーを切る。
ゲニム博士は、わざわざそのひと手間をかけてゲートをくぐってきた。
「実験の途中だったか?」
「ああ、いや、恥ずかしながら、先の戦争で体の大半を失ってしまってね。魔導義肢で補っているから、危険物判定されてしまうんだ」
「へー、そりゃ大変」
俺もシデラ作戦には参加している。バツが悪い。
ゲニム博士の四肢は人間のそれとほぼ変わりなく駆動しているようで、さすがに、世に出回っているものよりも遥かに高性能の義肢を身に着けているようである。
「ネモさんも確か、参加されていましたよね」
ゲニム博士は立ち止まって、俺の顔をじっと見た。
探りを入れるかのように、じっと。