14
ごう、ごう、ごう。
光を呑みこむ黒い竜巻の中に、目を焼くほどの白銀の閃光が迸り、万物を焼き尽くす炎が高々と上り、数百年続く呪いの怨嗟である瘴気でさえも焼き尽くす。
ただただ、白く、白く、白く。
世界を漂白するほど、白く光る。
タウルスの右手が光り、一振りで爆炎の入道雲が立ち上がる。
空気中のあらゆる水分を蒸発させ、空気で間接的に触れた草木でさえも焼く。
「―――ふふ、これが噂に名高い『天道』の魔法ですか」
タウルスのそれは、太陽と同じ炎を生み出す魔法。魔女の言葉を借りるのならば、核融合の魔法だ。
ぼ、ぼ、ぼ。
腕が押し出す爆炎が、彼から離れた瞬間に解き放たれ、眼下の岩石さえも溶かす灼熱となり、爆炎が相手の魔導人形を焼き尽くす。
何人たりとも生き残れず、近寄らせず、ただただ破壊と殺戮に特化した火のエネルギー。
その炎を、何度も、何度も、何度も、浴びせるが、魔王は、倒れなかった。
「……っ!」
タウルスはけして下がらず前進し、炎を打ち続ける。
しかし、魔王は炎を乗り越え、腕を振り上げてきた。
視界が見えないことに加えて自身の放つ炎熱のせいで、タウルスはその攻撃を感知できない。
ごきん、と嫌な音が鳴り、タウルスの顔が歪む。
自分の炎を乗り越えて損傷を受けることなど、戦いの場では初めてだった。
タウルスは敵の強さを確認し、火力を上げる。
炎を押しつけ、拳をもらい、炎をおしつけ、拳をもらう。
黒い竜巻は絶えず吹き荒れ、地表はすでに焦土と化している。
タウルスは歯を食いしばり、爆炎を押しつける。
行き場を失くした灼熱の炎の帯が、狂人の振り回す鞭か、のたうち回る蛇のように暴れ回る。本当にどこにも行き場のなくなった熱のエネルギーは、プラズマとなり、バリバリと白雷を伴いながら魔王を薙ぎ払う。
しかし、今度の魔王は倒れない。
背後に控える裸山を意識して、火力を出し切れていないのだろうか。
それとも、全力を出しても、及ばない相手だというのだろうか。
勝てなかったら。
絶対強者だったタウルスの脳裏に、かすかな敗北の予感がよぎる。
勝てなければ、こいつは、自分と魔女を殺す。
タウルスはあの花畑の光景を思い出し、それを失うことは、これまで焦がれていた死よりも恐ろしいことだと身震いした。
「死にたくない」
あれだけ死にたいと願っていたのに。
「死にたくない」
死を求めて歩いてきたはずなのに。
「死にたくない」
のに。
目を焼くような炎と閃光の中で、包帯が焼かれて灰となり、義眼が露になる。
白い肌に灰が積もり、タウルスの顔が、曇る。
「生きて、いられない」
太陽の爆熱に耐え、拳を振り上げ続けてくる敵を相手に。
タウルスは、勝ち目がなかった。
轟、と黒い風が吹く。それは死神の笑い声にも似ていた。
魔王の魔導装甲の内側に、黒い目をした不気味な男が立っていた。
男はゆっくりと手を伸ばすと、タウルスの頭を掴んだ。
熱い手の平だった。
タウルスは、走馬灯のようにそれまでの戦いの日々や父との温もり、魔女との日々を思い出し、そして。
零れた雫は、太陽の炎熱によって蒸発した。