表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/20

12

「僕は……死にたいんです」

 タウルスはそう呟いた。

 なのに、誰も、自分を殺してくれない。

 命が止まってくれない。

 タウルスは、なぜ自分は生きているんだろうと、左目に手を添えて、ただただ考えた。

「ほれ、タウルス。手を動かしておくれ」

 こちん、とタウルスの頭に、ブリキのジョウロが当たる。

 いつの日からか、タウルスは魔女の庭の手入れをさせられていた。

 目が見えなくなっても、優秀な疑似脳のおかげで他の感覚器で補うことができるので、タウルスは身の回りのことに苦労しなかった。

 そして、更に皮肉なことに、優秀な疑似脳は物覚えがよく、庭園の仕事も、あっという間に身についた。

 朝、起きて朝食を食べ、昼には庭園の世話や魔女の雑談を聞き、夜には同じ布団で眠る。

 そんな平凡な日々が、淡々と流れていた。

「……魔女さん」

「なんじゃ」

「……この庭園は、綺麗ですか」

「ああ、綺麗じゃとも」

 タウルスは、自分の目を砕いてしまったことを、後悔していた。

 もしかしたら、この世界はまだ完全には、汚れてはいなかったのかもしれない、と。

 魔女との日々が、人の温もりを思い出させてくれていた。

「ほれ、タウルス。これはヒナゲシの花じゃ。赤いヒナゲシじゃぞ」

「赤……」

 記憶の中から、タウルスは赤色を思い出す。

 それは、地獄のような炎と、人間の中に詰まった死の色。

 そう思い出した瞬間、魔女の手が、タウルスの頭をがしがしと撫でた。

「赤は変化の色じゃ。玉鋼が赤熱し形を変えるその色じゃ。一日の始まりに空が明け、また沈むときの太陽の色じゃ。それはそれは力強い色じゃぞい」

「……力、強い?」

 困惑するタウルスに、魔女は構わず、次から次へと、花を指さす。

「こっちはネモフィラの花じゃ。こいつは青い。青というのは紡ぐ色じゃ。世界をひと繋ぎにしている大空の色。どこまでも透き通りさざめき立つ、粘り強い色なんじゃ」

「……青」

「あっちはフリージア。黄色い色をしておる。黄色はちょっぴり危険でもあるが、明るくエネルギッシュな色なんじゃぞ。太陽や稲妻を黄色く描く者もおるしのう」

「……黄色」

「ああ、言い忘れておったが、葉は緑色じゃ。穏やかで安らぎを与えてくれる森の色。陽光を受け大地に恩恵を与えて清浄な空気を生み出す、生命力の色じゃ」

「……」

 がり、とタウルスは包帯の上から、目をかきむしった。

 無いはずの右目が疼き、ただの義眼が、なぜか、熱くなった。

 なんで、ああ、どうして、僕は、まだ。

 タウルスは義眼に触れ、義父の言葉を思い出す。

『愛しているよ』

 その言葉は、嘘偽りのない、きっと真実で。

 タウルスは、包帯をほどき、その義眼を目いっぱい開いて、花畑を見つめた。

「……キレイ、です」

 彼の返答に、魔女は驚く。

「赤いヒナゲシの花も、青いネモフィラの花も、黄色いフリージアの花も、みんな、みんな―――キレイです」

 魔女は優しくタウルスを抱きしめた。

 少年は、初めて魔女に抱き着いて、甘えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ