12
「僕は……死にたいんです」
タウルスはそう呟いた。
なのに、誰も、自分を殺してくれない。
命が止まってくれない。
タウルスは、なぜ自分は生きているんだろうと、左目に手を添えて、ただただ考えた。
「ほれ、タウルス。手を動かしておくれ」
こちん、とタウルスの頭に、ブリキのジョウロが当たる。
いつの日からか、タウルスは魔女の庭の手入れをさせられていた。
目が見えなくなっても、優秀な疑似脳のおかげで他の感覚器で補うことができるので、タウルスは身の回りのことに苦労しなかった。
そして、更に皮肉なことに、優秀な疑似脳は物覚えがよく、庭園の仕事も、あっという間に身についた。
朝、起きて朝食を食べ、昼には庭園の世話や魔女の雑談を聞き、夜には同じ布団で眠る。
そんな平凡な日々が、淡々と流れていた。
「……魔女さん」
「なんじゃ」
「……この庭園は、綺麗ですか」
「ああ、綺麗じゃとも」
タウルスは、自分の目を砕いてしまったことを、後悔していた。
もしかしたら、この世界はまだ完全には、汚れてはいなかったのかもしれない、と。
魔女との日々が、人の温もりを思い出させてくれていた。
「ほれ、タウルス。これはヒナゲシの花じゃ。赤いヒナゲシじゃぞ」
「赤……」
記憶の中から、タウルスは赤色を思い出す。
それは、地獄のような炎と、人間の中に詰まった死の色。
そう思い出した瞬間、魔女の手が、タウルスの頭をがしがしと撫でた。
「赤は変化の色じゃ。玉鋼が赤熱し形を変えるその色じゃ。一日の始まりに空が明け、また沈むときの太陽の色じゃ。それはそれは力強い色じゃぞい」
「……力、強い?」
困惑するタウルスに、魔女は構わず、次から次へと、花を指さす。
「こっちはネモフィラの花じゃ。こいつは青い。青というのは紡ぐ色じゃ。世界をひと繋ぎにしている大空の色。どこまでも透き通りさざめき立つ、粘り強い色なんじゃ」
「……青」
「あっちはフリージア。黄色い色をしておる。黄色はちょっぴり危険でもあるが、明るくエネルギッシュな色なんじゃぞ。太陽や稲妻を黄色く描く者もおるしのう」
「……黄色」
「ああ、言い忘れておったが、葉は緑色じゃ。穏やかで安らぎを与えてくれる森の色。陽光を受け大地に恩恵を与えて清浄な空気を生み出す、生命力の色じゃ」
「……」
がり、とタウルスは包帯の上から、目をかきむしった。
無いはずの右目が疼き、ただの義眼が、なぜか、熱くなった。
なんで、ああ、どうして、僕は、まだ。
タウルスは義眼に触れ、義父の言葉を思い出す。
『愛しているよ』
その言葉は、嘘偽りのない、きっと真実で。
タウルスは、包帯をほどき、その義眼を目いっぱい開いて、花畑を見つめた。
「……キレイ、です」
彼の返答に、魔女は驚く。
「赤いヒナゲシの花も、青いネモフィラの花も、黄色いフリージアの花も、みんな、みんな―――キレイです」
魔女は優しくタウルスを抱きしめた。
少年は、初めて魔女に抱き着いて、甘えた。